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第30話 フジ・カケル&犬養樹vs糸泉導架

 メロンのメンタルはあまり強い方とは言えない。不動の平常心に関して言えば、ユキやメッセにやや劣る。メッセとのダブル司令塔というポジションとしてはやや不安を残す弱点にも見えるが、メロンのメンタルがメッセやジェイドと比べると不安、というのは寿ユキ一派随一の優しさと気遣い、人情深さによるものであり、それはメロンの人望、人徳に直結している。メロンとは最悪のファーストコンタクトを果たしたあの鼎ですらメロンの優しさ、人情深さ、母性には全幅の信頼を置いている。やや冷徹なメッセだけではなく、不動の平常心の代わりの人情、人徳、人望による優しさ。冷徹と優しさ、この両輪があるからダブル司令塔は機能しているのだ。

 フジの視界の端が捉えるメロンは、ノイズが混じって緑色にやや濁り、動揺が感じられる。


「曇るな、メロン」


 ここは大学生が多く、戦いでは犠牲が出ることが見込まれる。大学生は好奇心が強く怖いもの知らずなので、危険な場所でも粘り強い野次馬になりやすいのだ。加えてガラス張りの豪奢なこの校舎では、ガラスの飛散による被害の拡大も想定しなければならない。しかも今回共闘するのはイツキとだ。広範囲を駆け回り、飛び回り、機動力を駆使し、メインウェポンは遠距離攻撃かつ、範囲を攻撃するAトリガーのミリオンの“鏖”の弾。周囲の人間、環境、全てがイツキとの相性が最悪だ。狭い場所でも相手に密着して殴り倒せる頑馬との共闘なら最高だったのだが……。

 焦るフジは静かな口調を必要以上に心掛け、冷静すぎる程冷静にメロンに指示を出す。


「メッセと狐燐さんに連絡を取る必要はねぇ。俺と犬養で仕留める。動揺しているのはわかるが、お前さんに二つ頼みたい。まず一つ。この近くで一番デカい部署を探せ。教室じゃダメだ。キャリアセンターでもダメ」


「探るわ」


「次に、可能な限り分身を作り出して俺と犬養の周りに設置しろ。お前さんにはポータルを感知する機能がある。敵の見えづらいポータルカッターを防ぐには、お前さんのポータルセンサーでの予測でしか俺では対応出来ねぇ。あとは犬養にもついて連携の強化を頼む。悪い……。頼む」


「わかったわ」


 ぽぽぽんとフジについていたリーダーメロンから分身が増えていく。やはり分身の霊体が濁っており、今のメロンはこれ以上のリクエストに耐えられる状態ではないようだ。メロンは気付かず、そしてメロンがメッセと繋がっていたらメッセが気付いていただろうが、この場面、かつてないほど状態が不安なメロン、環境との相性が最悪のイツキと共闘するより、メッセと狐燐に連絡を取って頑馬を呼ぶのが最適解だ。そうしなかったのはフジの意地だ。これ以上、強敵との戦いを避けてどうする? 不利なフィールド? ジェイドもレイもミリオンも環境を言い訳になどしない!

 同時に、イツキから白石老人とイツキ、龍之介の関係がメロン経由で伝達され、メロンがかつて手にかけた人物が二人の息子であることがフジも知ることになった。ヘビーだ。メロンの優しさ、そして献身による贖罪を知るからこそ、この現実と相手はメロンにとって最悪すぎる。かといってメロンは贖罪をしているし悔いている、なんてのは相手にとっては知ったこっちゃないメロンの都合だ。


「作戦会議は?」


「終わったぞ。残念ながらメロンはここにいねぇ。それでも俺と戦うか?」


「うぅん」


 導架は頬に人差し指を当ててぶりっこしながら鎌を弄んだ。


「うん、やろう。ここでわたしをやっつければ、おじいちゃんとの“契約”もよりよいものになるかもよ?」


「ならやってやらぁ」


「これ以上のご褒美が欲しいの? いやしんぼ!」


「あぁ~よかった。俺は元々ドMだ。だがドM心がくすぐられねぇということは、俺はロリコンではなかったということだな。もしくはてめぇがどうあがいてもメロンのような魅力を持てないか」


 メロンのポータルサーチが反応する。不可視のカッターだ。


「セアッ!」


 フジから極めて遠い場所、つまり導架の至近距離でスカイブルーのバリアーが展開され、被害を最小限に収める。バリアーで視界を塞ぎ、さらに押し込んで床に転がった筆記用具やメモ帳が導架の足元に押し寄せる。導架が鎌でバリアーを破壊しようとした瞬間、超常の壁は消滅して青の戦士のバネが極限まで跳ねる!


「死ぃにやがれぇ!」


 世界に一つだけのドロップキックが決まっていくぅ! 導架の小さな体ではフジのドロップキックに耐えられず仰向けに蹴倒される。そして過去のミリオンが「どえらい上玉」と評価したイツキの気配り! 導架の鎌をパクり、敷き詰められた分身メロンに渡すと分身メロンはバケツリレーでどこか遠くへ鎌を持ち去った。サンキュー、メロン、犬養。


「メロン!」


「方角はOK! そこから渡り廊下を通って富士見坂校舎へ、廊下を道なりに少し進むと富士見坂校舎教授室がある。基本的には学生の出入りNGの大きなオフィスよ」


「条件はバッチリだな。犬養! 聞いてたな? 先行して事情の説明と人払いを頼む!」


 がらがらがら。イツキが職員を襲撃し、資料を運んでいた台車を強奪した。いくら導架が小さくて軽いとはいえ、メロンのルート表示では富士見坂校舎教授室まで導架の髪、服を掴んで引き摺って行くには遠い距離だった。しかし台車があれば無理ではない!


「これで運ぼう!」


「ナイス犬養!」


 倒れる導架の顔面に瓦割パンチを一発見舞って怯ませ、フジは台車を押す……。ダメだ、学生が集まりすぎている……。


「アブソリュートミリオンの力! “鏖”の弾!」


 イツキが壁と天井に極限まで威力を抑えたAトリガーを撃ちこみ、学生たちを散開させる。そして!


「……」


 台車の上で身をよじる導架はイツキの表情を認め、何をする気か一瞬で悟った。そして体を反転させ、背中を丸めて後頭部を手で覆うカメのポーズで防御した。


「“鏖”の弾!」


「痛ッタァッ!?」


 台車上の導架に至近距離で“鏖”の弾! この一瞬では威力のチューンが不完全だったので“鏖”の弾の威力は最低に抑えられていたが、そうでなくてもイツキは撃っていただろう。

 かつて、カイと戦った頃のようないっぱいいっぱいでも、憎悪や癇癪故の殺意でもない!

 犬養樹にきっかけを与えたのは駿河燈。技を教え込んだのは未来のフジ・カケル。そして実戦で引率、実践、指導してくれたのは、若き日のアブソリュートミリオンだ。今のイツキは駿河燈、未来のフジ・カケル、若き日のアブソリュートミリオンと三人の師を持ちながら、最もミリオンに影響を受けている。レイ、ジェイド、アッシュの三人にはあまり見られないミリオンイズムを最も色濃く継いでいるのはイツキなのだ。それ即ち、“確殺”。ミリオン程は徹底出来ずとも、敵を侮らずに正しく恐れる、つまりリスペクトすることで徹底的にダメージを与える。鳳落の薫陶を受けた沈花、フジも相手をリスペクトすることの重要さを学んでいくのを一つのスローガンにしているが、この冷徹こそがミリオンイズムだ。


「効いたか?」


「あんまりみたい」


 台車を押すフジは目的地に到着するまでよそ見禁止の安全運転。イツキは先行して教授室に事情の説明、もしくは強引な人払いという命令を無視してフジと並走し、さらに導架の髪やリボンが車輪に巻き込まれてストップしないようにバリアーでケアしている。とことん気の利くレディだ。


「わたしはね、犬養樹。君と違って血を流さない女なんだよ。いや、どうだろうか。君も血を流すの? その生まれで」


「……何が言いたいの?」


「割と直接的に言ってるつもりだけど」


 もう喋るな……。フジは焦りを怒りに変換し、台車を押す足を速める。ここでイツキまで平常心を失うとなると戦況は悪化の一途を辿るばかりだ。そして最後の角を曲がった。当然慣性の法則で導架は台車から飛び出そうになるが、ここもイツキが回り込んで頭部にキックを見舞いフォロー。イツキが導架の挑発で平常心を欠くというのは杞憂だったようだ。平常心のまま、とことん気が利くいい女だぜ。


「犬養! 目的地が見えたがドアが閉まってる。今からお前さんが先行して開けに行くにはもう遅い!」


「Δノワールで破壊する?」


「乗れ!」


 イツキがジャンプ一番、右足で導架の頭、左足で背中を踏んで固定する。右足の靴の裏は首の筋肉による必死に抵抗、左足の靴の裏は導架の背中に浮いた背骨がぐりぐりと蠢くのを感じる。そんな暴れるサーフボードの上でイツキは恐るべき体幹でバランスを保ち、富士見坂校舎教授室の分厚い鉄の扉に向かって一直線! フジはブレーキを掛けるどころか加速している!


「マッスルインフェルノだ!」


 相手をサーフボードに見立てて乗ったまま壁、この場合は分厚い金属製の扉に敵の頭部から激突させる様はまさしく、キン肉族三大奥義が一つ“マッスルインフェルノ”だった。

 台車とフジのアシスト付きとはいえ、フジの加速、レディの体重は明かせないがイツキと導架の体重、台車の重量が加算されたイツキのマッスルインフェルノは扉の蝶番を破壊し、教授室内の突き当りに激突! 教員たちのオアシス、教授室に三人の若者を乱入させる。


「犬養、後は任せろ! お前さんの判断に任せるが、メロンから指示があった場合は適宜そっちに従え!」


「頼んだ!」


 イツキはAトリガーの銃口を天井に向けたまま、教授室の休憩スペースへと歩みを進め、やや脅迫じみた方法で教員と職員を避難させる。教員と職員はいい大人なので、アブソリュート人が戦っているとわかれば避難するし、危険な女が銃を振り回していれば学生のドッキリではなく本当にやばいと正常に判断して逃げ出す。加えてここはある程度の広さはあるがオブジェクトは多く、メロンに依存せずポータルカッターを見切ることも出来る。場は整った! 


「てめぇがあのミストレブルか」


「なんでそう思うの?」


「会長がヴェンレブルだということは知ってる。その孫が突然変異の希少種になることもあるだろうよ」


「どうだろうか?」


 イツキのマッスルインフェルノは扉、突き当りの壁と二段ヒットしている。導架の脳天の皮膚が裂け、台車で伸ばされた血を顔全面に塗りたくって無邪気な笑みを浮かべる。この状況でこの無邪気、フジは導架のその笑みに狂気を覚えた。笑っていられる状況ではないのに楽し気に笑っているやつは……過去にもいたが、あいつのようなやつは今後二度と会うこともないようなレアケースだ。というかあんなのには一生で二人も三人も会いたくない。


「セアッ!」


「ギレェッ!?」


 フジと導架の身長差ならば、ただの前蹴りが防御力の低そうな胸にもヒットする。導架は後ずさりして持ちこたえ、衝撃を逸らす上体の前後運動でネクタイが大きくひらりと舞った。


「この畜生が!」


 龍之介に……。龍之介にカタギの生活を返してやってくれ……。もう十分にあいつは苦しんだだろう……。その上で誰も恨まず前に進もうとする龍之介の邪魔をしないでくれ……。

 スポンサーの孫? 知ったことか。フジはアブソリュート人の戦士。その使命はスポンサーからの収入を得ることでも、アブソリュートの星にポジティブな印象を抱かせるための活動でもない!

 平和……。まずは望月家の四人。鼎、鼎の弟のケンヂ、父の厚、母の法子。誰よりも深くヒーローの本質を理解している鯉住音々。ウラオビに人生をめちゃくちゃにされかけても自力で軌道修正させた大森龍之介とその恋人。音々の持つヒーロー観でのヒーローこそがあるべき姿だと信じている。決して消えず、誰かの視界に入り続ける。それは例え宇宙が滅び、虫になっても生き延びようとするフジの生き方と一致している部分がある。その姿を信じるからこそ、自分は英雄であらねばならない。そして鼎をかっさらわれたナカムラが、「この男に負けたのなら仕方ない」と納得し、溜飲が下がるような英雄の勇姿を! だからまずは! 龍之介の平穏と将来を濁らせるこのガキを倒す!

 導架のネクタイを掴んで引き寄せ、腕を水平に振って顔面に肘! 続けざまに垂直に振り下ろして脳天に再び肘! 導架の脳天から血があふれ出す!


「ギレレレ……」


「セアッ!」


 導架の顔面を複合コピー機の読み取り面に叩き付け、フジはスタートボタンを押した。強烈な光の帯がゆっくりと生意気なガキの顔面を横切っていく。


「ギリャアア!! 目が……。目がァアアア!」


 導架が顔面を手で覆ってのたうち回る。一見するとフジによる拷問のようだが、そうでもない。ポータルカッターなどという未知の技を持ち、しかもフジはまだヴェンレブルとは戦ったことがない。慎重すぎる程慎重にありとあらゆる攻撃をテストしなければならない。


「目が……。なんだオラァ!」


 給茶機の方向に向かって蹴り飛ばし、噴き出した熱湯が導架の皮膚を爛れさせる。幸いにも露出度の高い服のため、服に熱湯がしみこむ面積が少なかったが、その痛みと守勢にすら出られないフジの猛攻で導架からは完全に嘲笑が消えた。


「ギリャアア!!」


 導架のネクタイをシュレッダーに突っ込み、ズガガと裁断が始まって導架がシュレッダーに吸い寄せられていく。目のホワイトアウトが終わった導架は必死の形相で顔を上げ、上半身のバネで抵抗し、状況を確認する。


「ギルッ!」


 通常のシュレッダーの場合、裁断した紙を排出するトレイを本体から抜き出せば安全装置が作動して止まる。しかし!


「スポンサー様はお偉いこったなぁ! 三兄弟仲良く地球を守りましょう~? 簡単な任務だよなぁ~? 何せレジェンドNo.2、アブソリュートミリオン様の息子だもんなぁ?」


 バリアーの結束バンドで導架、シュレッダー、排出トレイは固定されている。第一の脱出案、失敗。


「ギルッ!」


 シュレッダーは電動である。つまりコンセントを抜けば必然的に裁断は止まり、ゆっくりとした絞首刑は終わる。しかし!


「薄給で外庭だのXYZだの改造ゴッデスと戦えだって? 訳ないよなぁ。簡単だよなぁ~? 『最強のお兄さんとお姉さんがいてこれ以上何が困るんですか』ァ? 簡単すぎて涙がちょちょぎれらぁ!」


 プラグはしっかりとバリアーで壁に固定されている。しかも手の届かない距離だ。シュレッダーごと引っ張って引き抜けるはずがない。第二の脱出案、失敗。


「ギルッ!」


 ならばカッターで電源コード自体を破壊する! カッターの用意をし、血走った眼で撃つべき場所を探すしかし!


「ミリオンの息子でジェイドとレイの弟? 楽ちんな仕事だァ。なぁんて簡単なお仕事なことだろう。なんだァその目は……。笑えよかわいこちゃん!!」


 フジが導架の頭を掴み、顔面をシュレッダーに向かって執拗に叩き付ける!  あのシュレッダーが壊れるんじゃないかという程激しく叩き込むのを、スラムダンクっていうの! バシャッと血が飛び、導架の抵抗が弱くなった。しかしここから先、導架が望んでいたこと……。さっきまでの導架が望んでいたことが起きる。電源ケーブルがちぎれたのだ。


「セアーッ!」


 フジが力任せのヤクザキックでシュレッダーを蹴っ飛ばし、床を滑ったシュレッダーは壁に激突、慣性の法則で飛び出した導架は窓を突き破って外に飛び出し、室内に残ったシュレッダーと窓枠越しにネクタイで繋がれ、頸動脈を締め上げられる。顔がうっ血し、紫色に染まってむくんできた。ダメージは入っている!


「ギギギ……」


「シッ!」


 フジが窓からジャンプ、導架の起伏に欠ける胴を掴んで五十七キロ分の負荷を頸動脈を絞めるネクタイにかける。ぐき、っと何かが折れるか、外れるような感触がフジに伝わる。そして質量に耐えかねたネクタイがちぎれるとフジは空中で体の位置を調整し、既に抵抗する力も残っていない敵を逆さ吊りにして両足を掴み、両腋を両足で踏みつけた!


「くたばりやがれ!」


 明確な殺意を以て、数階分の高さを加算した雪崩式変形パイルドライバー、“キン肉ドライバー”! 意外にも導架の五体は原形を保ち生存していた。しかし呼吸があるだけで意識は既にない。だがフジはここで導架を殺すこともやぶさかではなかった。

 戦いが生業である以上、殺しは仕方がない。ミリオンはもちろん、ジェイドやレイも多くの敵の命を奪ってなお英雄のままでいる。フジが彼らと同じ道を行くのなら、そしてメロンがそのサポーターであるのなら、仕方のない殺しはある。フジはその覚悟は既についている。メロンにもその覚悟は必要だ。


「和泉を呼ぶぞ」


 フジがスマホを取り出す様を、富士見坂校舎の廊下から眺める人物がいた。聖透澄、白石老人。そして、今フジにボッコボコにされたものと寸分違わぬ姿の生意気なガキ、糸泉導架だ。それも……百人はいる!!


「一人死んじゃったかもね。次はこうはいかないよ」

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