第20話 メッセンジャー&虎威狐燐vs凸・楓・リーバイス、飛燕頑馬vs大黒顕真
米軍が太平洋上で国籍不明の飛行物体を捕捉した。巡航ミサイルではないようだ。スクランブル発進したのは極秘の航空機一機。主に日本で起きているヤバいことが自国に降りかかる場合に備えるには奥の手が必要だ。目標はマッハ二に減速。目標を追尾した。
「貴機は我が国の領空を侵犯している。速やかに退去せよ。……目標は警告を無視、領空を飛行中。目標を視認した。航空機ではない」
「威嚇射撃を許可する」
トリガーに手をかけた瞬間、航空機のフロントガラスキャノピーに霜が降り、激しい乱気流が発生して照準が乱れる。それでも流れ弾を気にする場所ではないし、気にする米軍ではない。対象が雲を抜けた。この高度、この速度で飛行しているとは信じがたい姿だった。
「ゾーキングを呼べ!」
「もう来ているよ、カーネル・アイシィクァーズ。それから私を二度とゾーキング、と呼ぶな。ゾーキング博士、だ」
「失礼、ドクター・ゾーキング。我が軍では夢想家と腰抜けは呼び捨てにすることにしているんでね、ついうっかり。そういえばあなたはただのプレジデントお気に入りの愛犬でしたな。XYZの時のように腰が抜けて静観を決め込むかね?」
航空機からの映像が入る。錆びた鉄のような色の巨大な翼……。そこにびっしりと生える羽毛。
「この動き。基本は滑空だが羽ばたきも混じっている。風切り羽根のような形状からも鳥類に似た怪獣であることがわかる。おそらく気嚢も持っていることだろう。この高度でも呼吸が可能、さらに気嚢に様々な気体を溜めこむことでこの爆発的な推進力を得ていると推察可能だ」
「手短に報連相出来んのか。ブートキャンプのハナタレ小僧でも出来るぞ」
「怪獣図鑑を出せ。V、またはMのページだ」
カーネル・アイシィクァーズはVのページを、ゾーキング博士はMのページを開いた。
「このどちらか……。残念ながら、羽毛の色から察するにMのようだな」
Venrebel
分類は“風禽怪獣”。一八一フィート。鳥類の特徴を持つ怪獣。比較的穏やかな性格だが、その翼で起こす突風は災害級。
Mistrebel
分類は“嵐禽怪獣”。一八一フィート。ヴェンレブルの変異種である凶暴な性格で“風の悪魔”の異名をとる。体内で気化しやすい液体を生成し、気嚢に溜めることで冷気と暴風を巻き起こす。ヴェンレブル以上に脚部が発達しており、脚力を活用した走行も行う。
「なんだこのガキの自由研究ノートは。これならば私がボーイの頃に作ったキャプテン・アメリカの歴代アーマー図鑑の方が詳細だぞ」
「航空機を凍結させるほどの冷気。ミストレブルだ。地球で確認されたのは数千年ぶりだよ。古文書“三香金笛抄”によると、過去に現れたミストレブルは暴風と冷気により世界的な凶作と飢饉を巻き起こし、古代フランス文明を滅ぼしたとされる」
「残念ながら、我々はロゼッタストーンや古事記なんかを正式な記録と認識しておらん。見解を聞こう、スタン・リー博士……おっと失礼、ゾーキング博士」
「XYZよりはマシな相手だ」
「相変わらず役立たずな老人だ。今すぐ“マーヴェリック”を。出撃準備だ」
「“マーヴェリック”?」
「三十五年前にも『トップ・ガン』のおかげで志願者が増えたが新作でもまた増えた。だが今回はフィクションではない最高のデモンストレーションになることだろう。いや、ならぬか。本物の“マーヴェリック”はトップシークレットだからな」
〇
大文字焼きで負ったダメージが大きく、メッセは片膝立ちで呼吸し、回復に努めるのが精いっぱいだ。
ここまででメッセと狐燐が掴んだイエローの情報で一番重要なのは、イエローは遠距離ではサイケ光線や魔法の波動の小技・繋ぎ技に加え、ネフェリウム光線のコピーというとんでもない威力のフィニッシャーを持つこと、近距離では肉体強化で殴り合いも強く、さらに分身や毒の煙幕を始めとした便利な技もあり、攻撃面が非常に優秀で受けに回ると厳しいということだ。だが隙はなくはない。狐燐が沈花に授けたジェイド対策がある程度イエローソーサラーにも通用する。つまり、ネフェリウム光線が両手で印を結ばねば発動しない以上、印を結ばず直接殴った方が早いケースでは殴りに来るということだ。楓のネフェリウム光線は受け方によっては狐燐の三角定規シールドを貫通するが、どうやら楓のステッキによる打撃とステッキからのサイケ光線や魔法の波動なら、クリーンヒットしても狐燐はダメでもメッセなら致命傷にはならない。そしてこれらは三角定規シールドで受けられ、ステッキがあるうちは両手を使うネフェリウム光線を使えない。一方、フィジカルの差は歴然。元来フィジカルの強い楓がさらにエンハンスメントされている。一方の狐燐はヘナヘナモヤシの虚弱体質だ。エンハンスメントしていない体幹に一発でももらってしまえば椎間板ヘルニアが再発してしまう。
しかし実は接近戦で分があるのは狐燐である。巨大Gペンの槍と三角定規シールドがメインではあるが、その他文具を凶器として扱う戦い方の訓練はイタミ社に就職する以前から積んでいたので経験値がものを言う接近戦では一日の長がある狐燐なら持久戦に持ち込める。狐燐が密着して手堅く守り、メッセが仕掛ければ勝ち目はある。
「ホイミッ!」
「あっぶね……」
だがメッセにはもう少し回復が必要だ。そのメッセのピアスがピンピンと不自然に揺れる。メロンからの合図だ。
「伝令よ。フジくんがブラックを倒したわ」
「やるじゃない」
「やばい事実も発覚したわ。ブラックは、従来のアブソリュートマン×アブソリュートマンのフュージョンに加え、怪獣のリーフを読み込む三枚同時フュージョンで一分程度超強化された」
「ブラックはどれくらい強かったの?」
「シアンよりは圧倒的に強かったわ。そうね……。素のブラックのままだとイエローより僅差で劣るくらい」
「チッ、可哀そうな狐燐。貧乏くじね。イエローが一番強い上にポータル使いってことはずっと狐燐がイエローのマークなのに」
「三枚同時フュージョン状態ではイエローを上回ったわ。でも怪獣を読み込むメソッドはフジくんとの戦いの最中でブラックが編み出したものらしくて、この情報が共有されていない今が好機よ」
「ちょっと待って。聞き流してたけど、やつら、怪獣のリーフも持ってるってこと?」
「そういうことね」
「その怪獣のリーフを読み込むメソッドが敵に共有されるとアブソリュートマンの組み合わせから対策を考えていたのがバカみたいね。ちなみに、ブラックは何の怪獣のリーフを使ったかまではわからないわよね?」
「セラトーブと言っていたわ。現在提供可能な情報は以上」
「ああ、エレジーナの目の上のタンコブね。やつらの数がもっと多かったら電撃怪獣の代名詞はエレジーナじゃなくてやつらのものだった。ブラックが編み出したということはフォックスも知らない可能性があるわね。ちなみに、イエローも怪獣リーフを持っているとしたらなんだと思う?」
「残念ながら、わからない。フジくんがブラックを倒してくれたおかげでこっちにリソースを割ける。何か変化があったら報告するわ」
「OK。メラァッ!」
極めて流麗なキックが楓のステッキにヒット! 頼れる上司の復活は狐燐の気力を想像以上に補った。
「ホイミッ!」
「食らえッ!」
ジャストガード! 三角定規シールドとステッキの打撃のタイミングがピッタリ噛み合い、カウンターとなって衝撃が反転されステッキ、楓の腕へと伝って痺れさせる。しかし楓は木楠と違ってフィジカルエリート。あっという間に筋肉で衝撃を分散、そして押し込め、空いている左手で狐燐の骨と皮だけの胸を拳で抉る!
「リエ……!?」
「狐燐! なんなのよこいつ……」
狐燐が胸を抑えて蹲り、三角定規シールドと巨大Gペンの槍に込められた念力が弱まって地面に落ちた。目の前の敵は決して戦い慣れている訳ではない。洗練とは程遠い。だが容赦なき攻撃性……殺気とまで呼べるものを持っている。
凸・楓・リーバイスは……。物理的、というとおかしな話だが、ヴェンレブルのリーフで精神に空きスペースを作った。しかし心のキャパシティは広くはならなかった。
誰かに認めてほしかったのか? ここで敵の司令塔であるメッセ、ポータル使いの狐燐を倒せば顕真はその勝利を大いに称えるだろう。でも楓的にはそれではない気がする。
何がしたいんだろう、わたし。
何をすれば満たされる? というか今までの女児向けアニメを観ているだけの人生は満たされていたか? 妥協……? 向上……?
……孤独。
余りにも長く孤独に生き、孤独に浸り、もう救いの手があっても、拒否して孤独に妥協する程、孤独が根深く楓を蝕んでいる。
この戦いがその自分の悲しい性への八つ当たりなのか……。そもそもその孤独を自覚しているのか? この苛立ちはなんなのか。顕真への献身? それともメッセと狐燐の息の合った連携を見て、自分が誰とも共有出来ない友情とかいうものへの嫉妬か?
メッセと狐燐には理解不能、共感不能な何かが楓を苛んでいる。苛立っているのに怒りの呻きも興奮もありはしない。その苛みが、八つ当たりよりももっと原始的な嫌悪感と焦燥となってただただメッセと狐燐に襲い掛かる。
楓がステッキを回す。テレビアニメの魔法少女じみて。そして何かが充填されていくのをメッセは天性の勘から察する。
「何か来る」
「“オーバー・ザ・レインボー”!」
現状を伝えよう。狐燐のリカバリーが間に合い、三角定規シールドで狐燐とメッセを覆った。しかし三角定規シールドは、ステッキに貫かれていた……。
ステッキは魔力を噴射してメッセの視力でも捉えることが出来ない程までに超加速! 一撃必殺の超高速の刺突となって三角定規シールドを貫いた! しかしリーチの短さが災いし、シールドを貫くも、その後ろに控える二人が被弾することはなかった。
「狐燐ッ! シールドを捨てなさい!」
シールドには未だステッキが突き刺さったまま。このままシールドを捨てればステッキを手放さざるを得ない! しかも数の利が活きている。既にメッセの尻尾の蕾は花開き、パラボラに電撃がチャージされている。エレジーナ電磁流の威力に!
「持ってけぇ!」
「ホェマァッ!」
三角定規シールドごとステッキを捨てられると察した楓はステッキを諦め、目先の攻撃を摘みに行く。感電しながらも充填中のメッセの尻尾を掴んで先端を狐燐に向け、メッセが躊躇った瞬間に尻尾をハンマー投げの要領でぶん回して狐燐に激突させる。変身により幸いにもメッセの体重が二十キロ台まで落ちていること、二人の距離が近くて加速が十分でなかったことから狐燐は致命傷にはならなかったが、この……。イエローソーサラーの凶暴性、そして優しさと表裏一体であるユキのものとは違う、混じりっけなしの冷徹はあまりにも危険だ。
「まだまだ。まだまだまだ……」
メッセが電光石火で飛び起き、牽制の前蹴りを放つ。距離があればネフェリウム光線が来る! しかもステッキを失っている今ならネフェリウム光線に踏み切るハードルはさっきよりも低い。メッセは即座に密着し、インファイトを仕掛ける。
「お前のことがもっと知りたかった」
メッセは美しいものが好きだ。特に美しい女性が。それは性欲ではない。
誰もが誰も、“好き”になるものがあり、その基準は異なる。楓が女児向けアニメが好きなように、メッセは美女を眺めることが趣味のようなものなのだ。自分の方が美しいなどと競うためではなく、美女に育った過去、美女が過ごす環境、美しくあろうとするための努力や気遣い……。そういった美女の人生に想いを巡らせ愛でることを、美術品や博物館の収蔵品を愛でるように好んでいる。
そしてまた、楓も美女だった。
その美しい目は戦いの中で必要な視線移動の中で無駄にならないようにステッキの位置を確認している。どうやらあのステッキにこだわりがあるようだ。なら取りに行かせてやればいい。その代わり隙はいただく。
「エレジーナ電……」
……楓のことがもっと知りたかった。
お前は何故そんな悲しい目をしている?
フォックスは救いではなかったのか?
本当に戦う気だったのか?
フォックスの目的に賛同しているのか?
そもそもフォックスの真意を知っているのか?
「ッ!」
ステッキを拾おうとした楓の手が滑る。ファンブル! ステッキを取りこぼした!
「いただきィーッ!」
ステッキをファンブルして片手を地面に着いた楓の脳天目掛け、狐燐の巨大Gペンの槍がスイカ割りスイングで直撃! バキッと槍が折れる感触、赤裸々な果肉に混じる黒い種のようなノイズの混じった楓の石頭にダメージが通った手応え! 事実、フードの頭頂部に滲み、そして額から垂れる真っ赤な果汁!
「ホメ……?」
「ハァ……。メッセ所長、お気持ちはわかりますが、こいつはここまで攻撃してきたんです。ブラックだって攻めてきた。順番が逆になるけど、話し合ってわかりあうよりも、優位に立って話を聞き、そして許す。そうじゃないとダメなケースだってあるんですよ」
再び戦場に殺気が満ちる。まだ? まだあるのか!? 楓のこめかみ、腕に血管が浮かび、超高熱を内包した冷徹の白面。その目は真っ赤に充血し、歯を食いしばっている。だが徐々に怒りが解消され、見る者に悲壮を覚えさせるものに変わっていく。
事実、楓の心は悲壮であった。誰か……。誰か助けて。
〇
「これが九枚目のリーフ……。アブソリュート・フォックスのリーフだ。俺が俺を超えられると信じる力、その勇気、その知恵。これが新たな俺だ!」
顕真が腰からフォックスゲートを抜き、さらに人差し指と中指にリーフを……。アブソリュート・フォックスのリーフを挟む。ユキは変身したフォックスの写真を頑馬たちに提供してくれなかった。いろいろ事情があるのだろう、彼女だって一人の女性だ。と、作戦担当コーチのメロンは深く追求しなかった。
なので、今、顕真が持っているリーフが通常のフォックスなのか、それともこれから変化する姿なのかはわからない。だがリーフに刻まれたアブソリュートマンは実に面妖な姿である。頑馬から見て弟のアブソリュート・アッシュも切れ長な目だが、フォックスは名が顕すように極端に吊り上がった細いキツネ目の中心に小さな真円の瞳孔で、顔の上半分を覆う面。最も目を引くのはその目だが、青海波模様の手甲、肩と胸を覆う麻の葉模様のプロテクター、足の甲から腿の外側、腹筋を伝い、胸に収束する矢絣模様のライン。自然に生まれたというよりも明確にデザインされた姿だ。
「トランスフュージョン! アブソリュート・フォックス! “NATURE WALKER”!」
このタイミングでブッ飛ばすことも可能だが水は差さない。それが頑馬の流儀だ。
フォックスの周囲に火の玉……。青紫のマインの鬼火とは色が異なる赤黒の狐火が纏わりつき、一気に燃え上がる。温度も湿度も二酸化炭素量も変化はない。ただフォックスの外見が変わっていた。
切れ長の目に赤く輝くかがちのような瞳、薄く塗られた赤い隈取、サラサラの黒髪はところどころ金のメッシュが混ざり、結ヒモを千切られたこととオーラが増したことでふんわりと膨れ、まるで歌舞伎役者のようだ。その首には元から巻いていた赤い麻のマフラー、そして超常の力で織られた赤いマフラーがなびき、青海波模様の手甲が装着されている。
「気軽に……“ネイチ”と呼んでくれ。いいのか? お前も強化形態を使わなくて」
「いちいち癇に障るヤローだ!!」
先制パンチ! 顕真は両手のガードをしっかり上げて堅実に攻撃を防ぐ。それでも少し押し込まれ、顕真の体幹が後ろにぶれて正常に戻るために緊張した。しかしダメージはない。
「スワッ!」
素早い! そして鋭い! 錐のような拳が頑馬の顔面を捉えた! その鋭さに怯んだ暴れ馬は鼻から喉へ逆流する鉄の味を覚えた。そして横っ面に無視出来ぬ強烈なインパクト! 後ろ回し蹴り! 頑馬がよろめき、痛みと共に熱気の籠った息を吐く。深く息を吐くことで血が上った頭を冷却した。それでもまだ熱い。耳たぶでも触りたい気持ちだ。その耳たぶが揺れた。
「頑馬。強化形態を使いましょう」
「そうするしかないようだ」
頑馬は胸に穴を空け、インナースペースに収納していた神器、即ち黄金の剣を抜き、その神器を分解して主要な関節を覆うプロテクターとマスカレードマスクに変換する。頑馬は複数の強化形態を持つ戦士であるが、その中でも最も使い慣れ、持続時間が長く、そして防御を重視した形態“ゴールデン・レイ”だ。
「ス……。レックジウム光線!」
「ジャラァッ!」
神器の防御力に任せてフォックスの光線を殴り飛ばし、猛チャージをかけて距離を詰める。しかし顕真は頑馬の走行とタイミングを合わせて頑馬の膝を踏み、走行を一時停止させるどころか膝を踏み台にサマーソルトキック! 二の矢は左掌に握った狐火だ。
「メガトウム光線!」
厨蛮ッ!
決して得意とは言えない頑馬の光線! 威力はネフェリウム光線と比べるとかなり控えめだが拳を突き出すだけで発射出来るお手軽さはある意味ネフェリウム光線より優れている。滞空中のフォックスを捉え、隈取の円周を少し縮め、その奥の目が細められる。
「しまった!」
「てめぇで食らえ!」
巨体でロデオめいて飛び跳ねた頑馬が滞空中の顕真の左手を端正な顔に押し付け、狐火が暴発する。ここから先が! 馬には出来ないことだ! ゴリラの如き握力で顕真の両腕を掴み高い高い、そして自ら尻もちをつきながら不意に重心を後ろにズラす! 結果的に顕真は二メートルを超える高高度から超高角度で背中から叩きつけられる大技、パワーボムを食らった形になる。
「ジェアアラアアアア!!」
頑馬こそ暴力の斯道! 頑馬の雄叫びが天狗のアジトに反響し、山の中腹の鬼の口のような出入り口から鬼の嘶きが放たれる。
「イテテ、よっと」
全身の骨を軋ませながらハンドスプリングで立ち上がった顕真はキッと頑馬に見栄を切る。ダメージはあるが、戦闘不能にはまだまだ遠いようだ。
「スワッ!」
セットプレーでは顕真の速さがものを言う! 両手を使った連続狐火の弾幕で頑馬の視界を塞ぎ、そこに紛れてしっかりと助走を取り、顔面に飛び蹴り! よろめいた頑馬の顔面に飛び移り、両腿で頑馬の顔面を挟んで自らはぶら下がって振り子運動し、回転力で頑馬を投げ飛ばし、暴れ馬はところどころにタバコの火種が落ちて出来た焦げのあるカーペットの上を転々、そしてポスターも貼れないゴツゴツの岩肌に激突する。
「レックジウム光線ッ!」
「ジエッ!?」
エメラルド色の光線が神器のプロテクターのない太腿を正確に射抜き、赤い血が噴き出して頑馬はぐらりと揺れた。
「スワーッ!」
狐火を纏った強烈なパンチが顔面で炸裂! 頑馬は狐火の爆発で頭部の前面を、そしてそれに弾かれた後頭部が尖った岩に突き刺さり、延髄に大ダメージを負う!
「ジャッハッハ。楽しいな」
「俺もだ」
とはいえ、フォックスの攻撃は今のところ、セットプレーからの連撃が決まらないと頑馬にダメージを与えるに至らない。そのセットプレーからの連撃をさっきまではどうにか出来たが、フォックスは頑馬の耐久力や思考、可動域を読んで連撃の成功率とチェイン数を増やしている。
「スワッ」
胸! 腹! 喉! 顔面! 胸! 顔面! 喉! 腹! 喉!
頑馬の上半身に立て続けに撃ち込まれる肘と手刀の嵐! 顕真は膝の屈伸で打つ位置を調整し、リズムゲームじみた九連撃を見舞う。そして後退した頑馬に左手を向ける。キツネサインを作った必殺光線の構えで!
「ジェッ!」
しかしこのキツネサインはフェイントだ。咄嗟に神器のガードを挙げた頑馬の腕を掴み、関節の可動域に合わせてねじって頑馬の体の向きをコントロールし、糸を引くような美しさと針の穴を通す正確さの必殺の後ろ回し蹴りで顔面への強打!
「ジエア……」
さすがのアブソリュート本家きってのタフガイも疲労とダメージを隠せない。肩で呼吸をし、反撃の素振りすら見せず表情で威嚇してダメージの把握と回復の時間を稼いでいる。
「頑馬」
「どうしたメロン」
「どうやら今のフォックスにはゴールデン・レイの防御力もあまりアドバンテージにならないみたい。もしあなたのプライドや意地が邪魔をしないのなら……。あれを使いましょう。XYZやバースの時に使った、攻撃偏重の強化形態を」
「そうしてみるか。おいフォックス……。他のアブソリュートマンの力を借りて戦うのはお前だけじゃねぇぞ。何しろ俺は公認だ」
もうこの敵は弱敵ではない……。XYZやバースにはまだ至らずとも、出し惜しみをしていていいような相手ではない。
青色吐息の頑馬が右手の掌底を地面と水平に突き出した。するとその先に、三人のアブソリュートマンを象った杯が現れる。
「初代! ミリオン! ブロンコ! 俺に力を貸してくれ! “レイジングスタリオン”!」
「来いッ! レイ! ……。アレ? ちょっと待った……。待て!」
突如として、大黒顕真は地面に空いたマジカルに縁どられた穴に落下し、姿を消した。異常膨張筋肉を持つ攻撃特化の深紅の強化形態の一撃は空を切り、レイジングスタリオンは穴に落ちないように急ブレーキをかけた。
「なんだァァァおいッ! おいッ! 烏頭ッ!」
「撤退命令が出た。顕真さんの本意ではない」
「じゃあ誰が撤退命令を?」
「金吾さんだ」
「……金吾? おい待てよ。お前ら、まだ仲間がいたのか?」
「まだ?」
頑馬たちは金吾の存在をまだ知らなかった。
イエローはメッセと狐燐が、ブラックはフジが、マゼンタは目の前、シアンは船場という名前で、雑魚だ。頑馬たちはテアトル・Qはこの四人に顕真を加えた五人だと思っていた。撤退命令を出せる程偉い六人目がまだいるのか……?
「俺も撤退する。あんたと戦いたかった」
「チッ。失せろ」
このまま顕真と戦い続けていたらどうなっていただろうか。レイジングスタリオンの攻撃で顕真をKO出来たか?
今はまだこれでいい。
「あー。よくねぇ。このまま歩いて一人で帰れってか」
〇
「撤退とはどういうことだ金吾」
強化形態が解け、ダメージが一気に押し寄せた顕真は全身に激痛を覚えながらリーダーに詰め寄った。テアトル・Qのリーダーは大黒顕真ではない。大黒顕真はあくまでも主役、リーダーは月岡金吾だ。
「木楠くんが負け、楓さんがかなり辛そうだった。ポータル使いの楓さんが負けると全員撤退出来ない。楓さんを死守しなければならないからね。それにお前だって大分危なかっただろう、顕真。レイは舐めちゃいけない相手だった」
「チッ。舐めてはいない。楓。危なかったのか?」
楓は額に手を当てて狐燐に割られた傷を癒しながら、悔し気に頷いた。しかし、楓の敗因はステッキのファンブル、そのミス一つだった。
「それに理由はそれだけではない。ヴェンレブルの上位存在、ミストレブルが現れた」