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第29話 どうかせん

「族長を復活させるとして……。やはり手段として有効なのはお台場に残った不死身のGOD細胞からの復元になるのか?」


「いや、もう無理だろうな。あの戦いから一年だ。どこぞの役所が全部持って行ったぞ」


「マインの遺灰はジェイドがアメリカに横流ししたと聞く。族長の細胞をジェイドが持っている可能性はないか?」


「落ち着け。今はタイミングが悪すぎる。世界で同時多発的にマイン復活がブームになっている今、外庭数復活は二番煎じだ」


「マインより先に族長を復活させればいい。それとも何か? 族長はマインに劣るというのか?」


 ゴア族にも様々な勢力がある。

 まずは主流派。族長の外庭数を頂点とする最大派閥だ。外庭数が名君だった理由は、表向きは打倒アブソリュートを掲げながらも、外庭個人はゴア族ではアブソリュートに決して敵わないと理解していたところだ。かつて初代アブソリュートマンに挑んだ多数のゴア族が帰らぬ者になった過去、外庭自身もホープからキツイマークにあっていたこと。族長に就任してからの外庭は、ゴア族には今は雌伏の時で来るべき時に備えて力をつけろ、とそれらしい理由で制御していたが、彼は任期中にアブソリュートに挑むつもりはなくそれとなく任期終了まで逃げきるつもりだったが後任の族長が育たなかった。さらに高齢、焦り、親友マインとの競争、内心見下していたウラオビが急激に力をつけたこと……。特に親友マインの打倒アブソリュート計画が順調に進んでおり、親友としてライバル心を抱いたことも理由の一つだが、やはり当時一万二千歳でなお不老のマインに対して人間と同程度の寿命しかなく、当時既に八十八歳だった外庭の脳は、正常な判断力を失っていた。そしてGOD細胞に希望を見出し狂気に陥ってアブソリュートに挑み、たった二人……。ジェイドと未熟なアッシュに敗れる失態を犯した。主流派は今でも外庭を信仰し、彼の無念を果たすべく打倒アブソリュートのために残党が様々な活動を行っている。

 次に穏健派。主流派から離れ、ゴア族の持つ変身能力で現地住民として、現地の規律や風土、文化を尊重して馴染み、暮らしている者。碧沈花の父親、(アオイ)歩道(アユミチ)、ウラオビの母親がこれにあたる。外庭も地球では族長就任以前から地球人の医師として過ごしていたので、事実上穏健派でもあった。

 次に流浪派。元は主流派だったが、何らかの理由で主流派を離脱して追われる身、もしくは反主流派として戦いを続ける者。何かと戦っているゴア族はここに分類される。マートンはこのケースだ。

 最後に、これはイレギュラーだが托卵ゴア族。外庭数が身内向けのパフォーマンスと医学的好奇心によって、人間の胎児に無断でゴア族の遺伝子を組み込むことにより、特異体質を持つ人間を作り出す。犬養樹、因幡飛兎身が代表例だ。

 そして今、外庭復活を画策するこの男たちは、主流派だ。外庭の無残な敗北の後、後任の族長が決まっていない主流派は烏合の衆に成り下がっていた。


「プークスクス、今更外庭数復活とかウケるんですけどぉ」


 五人のゴア族が不穏な会議を続けるどこかの廃倉庫。胃に直接ホイップクリームを流し込まれたようなねっとりもたれる甘い声。


「なんだァこいつ」


「ブッ殺しちゃおうっと!」


 ノースリーブのセーラー服にネクタイ、ミニスカート、ニーソックス、高い位置で束ねたツインテールの幼い印象の小柄な少女が巨大な鎌を振り上げ、ゴア族Aの首を刎ねた。ドス黒い血を噴出しながらまずは膝が折れ、うつぶせに倒れてドス黒い血でナワバリバトルスタート!


「イェーイ! 導架(ドウカ)チャンネルでーす! 今日は、時代遅れのゴア族主流派の残党をブッ殺しまーす!」


 片手に鎌、片手にインカメラのスマホの少女は鎌をコンクリの床に突き刺してゴア族Bの喉輪を掴み、見た目と余りにも乖離のある強力な握力で喉を握りつぶし、ゴア族Bの首は頸骨の長さを超えてぐんにゃりと伸びて頭部がおかしな方向に垂れる。そしてぽいっと放り投げ、パンチラをケアしながらキックでコンテナに叩き付けて既に死体だったものを足蹴にして凌辱する。あどけなさが反転した残虐性は残ったゴア族たちに強い恐怖と怒りを覚えさせた。


「死ねぇいコラァー!」


 この少女……導架(ドウカ)はスナップを利かせて鎌をくいっと宙に浮かせ、その間にフリーになった掌で弾丸を掴み取った。そして手の中の弾丸を親指でピンっと弾いて捨て、落ちてきた鎌の柄をキック! 回転し円となった鎌はゴア族Cの胴体を真っ二つに切断! そしてゴア族Cが最後に観たものは、自分の頭部を粉砕すべくダイビングフットスタンプをしかけた導架の靴の裏、そして数秒も経たずに死ぬ者なら構わないと判断した導架のパンチラだった。事実、ゴア族Cは反応する下半身も既に分離された状態だった上、残された上半身がパンチラの余韻に浸ることもなく頭部を砕かれて完全に絶命した。


「何が目的だこの……」


 ゴア族Dはその異様な様に戦慄し、言葉を失った。ツインテールの先端から血を滴らせ、一歩歩くごとに血で濡れた靴がぐちゅりと不快な音を立てる。巨大な鎌は物理法則を無視するように導架の手元で高速回転し、スマホは冷や汗を流すゴア族Dをバックにして口をがおーっと無邪気に開ける導架の姿をライブラリーに収める。今日のサムネはこれでいいだろう。


「蹂躙、復讐、犯行声明、腕試し、そしてお遊び」


「ブッ殺す!」


 ゴア族Dはゴア族カンフーの守りの奥義、攻めの奥義の双方を修めている。守りの奥義を支えるのは平常心だが、この殺戮を茶化したこのガキに対して高ぶる感情は、高揚を糧に蹴りを繰り出す攻めの奥義、即ち“十二酷弾腿”にうってつけだ。


「死ねぇいッ!」


 パァン!

 ゴア族Dの支点・力点・作用点を見抜き、太腿に靴の裏を合わせて蹴りの加速を止める。ゴア族Dの意気が……。減衰していく。攻めの奥義の精度と威力が曇っていく。


「ギルッ!」


 導架の鎌の一撃も、守りの奥義に切り替えたゴア族Dの掌によって力が最小の点を穿たれ勢いを失い、敵に致命傷を与えるどころか傷一つつけられない軌道、即ち空振りで空を切る。


「ゴア族カンフー守りの奥義か。破る手段ならいくらでもあるもぉーん。ひとぉーつ。防御無視の超パワーでぶん殴る!! ふたぁーつ。守りの奥義は“超能力を用いない戦闘において九十九パーセントの防御”。超能力の前には無力だ」


「……」


 平常心、平常心……。しかし導架は続ける。


「フジ・カケルvsマートンをご存知? あの戦い、フジ・カケルは序盤、肉弾戦でマートンに挑んでボコボコにされた。でも超能力解禁後はワンサイドでマートンがフルボッコ。繰り返す。超能力の前には無力だ。そして、これも嫌いでしょぉう?」


 導架は鎌を肩に担ぎ、至近距離でスベスベの両腋と平坦な胸板を見せつけて冷笑する。ノーガードに加え、全く攻撃の意思を見せない。ゴア族Dの行動は変わらない……というか変えられない。ゴア族カンフー守りの奥義を鹵獲したフジの戦術が改革されたように、ゴア族カンフー守りの奥義の基本は、強い攻撃は止め、弱い攻撃は流して敵に隙を作り、或いは打ち損じを待ち、カウンターを仕掛けることである。後の先を取る基本動作が不可能な限り、誰もつつかず転がさないダルマ同然である。つまり、膠着こそゴア族カンフー守りの奥義最大の弱点である。それ故に、華奢な少女の挑発的なポーズの前に何も出来ない。

 今から……。攻めの奥義に切り替え、蹴りに行くには気持ちの切り替えに時間がかかりすぎる。タイムロスもあるし、何より既に導架に恐怖を抱き始めているので高揚の沸点も不十分だ。

 そう。マートンとヒトミが守りの奥義、沈花が攻めの奥義と、片方しか習得しなかったのはこれが理由だ。平常心と高揚、使用の際に心の持ち方がまるで異なる二つの奥義は、両立が非常に難しい。「誰よりも優しく、誰よりも酷薄」の才能を持つジェイドですら、その二面性の接合点と切り替えの隙を撃たれて碧沈花に敗れた。凡百のゴア族ではこの切り替えを瞬時に行い実戦を行うのは不可能だ。それを知っていたら燈はヒトミに守りの奥義のみ、ウラオビは沈花に攻めの奥義しか習得させなかった。要するに生まれ持った性格が適性に直結し、どちらかしか使えないのが両奥義なのである。


「これ以上嫌がらせを続けられるのとブッ殺されるの、どっちが好き?」


「てめぇを殺す」


 だがゴア族Dは最低限の役目を果たした。導架は守りの奥義の弱点を列挙することでゴア族Dを侮辱したが、その隙にEが銃を取った。


「死ねぇい! カチコミガキ女! 死ねぇい!」


「ギルッ!」


 鎌の柄に腕をかけたまま指パッチン。すると導架の指先からキラキラと光の粒が直線上に伸び、極細の光線、またはそれに準ずる攻撃の軌跡のメタファーとなる。そしてゴア族Eの腕がドス黒い血の水風船となって爆発! 粒のような鮮血が散った。腕の痛みに耐えかね膝をつき、充血した目と意思に反して蠢く声帯からの怨嗟が導架に浴びせられる。しかし導架にとってそれは心地よいものだった。


「どぉちらぁにしよぉうかなッ!」


 肩の開閉と肩甲骨の角度で、既に戦闘能力を失ったゴア族Eに鎌の残忍な煌めきと想像される威力、その先の死が強調される。未だノーダメージのゴア族D、放っておいても失血死のゴア族E、どちらの生殺与奪の権も導架が握っているという屈辱的な宣言と嘲弄だった。


「死ねぇいコラァーッ!」


 賭けるしかない。イチかバチか攻めの奥義に切り替え、ゴア族Eの残りの腕での援護射撃しか……。


「それは悪手でしょう」


 導架の身長は一四四センチメートル。対するゴア族Dは一七七センチメートル。足のリーチ、筋肉の駆動によって得られる加速と攻撃力も当然差がある。しかし導架は! 先程のような攻撃の最小の点を撃ってディフェンスするのではなく、真正面から脛で受け、足の硬度と体幹の強さでブロックし、威力を無に帰した。ワザマエでいなされるのよりも絶望的な……。身体能力の差ではなく、種族の差でしかありえない暴力的な戦力差!!


「でも、ないか。無様に生きながらえるより、勇ましく死んだ方がかっこいいかもね。そうだ! 十秒待ってあげる。守りの奥義に切り替えていいよ。今度はちゃんと攻撃してあげる。だってこんなしょぼい攻めの奥義を破るより、守りの奥義をブッ飛ばす方が絵になるもの!」


 ゴア族Dは挑発に乗ることにした。深呼吸を行うことで激情をブリーチした。しかし既に、導架の言う通り攻めも守りも奥義は悪手である。……否! ゴア族のスペックでは、どちらの奥義も導架には通用しない。どの手も悪手、もう詰んでいた。戦いで蓄積した記憶を糧に生み出した予測と平常心の結実が守りの奥義である。しかし既に導架は守りの奥義の三つの弱点の内、二つを実行している。つまり、手出しをしない遅延のマリーシア行為。導架がゴア族Dを欺き、攻撃せずにマリーシア行為を行った場合、ゴア族Eは死亡し援護射撃は得られない。そしてゴア族カンフー守りの奥義の三十六手で網羅不可能な超能力による攻撃。こちらはゴア族Eへの攻撃で導架がそのレパートリーを所有していることが立証済みだ。守りに切り替えたところで、つついて転がされるダルマだった。

 ゴア族Dは身もだえする程の屈辱と悔悟、そしてそれを上回る激怒によって、既に守りの奥義を正常に使用出来ないメンタルコンディションに陥っていた。その怒りをドス黒い血に混じらせ、充血した目で導架を凝視した。そして導架は嘲りの笑みで返した。


「ご褒美をあげる。ゴア族カンフー守りの奥義を三つとも無効化してあげる。つまり、今から出すのは守りを貫通する超威力」


 鎌をコンクリの床に突き刺し、上半身の弩に拳という名の矢が番えられる! がしゃがしゃ、ばきばき。奇妙な音、奇妙な現象、そして繰り出された打撃により、ゴア族Dの守りの奥義は貫通され、防御のために差し出した両腕の全ての骨が砕けてゴア族Dは吹き飛ばされて壁に激突して吐血、ドス黒のナワバリバトルの面積を少し広げ、己の敗因の確認と正気の担保のために、こう発言した。


「貴様……。アブソリュート人か……?」


「違うよ」


 導架が去った数時間後もゴア族Dは生きていた。手足は失血死しないように止血されつつ切開され、骨が露出していた。首に直接点滴を打たれ、そこからの薬物などなどによりゴア族Dの痛みはごまかされたため、残された恐怖と怒りだけでは彼を発狂させるには至らなかった。

 四人のゴア族が惨殺され、生き残りの一人は生きた伝言板じみて生命を侮辱する形で延命された凄惨なゴアの現場にやってきた和泉は既に自決以外の抵抗など出来はしないゴア族Dに銃を向けた。


「何が起きた?」


「やつは……。マインだった」




 〇




 某大学市ヶ谷キャンパス。大森龍之介と藤守響はここの学生である。

 響も龍之介も卒業単位には足りているので、響は暇つぶし程度にしかここには来ないが、大学院受験を控える龍之介は未だにここに足しげく通い、勉強していた。

 龍之介は一つの決意をした。響にフジ、イツキとの関係を打ち明けることにしたのだ。もちろん、自分が怪獣ナーガであることはまだ言えない。だが段階を踏み、龍之介の謎に気付きつつある響にその謎のコアであるフジとイツキの関係を告げる。二人がそれぞれアブソリュート・アッシュとゴア族であることもまだ明かさないが、ヒビキに隠していた人間関係くらいはここで明かすべきだ。

 とことん出来た人間だ、大森龍之介。自分が捨ててしまったキャンパスライフに未練と憧れを持つイツキ、そして大学生の恋人を持つフジに大学という環境を知ってもらうため、この大学で最も大きな外濠校舎を待ち合わせ場所に、待ち合わせ時間を少し早めに設定し、二人に日本でも屈指の大型大学の見学を促した。龍之介は用事が終わったらフジ、イツキと合流して簡単に打合せし、その後響を迎えて四人で話すつもりだった。そのためフジとイツキは広大な市ヶ谷キャンパス内を散策していた。二人の見た目の年齢ならば学生に溶け込むなど訳はない。


「最近大丈夫か?」


「何が?」


「自然な流れっちゃ自然だがよ、マインを復活させる動きが活発なら、Aトリガーが狙われるに決まってるよな。Aトリガーの存在がバレればもっとお前さんを狙う手は増えるぞ。負担は増えるばかりだ」


「それは、スカウト? 正式に仲間にならないか? っていう」


「そうなりゃ助かるがそうもいかねぇ事情はあるんだよ。いろいろな。お前さんにだって断る事情はいろいろあるだろ?」


「あるよ」


「お前さん……。何のためにこの時空にいる? 親父のいる一九六九年に帰ったらどうだ?」


「いろんな理由でそれは無理。まず、過去の世界でわたしとミリオンが過ごす時間はもう終わっている。さらに遡ると一九六九年に犬養樹が二人になるし、もう終わっているのにもう一度ミリオンのところに行くとミリオンがアブソリュートの星に帰る歴史が変わり、ジェイドとレイが生まれない」


 ……それに、“鬼畜のスターバックス”となった因幡飛兎身もこの時空にいる。彼女と……。今後共闘するのか対立するのかはわからない。でも敵になるにも味方になるにも、自分はこの時空にいるべきだとイツキ自身は感じている。フジにはまだスターバックスのことは明かせない。知ればフジはすぐさまスターバックスを殺しに行くだろう。


「難しいなぁ」


 フジからAトリガーの譲渡……少なくとも、一度はAトリガーを使用出来たジェイドへの譲渡を提案することは、イツキからすれば事実上の没収であることは理解している。寿ユキ一派と犬養樹は、時折共闘こそすれ仲間ではないのだ。仲間同士ではないのに武器の譲渡は簡単ではない。それに最も重要なマインの遺品だ。イツキを慮れば譲渡の要求はしないのが人情だ。


「お待たせ、フジさん、イツキさん」


 ウラオビのせいでなし崩し的に院進学を目指すことになった龍之介だが、元々好きだった文学の世界は深く知る度にもっと面白くなっていく。より深くこの世界に入れるなら院進学は結果オーライだな、などと、ウラオビへの恨みを処理して前に進んでいる。とにかくよく出来た人間だ。


「フジさん?」


 龍之介が呼びかけてもフジとイツキは振り返らなかった。かつては龍之介に備わっていた勘が鈍くなっているのは平和な暮らしを続けられている証拠だ。

 加えて大学という環境。ノースリーブのセーラー服、ツインテールとリボン、巨大な鎌の少女がいてもなんらかの理由があるんだろうなと、好奇の目は向けられても危機感は抱かない。


「下がれ」


 龍之介の名を呼ぶと迷惑がかかる。フジは鋭く冷たい声で指示を出し、イツキは黒衣に隠されている腰のAトリガーに触れる。この動作が威嚇であるとわかる相手なら、つまりそういうことだ。


「てめぇはなんだ」


「導架」


「出ていけ」


「ウフ、キャワイイ」


「わからせてやろうか?」


「何を?」


 導架が鎌を振るうとキラキラと光の粒が幽かに攻撃の軌道を顕す。鎌のリーチではない場所にエフェクトが出ている。そしてフジの経験則は、その正体不明の攻撃をフジの知る既存の攻撃方法と同様に扱って受けに回ると危険であると察し、間一髪で回避に切り替えた。そして背後のガラス張りのエレベーターに切れ込みが入った後粉砕、ワイヤーに傷がついた。だがワイヤーに傷がついた、ということは、このエレベーターは一階にいたということ。落下して巻き込まれた人間はいない。


「犬養! 時間稼ぎ、出来るなら排除を頼む。……ヘイ、メロン! 今の攻撃、どう思う? あれは鎌の刃での斬撃ではないな? 念力の刃じゃないかと思う」


「フジくんの言う通りのようね。龍之介くんにつけていた分身がオートでアクティブになった。スリープ状態の分身がアクティブになる条件の一つに、“一定距離内で認可していない波長のポータルの開閉”があるわ。認定している波長はユキ、狐燐、犬養さんの三人。つまり、今の攻撃にはあの女の子ポータルの波長が使われている」


「どういうことだ?」


「推測では、極限まで薄く小さく展開した複数のポータルを凝縮し、僅かに振動、或いはチェーンソーのように回転させて遠隔で撃ちこむことにより、真空の刃のかまいたちならぬ、時空の刃のかまいたちの状態を作っていると思われるわ。あの鎌はその本命の攻撃のカモフラージュの可能性が高いわね。もちろん、それだけのためには持っていないはずだから、近距離戦では武器、もしくはバリアーの使用が推奨される状況よ。現在提供可能な情報はここまで」


「OK。犬養に同期しろ」


 イツキは外濠校舎内のエスカレーター、壁を蹴って立体的に導架の鎌と目視が難しいポータルカッターの攻撃を躱し続けていた。まだ攻勢には出ていなかったが、ここにきてイツキから完全に戦意が失われた。

 導架は勝手に臨戦態勢を解き、その隣に超常の羽毛のヴィジョンを撒くポータルが開かれ、二人の老人が姿を現した。フジはそのうち一人を知っている。そしてイツキと龍之介は、もう片方を知っていた。


「会長?」


「白石さん?」


 七十を超える高齢者にしては肉付きや毛のつや、肌のつやもよい、高級なスーツに身を包んで直立する若々しく生気のある老人は、ジェイド、レイ、アッシュのスポンサーで、この三人や地球を訪れたレジェンド、オリジナル怪獣の食玩シールつきウエハースも製造・販売しているヒジリ製菓の会長、(ヒジリ)透澄(スケキヨ)。フジはこの透澄をよく知っている。スポンサー契約の際に挨拶をした。

 もう一人は貧相ではないが、七十歳程度という年相応の落ち着いた格好をしている全く普通……いや、少し厚着の老人は、龍之介の兄の敦也に手紙を書き続けた白石春子の父親、白石老人だったのだ。イツキと龍之介の二人はかつて、兄の非礼の詫び、兄の非礼によって心に傷をつけられた少女の現在を知るために白石老人の住む函館へと向かった。

 そして実は、メロンも聖透澄には会ったことがある。しかも分身ではなく本体がだ。彼女は『エンジェルNo.9 転生編』の出版記念パーティで透澄に会っていた。


「やぁ。フジくん」


「会長……。ポータルが使えたんですか?」


「まぁね。ところで……。君が先程意見を仰いだメロンという存在。彼女とはまだ繋がっているかね?」


「ええ」


「ふむ。先に言っておくと、君との契約を打ち切るつもりはない。君は悪くないからね。だがね。貴様は絶対に許さんぞ!! ゴア族主流派最高幹部、コードネーム“サクリファイス”! いや、網柄(アミガラ)甜瓜(テンカ)!!」


 温厚で柔よく剛を制す経営を成し遂げてきた、一大企業の経営者として理想的なロールモデルにも挙げられる老人は、激怒と怨念に満ちた醜悪な顔で口角泡を飛ばした。


「ふぅ……。貴様は外庭数によって洗脳され、“洗脳無罪の掟”で無罪となった。だが貴様は外庭数の命令で殺した人間を覚えているか? 今までに食べたチョコレートの数はもう覚えていないかね? そう。私が……。私の命より大事な息子、(ヒジリ)四十万(シズマ)を殺したのは網柄甜瓜! 貴様だということは、貴様が四十万を殺した際に壊したアブソリュートミリオンスーツの記録にも残っておるわ!! この無念……。息子を奪われたのは私だけではない。この白石さんも息子を奪われた。白石さんの娘さんは、夫を貴様に奪われたのだ! 絶対に許さんぞ! 法が貴様を裁けぬならば、我が孫、導架が貴様に裁きを下してくれるわ!!」

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