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第36話 アブソリュート・ファイト・フォックス -ムーンライト伝説 & M- ②

 もう一度会いたい? ネコにそう問われたような気がした。ネコはモノが死んでから飼い始めたので生前のモノを知らないが、モノの遺影の真下で座ってオセロの目を覗き込むネコはオセロの過去と現在を象徴していた。


「いいえ。ごめんね、素直じゃなくて」


 夢の中なら言える。もう一度会いたい。でも生きねば。生きねば……。

 今日は休日。時間がありすぎる。なおさら嫌なことばかり考える。時間が不要だ。こんなに不要な時間があるのなら、モノに少し分けてあげたかった。なんて、理性に反してモノへの想いのせいでネガティブかつマゾな連想ゲームが始まる。


「ヒャッハー! 上玉だぜェ!」


 そして運まで悪い。質の悪いチンピラに絡まれ、ドライにシカトすると背中にチクリと嫌な感触。


「ヒャッハー! ナイフだぜ! もっとも、これからお前に突き刺すのはもっと柔らかくて尖ってないけどビッグなやつだがな!」


「本当はそんな度胸なんてないくせに」


「あるぜ? 俺は人殺しなんて何とも思わないしアブソリュートも恐れる地獄の悪党だぜ。あのジェイドやフォックスですら俺を恐れ、とどめを刺せなかったんだ」


 なんの因果か……。あの時、夕希がとどめを刺さずに見逃したチンピラはノーヴェンバーに渡り、そこでまた犯罪を繰り返していたのだ。その結果だけ見れば、あそこで殺しておくべきだったという顕真の意見は正しかった。ミリオンの“確殺の誓い”では敵を見逃したことによるデメリットは再戦と復讐、とされているが、こういった形で無関係の誰かに危害が及ぶこともある。そして夕希が更生のチャンスを与えたのにこいつは裏切った。


「おい、貴様。その手を放せ」


 連れ込まれた薄暗い路地裏、響いたのは聞き覚えのある声の聞き覚えのない声色。


「失せろクソタンクトップ」


 聞き覚えのある声、そしてオセロからは死角でも、暴漢の言葉で伝わったクソタンクトップという特徴でわかる。救世主は、ギャモンだ。


「ギャモ!」


 ギャモンは拳に電撃を纏い、暴漢の横っ面をぶん殴った。インパクトの瞬間、ホワイトアウトするような強い光が放たれ、暴漢は時代劇で悪代官に帯を引っ張られる町娘みたいに回転しながら地面に転がった。


「フォックスに会ったのか!?」


 え? オセロの頭の中に疑問符が浮かぶ。自分のことが好きだから、そしてギャモンは正義感に溢れる真面目な人物だから助けてくれたのでは? 初代アブソリュートマンに並ぶ最高峰の戦士ジェイドの噂はオセロも聞いたことがある。しかしフォックスとはなんだ?

 そして何より、健全な肉体に健全な精神を宿すために体を鍛えているギャモンの暴力行為が、こんなに板についているというか堂に入っているというか……。比較的巨体の暴漢を一発でダウンさせる程に慣れているとは……。


「会った! フォックスに会った! ジェイドにも会った!」


 このクズ野郎……。勝てないと悟ると即座に命乞い。そして今回も見逃してもらえると思っている。


「どこで!?」


「マルチアースXという星だ」


「何故フォックスが貴様と会った?」


「俺たちの組織を潰しに来たんだ!」


「組織?」


八鼓組(ヤツツヅミグミ)だ!」


 八鼓組。ノーヴェンバーのヤクザ組織だ。オセロも聞いたことがある。いや、それ以上だ。八鼓組はモノの会社と関係があり、モノの死の遠因である。

 モノの勤める会社は政治家へ裏金を渡しており、検察がそれをかぎつけた。会社はモノの上司にその全ての責任を押し付け、上司が使い込んだことにして自殺させようとしていた。それを許せなかったモノは内部告発の準備を進めたがそれを見抜かれ、口封じとして八鼓組のヤクザに殺された。そして上司もシナリオ通り死んだ。


「こいつらがモノを……!」


「モノ?」


「わたしの恋人だった人です。八鼓組のせいで死んだ!」


「許せねぇ!」


 ギャモンが間髪入れずに「許せねぇ!」と言える人で良かった、とオセロは少し安堵した。ギャモンはオセロに想いを寄せながら、オセロにはまだ意中の人がいると思っていた。その意中の人がもう死んでいるのなら自分にもチャンスがあるのでは、などと喜ぶような人でなくて良かった。


「待った!」


「なんだ?」


「フォックスに会いたい理由があるんだろう? ステキタンクトップ様」


「ある」


「フォックスは俺を殺したがっていた! あいつの恋人のジェイドが俺を助け、やつらはそのことで意見が対立していた! そうさ、フォックスは俺を殺さねばならないと、そしてジェイドは俺に更生のチャンスを与えると……。俺がまた悪事をしていると聞けば、フォックスはその後始末のためにやってくるはずだ!」




 〇




「とても奇妙な星ね」


「……」


「顕真?」


 オセロが襲われてから数日後。見逃したあの男が女性を刺したと聞いた顕真と夕希はノーヴェンバーにやってきていた。手段はポータル。夕希はポータル使用者となり、果てしない距離を結んでこの星の入国審査を受け、入国を許可された。顕真がいくら修行し、勉強しても習得することの出来なかったポータルを夕希は使えるようになってしまったのだ。顕真はますます夕希との距離……いや、嫉妬と、力量においてリードしていたはずの自分の立場が揺らいでいることを感じ、ブルーな気持ちになっていた。夕希を内心見下していたからか? それとも夕希を守る、なんて言葉がハリボテになってしまうからか?


「地球より文明が進んでいるはずなのに、最新鋭と後退が混在している」


 ビルは地球のものよりも遥かに大きく、自動車も全て電動で静か。ビルに埋め込まれた街頭テレビも巨大で、なおかつ空気は澄み、騒音らしい騒音も人々の声しかない。地球ならば二十一世紀になってもこのレベルに到達するまではかなりの時間を要するだろう。おそらく二〇五〇年頃までかかる。それでも行き交う人々のファッションは二十世紀の中盤頃のようなモダンなもので、時代遅れと称されるものがトレンドになっているようにも見える。街頭テレビの放送もあえて白黒放送、しかも内容は大掛かりなセットの歌番組のレトロなグループサウンズ。機能こそフジの暮らす二〇二一年のスマホを凌駕するスペックでも、見た目は鼎が小学校に上がった頃のauのようなデザイン重視のガラケー。それどころか公衆電話も多く見られる。車だって見た目はクラシックカーだ。

 全ての道具がスペック上の進化をしつつ、ノーヴェンバーの住民はその造形の退行を求めている。


「一種のデカダン主義だな。ノーヴェンバーは元々高度な文明を持つ星。今までに俺たちが旅をしてきたマルチアースと同じと考えていると腰を抜かすような星だった。エクトーブがいれば電力はほぼ無尽蔵だ。なんでも出来る。だが進化と成長が飽和し、心は懐かしさを求めている」


「ここでならツィギーの格好をしても浮かないかも」


「ツィギー?」


「一九六〇年代、地球で活躍したイギリス人のモデルよ。父から聞いた。大きな胸とか、そういう直接的なセックスアピールじゃなく華奢な体と童顔で世間を魅了した。一度真似してみたかったの。ツィギーはわたしよりももっとセクシーで美人だけどね」


「ノーヴェンバーも地球とよく似た歴史を持つマルチアースの一種だ。一九六〇年代のイギリスのファッションをテーマにしたブティックを探せば服が見つかるかもな」


「……」


 顕真は知識でマウントを取ろうとしていた。そんな自分が嫌になっていた。最近の顕真の変化に気付かない夕希ではない。ツィギーの格好をしようとしたら期待してくれるし、気休めでも何か褒めてくれるはずだったのに。男心、女心は複雑だ。


十一月(ノーヴェンバー)か。終わりが近いのかもな。いや、新しいものに生まれ変わるとしても、年末年始の行事、例えば大掃除や二年参り、は実に原始的というか、何百年以上も変わらぬものだ」


 これが一体何の知識の披露になっている……?

 また少し落ち込んだ顕真をやかましい音楽が包み込んだ。


「よぉぉおおう! 顕真くん! 久しぶりだな。何年振りだっけェェェ!? 元気かぁい?」


「お前は……佐渡ギャモン」


 オープンカーのステレオからご機嫌なサウンズを流したクソタンクトップが飛び降り、そのままその場でスクワットを開始した。ここ最近冷めた目ばかりしていた顕真は冷たい警戒と戦意で凍り付いた目でギャモンを睨みつけた。


「そうだよォォォ! 死んだはずの雷剛怪獣エクトーブのギャモンだよぉぉぉ! 君に倒された悔しさで、こんなムキムキマッチョの体になっちゃったけどねェ……。でもこんなにポジティブになれたよ! 君が……。僕の希望になったんだ! 増えていく筋肉、比例して膨れ上がる自信! 僕はあの頃より心身ともに圧倒的POWER UPしたんだ!」


「俺に、復讐しようというのか?」


「もちろんさ! それが! 僕の健全な精神を完成させる最後のプロテインになるんだ! 君を倒すことで、僕のPOWER UPは完結するんだ! ありがとう顕真くん! 君は僕に希望をくれた! 後は、君をどう殺すかだよ! ギャモ!」


 ギャモンのスクワットにバリバリと電気が溜まっていく。破裂音は警告音だ。顕真は腰のフォックスゲートに触れた。顕真にとっての大きなアドバンテージ、つまりフォックスゲートに精神が飛んでからタイプチェンジが決定するまでの思考の時間が与えられる。

 顕真は過去にギャモンと戦ったことがある。夕希に出会うのよりも前の話で、あの頃の顕真はまだ凶暴な野干の性格を多く残していた。そしてあの頃のギャモンは……。まぁプロフィールは追々。強さは強豪怪獣に偽りなしだ。種族としてのスペック、鍛えられた肉体と電撃。技術も備えていた。それでもその戦いは顕真が勝利し、再起不能の深手を肉体に与え、その壮絶なる戦いによる絶望で一人の人間の心を完全に折るには十分なダメージを精神にも負わせた。それでもギャモンはリベンジをバネにここまで……。あの頃よりも強くなり、勘も鋭くなった顕真が危険に感じる程のポテンシャルを秘めて再び彼の前に現れた。

 インナースペースでのセルフ作戦会議にも時間制限はある。決断を迫られる。

 フォックスゲートを授かってからここまでいくつもの戦いを経てきたが、わかったことはマゼンタブラスターがハズレだということだ。そのように作られた意図も今ならわかる。


「アッシュさん! ミリオンさん! “シアンスラッシャー”で様子を見ましょう!」


 こちらもバリバリバリと空気を弾けさせ、青の騎士へと変身する。バランス、適性、性能、傾向、縁起。全て顕真にとってちょうどいい形態はこれのようだ。


「ギャモ!」


「スウェェエ!?」


 復讐鬼となったクソタンクトップの(いかづち)を纏った拳の一撃は電撃、肉体の迫力以上の恐れを顕真に覚えさせ、反応が遅れて顔面にまともに入ってしまった。脳まで痺れ、鼻血まで通電していそうだ。


「顕真!」


「スウ……?」


 ダメージは思っていた以上に大きい。膝をつき、まずは呼吸の整理から始める。地面に転がったままのフォックスライサーはまだ拾えない。


「ギャモンさん」


 ギャモンのオープンカーの助手席に座っていたオセロは、自分を疲れさせてくれる陽気で明るいパーソナルトレーナーの変貌ぶりに……。意外と動揺していなかった。というか、ギャモンが豹変することに驚くフェーズはもう終わった。


「殺して!」


 フォックスライサーをピックアップして構えを取り、己を律して臨戦態勢を整えた顕真とやる気満々POWER UPギャモンの次なるコンタクトが始まる。フォックスのシアンスラッシャーはスピードに長けたタイプ。大振りで重さ重視のギャモンの攻撃は回避に専念すれば当たらず、遠隔の電撃もフォックスライサーの放電で散らせるようだ。守りにおいてシアンスラッシャーは最適だった。


「スワーッ!」


「熱いィーィ! もっと熱い血を燃やして行けよ!」


 しかし! フォックスライサーの一撃を振り下ろそうとした瞬間、ギャモンの手からの電磁力で金棒が呼び寄せられ、シアンスラッシャーの刃を防いだ。機動力確保のために通常の日本刀よりやや寸の短いフォックスライサーは攻撃力が低く、電撃が通じない相手にはさらに決め手に欠ける。鬼の持つような金棒とフォックスライサーではチャンバラにならない。シアンスラッシャーは決め手に欠ける。顕真はそう判断した。


「チッ」


「ギャモ!」


 痛烈! 一閃! 猛烈なる復讐の稲妻で思考が高速化し、その殺意はギャモンの動きを加速させる。そして憎い憎いあの腐れギツネの肉の鎧の薄い胴をボディブローが抉る!


「スグゥ……」


「イケるゥ! ほらもっとイケるよぉ! フッルァ……。大丈夫か!? オォイ!」


 腹を抑えて悶える顕真に往復ビンタを食らわして直立させ、額に金棒のフルスイングが直撃! 兜のひさしが破損し、顕真は額を支点に仰向けにブッ倒され青色吐息、肩で呼吸をした。

 電撃バチバチ、正気とは思えないテンションのクソタンクトップ、ボコボコにされる恋人。そんな異常な場を何事もなかったかのように小柄な女性が歩いてくる。そしてオセロのすぐそばに立ち、その目を覗き込んだ。


「何がしたいの?」


「あなたがジェイド?」


「ええ」


「じゃああなたも報いを受けて。あなたが生きるべきとして見逃した悪人はかつてわたしの恋人を殺し、わたしを犯してから殺そうとした。責任は感じないの?」


「責任感はある」


「死刑以外の裁きが出来ないくせに、中途半端に首を突っ込んで無責任に法と正義の番人を気取らないで。責任感はあるですって? その無責任のせいで……」


 オセロ自身も危険な状態になり、明るく陽気だったギャモンは復讐鬼へと変わり、ギャモンを利用してモノを殺した八鼓組、八鼓組を殺さなかったフォックスとジェイドへの復讐を出来るかもしれないなんて、オセロ自身もまた過去の呪縛に囚われてしまった。誰かのせいにしないと気が触れる。

 必死に抑えてきたオセロのストレスは悪の道に落ちることで歯止めが効かなくなった。そして今、オセロはリスペクトすら抱いていた明るいギャモンの恋心に付け込み利用し、全てに嫉妬し、全てを憎み、全てを壊す悪魔になろうとしていた。


「あなたも死んで、ジェイド。すぐに恋人も送ってやるわ」


 一方、倒れた顕真は震える手でフォックスゲートに触れた。インナースペースに現れた姿は無傷のままだが、物理的肉体へのダメージは大きい。ここから先は一撃もダメージを受けず、なおかつギャモンにダメージを与えられるタイプチェンジに変身せねばならない。


「……」


 顕真の手の中にあるカードは二枚。銀色に輝く最強の戦士、初代アブソリュートマン。そして怪獣の黒き王、アブソリュートマン:XYZ。この二つを組みわせることで、他のタイプチェンジとは一線を画す最強形態“ブラッククルセイダー”になることはフォックスゲートの制作者から教わっている。その代わり、ブラッククルセイダーには暴走という大きなリスクがあり、それは変身者のメンタルコンディションによって発動確率が変動する。夕希に追い抜かれる焦り、完膚なきまでに叩きのめしたはずのギャモンの復讐、そして夕希が逃した悪人の再犯……。XYZの怒りと恨みと憎しみに飲み込まれる可能性は高い。それに、夕希のトラウマであるXYZの力は使いたくないし、XYZを想起させる姿にもなりたくない。


「とっておきだ! それに今は彼女が最強だ!」


 顕真の指の間のリーフが変化する。それぞれ純白とピンクに!


「ジェイドさん! プラさん! “イエローソーサラー”でお願いします!」

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