第4話 ユニバース・プロレスリング・エンターテインメント
ビルド・マクミラン(75歳)。種族は地球人とほぼ同じヒューマノイドのケネス星人。
職業はプロモーター、実業家。約五十年前、宇宙で大人気だった“ユニバース・プロレスリング・エンターテインメント”略してUPEのオーナーで、一時期はケネス星の長者番付にも載り、後に大統領になる男ともマブダチだった。
彼が雇うのは体が資本のアスリートたち。彼が仕事をさせるのは一際危険度の高いスポーツ、プロレス。試合中の事故など将来が不安なプロレスラーのために年金制度もバッチリ固め、引退後もトークショーや殿堂入りイベントなどで出番を作ってやる終身雇用だ。特にプロレスを会場での公演中心からテレビ放送中心に切り替えたことが最大の功績だ。
宇宙各地から腕自慢を集め、ハードコア路線やファミリー路線と何度も方向転換しながらも時代に合わせて上質なエンターテイメントを提供し続け、時にストイック、時に大胆な彼の経営手腕は、スポーツ事業のお手本ともされたこともあった。
七十五歳の高齢ながらトレーニングは欠かさず、ビルドアップした肉体はスーツじゃ隠しきれない。
筋書きに必要な悪役を買って出て、金に汚い強欲な“悪のオーソリティ”キャラとして体当たりの演技を続けた。リングの上でプロレスラーに凄まれて失禁したこともある。悪事を働きすぎて天誅のプロレス技を食らうことなんて日常茶飯事だ。そんなビルドを見てお茶の間は大興奮し、大合唱する!
「ザマァ見ろビルド!」
だが時代はプロレスから離れていく。
プロレスはヤラセの競技である。危険性を考慮しつつ、週に一度のテレビ放送するためには、事前に綿密な打ち合わせをして安全な試合を行わなければならない。しかし手を抜いてはいけない。宇宙のプロレスマニアには「UPEだけはガチ」とか言っている人もいたが、UPEが上場する際の事業内容の開示で全てがヤラセであることがビルドの口から語られ、公然の秘密になった。プロレスのトップランナーであるUPEがプロレスはヤラセであると明言したことで宇宙のプロレス界には衝撃が走った。全てのプロレスがヤラセであると宣言にしたことにも等しく、ビルドのことをビジネスのためにプロレスというスポーツを売った「リングの外でも強欲の権力者」として批判する人も少なくない。
プロレス=ヤラセの真実を知って冷めてしまうような人間は真のプロレス好きではない、などと言ってファンを切り捨てることは出来ない。ビルドは老いてパワーとカリスマを失い、後継者となるヒールも経営者も育たなかった。悪の権力者キャラのビルドは大人気だったが、ビルド以上のヒールは出てこなかった。だがビルドが悪役筆頭として最前線を張り、昔のようにプロレス技を食らったら再起不能の大ケガを負うだろう。
「社長」
「うむ」
日課のトレーニングを終えたビルドは肩で息をしながらプロテインを飲む。トレーニングのメニューはかなり減らしたはずだが、疲れは多く溜まってなかなか抜けない。加齢による肉体的な衰えだけが理由ではないのだろう。
プロレス離れに危機を感じ、手を出した新事業が大失敗したのだ。ビルドの老化、経営悪化、そして人々の心から離れつつあるプロレスというスポーツ……。詰将棋のようにUPEは追い詰められていく。週に一度のテレビ放送の放送時間は短縮の一途をたどり、全盛期は週に三時間、興行をたっぷり見せることが出来たのに今では三十分のダイジェストが隔週だ。多くのプロレスラーがUPEを離れたが、それを引き留めたり後悔させるような力やカリスマは今のビルドにはもうない。天下を獲ったUPEが、今はフリーになった選手や他団体所属に声をかけ、なんとか試合が組めているなんてビルドやケネス星の大統領だって想像は出来なかった。
そしてついにビルドは、UPEを畳むことに決めたのだ。
「すまんのう、A」
マッスル・A(39歳)。
種族は地球人。一九八センチ、一二〇キログラム。太陽系第三惑星地球でスカウトしたプロレスラーだ。Aceとして期待したAlienのマッスル・Aは、ビルドが見出し、育て、送り出し、観てきた歴代のメインイベンター達と比べても遜色のない実力と華を持っている。だが経営悪化でプロレスラーの解雇を余儀なくされたUPEでは、彼の実力を存分に発揮出来る試合を組むことは難しかった。今ではプロレスラーであるはずのマッスル・Aがビルドの秘書業務までやっている。
「社長だけは絶対に頭を下げてはいけませんよ」
「フッ、ビルド・マクミランも老いたのじゃよ。みんなを集めよ。ワシがお前たちに用意してやれる最後の花道じゃ」
ビルドとマッスル・Aの呼びかけで三人のプロレスラー……。即ち現在のUPEの全選手がビルドのオフィスに集まった。
コスモ・ラングレン(44歳)。
種族はエカテリーナ星人。二一六センチ、一九〇キログラム。エカテリーナ星の永久凍土をツルハシ一本で開拓した建国者を祖先に持つ、UPEナンバーワンのパワーファイター! ビルドが衰えた現在のトップヒールで、善玉であるマッスル・Aとのダブルエースだ。
必殺技は高角度から振り下ろす変形のエルボースマッシュ“ド・ザーフトラ”。食らった相手は一晩目覚めない。
パンチョ(35歳)。
種族はラクーン星人。一七二センチ、七八キログラム。プロレスラーとしては異例の軽量級だが、ラクーン星人由来の豊富な超能力、軽快な身のこなしでコスモとも試合を作れる。
必殺技は小兵ならではの工夫が生きるコード・ブレイカー“バカシ・サンダーボルト”。
ボルカノ(41歳)。
種族はケネス星人。一八八センチ、一〇〇キログラム。UPE唯一の覆面プロレスラー。インディーズでビッチリ鍛えてきた苦労人だ。名誉の負傷も多く、膝のサポーターが痛々しい。
必殺技は迫力満点のダブルアームスープレックス“スーパーローテーション”。
「バカじゃのう、お前たち。こんなワシに見切りをつけずによくもここまで……。お前たちの引退試合には、最高の相手を用意してやるわい。お前たちは強い! ワシの理想とするプロレスをやり続けたお前たちは他の格闘技でも通用するじゃろう。最後の試合は、アブソリュート人を相手にガチンコマッチじゃ。アブソリュート人を相手にいい試合が出来ればお前たちの再就職先も見つかろう」
「聞こえのいいこと言っちゃってぇ。口が綻んでますよ、社長。社長の夢だったじゃないですか。アブソリュート人との試合は!」
〇
「UPEもついに終わりか」
飛燕頑馬(??歳)。
種族はアブソリュート人。一九一センチ、一一六キログラム。かつてはアブソリュートの国宝とまで呼ばれた天才。戦いに飢えるあまりに訓練に耐えきれなくなり、自由と戦を求めて宇宙を放浪したモラトリアム戦士。アブソリュートの星の触れられたくない歴史ではあるが、アブソリュート史上最高の才能はケンカを求めてその辺をブラついており、最も気軽に戦いを挑めるアブソリュート人が実は最強という都市伝説はどうやら本当だったようだ。
仲間たちと地球のプロレス観戦した帰りに宇宙スポーツ新聞を買い、幼い頃に熱狂したUPEの活動終了に胸を痛める。実家でUPEを観ていた頃はまだジェイドとの兄弟仲も悪くはなかった。
「まだやってたんスねぇ」
フジ・カケル(21歳)。
種族はアブソリュート人。一七四センチ、五十七キログラム。頑馬とは違う形でアブソリュートの星の汚点だ。
「親父もこれ好きだったんスよねぇ」
「そうか。俺は親父とプロレス観たことなんて一回もないな。あいつは家に帰ってこなかったし」
「親父のことあいつなんて言っちゃいけないし親父も昔は忙しかったんスよ。ん? 頑馬兄さん、これ」
宇宙プロレスUPEを宇宙人専用動画投稿SNS、uTubeで調べてみたフジは、一本の動画を発見した。フジが実家で父ミリオンと一緒に観ていた頃から、マッスル・Aをリングで罵倒していた悪のオーナー、ビルド・マクミランが所属選手をリングに集合させている。所属選手たちはビルドを中心に翼を広げるようなVの字で並び、逞しく腕組みをしている。
「飛燕頑馬! 我々はお前の挑戦を待っている。お前に度胸があるのなら、UPEの至宝、オール・ユニバース・ヘビー級ベルトをかけてを戦おうじゃないか! さぁ、好きな相手を選べ。正統派プロレスラーの頂点“マッスル・A”! Universe Strongest Man“コスモ・ラングレン”! テクニックを極めたプロレス・ニンジャ“パンチョ”! 誰も素顔を知らない“ボルカノ”の謎に挑むのも良いじゃろう。ただし、お前が負けた場合、お前の正体をバラした上でワシのおケツにキスをしてもう」
「ハハァッ!」
目を爛々と輝かせ、犬歯をぎらつかせて笑みを浮かべる。
「カメラ回せアッシュ」
〇
「こんなんでアブソリュート人が試合に乗ってくれるかのう」
地球の東京・田園調布オフィスでパソコンとにらめっこしていたビルドはため息を漏らす。あのビルド・マクミランがため息なんて……。らしくない。全盛期のビルドなら宇宙ボクシングのチャンピオンや宇宙オリンピックの金メダリストだって向こうから「試合をさせてくれ!」と言ってきた。今でも残ってくれている四人のレスラーには感謝しているが、次世代のエースとして手塩……おっと、プロレスラーに塩なんて言葉を使っちゃいけない。丹精込めて育てたマッスル・Aには日の目を浴びせてやりたい。
「社長ー!」
「なんじゃ、騒がしいのうパンチョ」
「ア、アブソリュート人が試合に乗るそうです!」
「何ィ!?」
老眼のきつくなってきたビルドはパソコンにのめり込んでuTubeの新着動画をスクロールする。だがUPEの挑戦動画にコメントはまだない。
「ワシの調べ方が悪いんかのう? 見つからんぞ」
「直接ここに来てるんですよ!」
ボォオウッ!!
老い、カビつき、ほこりまみれになったプロモーターの魂という炉に興奮という名の薪がくべられる! 懐かしいざわめきだ。UPE、そして宇宙プロレス全盛期には、興行中の他団体をバキュームカーや街宣車で襲撃したもんだ!
「おぉいコラァ!」
短髪、いかついスポーツグラス、筋肉がサグラダファミリアのように神秘的に積み上げられた巨漢がパンチョを突き飛ばし、東京オフィスの社長室にエントリーする!
こいつだ。こいつがアブソリュート・レイ。老眼になってもビルドにはわかる。
「なぁにがしたいんだコラァ、新着飾ってコラァ! 死にてぇのかジジイ!? お前死にてぇんだろアァッコラァーッ!」
口角泡を飛ばしてビルド自慢の机に拳を叩きつけ、一撃で木っ端みじんに粉砕する。マッスル・A、コスモ・ラングレン、ボルカノの制止を振り切り、挑戦者たちが続々とやってくる。
バース(??歳)。
種族は“未来恐竜 クジー”。一八〇センチ、七十五キログラム。相変わらずポケーッとした顔で緊張感に欠けるが、コスモとの前哨戦ではパワー負けしていない。
マートン(??歳)。
種族は“ゴア族”。一八四センチ、八十一キログラム。趣味のバスケでも肘打ちなどのラフプレイが目立つエースキラーっぷりを発揮。相手が強ければ強い程燃える彼と戦えばUPEのエース、マッスル・Aも無事では済まない!
オー(??歳)。
種族は“機婦神 ゴッデス・エウレカ”。一七〇センチだが女性の体重は内緒だ。貴金属と宝石の装飾品が多すぎて動きが鈍重だが、地球の名作マンガに触れた頑馬から「リアル亀仙人」のあだ名を与えられた。女性ながらパワーのポテンシャルは未知数! 身軽になったらどれだけ強いのか!?
メッセ(??歳)
種族は“電后怪獣 エレジーナ”。一六六センチでやっぱり体重は秘密だ。かつてのUPEには彼女のようなセクシーなボディとメロメロのフェイスを持った女子プロレスラーもたくさんいた。全盛期のビルド、全盛期のUPEなら、彼女くらいのルックスを持っていれば即スカウトしてイチからプロレスを教え込みアングルの最前線まで導けただろう。
そんな刺激的なカチコミの一部始終を撮影するのが、頑馬の実の弟フジ・カケルである。
「会社が終わるからって死に方を他人に求めてんじゃねぇぞジジイコラァなぁおいお前!」
「フッ……。フハハハ! 何がコラじゃ若造! 大名行列引き連れてオイ! やるのか? やらんのか? ハッキリせんかい青二才が! ビビッとんのか!? タコスケ!」
老兵の血が騒ぐ! いや、騒ぐなんてものじゃない! 沸騰し、燃え上がり、興奮で顔が真っ赤に染まる。「ミスター・マクミラン。残念ながらあなたはもう若くないようだ。血圧の薬を飲むことをお勧めします。あなたがまだ見ぬひ孫をその手に抱きたいならね。あなたにこんなことを言うのは残念だが、ひ孫と過ごす未来に高級なウイスキーや葉巻は連れて行けない。しかしあなたほどの賢明で経験豊富なビリオネアならウイスキーや葉巻以外にもお金の使い方を知っているでしょう?」なんてドクターは言ったが、ウイスキーや葉巻なんて目じゃない。飛燕頑馬、アブソリュート人が試合をしてくれる! 百万本の葉巻よりも血圧に悪い!
「言ったな!? 吐いた言葉飲み込むなよ、おい吐いて。中途半端な言った言わねぇじゃねぇぞ老いぼれェゴルァ!」
「噛みつくんならハッキリせんかいギャイギャイ言わず! やるんじゃな? やるんじゃな!? 言ってみんかい小僧! 噛みつくのか? 吼えるだけなのか? ハッキリせんかい! 噛みつくんじゃな!? このビルド・マクミランに噛みつくんじゃな!? ならしっかりここに噛みつけコラァ! ワシの喉笛を噛みちぎってみろ!」
「言ったな? 本当だな? 本当だぞ。コラァ。おいコラ雁首並べて三流プロレスラー。全員でかかってこい。シングルマッチ? バカ言うな。一人や二人なんてケチくせぇこと言わねぇよ。全員血祭りにしてやるってんだよコラァ。ランバージャックデスマッチだ。やるなら完全決着のランバージャックデスマッチで勝負だ!」
ランバージャックデスマッチ! リングの周囲をぐるっとプロレスラーで囲み、リングから落ちた選手を押し戻す、暴行を加えるなどして、リングで戦う選手たちから逃げ場を奪う完全決着型のデスマッチであり、試合を行っている当人以外にも場外乱闘など出番が与えられる試合形式である!
血だけではない。涙まで沸騰する。最後の相手にアブソリュート・レイを選んで本当によかった……。アブソリュート・レイとのシングルマッチの実現、それでもビルドとUPEの最期を飾るには十分だ。だがランバージャックデスマッチは、リングに上がれずとも全員に出番がある。アブソリュート・レイは、汲んでくれたのだ。ビルドの汗も血も涙も!
「この俺が勝負してやる。相手はお前だ! マッスル・A!」
「いいじゃろう。マッスル・AはUPEのエース。勝てばマッスル・Aの持つAUヘビー級ベルトをくれてやるわい。ただし……。負ければ全員でワシのおケツにキスをしてもらう。ワシは女にも容赦はせん!」
ここに! 宇宙最強の一族アブソリュート人の幻の天才・アブソリュート・レイとUPE最後のエース、マッスル・Aのランバージャックデスマッチが実現する!
「試合は、一週間後の夜二十一時、舎人公園で行う。当日はリングとゴングとベルトと石を持ってこいジジイ。お前の棺に釘を打つ石だ」
覇ァ危ィッ!
捨て台詞と一緒に社長室のドアを体当たりすると、頑馬のシルエットと同じ形の穴が開いた。その断面は陽炎のオーラで焼け焦げている。頑馬の忠実な部下たちは、太陽のようなお頭の影のようにその穴を通って退場していく。
「……社長」
「お前の言わんとすることはわかっとる、A。お前は地球人じゃ。あんなのと戦ったら死んでしまうと言いたいんじゃろう。だが、ワシの目には、彼はプロレスのことがわかっているように見えた」
「前半は違いますが、後半はあってます。地球人がアブソリュート人に挑む! 最高のアングルですよ!」
ビルドにはわかっていた。本当はマッスル・Aは不安に押し潰されそうなのだろう。
宇宙最強の一族、アブソリュート人。その多くは謎に包まれており、知られているのは高い戦闘力、多くの宇宙人と同じく変身型の宇宙人であること、そしてその力を競技やケンカなどに使おうとせず、正義執行のためだけに使うということくらいだ。
他の種族に変身……例えば地球人に変身している状態では、本来の何パーセントほどの力を発揮できるかはビルドもわからない。だが一〇〇パーセントの力が使えるのならば、ガチンコマッチをすればマッスル・Aは一瞬で死ぬだろう。
だが頑馬は。
実にプロレス的な襲撃を行い、全員に出番が行き届くようにランバージャックデスマッチを提案した。殺し合いではない、ちゃんとしたプロレスの試合を作ってくれるのではないだろうか? だが、彼にとっての手加減やプロレスでさえマッスル・Aには致命傷になる可能性が高い。
「安心しろA。俺たちが援護してやるぜ!」
未来恐竜クジー。
ゴア族。
機婦神ゴッデス・エウレカ。
電后怪獣エレジーナ。
場外でUPEの選手たちが戦うことになるだろう面々も宇宙指折りの強豪たちだ。腕が鳴る! 鳴るのが追悼のテンカウントにならないといいが!
〇
一週間後、二十一時。
舎人公園に真っ白なリングが設営される。
23区内の都立公園で三番目の大きさを誇る舎人公園は、ほとんど無人だ。最大で九万人もの観客を集めたUPEの最期には少し寂しいが、“巌流島の戦い”など無観客試合は伝説的なドラマを生む。
「久しぶりじゃなコメット」
レフェリーを務めるのは、ビルドと二人三脚で団体を成長させたレジェンドプロレスラー、コメット・ライダー(75歳)だ。隠居をしていたが、UPEの最後に駆けつけずにはいられなかった。
「……」
これがUPEのラストマッチ。リングに上がってロープ、キャンバスの弾力を確認しながらマッスル・Aはウォーミングアップを開始し、街燈の明りも届かない暗闇を見つめる。
突如、暗闇に火の玉が出現する。その火の玉は激しく上下に揺れ、夜の都立公園に太鼓の音を轟かせる。
「ジャラァー!」
次第に近づく火の玉は、疾走する一九一センチの筋肉のサグラダファミリアの輪郭をハッキリと映し出し、上半身裸で短パンを履いた飛燕頑馬がUPEのスポットライトに照らされる。ミケランジェロでも想像出来ない程美しく逞しくパンプアップされた肉体は強烈な光を浴びてテカテカと輝く。
「控えろ、控えろ! 頭が高い! お前たちが、簡単に、お会い出来るような、方ではない! 弁えろ! 鎮まれ! 頭が高い!」
少し遅れてやってくるのは、謎の口上を読み上げるバース、丁寧に折り畳まれた頑馬の服を丁重に運ぶマートン、太鼓を叩くオー、プロレスにラウンドガールはいないがファンサービスのために扇情的な服装をしているメッセ、カメラを回すフジだ。
手下の到着を確認した頑馬が一っ飛びでリングに上がり、ポーズを決める。役者は揃った!
「ここはジェイドに感謝だな」
頑馬はスポーツグラスを外し、リングの上からバースに投げて渡す。左掌からの特殊な波長の光を直接左目に当てることで飛燕頑馬はアブソリュート・レイに変身するが、ジェイドとの戦いで左目にダメージを負った今の頑馬は変身することが出来ない。そのため、今はメガネを外していても問題がない。
赤コーナーにマッスル・A、青コーナーに頑馬が待機。フジ、バース、マートン、オー、メッセ、コスモ、パンチョ、ボルカノがリングを取り囲む。たった八人のランバージャックは少し寂しいが……。
「ゴングじゃ!」
“時間無制限一本勝負 ■AUヘビー級選手権 ランバージャックデスマッチ”
マッスル・A vs 飛燕頑馬
集く虫たちも縮み上がるような鋭いゴング!
頑馬、マッスル・Aの両者が視線で激しく火花を散らしながらリングの中央で徐々に距離を詰めていく。あまりに熱気を増した二人の間にはまるで蜃気楼が見えそうだ。
一発、二発! マッスル・Aの前蹴りが頑馬にヒット! だがまるで効いていない。海に立ちションするくらい、太陽にマッチを投げ込むくらいスケールが違う。
不敵に笑う頑馬の胸に逆水平チョップ! だがマッスル・Aの力では、傷だらけの頑馬の上半身に新たな傷を刻むことは不可能なようだ。
「グッ」
しかし効いた? 頑馬が数歩後ずさり、余裕の薄ら笑いが消える。そして挑発的に手を振り、さらに胸を張る。
逆水平をもう一発! さっきの太鼓にも負けない強烈な破裂音。汗の飛沫が美しく夜を彩る。マッスル・Aも一心不乱に打ち込む。逆水平逆水平!!
「グアッ」
頑馬の顔色が変わった。クレーン車のような腕を振り上げ、指を揃えてピンと伸ばす。来る……。お返しの逆水平だ。
マッスル・Aの脳裏に様々な思いが去来する。ここで食らえば死ぬ? よくて車椅子か? “人”として心配なのはこの辺りだ。“プロレスラー”として心配なのは!! この一撃でKOされ、UPEのラストマッチが塩試合で終わってしまうことだ! 頑馬の腕の振りがスローモーションに見える。死が近づいてきた証拠か? それとも一流のアスリートが経験するという極限の集中状態、ゾーンか? それでもマッスル・Aは避けずに胸を張った。プロレスの辞書に回避はない。飛燕頑馬の……アブソリュート・レイの逆水平を受けられる? なんて……。なんて……。
罵ァ致ィィィン!!!
「~~~~~ァッッッ!!」
激しい衝撃! キレイにヒット! 逆水平を受けた胸部の痛覚が発火する。痛みに耐え兼ね、背中を丸めてしまう。だが、なんて有難いんだ……。
「ジャァ」
ドリブルするサッカー選手のような軽いキックが入り、マッスル・Aを弄ぶ。ダメージは少ないが、マッスル・Aを後退させるには十分だ。連続してキックを打ち込み、ついにマッスル・Aの背中にロープが触れる。
マズい!
「ヒャッハー! 頑馬兄さんの手を煩わすこともねェーぜー!」
リングサイドからフジがマッスル・Aの足を掴んで引き倒し、マッスル・Aはリングに顔面を強打する。血の味が口の中にじんわり滲み、真正面にいる頑馬が遠ざかる。フジがマッスル・Aをリングの外に引き摺り出しているのだ! デスマッチではこれもアリだ!
UPEの選手たちが我らがエースを助けようと駆けつけるが、バース、マートン、オーにブロックされてしまう。彼らの目の前でマッスル・Aがフジに羽交い絞めにされた!
「やっちゃってくださいよメッセさぁん!」
フジの合図でメッセの髪がブワッと逆立ち、髪に隠されていたセクシーな素肌と普段は隠れているメロメロフェイスを晒す。こんなの、ファミリー路線だった頃のUPEではエロすぎて見せられない!
「エレジーナ超電磁球!」
メッセの口から稲妻を纏った光の球が発射され、マッスル・Aに直撃! よくテレビで見る「地球に小惑星が衝突したらこうなる」みたいなチープなCGのようにエレジーナ超電磁球がマッスル・Aにめり込み、骨が透けるぐらい体中に激しい電気が駆け巡る!
「が……は……」
だが意外と効いていないのだ。感電したことは確かだが、体に痺れは感じない。こけおどしの技だったのか? まだ戦える。自分を羽交い絞めにしているガキに肘打ちを食らわせて脱出し、ヨレヨレになりながら、頑馬の待つリングに上がる。
「来いよ、挑戦者……」
「フッ、まだやれるとは驚きだな。悪いな、ジジイ。お前のオモチャ、ブッ壊しちまうぜ! ジャラッ!」
誰の邪魔も受けないリングの中心でがっちり組み合いロックアップ! 頑馬の弾けるような逞しい筋肉、太陽のように熱いのに心地よさを感じさせる温もり……。
なんてこった……。
マッスル・Aはこの試合で引退するつもりだった。自分を一流のプロレスラーに育ててくれたUPEと心中し、ビジネスマンとしては生涯現役を宣言しているビルドの右腕として今後はコスチュームやチャンピオンベルトではなくスーツを纏うつもりだった。
「ジャラァッ!」
「ドドアッ!」
頭突きの応酬! 互いに頭皮が裂けて鮮血が散る。そうであってくれ! 俺の血は酸素を運ぶためでも、体温調整のためでもない! オーディエンスを沸かせるためにある!
怒豪ッ!
大きく振りかぶった頑馬の頭突きがマッスル・Aをのけ反らす。パタッと血がリングサイドのビルドの頬を打つ。
「……」
なんて顔をしているんだ、社長。俺はこんなに……こんなに!
「ド……」
マッスル・Aは左の肘を軽く曲げて体の横に突き出し、左の拳に右掌を軽く打ち付ける。ビルドの血管がギュワッと開き、目をミチミチと充血させる。
「ドドアッ!」
渾身の力を込めて左腕を頑馬の顔面目掛けて叩きつける! 愚遮っと音を立ててマッスル・Aの腕を軸に一一六キログラムの筋肉の塊である頑馬の体が半回転、雷鳴のような音を立てて尻もちをつき、大の字に転がって肩で呼吸をする。これこそがマッスル・Aの十八番のラリアット、“マッスル・クローズ”だ!
すかさずマッスル・Aがフォールに入る。プロレスは相手の両肩をマットにつけてスリーカウントをとることで勝敗が決まる。
「ンジャッ!」
しかしカウントは二.五! 試合続行だ。マッスル・Aは、ベビーフェイスらしい最高の笑顔をビルドに向けてやった。激励と、活気と、自信と、勇気の顔を!
社長。俺、今こんなに楽しいんです……。
「フゥー。ジャッ」
マッスル・クローズのダメージが大きいのか、膝を震わせながら頑馬が立ち上がる。どうやら楽しいと思っているのはマッスル・Aだけではないようだ。
「ドドアーッ!」
「ジャラーッ!」
目まぐるしく上下が入れ替わり、グラウンドの攻防が始まった。だが地球人とアブソリュート人、その覆せないパワーやスタミナの差が隠せなくなってくる。これ以上の試合はマッスル・Aが危険だ。
「ジェエェ!?」
ビルドがリングに上がり、背後から頑馬の股間の急所を蹴り上げる! 急所を抑えて苦しむ頑馬にマッスル・Aはトドメのマッスル・クローズをお見舞いしてフォール! コメットがキャンバスを三度叩き、試合終了のゴングが鳴る!
“時間無制限一本勝負 ■AUヘビー級選手権 ランバージャックデスマッチ”
〇マッスル・A(マッスル・クローズ→片エビ固め)飛燕頑馬●
「ジジィイイイイ!!!! 反則じゃねぇかぁッ! 頑馬兄さんの反則勝ちだ! ベルトを寄越せ!」
リングサイドのフジがビルドに詰め寄るが、UPEの選手たちが社長を守護する。
「反則? 反則かもしれんのぉう。じゃが反則の場合、どっちが勝とうが王座は移動せんのじゃよ。結局ベルトは我らのものじゃ。ホッホッホ」
「クソジジィーッ!」
「ホーッホッホッホホホォオッ!?」
ビルドの高笑いが消えた。急所攻撃の痛みを散らした頑馬が昼と見まがう陽炎のオーラを出現させ、激しい怒りを目に燈してビルドを睨みつけている! リングから飛び降りてビルドをヒョイと米俵のように担いでリングに戻って唸り声をあげる。
「言い残すことはあるか? ジジイ」
「ま、待つんじゃ! ワシは唸るほど金を持っている! 宇宙中から美女のプロレスラーを集めた! 好みの女性を宛がおう! ワシは……。ワシはビルド・マクミランじゃぞ!?」
ジワーッとビルドの股間が恐怖で湿る。
「くたばれェ! ガンマ・ドライバー!」
担ぎ上げたビルド上下逆さまにして垂直落下させ、脳天をキャンバスに叩きつけた! マッスル・Aのためにとっておいた必殺技ガンマ・ドライバーだ! 白目を剥いたビルドは口から泡を吐き、ビクンビクンと痙攣する。
飛燕頑馬がまだ飛燕頑馬と名乗る前、アブソリュート・レイだった頃から何度も観た姿だ。
幼かったアブソリュート・レイが、「ザマァ見ろビルド!」と叫んだ頃に観た姿だ!
「あいつ、まだ何かする気か?」
大の字に倒れるビルドを腕組みした頑馬が睥睨する。社長の危機を感じたコスモがリングに上がろうとするが、誰よりもビルド、そして飛燕頑馬を知るマッスル・Aが静かに制止する。
白目、泡、痙攣、失禁……。ビルド・マクミランの最高の仕事にして“得意技”を前に、飛燕頑馬は正座し、そして膝と顎が触れるくらいに深く頭を下げた。座礼。プロレス界を去る一人の巨星に対し、頑馬が見せられる最大限の敬意と感謝だった。
ありがとう、飛燕頑馬。ありがとう、ビルド・マクミラン。言葉は交わさなかったが、二人の心は確かに通じ合った。
「やっぱり頑馬兄さんは強いぜェーッ! 観てるか? どっかのコスプレ警官! かかってくるならこのいかんともしがたい実力の差をちょっとは埋めてから来やがれ! あぁ、それと一つ。警官辞めるなら仕事紹介してやるよ。だがお前が働くところはなまらしばれるところだからガラクタじゃなくてちゃんと厚着して来いよケーケッケッケ」
uTubeに投稿された動画は、ここで終わっている。
「うふふ」
シトラスのアロマキャンドルの燈かりでこの動画を観ていたアブソリュート・ジェイドは、昔を思い出してノスタルジーに浸りながら、高評価をタップしてハーブティーを飲んだ。