第39話 アブソリュート・ファイト・フォックス -ムーンライト伝説 & M- ⑤
「おぉう! お嬢さん! 君が相手かい? 君にももちろん感謝をしているなんて言うまでもないよね! 君が! あのヤクザを殺さなかったおかげで僕は顕真くんと再会出来たんだ! 君があのジェイド! その若さで初代アブソリュートマンに並ぶ最高峰の戦士! 新時代の旗手! ……君には恨みはないから、どうせアブソリュートと戦うのならレイの方が良かったけどねェ! 彼ならお得だ」
レイレイレイレイレイ。誰も彼もレイばかり。XYZを倒していい気になっても、やはりレイを倒さねば文句なしの最強にはなれないのか。事実、ジェイドに恨みはなく顕真のみをターゲットにしていたはずのギャモンも「初代の姪」「ミリオンの娘」「レイの妹」というプロフィールだけでジェイドに興味を持って功名心にはやり、ジェイドと戦おうとしている。しかしアブソリュートを捨てた双子の兄のことは些細なノイズとして除去された。きちんと自分は教育を受け、父、伯父、叔母から愛され、希望を託され期待を背負いXYZと戦って勝利した。顕真を始めとする様々な人に出会い、今の力と地位を手に入れた。レイは自由を前借りし、早く咲いただけだ。夕希は一切表情を変えないまま無自覚に前のめりになり臨戦体勢へと移行した。それはもう無意識にレイへの劣等感というノイズを除去出来るルーティンの一環として夕希に認識されている。レイへの気持ちの処理はもう済んだ。戦える。
バリバリバリバリバリとギャモンの髪が地から天に伸びる雷になり、稲妻状に形成され直す。ぱしゃっと水滴が降る。空高く伸びたギャモンの髪が上空に浮かんでオセロからの落雷を防ぐ水のクッションに突き刺さったのだ。
「テアーッ!」
「ギャモブ!?」
夕希の先制のカーフキックが熱血漢を支える筋肉製の幹を捉える。ぐらりと体勢を崩されたギャモンの髪の先端が筆になってマンションに干されていた洗濯物にしんぴのしずくと汗と電撃の水墨画を描く。続けざまにアッパーカットが下顎に無視出来ぬダメージを発生させる。その二撃を撃ちこんだ表情は氷で出来た面のように、一切の動揺を隠すポーカーフェイス。熱血vs冷血! 相反する二つの血の温度は蹴りのエネルギーで少し温度が上がった。
「体格に似合わず骨のあるパンチだッ! いいねいいねぇ、熱いねェ! 顕真くんが下がってしまったのは想定外でも、アブソリュート・ジェイドと戦えるという興奮が僕の失望の錆びを落としてくれる。輝き出した僕の鼓動のリズムギャボ!?」
冷血炸裂! 冷血女の縦回転しながらのキック、スイミングのクイックターンにも似た両足を揃えた四次元殺法が長身の熱血漢の顎を蹴り上げる! 汗か唾液か、何かの液体が顕真のまつ毛に降って視界を曇らせ、顕真は腐った瞼で細かく瞬きをした。
「イカしたセリフを言う時間くらいくれたっていいのにねェェェ!」
アブソリュート・ジェイドの技量を十二分に伝える攻撃だ。だが小柄な体格が災いし、全体重をかけた攻撃もギャモンをスタンさせるには至らない。勝機か? 空中クイックターンはモーションの大きい技。蹴りが終わった後の余波である半回転と着地、体勢の整え……。ギャモンが狙っていたその隙が来ない。そしてギャモンがその隙を狙い打たなくても、夕希を待っているのは浮力のない空気中でターンしたことにより自分で自分にかけてしまったセルフブレーンバスターのはずだ。ギャモンの目が少し敵を探し、ようやく捉える。夕希は蹴ってから少し落ちてギャモンに拳打か蹴りかを迷わせる絶妙な位置で時間を忘れたように浮遊し、右手の人差し指をギャモンに向けていた。背中を丸めて頭を下に、それは母親の子宮の中の胎児に似た姿勢、絶対安全と絶対安心を暗示していた。
「テアーッ!」
「ギャアアアアアモッ!?」
念動力でギャモンを吹き飛ばし上空の水の防壁内にホールド、激しく気泡が立ち上る。新たな空気を補給出来ないギャモンは限られた酸素で考える。そういえば聞いたことがある。史上最強の戦士である初代アブソリュートマンはレスリングと空手を融合させた泥くさい格闘技をメインにそれを補助する豊富な超能力のバランスタイプ。一部では初代以上に恐れられるアブソリュートミリオンは剣技一辺倒、宇宙を彷徨う“怪獣”レイは格闘技一辺倒の肉弾タイプ。そして本来ジェイドは超能力が得意なタイプだという。水の召喚、水の操作、浮遊、念動力、治癒、そして冷気!
水の防壁のてっぺんを割る気泡の数が減ってきた。しかし未だギャモンはハイパーアクティブだ。変化が生じているのはギャモンじゃない。水の防壁だ。
さぁ、洗濯物は取り入れる時間だぞノーヴェンバー。何しろまだ秋なのにオーロラにダイヤモンドダストだ。何が降るかわかったもんじゃない。雨や雪ならいい方だ。ジェイドが降らせるつもりなのは、血だ。
夕希の髪が白く変化する。しかし老婆の白髪と違い、雪と同じ高貴で美しく輝く白銀だ。そして瞳はヒスイを玉眼したような穏やかな緑。アブソリュート・ジェイド:スノウ・ブレイブ! 冷気を纏う強化形態! 残念ながら当事者である対戦相手のギャモンがその姿を見るのは顕真、オセロ、オーディエンスより少し後になる。水のクッションは大量の気泡と不純物を含んだまま真っ白に凍結し、ギャモンの視界と身動きは完全にロックされた。
「ネフェリウム光線」
ZAP!
ヒスイの糸が敵を貫く! ひび割れた氷の中から伝った血が外まで伸びていた髪を赤く染め上げる。
ギャモン! 凍ってしまって動けません!
「テアーッ!」
ジェイドのこおりのつぶて!
ギャモン! まだ動けませぇん!
ここはギャモンの集中力が試される局面!
「テアーッ!」
ジェイドのつららばり!
あぁ~とギャモンまだ動くことが出来ない!
ノーヴェンバーは黄昏時。バトルは大詰めを見せております!
「テアーッ!」
ジェイドのつららおとし!
ギャモン! 凍り付いたまま動けません!
さぁ、まだどちらにも勝機があります。
「テアーッ!」
ジェイドのブリザードランス!
ギャモン! 凍ってしまって動けませぇん!
この強力なポケモ……。アブソリュート戦士を止めることは出来るのでしょうか!
「テアーッ!」
ジェイドのれいとうパンチ!
「ギャアアアアアモッ!?」
次々と叩き付けられ、押し潰そうとしてくる氷はやっと砕け散った。撃ちこまれた氷柱の数はもう紅白歌合戦で採点結果を目視でカウントする日本野鳥の会など特殊なスキルと訓練を積んだものでなければ正確に数えることは不可能だ。そしてようやくジェイド渾身のパンチで氷の牢から解き放たれたギャモンは、走行していた大型トラックのコンテナの上に叩き付けられた。纏わりつく低温で出血した血が凍り付き、コンテナ上のギャモンはまるで小人の国に迷い込んだガリバーの如く磔にされた。電熱で温まろうと電気を放つギャモン。彼を乗せた車が通ると道路の両側の街燈が誘爆して割れ、次第に黄昏のノーヴェンバーは発展した星の穏やかの燈かりではなく過激で不規則な雷傑怪獣の光に照らされる。
そして飛行しながら追いついてきたジェイドの氷の目を見たギャモンは高揚する。
顕真に復讐したい。どうせアブソリュートと戦うならレイがよかった。そんな気持ちが薄れていく。こいつは上玉だ。
「ギャアアアモ!」
凍り付いた血で車の屋根に張り付いた皮膚を強引に剥がし、新たな鮮血を噴き出しながらギャモンは起き上がり、車からライダーキックで白の戦士を撃墜した。アスファルトの上をラグビーボールじみて転々としたジェイドの白い装束の赤い水玉模様の塗料はギャモンのものだけじゃない。今のでジェイドにもダメージが入っている。
「ギャモ!」
ジェイドはキック、地面への激突、そして転がったアスファルトの硬さで負ったダメージにより、立ち上がるのに少々時間を要しているようだ。ギャモンは起き上がりざまのジェイドの前髪を掴んで顔面に膝! 氷の面がやや歪み、よろめいた。そして首根っこを掴み、左手での追撃を狙う。チィームプレェーだァー! この短い切り結びで分かったことだが、ギャモンはジェイドとの相性が最悪だ。遠距離戦では完全にジェイドに分があり、電撃も水で防がれる。その上念動力で強制的に距離を取らされる。しかし肉弾戦ではギャモンのウェイトとパワーが物を言う! 殴る、蹴る……。手段は何でもいいからオセロの雷の射程距離までジェイドを押し戻さねばならない。オセロの雷は上空に張った水で防がれるにしても、必然的にジェイドはその空の水の土俵の範囲から出られず近距離戦を強いられる。
「テアーッ!」
掴まれたままギャモンの顔面を蹴り上げ、小さな氷柱の連射で距離を取る。しかし咄嗟に作った氷柱では鋼の腹筋には通らず、怯まず突っ込んできたギャモン渾身のパンチでガードごと押し込まれて白の戦士はのけ反った。のけ反って、ぐにゃり。よろめいて後退し、カーブミラーの端から端へ歪なジェイドが伸びる。そして像が消えた。ようやく最後の角を曲がったのだ。スタート地点に残してきた顕真とオセロにももうこの戦いが見える。凄まじい。角を曲がって戻ってきただけなのに、顕真すら害さんばかりの冷気だ。そしてその冷気をあの距離で受けながらまだクソタンクトップで凍えもしないギャモンも尋常ではない。
「ギャアアアアアモッ!」
「テテアッ!」
打撃ではなく掴みを重視したプロレス、柔道、レスリング風の上半身の構えと細かいフットワーク。すり足で下半身がバタバタしていない。そこにチャンスを見出したジェイドは上半身を沈みこませ、極端な角度で蹴り上げるカポエイラのメイアルーアジコンパッソでまずギャモンを止める。そして同系統ながら蹴りの方向が真逆である空手の子安キックで熱血漢を宙に蹴り上げた。もうギャモンの腕も足も届く距離ではない。両手がフリーになったジェイドはコスプレイヤーのパンチラを狙うローアングルカメラ小僧めいて屈んだまま両手で印を結ぶ。そして、フラッシュ!
「ネフェリウム光線!」
ZAP!
決まったァ! 効果的な一撃! 筋肉の果実が爆ぜる!
「……」
ギャモンからポジティブの燈火が消えつつある。そのポジティブの燈火があったから顕真の火炎放射にもゾンビ化にも怯まず攻撃を加え続け、一時的に勝利を収めたが、事態は極めてシリアスだ。ジェイドは超能力タイプ。だがそれは搦め手が強い、ということではなく、体術も非常に優れた上でさらに超能力も優れているということ……。変化球がキレキレでなおかつ一五〇キロ台後半の直球を投げて来る投手のようなものだ。つまり隙が無い。幸いなのは、体術の技量はギャモン以上でも体格のせいで技が軽いこと。それが勝機だ。やはり密着しかない。掴めば念力で飛ばされない。
「ギャ……」
夕希はギャモンの蹴りを掴み、抱え込んできりもみ回転! ドラゴンスクリューでブチブチとギャモンの靱帯をねじ切った。一つ、ギャモンから勝機が消える。そして夕希はギャモンの後頭部に両手を回して組み、顔面に膝を二連発! いくら体重が軽いとはいえ無視出来ぬ強打!
「……」
顕真は……。夕希の強さをどう受け止めたらいいのかわからない。顕真は未だゾンビのままで、ダメージの返済も開始していない。まだ自分の出番回ってくると思っているなら、夕希の実力を疑うことになる。いや、実際侮ってはいた。ブッコローガとの戦いでも強い方は自分が倒したし、ギショウのヤクザ組織の主戦力のツルギショウは自分が倒した。夕希が……。強敵をいつも譲ってくれたのは夕希が回避していたからなのか? それとも……。
「顕真のかっこいい姿が観たいから、なんて言ってくれたら最高だったのになァ」
しかし夕希に嫉妬すら抱き始めた今では夕希への想いも純ではない。
「セロッ!」
「“水”の波動!」
顕真の出番はまだあった。ギャモンにあれだけのインファイトを仕掛けられては、夕希は水の防壁を空に張ることに専念出来ない。顕真は己を恥じた。ギャモンとオセロの連携に敗れ、夕希がギャモンと戦っているならオセロも夕希が担当? 既に限度額の半分以上を使っている顕真でも、夕希には及ばずとも水の防壁くらいは張れる。実際、角を曲がったばかりでまだ夕希由来の防壁下に入れていない。ここは顕真の水の防壁が落雷を防……
「テエエエ!?」
顕真の張った水の防壁では水の絶対量、そして込められた念力が足りず、オセロの雷が貫通して夕希に落ちてしまった。いくらか威力は軽減出来たようだがそれでも電撃の痛みは鋭く、そして対象を一瞬硬直させる。顕真の精神、夕希の肉体に大きなタイムロス!
「ギャアモン!」
しかしこれがヒットするとは思ってなかったのはギャモンの方もだ。咄嗟で組みに行けず最短距離で拳の弩!
「テェア!」
夕希の方も咄嗟も咄嗟、洗練された型も狙いすました照準もなく粗暴なジャンピング式の前蹴り、ジャイアント馬場の16文キックに酷似した蹴りでギャモンの顔面に靴の裏の溝を刻む。夕希の靴のサイズは二十二センチ。9.3文キックだ。顕真よ、この数値を覚えておけ。この戦いの後、「ツィギーのファッションを真似てみたい」と言った夕希にブティックでそのサイズの靴を買ってやれ。顕真よ、お前はツィギーのファッションを知っている。お前が燈からフォックスゲートを授かった時、燈のファッションはツィギーのフォローだった。
「ギャ!」
次々と繰り出される電撃混じりの拳の飛箭! 離れればオセロから雷を落とされると理解した夕希はギャモンのお望み通り接近戦に乗る。至近距離からの連打をダッキング、スウェーバックと言ったディフェンスの基礎で搔い潜り、二つ、三つと反撃の拳を撃ちこんでいく。もう夕希の手数の方が多い。
「テェアーッ!」
一瞬、アブソリュート・ジェイドの拳はダイヤモンドダストとオーロラのミラーボールになり、ギャモンのキドニーへ強烈なブロー! 急所に当たってしまったぁー! ギャモンの呼吸は激しいままだが、劣勢の気息奄々青色吐息と興奮と好戦の呼吸ではリズムが違う。
「ハァ……。君を! 侮っていた! この佐渡ギャモン、一生の不覚! 繰り返さないぞ……。顕真くんに負けたあの屈辱はもう……。最初に少しでも君を侮ったことが敗因となり、二の轍を踏むことになるというのなら! もう勝つしかないねぇ。もう君をアブソリュートだとは思わない。ハエを殺すと思う。君をハエだと侮ってるって意味じゃないよ。比喩だ。Take it easyの精神だ。スクワット五百回の後にプロテインを飲むのと同じと考える。君を倒すことで僕のトレーニングは完了する。大切なことだけどTake it easyだ。そう考えないと挫けてしまう。君が強いからこうでもしないと……」
「あなたは強かったです、ギャモンさん。この短い戦いであなたのポジティブで不屈の精神を知りました。もし世界に“前”という方角があるのなら、佐渡ギャモンというコンパスを使えばその方角がわかる」
ほらな。相手を慮って優しい言葉。もしこの戦いの時に弟が既に生まれていて見ていたら、そんな風にきれいごとだと吐き捨てたであろう言葉だ。
「テッ!」
ギャモンの拳を両掌で受け流し、空を切った攻撃を逆流してギャモンの肘を脇に抱え込み、そのまま跳躍して胸板にドロップキック! キックの威力もさることながら、いくら長身のギャモン、小柄な夕希とはいえ、ギャモンの肩から肘は一五三センチもない。めいいっぱい体を伸ばした夕希に肘を掴まれ胸を蹴られれば、伸びるはずのないギャモンの腕は脱臼するしかない。膝、腕。二か所に致命的な損傷だ。相手の部位を一つ一つ破壊し、戦力を削いでいく戦闘の組み立ては初代アブソリュートマンの十八番だ。もしギャモンにヒレや角があったらそちらからむしられていただろう。
「テアーッ!」
ギャモンの目が最大まで見開かれ、そして一度は目を閉じようとした。ギャモンは……。嫌いなんだ。健康診断でも予防接種でも、注射の針が自分の皮膚に突き刺さっていく瞬間を見るのが。
「礼儀に反するねぇ!」
SMASH!!
勝利と言う風船に突き刺さり、それに満たされた血気という空気を抜くであろうジェイドの針は、極太のハイキック。ギャモンはそれを直視、凝視、注視した。ぷしゅうと全てが抜けていく。
「ギ……」
ついにギャモンは地面に倒れ、何も言えずに口を呼吸に専念させた。膝靱帯損傷、肩関節損傷、全身凍傷、上半身の皮膚の一割が剥がれ、ありとあらゆる部位に打撃のフルコース。加えて、急所は外れているとはいえ二発のネフェリウム光線。だが諦めたらそこで試合終了だ。ギャモンのメンタリティは死ぬまで諦めず挫けないゾンビのようだったが、今、非情な現実がつきつけられる。
「……」
夕希の胸の勾玉が神器ジェイドセイバーに変換され、眉間に切っ先を向ける。倒すための攻撃ではなく、諦めさせるための威嚇だ。それでもまだギャモンの心身はゼロじゃない。何かが出来る何かが残っている。
さぁ、どうする? 佐渡ギャモン。その僅かな力で何をする?
「君の勝ちだ。見事だ。アブソリュート・ジェイド」
「ありがとう」
「いつかまた君と」
その瞬間、夕希とギャモンの意識外から骸が飛ぶ。ゾンビの身体能力は非常に低いが、それでも跳躍し、両膝を揃えたまま垂直に全体重をかけた二枚刃のニードロップをギャモンの頸椎に落とす。変身して身体能力は落ちても顕真の体重は変わらない。その体重に落下の加速、鋭い膝とくればもちろんギャモンの首は完全にへし折れ、当然即死である。
「顕真!?」
「生かしておいていいやつじゃないだろう」
「ギャモンさんと戦ったのはわたしよ。それはわたしが判断することよ」
「ギャモンと戦ったのはわたし、だと?」
敗北の屈辱を忘れろ、というのならいい慰めだ。だが戦ったことすらなかったことにされるにはまだ早いし、なかったことにされるにしては顕真は長く戦った。
「今のこいつが大人しく、そして潔く負けを認めたからって、ずっとそうでいられるとでも思っているのか? こいつは昔、俺に負けたからここまで狂気に身を委ねて襲ってきたんだぞ。俺とギャモンの過去を知れとは言わない。だが俺は過去のギャモンと今のギャモンを知っている。こいつは、そういうやつだ」
「……オセロさんはどうするの?」
「知ったことか」
「殺さないというの?」
「……」
「私怨なの? 使命なの? それをきちんと説明出来ないというのなら、過去に囚われて狂気的な復讐をしてきたギャモンさんと今のあなたは同じよ」
オセロも死ぬべきとでも? さすがにそこまでは言えなかったし、そこまでは訊けなかった。
心が離れていく。ただのケンカとして、雨降って地固まるような話ではない。ブティックで新しい靴を買ってやってすむ話ではないのだ。
「……ゾンビを解除する前に、治すわ」
「いい。これだけ食らってしまったのは俺の咎だ。自分で治す」
これから先。顕真は夕希をどう思えばいい?
夕希がギャモンに勝てたのは相性の差なのか? それとも顕真に強い憎しみを持つギャモンのモチベーションか? ……それとも実力の差か。痛痒を伴う賞賛だ。夕希の方がもう強い。誇らしいはずなのに、自分の方が強いなどという増上慢と侮りが夕希を認めさせてくれない。これから先も戦いを続けるならば、同じように顕真が負けた相手に夕希が勝つこともあるだろう。逆もまた然りかもしれないが、夕希が勝つ方が……。
所詮は野干とアブソリュート人だから仕方ない? それではアブソリュートの称号を授けてくれた燈への背信だ。
夕希と出会ったのは二年前の秋。こんな日が来ると思わなかった。
夕希と……。少し距離を置きたい。夕希と一緒にいるとこれ以上強くなれない気がする。
「……」
オセロが雷を落とすタイミングはいくらでもあった。でももう落ちない。ギャモンを喪ったことでもうオセロはそんな気持ちになれなかった。復讐の道具を失ったからなのか、それとも自分を励まし、眠らせてくれた明るいパーソナルトレーナーを喪ったからなのかはわからない。あるいはその両方か。激しい喪失感によりもうオセロは廃人だった。
「あなたをわすれるゆうきだけほしいよ」