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第38話 アブソリュート・ファイト・フォックス -ムーンライト伝説 & M- ④

「こんにちは、顕真くん」


 腐り始めた脳で顕真は回想する。あれはジェイドに会うのよりもずっと前、初めて出会ったアブソリュート人だ。そのアブソリュート人は野干の長老たちが人間に化けて行う会議の場に招かれていた。ちなみに老人の会議でもそんなに長引いたことはない。長老たちが人間に化けていられる時間は限られる。制限のない天才化けギツネの顕真と違って。


「やはり君にこれを渡したいの」


 華奢な足をミニスカートから覗かせ、ショートヘア、アンニュイで大きな目を強調した大胆なまつ毛のメイク。顕真の母星“野蛮の星”でこんな格好をして歩いていたら殺されるし犯されるし服も全部奪われる上に、そもそも“野蛮の星”ではこんな服も化粧品も揃えられない。だが顕真の服装も同じようなものだ。どこかの星から流れ着いた情報で見た和服。それが気に入った顕真は服込みで人間の姿に化けていた。それでも顕真を襲う追いはぎも勝てるチンピラも“野蛮の星”にはいない。

 会議に招かれたその女性……駿河燈ことアブソリュート・マインはブランド物のバッグから、長老たちには見せるのも嫌がるように文庫本大の鳥居に持ち手の付いた枠を取り出して顕真に渡し、嫣然と微笑んだ。


「これは?」


「わたしの中でこれを呼ぶあまりにも殺風景で無骨な呼称はあるけど、これの持ち主は君になるんだから命名は君の感性に任せる」


「名前の話じゃない」


「OK。機能から説明すると、これは君の能力を拡張する道具よ。君の変身能力。見事ね。その変身先を用意し、変身や変身の維持に要する負担を大きく軽減させる。そしてその変身先の戦力は今の君を上回る」


「ふぅん」


 顕真は興味なさげに鳥居……後にフォックスゲートと呼ばれるものを手に取り、様々な角度からのぞき込んだり光を当ててみたりした。興味はあるがいい気はしない。こんなものがなくても星で最強は大黒顕真だという自負がある。


「その道具を起動するために必要になるのがリーフよ」


 燈が顕真に八枚のリーフを渡し、そして二枚のリーフを組み合わせることで変身が可能になることを説明した。そしてシアンスラッシャー、マゼンタブラスター、イエローソーサラー、ブラッククルセイダーのレシピも伝授した。この時の顕真はまだマインしかアブソリュート人を知らない。渡されたリーフに刻まれるアッシュが生まれるのははるか遠い未来だということすら知らなかったのだ。


「テストの時間ね」


「いや、必要ない」


「わたしがしたいの。相手になってよ」


 ジェイドに出会って人間的に成長する前で、“野蛮の星”で野蛮な動物に囲まれ娯楽や修練よりも必要に駆られて暴力を扱ってきた顕真。目の前の洒落た女が顕真に勝てるはずもないと高をくくっていた。

 そして顕真は自分を呼んだような気がしたアッシュのリーフを手に取り、アッシュと連動するミリオンのリーフでシアンスラッシャーに変身した後、ポータルで逃げまくるマインを捉えられず爆撃を食らって頭に血を昇らせた。そして自分の意思でシアンスラッシャーから大黒顕真に戻り、拳を構えた。


「ブッ殺してやる! こんな道具なんて必要ねぇ! こんな道具にはもう用はねぇ! 剣も必要ねぇや。……誰がてめぇなんか。てめぇなんか怖かねぇ!」


「ウフ、キャワいい」


「ヤロォォォブッコロッシャー!」


「ばーん」


 燈に簡単に指をさされただけで顕真は青紫の火炎に包まれた。シアンスラッシャーの姿でいたときも受けた攻撃だが、今度は一撃でダウンする程の威力に感じられた。これで顕真は理解した。あの青い騎士の姿でいる時の自分の方が強かったのだと。


「トリガーを使わない君には興味がないの。でもトリガーにはまだ興味津々だし、トリガーを預けるなら大黒顕真が適任。自分の意思で使いたい、と言ってもらえるように少しお仕置きしなきゃね」


 燈が倒れる顕真を指さすと火花と言うより花火でデコられた輪が開き、立ち上がれない顕真が径に収まった。そして顕真は……。転送先で生き地獄を味わった。落ちるだけで二千年、その底で三四九京二四一三兆四四〇〇億年にも感じられる時間お仕置きを受けながら燈を畏れた。そして帰還すると燈は星で一番美味い家畜のすき焼きを食べながら、長老の長に酒を注がせていた。しかし長老たちの変身が解けていないので、顕真がお仕置きを食らっていた時間は意外と短いのだろう。とはいえ、星最強の顕真が子供扱いされたことは燈による“野蛮の星”侵略完了を意味していた。燈はまさに黒船だった。顕真は掃き溜めと嫌ってきた“野蛮の星”に戻れたことに安堵、いや、それ以上の感謝すら抱きながら、侵略者のご機嫌を取るために燈が“トリガー”と呼んだものに“フォックスゲート”とカッコいいと自分が思った名前を付けた。


「君は強い。可能性がある。でもまだまだだね。この星を出た方がいい。その方が星のためになる。そのフォックスゲートを使った戦いを究めるもよし、フォックスゲートはいざという時の切り札として使いつつ、自分自身を究めてもよし。君にプレゼントがあるの。それは名前。君の将来に期待を込め、アブソリュートの称号をあげる。君は今日から……。アブソリュート・フォックス。変幻自在の化けギツネ」


 顕真、燈、長老。全員の思惑は一致していた。それは顕真を星から出すべきだということだ。

 顕真は広い世界を見たかった。特に「アブソリュート最弱」を名乗る燈ですらこの強さ。アブソリュートはどんなに強いのか気になった。

 燈はフォックスゲートの性能を見たかったし単純に顕真が気に入っていたのでこんな星で一生を終えてほしくなかった。それにイケメンも好きだ。

 長老たちはこのままならば近いうちに顕真に逆らえなくなると恐れていた。いなくなってくれるなら自分たちの権力は守られるし、顕真が他所の文化を取り入れて星を発展させてくれるなら一石二鳥だ。

 長老たちは顕真に星から出て、さまざまな怪獣に出会って情報を集めることを命じた。変身能力を有す野干にとって強力な怪獣の情報はそのまま兵器のカタログであり、文明開化の礎になる。


 何故、燈がこの時点でまだ生まれていないアッシュのリーフを持っていたのか?

 それはまた別の話だが、その後にも何度も燈と会った顕真は当初持っていた嫌悪感や恐怖を薄れさせ、燈に親しみを抱き、歳の離れた姉のように慕っていた。一万二千年生きてきた燈は外庭数やウラオビ・ヨハン・タクユキなどとも交流があったが、外庭は刎頸の仲、ウラオビは向こうは友達だと思って接してくるウザいやつ、顕真はキャワいい弟のように感じていた。しかし、往々にして姉と弟という関係は、弟が奴隷にされるのである。

 その燈はふらっと明かしてくれたことがあった。既存の四種の組み合わせでは、特定の条件を満たすことで裏モードが発動することがある。顕真が見つけた裏モードは、今のところはイエローソーサラーのこのゾンビ化のみである。


「ががが……」


「おぉう! 顕真くん! ゾンビなんて全然元気じゃないよォ! 死体で戦士を作るなら! フランケンシュタインに限るね! 君もフランケンシュタインにしてあげるよ! 1.21ジゴワットの電気でね! それとも心臓への電気ショックで生き返るかい!?」


 ギャモンライトニングフィスト! ギャモンの拳から確かに打撃と電撃が伝わる。しかし先程までと手ごたえが異なる。ゾンビ化した顕真は冷たい……これはあまり関係なさそうだし死んでいるのだから当たり前か、などオメデタイ頭でギャモンは納得した。電撃は問題なく通っている。そして肝心の打撃は、死後硬直か硬くなり弾力を失った顕真の肉のせいでイマイチな気がした。


「トーストにしてやるよ。“火”の波動」


 胴にギャモンの拳を受けた顕真はそのまま左手でギャモンを掴んで固定し、腹から漏れ出す毒の体液で熱血漢を蝕みながら右手の杖で至近距離から火炎放射を見舞う。ギャモンの髪を束ねる稲妻が激しく光り、グズグズと天を衝く髪型が崩れていく。


「ギャアアアアアモッ!?」


「ズワ……。いい焼き加減だな。金髪でモジャモジャ頭とくりゃカート・コバーンだがお前はカート・コバーンよりバカで無駄に明るくて才能もなくて……。カート・コバーンと正反対だ。つまり俺が大嫌いなタイプだズゥ……」


「ギャギャギャモ!」


 火炎放射が終わったら毒の体液からも一旦逃げてプランの練り直し? そんな選択肢はギャモンにはない。至近距離からの火炎で勝てる気でいる顕真の甘さにチャンスを見出し、炎の舌に顔を舐められながら連続パンチを顕真の顔面に見舞う。しかしやはりだ。効いていない。打撃も、電撃も。まさかゾンビ化とは……。不死身なのか!?


「どうしたらいいのかなぁ!?」


「少なめの脳ミソで考えてみろ。そして意識を取り戻したら暇な時に墓場で死んだヤクザ共と反省会しな」


 顕真の口調、声色から一切のダメージが察せられない。ゾンビ化したことで機動力は通常状態より下がったようだが、いくら攻撃を加えてもその足取りはそれ以上は一切遅くならず、ダメージを引きずる重さも見られない。


「RPGではゾンビには回復が逆効果になってダメージになると相場が決まっている! なら応援しちゃうぞ顕真くぅん! 頑張れ頑張れ顕真くん! 負けるな負けるな顕真くん! 僕のあっつぅ~い気合のエールを送り込んであげよう! ギャアアモ!」


 通常状態の人間なら顔面の半分が消し飛ぶ程の拳と稲妻の砲弾! ギャモンの脳裏にも顕真のゾンビ化によるダメージ無効化と言う恐ろしい可能性は浮かんだはずだ。それでギャモンは怯まない。どんな戦士、どんな岩石、どんな金属、どんな星だろうと地道にダメージを与え続ければいつかは死ぬし壊れる。ならば地道でもいいから敵が死ぬまで殴るのを辞めないだけだ。なんたる暴力と狂気の二重螺旋じみた打撃&電撃! 膨れ上がった復讐心はギャモンの理性のタガを外していた。だがタガが外れていようと腐っていようと倒すのが顕真の使命である。


「ギッヒッヒッヒ……」


 確かに直撃している。だが顕真の肉体はギャモンの攻撃では損傷しない。ゾンビ化によって唇が腐り落ちて露になった歯で邪悪に笑った。


「ギャモ!」


「ズワーッ!」


 すぽん! ギャモンライトニングフィストはトゲ付きの身代わりを打つ。ゾンビ化したことでオートを含む身代わりを張らなくなった顕真に対し、ギャモンは一切の加減なく殴っていたため自業自得の大ダメージ! まだまだ戦闘は続行可能ながら、手の骨に損傷が生じる。


「ズ……」


「セロッ!」


 顕真が姿を現した瞬間、一瞬にして空気が破裂し、激しい閃光で顕真とギャモンの目がホワイトアウトした。顕真のいた場所は黒い焦げと白い灰が放射状に広がり、ギャモンも靴の一部が焦げている。夕希は既に顕真のいた場所へ視線を向けている。その位置はオセロが指を向けた先と一致している。


「顕真!」


「ギ……」


 それでもまだ顕真には一切のダメージがない。だが結果から言うと既に顕真は詰んでいた。

 顕真のゾンビ化の特徴を説明しよう。

 まず、一瞬でオセロに看破されたようにオート身代わりは使用不可だ。

 次にゾンビ化することで機動力、運動神経が下がるが、耐久力……受けられるダメージの絶対量は大きく増える。

 そして最大の特徴がダメージの先送りである。この状態ではゾンビ化により耐久の限界が伸びた顕真の体力が尽きるまで、そのダメージはツケにして先送りに出来、どれだけダメージを受けてもコンディション、パフォーマンスは下がらない。しかし、ダメージ借金の限度額が増えた分、限界に達してダメージが破産すると一気に致死量のダメージが押し寄せ死に至る。これを防ぐにはゾンビの状態で徐々にダメージの借金を返済していくしかなく、不用意にゾンビ化を解除して一括払いにしようとするとショック死の可能性もある。

 ゾンビ化で威嚇してギャモンの攻撃力を削いで倒し、ツケにして倒した後少しずつダメージを返済して元に戻る。もちろん無事では済まないだろうがそれで勝てるはずだった。薄氷の勝利を掴めるはずだった。しかし下がった機動力で回避が出来ず、さらにゾンビの姿と牽制になる毒の体液にも怯まないギャモン、オート身代わり使用不可と機動力低下によってアウトレンジから不可避の雷を落としてくるオセロの参戦には、さすがにゾンビ化の耐久力でも耐えきれない。かといってここから回避能力に長けた通常やシアンにタイプチェンジするにしても、借りたダメージが多すぎた。

 詰んでいたのだ。ゾンビ化を選んだ時点で。


「セロッ!」


 空を撫でるオセロの細い指。その指先が止まった先は顕真、落雷のプレゼントは顕真に指定されていた。しかし雷が落ちない。最前線で戦う顕真とギャモンをぐにゃぐにゃとしたプリズムが照らす。恐怖すら覚える狂気の笑みの熱血漢、本当の死が近づいてきた生ける屍。キラキラと不規則な光が二人を照らす。そして見上げると、空中で波打つ水の天井、水の床板、水の絨毯。


「夕希」


「顕真……」


 夕希は意外と勇気がない。相手の感情を慮り、こんな言葉を聴きたくないと相手が思うようなこと、言い換えれば自分が言いづらいことをハッキリと言う勇気に欠ける。状況を見ずにその場しのぎのきれいごとでどうにかしようなんてしょっちゅうだ。だから夕希は言えないのだろう。もう顕真の負けである、と。同時に夕希にもつきつけられる現実がある。

 父の誓いは自分のスタンスと別のものとし、出来るだけ敵を殺さないで英雄を目指すというのに、目の前の恋人はかつて倒した敵に敗れた。ミリオンの言う「再戦と復讐」だ。この事態を防ぐには、顕真は過去の戦いでミリオンの“確殺”の通りにギャモンを殺しておくべきだったのだ。

 言いたい、でも言えない。もう選手交代だなんて、顕真のプライドが傷つく。しかもただの選手交代ではない。選手交代すれば夕希はギャモンと外から雷を撃ちこんで来るオセロの双方を相手にせねばならない。それでも勝てる自信があるのか? ただの身代わりではなく?


「ギャモンさん! サブミッションです!」


 加えてオセロは頭も切れると来た。顕真のゾンビ化の特徴を完全に見抜き、完璧な対策を立てている。そう、関節技(サブミッション)。ゾンビ化した顕真は腕力が落ちているがそもそも通常でもギャモンの腕力に負けているので完璧に関節技を食らうと返すことが出来ない。むしろ通常なら脱臼や骨折などで逃げることもあっただろうが、ダメージ先送りのゾンビではそういった肉を切らせて骨を断つ脱出方法もなく、破産までダメージが加わり続ける。しかも関節技は相手の動きを阻害する。一切の手立てがないまま破産一直線だ。


「……夕希」


「何?」


「すまん。バトンタッチだ」


 言いたくないこと、相手が聴きたくないことを言える勇気がまだ顕真にはあった。そして負けを受け入れる勇気も。

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