第33話 スターバックスvsマゼンタブラスター
「ふざけやがって……」
変身の際の衣装と体質の変化により、普段は覆面に隠れている烏頭のスキンヘッドが露になり、不健康な青白い肌の表面にビキビキと怒りのメタファーとして血管が浮かび上がり、目の前のドブウサギに殺意の凝視。
テアトル・Qも予習・復習してなかった訳ではない。テアトル・Q結成時はまだウラオビ・ヨハン・タクユキが健在であり、ウラオビは顕真の仮想敵であったためイタミ社のメンバーの予習・復習は行っていた。もっとも、タイミング的にはウラオビは健在だが沈花、鳳落、狐燐の良識派はウラオビから離れた後だったが……。
顕真によるイタミ社の戦力の序列は上から沈花、鳳落、狐燐、経修郎、ウラオビで、トレーニングの段階では楓と木楠のみ、いざという時なら狐燐までなら戦ってもいいと許可されていたが、基本的には戦わず、戦うのは襲われた時のみと条件づけられていた。
一方でトーチランドに関しては既に壊滅していたため、テアトル・Qの首脳陣である顕真と金吾からはイツキの追跡をすることだけ命じられ、さらにその追跡も現段階では楓と木楠のみ許されていた。
ただし顕真と金吾が組んだのはトーチランドの動きが活発になる二〇二〇年夏よりも前の二〇一九年一月のことであり、寿ユキ一派vsトーチランドには参戦する気こそなかったもののトーチランドのメンバーは全員把握していた。それでも顕真が危険視したのはヒトミ、そして追加戦士のバースだけだ。漢字を覚えて覚醒したバースの戦力は顕真を以てしても五分五分かバースが一歩リード。ヒトミは底なしの悪意とその悪意を使うための悪辣な思考回路が危険視されていた。そのヒトミが復活したとあれば……。
「俺の後ろに隠れろ、ランドランナー」
ランドランナーは改札を飛び越え、烏頭を盾に縮こまってみせた。鬼畜のスターバックスは得物のハンマーのストラップに指を通し、くるくると回して弄びながら嘲笑している。
「ゴングはいらない。バィキィ!」
大跳躍で改札を飛び越え、打ち出の小槌を振り下ろしてきたゲスウサギを空中で撃つべくアッパーカット! 烏頭のベースとなる格闘技、プロレスには「拳の先端を使った打撃は反則」というルールがあるものの、その一方で「四秒以内の反則ならしてもいい」というルールもあるため、烏頭がアッパーカットで空中のヒトミを殴ることはプロレスのルールブック上何も問題はなかった!
「ルルっと」
筋肉の出力ならばレイと肩を並べるマゼンタブラスターの拳は鬼畜のスターバックスの靴の裏で受けられた。筋肉の出力こそレイと同等でも、普段からその筋肉を駆使しているレイと変身時しかそれを使えない貧弱な烏頭では使い方の経験値が違い、打撃はレイと比べると低威力で不慣れだ。それでも、靴の裏とは言え敵を殴った感触としては軽すぎる。靴の裏でも、骨でも肉でもないものを殴った感触、“スターバックス”という弾力のある一つの塊を殴った手応えだった。
「ル」
スタバは閉じた改札機のゲートの上に着地する軽業を見せ、打撃を受けた下半身から衝撃を逃すように体を震わせた。
「ゴア族カンフー、知ってる?」
「攻めの奥義は“十二酷弾腿”。守りの奥義は“三十六式方円掌”。フジ・カケルは守りの奥義を使えると聞く」
「やつの守りの奥義は実際硬い。バリアーもあるし、やつは守りの奥義を単なる守りの技、としか考えていない上、それを編み出したゴア族の哲学から意図的に目を背けて自分のアブソリュート拳法に組み込んでいる。あれはあれで大したものだ。だけどわたしは違う。わたしは、史上最も守りの奥義を有効活用できるゴア族だ」
「まさか、掌でなく足の裏で守りの奥義を使ったというのか!?」
「それも出来る。幸いにも時間は掃いて捨てる程あったからねぇ。でもきっと歴代のマスターにはそれが出来た人はいただろう」
鬼畜が身を屈めると黄色いジャージの太ももが膨れ上がり、次の瞬間に烏頭の目は焦点を失って視界の端は銀粉に縁どられ、自分の体を嫌に重く感じていた。
「バ……?」
「イツキちゃんを追いかけているくらいだから、托卵ゴア族の勉強はしているよね? ……答えなよ」
鬼畜のスターバックスは形だけで笑みに開けた口と冷めた目でマゼンタブラスターを睥睨し、打ち出の小槌を握りなおした。
「托卵ゴア族計画は、人間の胎児にゴア族の遺伝子を組み込み、先天的な特異体質を与えるもの……。犬養樹はバリアーによる“超人見知り”、貴様はゴムやバネの性質を持つ“超弾力”だったな」
「お前、大学出たでしょ?」
「ああ」
「でもバカだね。先生からの質問に答えるならそれでいいけど、ここは戦場だ。ランドランナーが怖がるよ、お前にとっての逆風が明らかになるごとに」
「バィキィッ!」
三味線、騙し討ちはヒールレスラーの十八番。無駄な問答の間に頭と体は再回転を始めた。闇雲な狙いだがマゼンタブラスターは不意打ちの逆水平チョップで鬼畜のいた場所を薙ぐ。
「ル!」
攻撃の後に烏頭の視線が追い付いた。逆水平チョップはスタバには当たらない場所を撃っていたようだが、スタバはあえてその攻撃範囲に踏み込み、得物を握っていない左手の掌でその逆水平を受けていた。やはり骨と肉ではなく、“因幡飛兎身”という塊を殴った感覚だ。……何故、避けられたはずの攻撃を避けなかった? 何故これだけの体格差をものともせず、攻撃を無効化出来る? 烏頭の頭はようやく答えを導き出せた。
「わたしの特異体質は“超弾力”。衝撃を分散し、蓄え、いざという時に収束させて爆発させ、威力に変える。そして特異体質により柔軟でよくしなるこの体は!」
ぐぐぐ、とスタバが体をねじってハンマーを引く。そして限界まで変形させたゴムが勢いよく戻るように加速加速加速!
「ルアッ!」
凄まじい威力! きれいにヒット! マゼンタブラスターの胴を覆うプロテクターを貫通した衝撃は内臓にまでダメージを与え、赤い塗装を剥離させる。うさ耳バンドに束ねられながらもばさりと舞ったウェービーなロングヘアーから覗く口元は、相も変わらず余裕と軽侮の嘲笑である。
「バババ……?」
「ゴア族のカンフー守りの奥義で受けきれない衝撃はこの体に蓄えられる。あえて守りの奥義で軽く受けることでさらに蓄えることも出来る。もちろん、守りの奥義は近距離戦において鉄壁。守りの奥義の鉄壁が、“超弾力”により攻撃力に反転し、加算される。おわかり? 近距離戦では、わたしを倒すならわたしの守りの奥義が間に合わないスピードかつ、“超弾力”を貫通する威力が必要だ。これが出来るのはそれこそジェイドだけだよ」
「……」
腹部を抑えて蹲る烏頭の肩をランドランナーが叩いた。そうだ……。烏頭はプロレスサークルでは貧弱な体と運動神経の不足によりほとんど試合はしなかったが、烏頭の憧れは善玉レスラー。プロレスにハマったきっかけこそ、当時悪玉のトキワ・タツチカでも、彼の性根はスタバとは対極の正義だ。ランドランナーを守らねばならない。それが頑馬との約束、そして正義こそ烏頭の理。ここで無様にランドランナーを差し出したとあっては、烏頭の所属していたプロレスサークルの面々にも、かつての恋人にも、力を授けてくれた顕真、戦いを求める烏頭に戦いのチャンスを与えてくれた金吾にも顔向け出来ない。それに……。
「君に勝算はあるのかね? ないのなら私があの女の子を説得する。私はこれでも一流の映画監督で脚本家だ」
それに正義のための戦いに憧れて鍛えてきたのに、生まれつき強く、鍛えてさらに強くなったのになお悪でいる様なやつになめられっぱなしじゃ、生きてる甲斐がねえんだよーっ!!
「勝算なら……。ある!」
なかった。ついこの前までなら……。
烏頭がフォックスゲートに触れると時間が静止……実際にはストップしていないが、ジェイドでもスタバでも認識不可能な、時間の流れが四捨五入でゼロになる烏頭だけの空間インナースペースに意識が飛び、ここで使う覆面プロレスラーの姿へと戻った。
手に握るのは、三枚目のリーフ。白い毛、巨大な爪、鋭い牙、鬼の印象を与える尖った頭部。豪鬼怪獣ホローガだ。そして顕真の武勇伝にあったホローガを改造したサイボーグ怪獣ブッコローガも、量産型ではあるもののついさっき自分の目で確かめた。
今なら出来る。やれると信じる。勝つと決める。守ると誓う。倒す覚悟を決める。
そしてリーフは応えた。プリントされた怪獣は、野性味溢れるケダモノからパンクなサイボーグへと変わる。
「ブッコローガさん! レイさん! ……マインさん! “マゼンタブラスター:C”!」
Crypto! それは、木楠士がフジ・カケルとの戦いの中で偶然発現させたトランスフュージョンとフォックスゲートのアップデート! 従来のアブソリュートマン二枚のリーフに加え、怪獣のリーフを加えることで短時間のみ爆発的な力を発揮する!
このクリプトの発見により、フォックスゲートはアブソリュートの力を借りるAトリガー、怪獣の力を借りるBトリガーに次ぐ、アブソリュートと怪獣双方の力を借りるCトリガーとして名乗りを上げた! 偶発的にクリプトを発現させた木楠ですら、一分間は強化形態フジと互角だったのだ。木楠が持ち帰ったクリプトのノウハウをみんなで吸収し、練習した今なら! ぶっつけ本番でスタバに勝てるのなら! Cトリガーは文句なく完成したと言えるだろう!
マゼンタブラスターが一瞬炎を帯びる。そしてそういったエフェクトとしてではなく、マゼンタブラスターの目に闘志の炎が灯る。その異変を感じ取ったスタバは弾力のエネルギーを足に回し、たった一歩のバックアップで驚異的な距離の間合いを取った。
「マッチョってこれだから嫌い。バカだもん。無駄にポジティブでマジで嫌い。希望になりえない小さな要因でバカみたいに喜んで、結果ぬか喜び。自分を過信して醜態を晒す。それがマッチョというバカな生き物だよ」
「マッチョをバカにするな」
「マッチョはバカだよ。例えばあの人は……」
「具体例を出すんじゃない! それにマッチョは賢いんだ。アーノルド・シュワルツェネッガーはカリフォルニアの州知事にまでなったんだぞ!」
「シュワちゃんがやるとバカに見えるなぁ。でも彼は名優だ。メイドとの間に隠し子がいたことを十年も隠してたんだから。でもまぁ、お前がバカなことに変わりはないね。切り札……みたいのを使って、悠長におしゃべりしてるんだもん。時間制限があるものだったら、おしゃべりで時間を潰してていいの?」
ジャキッ。多少の被害は仕方なしとして、マゼンタブラスターは筋肉と怪力以外に与えられた力、即ちマイン由来の火器での攻撃によってスタバに守りの奥義の使用を許さない。まずは小型ミサイルの硝煙が駅構内を満たし、鬼畜に向かって一直線だ。
しかし着弾すると思しきタイミングで、駅の中の硝煙はスタバの手元に吸い込まれ、無傷のスタバとミサイルが消滅した事実がクリアになった。
「Bトリガー、“悪食怪獣ウインストン”。ミサイルを食べさせた。近距離が無理なら遠距離? 甘い。なんて甘い。まるでスタバフラペチーノ」
スタバが打ち出の小槌をくるりと回すと、通常の火薬由来ではなくマゼンタブラスターの念力由来の鮮やかなマゼンタの火炎が小槌で揺らめき、纏わりつく。ウインストンのBトリガーに食われたミサイルはBトリガー内で起爆し、その威力はキープされたまま吐き出されるのを待っている。
「マインを継ぐのはわたしだ。お前なんかではなく」
弾力を足に回した電光石火! 一瞬にして烏頭の懐に潜り込み、弾力強打プラスMBミサイルの威力の致命的な一撃がマゼンタブラスターの胴で爆ぜる。看過出来ないダメージと、「これ以上この強敵と戦うな」という警告の表れとして吐血が発生する。
「でも、ここからお前が逆転するのなら! 命だけは許して!」
殴打!
「犯すのもやめて! わたしはまだ死にたくない!」
かつてフジの守りの奥義を崩しかけたヒトミのキック。スタバになった今のヒトミの蹴りはその時の威力を遥かに上回る。元より頑丈で守りの技術、守りの意識、守りの本能と反射が強いフジと違い、実戦経験、守りの意識、本能、技術共に乏しい烏頭では、致命的なダメージを受けたことは想像に難くない。
「一生のお願い! わたしの命と貞操だけは絶対に見逃して! お願いしますお願いします! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ここからお前が逆転するのなら、一生のお願いだから! 許して!」
そろそろ蓄えた弾力が足りなくなってきたようだ。鬼畜のスタバは攻撃力に優れるクジー、エレジーナ、センゴクのBトリガーを即座にスイッチしながら、最早抵抗する体力のない烏頭を続けざまに殴り続ける。
マゼンタブラスターは、フォックスのタイプチェンジではブラッククルセイダーに次ぐ防御力を誇る。そのマゼンタブラスターがクリプト化しているにも関わらず、狂気、悪意、侮辱による蹂躙で反撃する体力はもうなかった。ウインストンのBトリガーの一撃の時点で既に勝負はついていた。それでもヒトミは烏頭を殴り続ける。
雑魚を蹂躙することはヒトミにとってこの上ない娯楽だったが、先程からそこに混じっていたノイズと必要以上の加虐性は、烏頭がマゼンタブラスターでマインの力を借りていたことが原因なのだろう。
「一生の! お願い!」
エレジーナのBトリガーの一撃が致命傷となり、マゼンタブラスターの機械系統に激甚なダメージが生じてマゼンタブラスターは烏頭にとってただの鈍重な拘束具となり、動きを止めた。
一方的に攻撃しているにも関わらず、許しを懇願し、“一生のお願い”までここで使ってしまった鬼畜のスターバックス。つまり逆転される可能性も皆無、ここから少し烏頭が盛り返しても自分を好きにするには至らない。スタバはそう確信していた。その激しい挑発と侮蔑により、烏頭の闘志はもう……。