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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第2章 拳を振る太陽
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第6話 飛燕頑馬

「ハァ……。あいつ、やる気あるのかな?」


 頑馬の四人の部下は、ボスである頑馬と新入りのパシリをハブいて都内の河川敷に来ていた。こんな夜中に河川敷をうろついているやつは、壁が薄くて自宅でセリフの練習が出来ない売れない役者ぐらいだ。


「頑馬ハ、チョット日和ッタカモネー」


「それじゃあ話が違う」


 未来恐竜クジー。

 宇宙でも指折りの強豪怪獣で、初代アブソリュートマンを最も苦しめた怪獣の一つとされている。辺境の星の野生怪獣だが、その力が悪用されることを懸念した初代アブソリュートマンによってクジーの育成、養殖、輸出入は禁止され、個体数も減らされた。

 だが闇の世界では「アブソリュートへの切り札」としてクジーの違法売買が行われており、バースは知能型の改造個体だ。頑馬にスカウトされ、宇宙の摩訶不思議アドベンチャーの中で人間に化ける術を習得したが、アブソリュートへの潜在的な憎悪や敵愾心はバースの遺伝子に刻まれたままだ。それでも頑馬についていったのは、頑馬はアブソリュート人でも、アブソリュート人の信念や信条、美学を持っていないと感じたからだ。闘って叩き伏せる。小難しい定義や大それた大義を振りかざすことなく、ただ暴力とその先にあるものを貪る。だからバースは頑馬を友と思えた。

 地球に来てからみんなで漢字検定四級を受験したが彼だけ落ちた。


 ゴア族。

 次元に穴をあけ、異世界から侵略してくる残忍で冷酷なインベーダー。彼らもやはり、初代アブソリュートマンに滅ぼされかけて勢力を弱めた。アブソリュートへの復讐のために多くの少年兵が生まれ、マートンはその少年兵の中でもエリート戦士だった。やがて、復讐や殺戮ではなく、一個人として戦いの面白さに目覚めて脱走し、同じような経歴を持つ頑馬に心惹かれた。ゴア族族長外庭数が倒されたことに内心ほっとしていたし、外庭を倒したジェイドとアッシュへの恨みはない。

 松岡茉優が大好き。


 機婦神ゴッデス・エウレカ。

 超素材エウレカ・マテリアル製のロボット生物。リーチ星人が製造し、約五十年前に零号機である“イヴ”が誕生したが、アブソリュートミリオンによって破壊された。製造者を変え、持ち主を変え、強力な兵器として人気商品であり続けたゴッデス・エウレカだが、まさかアブソリュート人である飛燕頑馬が小型化と高度な人工知能の移植に成功した最新作を買っていくとは思わなかった。その最新作であるオーのコンピューターは、ついに持ち主である頑馬への疑いさえ持つようになった。

 千円札を一枚持つよりも五百円玉を二つ持つ方が得した気分になる性格。


 電后怪獣エレジーナ。

 比較的育成が簡単とされる怪獣。電気や電磁波を操れることや穏やかな性格から、怪獣兵器だけではなく一般的な家畜としても人気。常に人の生活のそばで支えたことから“后”の字まで与えられ、星によっては神の如く崇められている。ハイブ星人の先兵として地球侵略に使用されたこともあるが、当時はアブソリュートミリオンが地球にいたため、その個体は彼に八つ裂きにされた。アブソリュートミリオンに斬殺された個体はメッセの先祖であり、メッセは知能、電撃、見た目の美しさなどで評価が高い血統書付きだ。だが親の因果が子に報うなんて言葉は家畜にはない。家畜なりに自由を求め、自由に生きるなら強さが必要だと頑馬の部下になった。

 大好きなエナジードリンクを禁止されるくらいなら死を選ぶ。


「俺はあいつがアブソリュートにケンカ売るって言ったからついて来たってのによ……。あのガキが来てからか? だが頑馬を見捨てたくはない。出来れば、今後もついていきたい。今は目が治ってねぇから戦わねぇだけだと……。でもこうなっちまった以上、何も考えずについてくことなんてもう出来ないぞ。試すしかねぇ。オー。例のものは?」


「問イ合ワセタラ、在庫ガアッタヨー」


 オーの持つ高性能スマホはビジネス宇宙人リーチ星人の闇通販サイトにアクセスし、世にも恐ろしい商品のカタログをバースに見せる。


「……?」


「チョット漢字ガ多クテ難シイ取説ダケド、噂デ聞イタ通リノヤバイ品ダヨー」


「……?」


「……読ムネ」


 頑馬についていくことにも不満を感じ始めたけど、漢字が読めないバースについていくのもなぁ。戦闘力はぶっちぎりなんだが……。

 オーは取説を音読してやったが、この四人の頑馬の部下。全員こう思っていた。


「次のリーダーは自分がやらないとヤバい」


 向上心や野心ではない。せっかく知り合ったこの四人。お互いの嫌な部分も見えるが、友達としては大満足だし、背中を預ける戦友としても安心出来る。バンドとして音楽性もあっているし、演奏の腕も確かだ。このいい関係を今後も維持するなら、次は自分がリーダーをやらないと空中分解してしまうだろう。だが立場が変わって関係まで変わりたくない。やっぱり頑馬にリーダーを続けてもらうのがベストだ。


「地球や地球人には未練はねぇが、頑馬にはたっぷりある。これ、使っても頑馬は死なないよな?」


「コンナンデアブソリュート人ヲ倒セルナラ苦労シナイケド、“頑馬”ノママダトヤバイカモネー。“レイ”ニナラナイト」


 このカルテットが買おうとしているのは宇宙ヤドリギ“デラシネ”だ。デラシネは星に根を張って生命力を吸いつくし、最終的には猛毒と爆炎と種を撒き散らしながら星を消し去り星間移動する宇宙でもトップクラスに危険な外来種である。原産地である星すらも自ら消し去ってしまったデラシネは兵器としても利用される宇宙の根無し草だ。

 そしてこのカルテットは地球にデラシネの種を植えようとしている。デラシネの爆発に巻き込まれれば、オーの言う通り“頑馬”のままでは死んでしまう可能性がある。だがカルテットは、デラシネに寄生された地球を見捨て、流浪の戦いに出る頑馬についていきたいのだ。プロレスをする頑馬も好きだし、バーベキューをする頑馬も好きだ。弟にデレデレするのだって許そう。だがこのまま日和るのか? そんな頑馬にはついていけない。頑馬への憧れ、頑馬の力への絶対の信頼は揺るがない。みんなで漢字の勉強をすることもバンド活動をすることも楽しいが、「打倒アブソリュート」の旗だけは変わらぬものでなければならない。

 特にジェイドは頑馬もカルテットも大嫌いなタイプの典型的アブソリュート人だ。引き分けたことは許せるが、そいつは、そいつはアブソリュート人だ! ジェイドに感化されてまっとうなアブソリュートの戦士になっちまう頑馬なんて見たくない。

 だから頑馬を試す。そして結果がどうなろうと自分たちなりに納得し、答えを出す。これが自分たちなりの忠誠心だ!


「でもこれ、本当に効くのか?」


「……」


 本当にこいつ頭悪いな。大丈夫だって言ってんだろうが! でも漢字が苦手なバースには「取説を読め」が通用しない。オーは次のリーダーがバースになったらバンドを脱退して地元に帰る選択肢もアリだと思っていた。


「……ソウ言ウト思ッテタカラ、オ試シ用ノ小型版ヲモウ使ッテルヨー」


「で、それで頑馬は死なないよな? 取説あるか?」


「オ試シ用ノ小型版ハ、生物ニ寄生シタ後、宿主ヲ中心ニ十メートルクライシカ爆発シナイカラ、頑馬ハ大丈夫ダヨー」


「へぇ。誰に仕掛けた?」


「コノ間会ッタ地球人ダヨー」




 〇




 この間会った地球人こと望月鼎(20)。小型デラシネに寄生されていることはまだ本人も知らない。ヘットヘトのボロッボロになっているが、小型デラシネのせいか深夜バスのせいかはまだわからない。


「フジは気付いてたんですか?」


「わたしが尾行し始めてからすぐね」


 望月鼎と分身サクリファイスはまだ山梨のパーキングエリアにいた。振り落とせるか? このバケモノが財布にくっついたままなら、走行中のバスから財布を投げ捨てれば撒ける?


「えぇと……」


「メロンでいいわ。今のわたしはただのお節介なメロン。お節介なメロンは、分身を作り出していつでもみんなの力になれるように見守っているわ」


「フジはメロンさんの尾行に気付いて、何もしなかったんですか?」


「何もしなかった訳じゃあないわ。彼はわたしと手を組んで、飛燕頑馬を見張らせた。池袋でフジくんが飛燕頑馬と戦った時、フジくんはちょっと強かったでしょう? それはわたしが飛燕頑馬をスパイして、動きを解析、報告していたからよ。あとゲームの相手もたまにする」


「つまり、フジはメロンさんを敵だと思っていないってことですか?」


「そうみたい。ありがたいわ」


「なんで尾行なんて……」


「ジェイド、ユキに助けられた恩があるから」


 フジが敵視していないなら大丈夫なのか? 生き延びるための勘が鋭く、人の目ばかり気にしてきた鼎は人から敵意や悪意を向けられた時は敏感に察知する。だがメロンからはそういった類のものは感じない。思えばフットサルの時から、見た目は怖かったが手料理を持参していたり、若手を優しく応援していたり、あんまり悪い人じゃないような気はしていた。ゴア族だから悪いやつ? だったらフジはどうだ? アブソリュート人だがクズ野郎だし、アブソリュート人なのに好きになってしまった。ゴア族も個人個人ではわかりあえるのでは? ゴア族のメロンのことも、フジやユキのように好きになれるかもしれない……。なんて、そんな殊勝なことは考えていない。「敵じゃないから怯えずに済む」っていう安心が欲しいだけだ。


「メロンさん、ちなみに、今フジは何してます?」


「プライバシーの問題もあるけど、さっきまでは牛脂で炒めたコンビーフ入りペペロンチーノの粉チーズかけをフライパンから直で食べていたわ。また出かけたけど」


「こんな時間に!? あいつバカじゃないの? こんな夜中にニンニク炒めたら近所迷惑じゃない!」


 クソッ、腹減ってくるじゃあねーか。牛脂で炒めたコンビーフ入りペペロンチーノの粉チーズかけ!? ペペロンチーノと呼べる代物かもわからないほど荒廃しているが絶対に美味しいはずだ。メロンとか荒廃ペペロンチーノとかバスで手に入らない食品ばっかり挙げられると困る。


「で、メロンさんはわたしに何がしたいんですか?」


「あなたの助けになりたいだけよ。それがジェイドへの恩返しで、罪滅ぼし。わたしにはそれぐらいしかできないもの」


「フジのお兄さんが暴れた時は助けてくれますよね?」


「やれる範囲のことはするわ」


「本当に、もう、メロンさん、飲み物奢るんで、守ってください」


「信用してくれてありがとう。でも飲み物はいらないわ。分身は何も食べないもの。あと、わたしに出来ることはもっとある。例えば、わたしも昔、あのキング・オブ・深夜バス、はかた号に乗ったのよ」


「やっぱりヤバいですか?」


「……頑張って!」


 ゴア族でもはかた号はどうにもできないのか……。出来ることはしてくれるって言ったのにいきなりお気持ちだけで終わった。


「……富士山はもうすぐ見えなくなりますか?」




 〇




「頑馬兄さぁん」


「どうしたアッシュ」


 いつものカルテットにハブられたとも知らず、フジと頑馬の兄弟は水入らずで深夜営業のバッティングセンターにやってきていた。身体能力ではアブソリュート人としてもアッシュよりレイが、人間の姿でもフジより頑馬が上だが、ボールをバットで捉えて前に飛ばす能力はフジが勝っていた。


「っていうかお前、上手いな。何かやってたのか?」


「一時期通ってたもんで。それより頑馬兄さん」


「おう、どうした」


「俺には勇気がないみたいですわ。どうしてもやんなきゃいけないことがあるのに、ビビって出来ねぇ」


「なんだ、そんなことか。勇気なら俺もないぞ」


「ハァ? 姉貴に戦いを挑めるのなんて頑馬兄さんくらいですよ?」


「かもしれねぇ。だが俺にとっては無謀な挑戦じゃない。生憎俺は強すぎてなぁ! 不可能なことが少ないから、何も無謀じゃない。だから目的のために踏み切るべき勇気とか決断力なんてものを用意する必要がそもそもねぇんだ。だから退く勇気なんてものもねぇ。俺は何に挑んでも勇敢だと思われないほど強いからな」


「スゲェな。すごいよ頑馬兄さん」


「アッシュ、お前はまだ弱い。俺に弱いやつの気持ちなんてわからねぇし、気休めでわかるなんて言われる方がムカつくだろう? だから強くなれ。勇気があるなんて言われねぇくらい、何に挑んでも楽勝だって思えるくらい強くなれ」


 頑馬のフルスイングがジャストミート、ホームランの的を貫通し、波を打つネットが車のヘッドライトでサイケな模様を映し出す。


「んじゃ、まぁ俺は出来ることからやっていけってことですね」


「そうだな」


「アザース」


 兄弟で過ごす短い時間が終わった。ホームランで気が良くなった頑馬はもう一ゲーム続けることにしたので、打席を出るフジの顔を見ていない。

 怒りと抑圧と殺意と決意と覚悟と狂気に顔を歪める弟の顔を!

 フジはスマホを少し操作した後、自分についていた分身メロンに何かを伝えた。そしてダイヤルを回す。


「あ、もしもし? マートンさん?」


「なんや、頑馬の弟かい。こない遅い時間になんや?」


「今、一人ですか?」


「せやで」


「わかった。頑馬兄さんの部下の中では、多分お前が一番弱い。だから今からお前をブッ殺しに行く」

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