第46話 帰ってきた女
小笠原諸島のとある島。この島を所有するのは東京の一等地にビルを構える大企業だ。世の中は一族経営を続ける老舗の別荘か何かがあるんだろうと思っている。
そのプライベートな島では“孫”たちが遊んでいる。剣、槍、鎌、斧、銃、或いはその身一つ。目に見えない能力を駆使する者もいる。そしてその“孫”の数は目に見えるだけで二十人はいる。
その“孫”の名は糸泉導架。かつては最強のホローガと称えられた稲尾獅狼と糸泉円の娘サラをクローン技術で複製した素体に、アブソリュート・マインの細胞を組み込んで作られた量産型人造人間。その顔立ちは本来の姿であるサラの幼少期よりも、駿河燈を幼くしたように見える。ホローガという種族の特徴、そして父譲りの驚異的な身体能力以外に特別な能力を持たないサラと違い、導架はマイン由来の超能力を多数有し、彼女の必殺技であるアストラルビームやアストラルショットなどの鬼火の力、瞬間移動や空間設置の完全再現は無理ながらも攻撃に転用したポータルカッターが使用可能。さらにサラ由来の身体能力特化型、人型を活かした各種武器の使用などカスタマイズの幅は広い。
サラは自分のクローンがそのように使われていることを悪く思ってはいない。改造の末にある汎用性、利便性こそが改造ホローガ、つまりブッコローガの強み。サラ自身はホローガのままでも、望まずブッコローガになった父の無念とプライドは導架が雑兵としてでも優れていることで満たされる。それ以外に特別な感情はない。どうカスタマイズしても導架一人一人ではオリジナルであり改造も施されていないサラには敵わないが、サラを筆頭とする少数精鋭の怪獣部隊とは違った動きが出来る。それにトーチランドのヨシツネが編み出したヨシツネ式フォーメーションはジェイドとレイに効果テキメン、ウラオビも怪獣軍団を使ってヨシツネ式を使用していた。数の力がフォーメーションの強度に直結するヨシツネ式は導架にぴったりだ。導架にはニーズがあるのだ。
そしてこの島には、導架を量産、育成、鍛錬するためのプラントがあるという訳だ。量産型人造人間という非人道的な存在でありながら聖透澄は手探り手探りに自由や矜持を与え、中途半端な人権が与えられていた。導架は多彩だ。遊び一つにしても将棋にハマる者、テレビゲームにハマる者、ひたすら『コマンドー』を観てセリフを覚える者、外野フライを捕ることやバックホーム送球に楽しみを覚えてひたすら外野でノックを受ける者……。導架たちはここでの暮らしを満喫していた。
「ビーチから敵襲!」
櫓の見張り導架が半鐘を打ち、前衛導架が武器を取って出動する。
KABOOM! カチコミエントリー者はやって来て早々地雷を踏んだようで砂煙、爆炎、チャフが舞い上がる。その中心にいるカチコミエントリー者に向け、銃火器導架が照準を定め、土煙でレーザーが可視化され、アストラル特化型導架もビームの構えを取る。
KZZZZZK……。
煙の中心から、外側に向かってヒスイのように柔らかな緑の光が伸び、鋭利な形状をとった勾玉となる。
聖透澄は導架に感情を残していた。感情を持ち、見せるから相手は導架を殺すことを躊躇うし、感情があるから多彩な判断や新たな選択肢の浮上が生まれる。そして透澄自身も部下であるサラから、別の個体の量産型とはいえ感情まで奪いたくはなかった。その感情が悪く働く。前衛たちは一気に恐怖を覚えた。死を覚悟した。彼女たちが死を恐れるのは死んだ導架を補填するためにコストがかかるからではない。生物として残された、死を恐れるという尊厳故だ。
「テアーッ!」
閃光一線! 信じがたい早業! まずは最前線にいた導架が首を刎ねられ即死した。この導架はカナリアだ。坑道で真っ先に死に、後続に危険を知らせるカナリアめいて最初の導架が死亡した。ポータルを使用していないのに先頭の導架への間合いを一瞬で詰め、緑の円弧の残像が残る太刀筋、それを描いた切っ先からは粒のような鮮血が飛んでいる。
その刃を握るのは、導架とそう変わらない小柄な体躯、複雑なギブソンタックに編んだ髪と流れる後ろ髪、大量殺戮をしに来たのに純白のブラウス、紺のロングスカート。
射殺すような凍てつく視線は赤いアンダーリムのメガネを挟んでレンズに遮られても、質量を伴ったように導架の心と体に重く突き刺さり、絡み、苛む。その目には否定も憎悪もない。不自然なくらいに澄み渡っていた。それが却って残虐の印象と絶望的な末路の予感を与える。
「ジェイドだァー!? ギニャニャニャニャ……?」
前衛導架の一人が正気を失い、泡を吹いて気絶した。しかしそれは人間の尊厳である感情、生存のために危険を判断する機能の存在、敵の戦力をしっかりと頭に叩き込んだ情報を持つがために発生した、ある意味正常な反応だった。ジェイドは可能な限り、相手を殺さない戦士。そのジェイドが、殺した。それはここにいる導架全員が閻魔大王の元に送られることを意味していた。
「アストラルショット!」
「テアッ!」
日本舞踊に通ずる極めて流麗な動きで翻らされたヒスイの刃は悪しき鬼火の弾を撃ち返し、別の導架に直撃させて死に至らしめる。
「テェアーッ!」
水中を泳ぐ魚が網を逃れて一瞬で加速するが如く、ジェイドは導架たちの視線のレーザービームを潜り抜け、スプリントの直線上にいた別の導架の鳩尾に火の出るような飛び膝蹴りを見舞い、体を屈めさせた。その延髄を目掛け、逆手に握ったジェイドセイバーの切っ先が迫り、白を砕いて赤と緑が瞬いた。当然この導架は即死である。それでもまだ直立の信号が体内に残っていたこの導架は、一瞬にしてジェイドのスクリーンにされ銃火器導架の震えた火線によりハチの巣になった。導架の耐久力は導架が心得ている。仲間が一人、死体の原型すら失ってもここでジェイドを仕留められるならやるしかない。ジェイドが導架シールドを過信してくれるならチャンスだ!
「死ねぇい! アブソリュート・ジェイド! 死ねぇい!」
「テアッ!」
しかしそんなことを! 人体の耐久力の限界などというものを! 歴戦の戦士、いや、最強の戦士アブソリュート・ジェイドが知らぬ訳はない! ジェイドは死んだ導架を盾にしたのではない。囮にしたのだ。その証拠に、絶え間なく銃弾を浴びせ続ける銃火器導架の背後にポータルで回り込み、着火された弾丸が銃身から出るまでの間に彼女を切り刻んで体積を二倍に変えた。血、肉、空気が程よく混ざり合ったこの導架はムース状になり、返り血で白の戦士の服を汚すことはなかった。
「テッ!」
空の左拳のジャブ! 数メートル離れた導架の頭がガクンと揺れ、脳震盪で倒れて白目を剝き、倒れるのと同じ速度で地面から生えた氷筍に下顎を貫かれてまた死んだ。今度は左手を広げて手繰り寄せると別の導架がへそを掴まれたように平行移動、そしてすぐさま平らな胸を貫かれ、一瞬にしてこの導架のバイタルサインも平坦になった。
ここまでに数人の導架が死んだが、ジェイドならもっと効率的に自分たちを殺せたはずだと気づく導架もいた。その通りだ。ジェイドが全導架を皆殺しにするならもっと静かに素早く出来たはずだ。そうしないのは、恐怖を与えることを目的としたパフォーマンスとしての殺戮を行うためだ。
「ギルア!」
日本刀装備導架が一人、怒りに駆られて突撃。そしてすぐさま天地逆転! ジェイドの半歩と土壇場でビビッて踏み込めなかった導架の半歩がジャストの距離、この導架は喉輪を掴まれチョークスラムで砂浜に叩き付けられ、砂塵を巻き上げて砂にクレーターを作った。そして一瞬にして首を踏み抜かれ即死した。
「続けー!」
「続くなバカ! ヨシツネ式フォーメーション! 囲むよ!」
「仕切ってんじゃねぇぞブス!」
「うるせぇバカ! いいからヨシツネ式だっつってんだろぉうがバカがぁ! おいそこの! 囲むよ! わたしが前に行くから後ろを頼む!」
「ダメよ! 七時半からカラテの稽古があるの!」
「今日は休め!」
とは言いつつ、リーダーシップ導架の出現により導架たちはヨシツネ式フォーメーションを展開。近接戦闘に長けた武装導架がジェイドを囲む。そしてジェイドの一歩後退で、ジェイドの真後ろにポジションを取った導架は慎重に後退した。そこに地雷が埋まっているとも知らず。
「ギニャアアアー!?」
導架13号。『コマンドー』が大好きでアーノルド・シュワルツェネッガーに憧れたが筋肉モリモリマッチョマンの変態にはなれなかった。生まれは女シュワになれなくもないサラでも、導架に分岐した時点で筋肉量はガリガリゾンビの燈に寄ってしまうのだ。
「後ろがいないなら好都合! アストラル部隊、銃火器部隊、斉射!」
一人リーダーシップを発揮出来る導架が現れたことで導架たちに統率が生まれた。そして鬼火の弾、鬼火の光線、銃弾。
しかしジェイドは動じない。リーダーシップ導架に向かってジェイドセイバーを投擲してブルズアイ! 統率者を失ったことで鬼火と弾道に迷いが生じる。それでも導架たちは続けて撃つしかない。その表情は電気椅子に座ってスイッチを入れられるのを待つだけの死刑囚めいて悲壮だった。電気椅子に縛られてもなお生き延びるなら執行人を殺すしかないと、我武者羅かつ絶望的な攻撃を続行するしかない。ジェイドが武器を手放したこと、一人は殺されたもののリーダーシップ導架の出現で士気が上がったことから、次なるリーダーシップ導架の出現を待って撃ち続ける。
しかし、ジェイドを相手にすれば敵の敗北は確定。その方程式はここでも問題なく履行される。浮遊して大きく後退したジェイドは地雷地帯を素通りし、その背後の海面を抉って海を斜めに窪ませ、王冠状に飛沫を跳ね上げてその中心で父譲りの殺気を孕んだ呼吸を続ける。その息に触れた飛沫が凍り付き、ダイヤモンドダストとなって煌めいた。櫓の見張り導架がその輝きの中心を見つめると、海は緑に光った。海が緑に光る現象は地球上でも確認されている。夕。完全に日没する瞬間、空気の澄んだ場所では緑色の可視光線が約一秒だけ観測されることのある希な現象、グリーンフラッシュ……。見張り導架はその光に心奪われた。ロマンティックなこの見張り導架はこの現象を知っていたが、グリーンフラッシュにしては輝きが長い。そして光っているのは太陽でも海でもなかった。
「ネフェリウム光線!」
一流の画家がキャンバスを塗りつぶすが如く、ヒスイの光線が鬼火も銃弾も、残った導架たちも一様に緑に塗りつぶしていく。これでビーチに駆け付けた第一陣の導架の残りはもういない。
すぐさま第二陣! 黄昏、その闇を照らすために照明部隊も投入される。そして照明部隊はヨシツネ式フォーメーションに直結する。死体から得物を引き抜いたジェイドは体をねじって左拳を引いた。そして拳の周囲で水が渦を巻く。
「テアーッ!」
「ギニャアアア!?」
コークスクリューパンチがアストラル導架のこめかみを穿ち、砕けた頭蓋骨と機能を失った脳ミソがシェイクされて死んだ。この導架は外野守備が好きだった導架だ。
「テアッ!」
止まぬ斬撃! 動く度に失われていく導架の血、体温、命! 最前線から屋敷まで連なる懐中電灯やランタンの燈りは、ジェイドのそばから消えていく。暗闇が進撃する。もうやめてくれジェイド! 今夜の閻魔大王は徹夜の残業か!?
「悪い! 遅れた!」
「姉御ーッ!」
羽毛のポータルが開き、その中心に四人の人物が現れた。一人は鏡面仕上げのフルフェイスヘルメットを脇に抱えた、ライダーススーツに長いポニーテールの長身痩躯の女性。稲尾サラだ。そしてその後ろに二人の男。一人は上半身裸にレザーのベスト、腰に鞭を提げたカウボーイパンツにカウボーイハットで筋肉と脂肪が黄金比率で、口ヒゲが往年の名プロレスラーを想起させる中年男性。一人は赤のシャツに紺の生地に金糸のストライプのベスト、ダブルのアルマーニにソフト帽の葉巻を咥えたイタリアンマフィア風の長身の男。そして鬼畜の因幡飛兎身。ここでようやくジェイドの表情に些細な動揺が現れた。
ヒジリ製菓の主戦力四人を前に、ジェイドセイバーから輝きが失せ、刀身に着いた血や脂がビッと粒となって消え、胸元の勾玉に戻った。ビビったんじゃない。
「この程度で気が済まないのはわたしだけじゃない」
これが負け惜しみや逃げの口実にならない。むしろ威嚇や脅迫にも聞こえる。なんという女だ。なんという……。
ここで、イツキのスマホに映っていた燈の開発した法に触れるアプリのジェイドの似顔絵が小笠原諸島から新宿の探偵事務所に移った。
「ごめんなさい。迷惑と心配をかけたわね。休む時間はもう終わった」
「ノックぐらいしなさいよ。イツキでも出来るのに。……こちらこそごめんなさい。わたしたちなんて……。ジェイド抜きのわたしたちなんて、所詮はこんなものよ」
メッセは悔しさを声色に滲ませ、食いしばった歯茎から鉄の味も滲むのを感じた。
「カケルを取り戻す。顕真の後始末もする。全てはわたしが放棄してはいけないことだった」
それでも……。メッセの悔しさは消えない。何より悔しかったのは、ユキが復帰するという希望で今までの絶望が全て吹き飛んでしまった自分の弱さだった。
「メッセ。ガンガンいきましょう」