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第40話 ナカムラ・モンド・セレクション

「ファック」


「え?」


「お前さんじゃない」


 いつもの南池袋公園。フジはスマホの通知を見て吐き捨てた。スポンサー様からのお達しだ。いつもは言う側の鼎はいよいよその時が来たのかと冷や汗をかいた。


「もしかして俺の戦い方って……。地味?」


「知らないよ。アッシュの戦いは意図的に見ないようにしてるもん。見たのは……。東京国立博物館での紅錦さんと碧さんのタッグと、あとテレビで観たXYZと、今よりも悪かったころのお兄さんとか、あとウラオビとか、そのぐらいだよ」


「アッシュの戦いは見てないってことは他は見てるんだな? やつらはどうだ? 姉貴とか兄貴とかメッセとか」


「メッセ副隊長と碧さんが戦ってた時はタヌキ寝入りしてたから音声でしかわからなかったけど、メッセ副隊長はド派手っぽかったね。お兄さんはあの大阪での……バース? あれとか見るとド派手だし、お姉さんは淡々としてるけど剣もあるしビームもあるし氷もあるし、碧さんとの横浜での戦いと、バースとの福岡での戦いもスケールがすごかった」


「要するにバースがすごかったんだな」


「あの人は今、何をしてるのかな」


「さぁな。だがやつは二度と俺たちの前には現れねぇだろうよ」


「なんで?」


「あいつはそういうやつだ。クズの俺には似合わないが、それが最大級の誉め言葉だ。やつはそういうやつだ。兄貴やマインがやつに惚れこんだのも、やつを評価したのも納得出来るぜ。やつの忠誠心、それがあるからあいつは強かったし、その忠誠心があるからもう出て来ねぇ。まぁいいや。で、俺ってやっぱり地味か?」


「うぅん、しっかり見たのは紅錦さんとの戦いだけど、あのΔスパ……」


「キャメメメ! そこは矢とかアレとかで代用してくれ。かっこよくねぇんだよ、あの名前」


「基本地道に削って要所でアレっていうやり方なんだろうけど、ウラオビとの戦いの時はお父さんの剣があったから手が塞がっててアレが使えなかったじゃない。それにやっぱりお父さんの武器は様になってたよ」


「お前さん、就活はどうするんだ? 玩具メーカー志望か?」


「自己分析もまだだよ。でもそろそろやらないと先輩たちみたいに首括ることになる。フジは……」


「俺だってアブソリュートマンになりたくてなった訳じゃねぇよ。三下のアブソリュートマンしか仕事がなかっただけだ。あぁ、そう、玩具メーカー。玩具メーカーさんと同じこと言ってるぜ。わかりやすい武器を使ってください、って。アレも矢はギリ見えるけど半透明だし、弓は全く見えないのでせめて見えるようにしてくださいとさ」


「なんで?」


「玩具メーカーがスポンサーなのに俺の玩具を作れないから。姉貴も兄貴も一応剣を使えるし持ってるけど俺は借り物の親父の専用武器だけだ」


「武器、黒はやめた方がいいよ」


「なんで?」


「ケンヂが昔、戦隊ものの揃いの人形を持ってたんだけど、お父さんが虫メガネでブラックを焼いちゃったんだよ」


「こえぇな有楽町のリーマン」


「……先輩に訊いてみる?」


「何を?」


「アッシュの評価と適した武器」


「ああ、ナカムラか」


「なんでナカムラさんのこと知ってるの?」


「忘れたのか? マインがまだ女子高生の化けの皮を被ってた頃に、飯能の河原でカッパに尻子玉抜かれたオタサーを助けてやっただろう」


 あっぶねぇ!

 鼎は、フジと付き合っていることがナカムラにバレているとまだ知らない。そしてフジとナカムラが秘かに連絡を取り、結構な頻度でメシを食ったり酒を飲んだりしていることを知らない。ナカムラか……。あいつ就活はどうなんだ? ある意味で、フジとナカムラは鼎とナカムラよりも親密だ。ナカムラは鼎を姫として崇めているが、もうそれだけではない。偉大な名君ヨシダの遺言しのぶれどにより、鼎をサークルの象徴として死守する上、鼎の将来……。就職もフジとの未来も、脇役も脇役のNPCとしての役割をまっとうしなければならない。それを労えるのはフジだけだ。フジと鼎の関係を知らないヨシダにはもうナカムラのハードワークと覚悟を労えない。


「いや、自分の知り合いと考えるよ。それに俺には筋金入りの特撮マニアがついてる」


「誰? ……鯉住音々?」


 少しトゲトゲしたフキダシで、フルネーム呼び捨て。鼎は鯉住音々にあまりポジティブな印象を持っていないようだ。そうだろう。フジと親しいことはもちろんだが、音々も音々でオタサーの姫だった。しかし音々は所謂サークルブレイカー系の姫ではなく、その美貌、カリスマ、実力でリーダーとして君臨していた実力者だ。お飾りの姫である鼎からすれば嫉妬しかない。


「メロンだ。音々さんはアッシュなんか眼中にねぇよ。レイに夢中だ。じゃ、俺は次の予定があるからそろそろ」


「鯉住音々?」


「ネタで言ってんなら大丈夫だがマジだってんなら早急に解決しなきゃなんねぇな、音々さん問題。安心しろ。俺が音々さんを馴れ馴れしく音々、なんて呼ぶことはねぇよ、鼎」


「メロンさんによろしくね。優しくしてあげて」


「おう。お前さんも時々メロンに話しかけてやれよ」


 次に遊ぶ相手は渋谷にいる。場所はどこでもよかった。ただ鼎と会うのは池袋だったので、池袋を避けたというだけだ。


「おっす」


「またエラい暴れたなフジさん。もう二度と法政大学行けへんで」


 今日の二人目の遊び相手はナカムラだった。ナカムラは先日の導架戦をSNSで観ていた。それどころか可能な限りアッシュの情報を集め、音々とは違う形でアッシュのアドバイザーのようなものになっている。音々はヒーローへの憧れが強すぎるが、ナカムラにはフジに対し、鼎の彼氏という適度な嫌悪感があるため、距離を保ったまま忌憚ない意見をくれる。

 スポンサー様から「戦いが地味」「超能力も地味」「武器を使わない」、つまり「子供がアブソリュート・アッシュごっこをしない」「アッシュごっこに必要な玩具を作れないし売れない」とクレームを入れられたフジだ。フジの周りにいる特撮オタクはメロン、音々、龍之介、ナカムラ。中でも最も遠慮なく意見を言ってくるのはナカムラだというのは言うまでもない。


「お前さんが法政に編入したり再入学したり法政の大学院に行くときは鳩サブレーでも差し入れてやるよ」


「よかったなフジさん。鳩サブレーは結構高い上に石神井公園から鎌倉まで鳩サブレー買いに行くの遠いやろ。買わずに済んでよかったやん。俺もフジさんがレイしばき倒せたら鳩サブレー買ったるわ」


「で、今日はどうする?」


「新宿辺りまでボチボチ歩くか」


「新宿三丁目まででいいか? 副都心線なら乗り換えなくて帰れる」


「アブソリュート・アッシュも帰りの乗り換え気にするんやな」


「ヒーローが飛んで帰るのは仕事の帰りだけなんだよ。仕事の帰りなのに自力で帰ってるから交通費の支給もねぇ。で、俺の戦いって地味?」


「ムラがある。攻勢に入った時はド派手やで。でもフジさんの戦い方って守って相手の撃ち損じ待ちやろ? 落合中日野球やん」


「勝てるけどつまらねぇ、というスポンサー様の言う通りか」


「なぁ、フジさんの収入のことは知らんけど、スポンサーってある程度無視してええんやんけ? ヒジリ製菓のこともシカトしてええやろ。フジさんの仲間がヒジリ製菓の会長の息子の仇なんやって? あくまで俺らオタクの中での都市伝説やで? ジェイド一派にはメロンっちゅう、『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』のファイみたいな便利な能力を持つサポーターというか、超有能な社長秘書がついとるって話とちゃうか。スポンサーよりそのサポーターを大事にすべきとちゃうか?」


「そこまでSNSにアップされてたか」


「法政にヒジリ製菓の会長が出てきてブチ切れたところまでは出まわっとる」


 彼女持ちの男のイカしたスニーカー、実らぬ片思いを続ける非モテオタクのダサいクロックスが歩調を合わせて代々木方面に歩き出す。皮肉なことにこの二人が好きな女性は同一人物だ。


「よぉくご存知。メロンは俺たちにとって不可欠だ。メロンがいなかったら俺たちは去年の夏にアブソリュートマン:XYZに負けてた。ジェイドとレイにとっちゃアッシュより必要な人材だよ」


「ならメロンさんを庇うためにもヒジリ製菓は切ってええんちゃうか」


「そうはいかねぇんだよなぁ。金の話じゃあねぇ。聖会長の言う通り、メロンは聖会長の息子を殺した。だが地球には“洗脳無罪の掟”という原則があって、メロンはそれで無罪になっているという訳だ」


「ならなおさらやん」


「でも“洗脳無罪の掟”は地球のルールだ。俺たちアブソリュートには関係ねぇ。地球人とアブソリュート人のルールが全く同じなのだとしたら、俺たちアブソリュートは地球人にゴッデス・エウレカの最新型の設計図と材料を提供して二度と現れねぇだろうよ。そしたらアブソリュートも必要ねぇし地球人に全部任せられる。だが地球とアブソリュートには考え方に差異があり、なおかつアブソリュートは地球人に全幅の信頼を寄せていないし、未熟だと思っているからジェイドやレイが“保護”してるんだ。傲慢だけどな。それに、俺たちはメロンを完全に許しちゃいけねぇ理由があるんだよ」


「そこまで助けてもらってか?」


「あいつは贖罪しようとしている。だが地球の掟ではもう無罪放免だ。それじゃ贖罪の意味がねぇ。だから俺たちは九十九パーセント許しても、一パーセント許さねぇことでメロンの贖罪を自己満足にさせない。許さねぇということ。それこそが、俺たちがメロンに出来る最大限の感謝と礼だ。だからここでヒジリ製菓とのスポンサー契約を打ち切ってメロンを守るとメロンの贖罪が無意味になる。メロンの罪を俺たちが認知することで、メロンは救われる」


「やっぱ人生経験がちゃうわ。人を許すとか許さんとか、そんな責任背負ったこともあらへん」


「……ウソつけ」


 鼎がフジと付き合っていること。そんなことは到底許せない。ナカムラはどうか知らないが、ヨシダは許さなかっただろう。というかヨシダは鼎に彼氏がいるだろうということは見抜いていた。それでも居心地のよいオタサーに縛り付けることが鼎への“報い”であると考えていた。だがナカムラはヨシダと違って少し血の気もテンションも盛んだ。だからこそ鼎を許そうと努め、納得するためにこうやってフジを知ろうとしている。

 フジを許す? 鼎を許す? 或いは二人とも許さない? ナカムラはヨシダと違って人情に篤い。それにヨシダより愚かだ。許す方が楽だ。それに許したい。フジだってそんなナカムラの覚悟や気持ちを全く考慮していない訳ではない。でも隙も情けも見せないことこそナカムラへの“報い”だ。そんなナカムラの覚悟が軽いや浅いなんて考えない。


「そこの角に喫煙所がある」


「そうなんか?」


「俺は一度通った場所の喫煙所は全部記憶してんだよ。路上喫煙は池袋と石神井公園でしかしねぇ」


「どっちでもすなや」


「お前さんらの好きなアブソリュートミリオンだって法律や世間と戦ってたんだよ。安保闘争の頃において、日本しか守らねぇミリオンは大量破壊兵器だとか暴力装置だとか憲法違反だとか言われて。知られてねぇだけで親父はアメリカでも戦ってるんだぜ? それなのにスポンサーもなく非難されて、私物を売り払って貯金を切り崩しながら戦ってたんだ。まぁあの頃の親父は星の命令も無視して完全フリーだったが……。姉貴だってお勤めさんだよ。ウルティメイトネフェリウムは威力が高すぎるから使用後は使用報告書を星に提出しなきゃならねぇ。お前さん、就職はどうなんだ?」


「首括る直前や。いざって時はウラオビの編集プロダクションが俺を引き取ってくれるっちゅう口約束の保険があった。でもやつは悪人だったし編集プロダクションも焼き討ちでもうない」


「それでいい。見つけろ、てめぇで」




 〇




「ロマンティック」


 ロマンティックが頻出する歌詞が大好きな鬼畜のスターバックスはブルース・リーのトラックスーツを模したご機嫌なジャージで東京都港区のヒジリ製菓本社にやってきた。アポはない。手ぶらではない。持ってきているのは財布とPASMOケース付きスマホと四種類のBトリガー装着済みの廃課金級ハンマーだ。


「会長に会わせて。いないなら社長でもなんいいから、偉い人いる?」


 受付に肘をついて頬杖、うっとりするような美貌で弛緩したアンニュイな笑みを浮かべた。既にこの不届き者には多くの注目が集まっている。


「アポイントメントはございますか?」


「ないよ。でもここに就職しに来たの。わたしの名前を聞けば向こうから会いたいって言ってくるはず。いいえ、支払いを踏み倒された高級コールガールじゃあないよ」


「お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」


「かい人21面相。ウソウソ。因幡飛兎身、もしくはスターバックスで問い合わせてみて」


「少々お待ちください」


 そして受付嬢がどこかに電話を掛けると、すぐにヒトミは調整中の貼り紙のエレベーターに案内された。そして足元から実体も質量も持たない超常の羽毛が舞い上がる。会長直々のポータルだ。階数表示もGも感じず、一瞬にしてヒトミは最上階へと運ばれた。


「おおっ、東京タワー近っ。いい眺めですねぇ。でもヴェンレブルとして飛ぶ方が絶景でしょう?」


 聖透澄は自分で豆を挽き、ご自慢のブレンドコーヒーにチョコレートを沿えて無礼な転職希望者に差し出した。


「ここに就職したいのだって?」


「いいでしょう? 履歴書は持ってきてないけどね。資格欄が足りなくてさぁ。それにこの顔とウワサだけで十分でしょ? 営業もやるよ。事務でもいい」


「導架を一人殺したようだが」


「いいデモンストレーションでしょ? 不意打ちだったのが不本意だけど、真正面からやっても導架ちゃんには負けないよ」


「だろうな」


 助澄がシール付きウエハースチョコを開封する。出てきたシールは、レイだ。


「君はレイとサラが睨みあっている場から逃げたが?」


「サラも倒した方が良かった?」


「ふぅむ」


 ヒトミの方からコンタクトを取ってきたのは透澄にとってこれ以上にないことだ。それこそサラと同格かそれ以上の強さもあるだろうし、潔白にこだわらない分汚い仕事も進んでする。ジェイド一派に対し強い恨みを持ち、マインに関しても面識があるどころか側近として重宝されていた。ヒジリ製菓によるメタ・マイン復活に大きく前進する。


「その代わりわたしを雇うなら一つ条件がある」


「言ってみるといい」


「このわたしのハンマー。この打つ面だけでいいからエウレカ・マテリアルに変えられない?」


「エウレカの調達は簡単ではないのだよ」


「石神井公園でアッシュにブッ壊されたゴッデス・エウレカSCの残骸……。アレ、結構買ったよね? 非合法に。ああ、仰らないで。わたしはITにも強い」


「わかった。改造しよう」


「それならアッシュとレイには勝てるよ。ジェイドは難しい」


「ハッキリ言うのだね」


「まぁねぇえ。このハンマーをエウレカにしてくれるなら、わたしの持ってるマインのすごいアイテムをあげる。サイバーマインってご存知?」


「いいや、流石に。サイバーミリオンなら知っているが」


「それのマイン版がサイバーマインだよ。変身して戦闘に転じたマインの戦力……。つまり技、思考パターン、そして彼女の妥協と理想がインプットされている。こいつは実際相当すごい」


「順序が逆じゃないかね? そのサイバーマインの引き換えにハンマーの改造。こうじゃないか?」


「なんでわたしが下手に出なきゃいけないの? それにドキドキするでしょう? まだあるよ、プレゼント。ところで、ヒジリ製菓としてはジェイド一派とテアトル・Q、どっちも潰す気でいるの?」


「もちろんだ」


「野心がグツグツだね。君の若さ、隠さないで。そしたらロマンティックあげるよ。それが聞けて良かった。じゃあここで決めるよ」


 本当はヒジリ製菓以外に就職する気はなかったが、ヒトミは終始透澄に逆圧迫面接を行った。就職先はヒジリ製菓のみ志望というのは、国内ではの話である。これでも故郷想いなのだ。


「いいコーヒーだね」


「これからは飲み放題だ、会長秘書くん」

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