第22話 アブソリュート・ファイト・フォックス -ボーイ・ミーツ・ガール- ②
「あ、これビー玉取れないやつだ」
ラムネのビンを片手に提げ、顕真と夕希は盆踊りの櫓から離れて人気のない国道を歩く。普段は人の往来も多いが今日ばかりは皆お祭りに行き、明日はここから見えるビーチで二人は海水浴をするはずだった。ぶおんぶおんと改造マフラーの爆音で顕真のマフラーが揺れる。
「カッコつけさせてくれるか? 夕希」
「向こうの話も聞いてあげましょう。一万歳突破と宇宙最強、二つの夢は両立出来る。あなたに守られていれば一万歳突破は出来るかもね。でも宇宙最強は守られたままでは成し遂げられない」
三十一台のバイクのエンジン音のうち、一つが止まる。一際多くのアスファルトを切り、多くの景色を通り過ぎ、多くの血を浴びてきたバイクだ。
「事前連絡なしでの訪問、失礼した。俺の名はイナオ・シロウ」
「知っているよ。最強のホローガだろう?」
「それはどうかな。だがホローガはケンカ好きな種族でね。ケンカが生き甲斐だ。どうせなら目標が欲しい。打倒クジー、打倒アブソリュート。夢はデカい方がいいだろう。アブソリュート本家の娘、ジェイド。お前はレイと比べてどうだ?」
レイ。その言葉が夕希を刺激する。夕希が最強を目指すのならば、最強のホローガ、イナオ・シロウは是非倒しておきたい相手だ。それでもカッコつけたい顕真に譲ってやり、もう一人の強い気配を感じるホローガで今日のところはいいだろうと考えていた。
せっかく着付けた浴衣。体の小さい夕希ではお端折りも長くパフォーマンスは万全ではない。今日シロウと戦っても満足のいく内容と結果を得ることは難しい。
「レイを知っているの?」
「知っている。お前はXYZを倒したそうだな、ジェイド。レジェンドのカギを使い、初代、ミリオン、プラの援護を受けて。だがレイなら楽勝で倒せたことだろう。レイが従えていたあのクジー。あいつがいれば初代、ミリオン、プラも必要なかった。あの二人はそれほど強い」
「じゃあ何故わたしと戦おうとするの?」
「俺ではあのクジー……。確か名はバース。バースにすら勝てなかった。負けもしなかったがね。だが俺はいつかバースを倒す。バースの先にいるのはレイだ。少しでも経験と自信、そしてホローガという種族にプライドを与えたい」
「それはもうケンカではないわね。戦いの中で生じる刹那の快楽に酔うのではなく、もっと崇高な理想を持つ決闘。何があなたをそこまで駆り立てるの?」
「生まれ持った強さ! 生き抜いた強さ! 生き続ける強さ! 強さ強さ強さ! その強さで与えられた強者たちとケンカするステージで、俺の姿をホローガに見せる。挑戦こそ俺の権利。その先にある勝利こそ俺の義務。ああ、確かにケンカ好きのホローガの中には、殴り合えればそれでいいという者もいる。戦った結果として勝利や敗北ではなく、友情を得ることもある。ホローガたちはそうしてきた。フッ、だから俺は危険だぜ。敵を倒して勝利と誉れを手に入れ、敵の血で腹を満たすまでは止まらない」
「狂気を演じた安い挑発ね。その理想と生き様を崇高と言われたことがそんなに気に障ったかしら?」
「それにカッコつけさせてくれよ。恋人が見てるんだ」
「……」
くるっと今日の獲物、今日の共演者二人が振り返る。長身の男は白狐のお面、幼児体型の女はアブソリュートミリオンのお面を被っていた。どうやら一通りお祭りを楽しんだらしい。しかし金魚はまだ受け取っていない。最後の遊びが終わっていない。
「フォックスだから白狐のお面というのは少し安易だったかな? 本当は喪黒福造にしようか迷ったんだが」
「わたしも本当は稲川淳二にするか迷ったの」
「夕希。やっぱりここは俺にカッコつけさせてくれないか? どうやらやつも同じらしい。恋人の前でカッコいいところを見せたいのはな」
「イナオさん。顕真はわたしよりも強いわよ。あなたのココロのスキマ、お埋めします」
「尤も、お前は心が寂しくないようだがな。滾っているのがわかる」
シロウとマドカはまたヘルメットと鉄仮面越しにゴチンと接吻し、二ケツのバイクから降りた。ヘルメット、ライダースーツ、グローブ、ジーンズ、ブーツ。素肌の見える部分は全くないすらっとした体躯。それでも体に密着した服の上からも顕真よりは筋肉質だとわかる。
「問題はない。お前がジェイドより強いなら好都合。どうせバース、レイに挑むんだ。俺がこの世にいる全員とケンカをしない理由はただ一つ。時間が足りないだけだ。だから強いやつが向こうから来てくれるなら好都合。名を訊こう」
「大黒顕真。またの名を、アブソリュート・フォックス」
「お前もアブソリュート人なのか?」
「厳密には違う。だが実力は匹敵すると自負している」
「十分だ。だが試させてもらうぞ」
スロットルを全開にしたモヒカンのバイクが顕真を目掛けて一直線! 棍棒を振り回し、歓喜の声を上げる。
「ヒャッハー!」
「スワーッ!」
加速中のバイクに乗ったモヒカンの顔面にドロップキック! 背骨がぐんにゃりとしなり、ねじれ、プルタブを剥がすようにシートから落下して痙攣した。
「わかってはいたが有資格者だったようだな」
「さぁ、どっちが恋人の前でカッコいい姿を見せられるか勝負だ」
夕希は顕真の腰のフォックスゲートを一瞥した。まずはタイプチェンジを使わず真っ向勝負に応じる構えだ。シロウも膝の屈伸、腕のストレッチ、指の関節を鳴らして簡単にウォーミングアップを済ませた。
「スワーッ!」
「ウォロォ!」
シロウの先制攻撃! 顕真はスウェーバックで躱し、ローキックで崩しに入る。そしてシロウの後頭部に両手を回して組み、頭部を引き寄せながら跳躍してヘルメットの顔面に左右の膝で二連発! ガキンガキンと軽快にヘルメットが鳴り、蹴り倒してダウンを奪う。シロウはそのダウンで心地よさそうに夏のアスファルトの熱さをハードボイルドに吸った。星の光が直で見える。どうやらヘルメットが割れたようだ。
「俺の素顔が見えるか?」
「まだ見えない」
「ウソをつけ」
ゆっくりと立ち上がったシロウのヘルメットの隙間から赤い光が覗く。シロウが顕真に掴まれたのも蹴られたのもヘルメットだけだ。肌はもちろん、肉の部分は掴まれていない。だがシロウは一瞬でこの大黒顕真の強さを理解した。
だからこそ葛藤する。権利か、義務か。誇りか、使命か。個であるべきか、群であるべきか。伝統か、開拓か。この力で誰に報いる? 自分にか? ホローガという種族にか?
迷いは終わった。
「ウォロオオオオオ!!!」
シロウはヘルメットを脱ぎ捨て、むき出しの顔で月まで揺れるような雄たけびを上げた。
「なんだあの姿は……」
無法者たちが息を呑む。シロウの右目は真円に赤い瞳孔の義眼。顔の右半分は欠損部位があるのか機械のパーツと無骨なヘッドギア、血管代わりのチューブ……なのか? 血液かオイルか、液体を運んでいる。咆哮に応じて筋肉が隆起し、同様のチューブと人工筋肉がスーツを裂く。グローブに浮かび上がる指も関節ではなくバネに見える。指先からは超硬質の爪が飛び出した。
顕真は白狐のお面を脱ぎ捨て、シロウ以上にハードボイルドに右の口角を上げてフォックスゲートに触れた。
「俺のことを……。バースと引き分けたと思っているやつらが大半だろう。確かに俺とバースは十二時間戦い続けた。そして……。負けたんだよ。打ち捨てられ死を待つのみ。だが俺は拾われて……。得体の知れない連中に命を、肉体を拾われ、この体に改造された。この姿になってから、俺はホローガと名乗ったことは一度もないぜ。今の俺は、ただただひたすらに敵の命を奪う新たな怪獣“ブッコローガ”だ。本当はホローガのままでバースにリベンジし、レイにもジェイドにも勝ちたかったぜ。無論、お前にもだ、顕真」
「なら何故その姿を隠した? ホローガの誇りがあるままならば、隠す必要はないじゃないか」
「どうやら皆はそう思っていないようだ」
ホローガはタイプ:ワイルドな怪獣。こんなドーピング以上の力を許してはくれないのか、無法者たちも口をつぐんでいる。ホローガの誇りを結果で見せる? ここでレイの妹ジェイドを倒そうが、シロウがレイ、バース、ジェイドと同格と認めた顕真を倒そうが、それを成し遂げたのはホローガではなくブッコローガだ。あのレベルに勝利するにはサイボーグ怪獣ブッコローガにならねばならないというのなら、シロウの勝利がホローガという種族にとって何の価値がある?
残念ながらアブソリュート人の夕希にはわからない。しかし野干である顕真には少し気持ちが理解出来る。種族の中で余りにも傑出しすぎた存在、大黒顕真。かつては異端視され、今は偉業を成し遂げても当たり前と思われる。野干に許された領域からはみ出してしまったが故に最早共感は得られず……。
しかし顕真には、野干たちからのアブソリュート・フォックスになることへの期待と希望があった。シロウはどうだ? 本当はホローガのままでいたかったのに……。道理で勝利に満足出来なくなってしまった訳だ。自分はもうホローガではなく、ブッコローガなのだから。
「次の人生を生きろ。ブッコローガ? すごいじゃないか。ホローガがその姿に憧れられるようにしてやるぜ」
優しい人。夕希は顕真、そしてシロウの気持ちを考えてみた。
シロウはもう自らをホローガだとは思っていない。ブッコローガという新たな存在を名乗るのは、敗北したにもかかわらず生き延びてインチキ同然の力を手に入れてしまったが故の罪悪感と自己嫌悪。
顕真は希望を与えようとしている。シロウが強敵と健闘する姿がシロウにとって新たなアイデンティティになると、ホローガの無法者たちにも希望になると……。
「お嬢様の相手はアタイだよ」
鉄仮面の少女マドカが袖から縁にリボルバー状に穴の開いたヨーヨーを取り出し、カーディガンをほつれさせた糸で回転させる。
「シオッ!」
「テッ」
夕希も胸の神器に触れてジェイドセイバーに変換し、一振り、二振り! 迫りくる左右のヨーヨーを弾き落とした。顕真と違って履き慣れた履物ではないので極力足は使いたくない。しかしそんなに甘くもない。弾き落したヨーヨーに結わえられた糸は物理法則を無視して夕希に向かって伸びて自由自在に動き出し、糸の弾幕が張られて先端が夕希のメガネを狙って迫りくる。
「サイキック」
「ご名答ッ!」
メガネを庇い、そして慣れない履物での移動を嫌った慢心と油断。マドカのドロップキックがアブソリュート本家のお嬢様にクリーンヒットし、国道のガードレールを超えてロクな明かりもない砂浜に墜落させる。
「ぷえっ!」
口に飛び込んできた砂を吐き、夕希は下駄を脱ぎ捨てて砂を踏み、右手で握ったジェイドセイバーを前に突き出し、左手を後方に向けた。すると砂浜に埋まっていたゴミが夕希の後方に集まって塊となり、腕の操作でゴミの流星群となって襲い掛かる! しかしマドカがヨーヨーを投げると糸が網となり攻撃を防ぎ、夕日で熱々になった鉄仮面の向こうでクールな表情を浮かべる。
「テアーッ!」
SLASH!
飛行能力を駆使した跳躍! これならば足場の悪さも裸足も関係ない。翡翠の刃が糸の投網を切り裂き、鉄仮面の脳天を叩き割る! カコォンと鈍い音を立て、真っ二つに割れた鉄仮面の中から現れたのは、血管が目視できるほど透けた肌に赤の義眼。それでもマドカの表情は穏やかだった。
「あなたもブッコローガなのね」
「ええ。アタイがシロウをブッコローガにした。そしてシロウがアタイをブッコローガにした」
砂浜の戦いに注目している無法者は一人もいないためマドカの姿は誰にも見られていない。マドカはリボルバーヨーヨーの穴に指を通し、メリケンサックのように装備して拳を構えた。凶暴な構えのはずなのに、夕希はその姿に寂し気なセンチメントを感じた。
「アタイもかつてはシロウのようなアウトローだった。でも何の因果か警察の手先。そして体を改造されて……。その頃はアタイは自分をまだホローガだと思っていた。バースに惜敗して死にかけているシロウを見つけ、シロウの命を繋ぎとめるため、そしてホローガがこの改造に適性があると証明するため、種族としての戦力を底上げするためにシロウを改造させた。でもシロウは……。自分はホローガならざる者、ブッコローガと名乗って……。アタイはそのシロウの戦力を観察して組織に報告するスパイに過ぎない。本当はシロウの隣にいる資格なんてない」
「そう。責任を感じているのね。でも案外、イナオさんはブッコローガである自分を気に入っている部分もあると思うわ」
「何故?」
「イナオさんが本当にブッコローガであることを嫌っているなら、今でもホローガと名乗っていたはず。あなたと共有するプライドこそ、ブッコローガという名なのよ。あなたを一人にしたくなかったし、自分も一人でいたくなかった」
「優しいね。でも甘い。甘すぎる。レイは非情だ。それではレイに勝てはしないよ。あなたも、シロウもね」
「ならば証明するまでよ。甘さと優しさを源とする強さで、レイを超えてみせる」
〇
「ウォロー!」
シロウの爪の一撃がガードレールをマッチ棒か何かのように一瞬で切り裂き、瓦解させる。顕真は様子見で回避を続け、ホローガ改めブッコローガの戦力と手の内を探る。今のところはカタギのホローガと同じ肉弾ファイトだ。
「ウォロ!」
赤い義眼からのレーザービームが顕真がぶら下がっていた信号機をスクラップに変え、地面に逃げた顕真の腹部をサイバネ置換したパワーで殴り飛ばす!
「ス……。このままじゃ耐えられないな」
機械のパーツが重いのか、シロウの機動力は最強のホローガにしては控えめだ。しかし走行しながら弾丸やビームの射撃で逃げ場をなくし、密着すればホローガを超えたパワーでの肉弾攻撃。今のままの顕真ではそう何度も耐えられるものではない。手の内が読めない未知で想定外の攻撃が敵に多くある限り、顕真のスピードを生かした回避は分の悪い賭けだ。
顕真がフォックスゲートに触れる。顕真の精神が時間の流れ、物理法則から離脱した。
「レイさん!」
フォックスゲートに赤いリーフを通す。そして次のリーフを見つめ、顕真はしばし目を閉じた。このリーフに刻まれたアブソリュート人が……。ある意味でXYZ以上に邪悪、レイ以上に危険、初代以上に強力であることを知っている。顕真がこのアブソリュート人のことをよく知っている、ということを夕希はまだ知らない。それどころか夕希はこのアブソリュート人の存在すらまだ知らないのだ。
「マインさん! トランスフュージョン! “マゼンタブラスター”!」