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第12話 アブソリュート・ファイト・フォックス -揺れる思い-

 199X年 マルチアースX。


「開幕投手の斎藤雅樹……」


 番台のテレビには背番号11の勇姿。大黒顕真は後ろ髪を引かれる思いで男湯の暖簾をくぐった。

 一八〇センチを超える長身を洗うには大きなタオルが必要だ。しかし、この時の顕真は後に手を焼くことになる超長髪ではなく短髪だった。消費するシャンプーも少なければ、時間もそんなにかからない。髪が長ければどうしても手入れのためにいいシャンプーが……。なんてことは、まだ髪を伸ばしたことのない顕真にはわかるはずもなかった。

 体を洗って湯気にかすむ富士山と松の木を見上げ、熱いお湯に爪先を浸らせる。


「顕真」


「どうした」


「せっけん忘れちゃったの」


「はいよ、それっ」


 どうやら恋人は顕真が体を洗って洗髪するのに要した時間で髪を洗っていたようだ。そうだろう。彼女の髪は長い。そしてこんなこともあろうかと顕真は少し奮発して、女性が使うのにも抵抗がないというか、あまりワイルドにならないような高級な石鹸を用意していた。


「ありがとう」


「おう」


 顕真が肩までお湯に浸かると鼓動と呼吸が作る小さな波紋。熱さへの呻きか幸せの発露か、声と息が口から出て大きな波紋と小さな波紋が寄り添った。

 どれくらい浸かっていよう?

 そうだ、恋人に話してみたい自分の過去をまとめてみるか。


 大黒顕真は誰からも見向きもされない辺境の星の出身である。荒廃し、暴力の嵐が吹き荒れる全体がスラム街のような星で、ほとんどが人間性を捨てて腹を満たすだけのエサを貪るためにその日を過ごす。そのため大黒顕真はアブソリュート人ではなく“野干(ヤカン)”という、地球で言うキツネのような種族だった。茶釜はタヌキだが薬缶(ヤカン)はキツネ。おお、このシャレは恋人にも言ってみよう。

 一部の優れた野干はヒトに化ける能力を持ち、ヒトに化ける力を習得した野干は妖怪じみた知能を持ち、力でも星の支配者になる器を持っている。そのためヒトに化ける野干はヒトに化け、野干のコミュニティを作って人間を超えることを目指していた。それでも民のレベルが低いのだから文明は一向に進まなかった。

 顕真はその中でも飛びぬけた能力を持つ野干であり、「ヒトに化ける」なんてレベルではなく常時ヒトの姿でいることが出来、最早野干の面影は生まれた時の姿が野干、であることだけだった。高い知能、高い身体能力。ヒトを超えた繊細な感受性。支配者にふさわしい器だった。顕真は中でも戦うことに興味を持ち、戦いを究めていった。そして野干のコミュニティは顕真に希望を託し、“アブソリュート・フォックス”の称号と野干の技術の粋であるフォックスゲートを授けたのだった。

 そのため、未来で顕真が発言することになるゴッデス・エウレカSCにも勝てる、という言葉はハッタリではない。ゴッデス・エウレカSCが持つエウレカ・マテリアル製の装甲と鉄拳のアンチ・アブソリュート能力はアブソリュート人ではないフォックスには通用しない。

 そしてそんな野蛮な辺境の星から旅立った顕真は暴力を貪ることもなく、戦いを戦士の使命に置き換えることで正義を実行し、さらに戦いを究めていくことになる。いい意味で顕真は故郷を捨てられた。この星に収まる器ではないこの男に、野干の長老たちは他の星の情報収集を命じ、倒す怪獣の情報をリーフに収める能力をフォックスゲートに追加した。


「……」


 他にも話したいことがありすぎる。早く上がって、夜桜を眺めながら酒でも呷りたい気分だ。ダメだ、考えがまとまらない。顕真は湯船から上がり、体を拭いて着物を着た。待合室では真っ赤にのぼせた恋人がコーヒー牛乳のビンを片手に籐の椅子に腰かけてぐったりとし、ナイター中継を眺めていた。


「待ったか? 夕希(ユキ)


「ええ、待った。熱いの、あまり得意じゃないの」


「そうか、悪かった」


 本当は体を洗うだけでよかった。すぐにだって上がって……。


「さぁ、少し涼むか」


 夜はまだ肌寒い三月の末。彼女の父親、アブソリュートミリオンが地球にいた頃は、この季節が一番好きだったという。ミリオンも大切な誰かと過ごしたからだろうか。それとも、夜桜がこんなにきれいだからだろうか。

 顕真はビール、夕希はハイボールの缶を買い、向こう岸の提灯しか見えない程広い川幅、水面を撫でて吹き込んで来る夜風とそれに揺れる夜桜。どこも花見客でいっぱいで座れるところもなさそうだ。顕真は赤いマフラーをほどき、湯冷めする夕希に巻いてやった。


「夕希。お前の本当の名前はジェイドだろう? 何故夕希なんだ?」


「わたしの星で最強の戦士はわたしの伯父、初代アブソリュートマン。全ての希望よ。その伯父は夕暮れに戦うことが多く、その雄姿から“黄昏の戦士”と称えられた。でも本当はそれだけの意味ではないの。父曰く、初代アブソリュートマンは正義の戦士ではない。初代アブソリュートマンは真実を追求する戦士。極論だけど、彼の中の真実次第で弱者を見捨てることもあれば、強者に加担することもあるかもしれない。“誰よりも優しく、誰よりも酷薄”。それが彼の持つ最大の才能と言われているわ」


「素朴な質問なんだが、その初代アブソリュートマンの求める真実とは何なんだ?」


「誰にもわからない。彼は無口だから。でも一概に正義とまとめられず、誰からも理解されない彼の基準を“真実”としている。その光と闇、善と悪のはざまが黄昏と表現されている。夕希と名付けたのはわたしの育ての親であるアブソリュート・プラよ。プラはわたしに、初代アブソリュートマンの求める“真実”の理解、そして最強ゆえの孤独に苦しんでいるはずの“黄昏の戦士”が縋る程の“希望”になってほしいと、そう名付けたそうよ」


「お前はXYZを倒したんだろう? 既に最強の初代アブソリュートマンと同格、もしくはそれ以上だろう」


「最強なんてとんでもないわ。わたしはまだ初代にもあなたの足元にも及ばない……というとオーバーね。わたしとあなたの身長差くらいの差があるわ」


「まぁな」


「でもいつか超えてみせる。あなたも、初代も、父も、そして兄も。まずはポータルを身につけなきゃ」


「俺を超える、か。楽しみだが男の口説きの決まり文句は君を守ってやる、に決まっている」


「ふふ、わたしがあなたを超えてもわたしを守ってよ」


「ポータルは難しいだろうな。あれは完全に努力以上、いや才能以上の適性がものを言う。最早ポータル習得はくじ運というほかない」


 聞くに堪えないバカップル!

 だがこの時のジェイドはまだ今のフジと同じくらいの年頃だった。そりゃ初めて出来た彼氏にデレデレもする。

 ジェイドの半生は見ようによっては過酷だ。多忙を極めたミリオンが育児に専念出来ないと幼少期からプラに預けられ、プラを育ての親兼師匠とした。しかしジェイドは期待されていなかった。何故なら当時はレイがまだ星にいたからだ。アブソリュートの未来はアブソリュートミリオンの息子レイがいれば十分担えたはずだった。そのレイが星を脱走してもプラはジェイドのペースに合わせた緩い修行と生活を続けた。その二年後にアブソリュートマン:XYZが来襲。初代アブソリュートマン、アブソリュートミリオン以外が戦えなくなり、既にXYZに手の内を知られている初代とミリオンは、一か八かの賭けとしてジェイドをXYZとの一騎打ちに送り出した。そして神器ジェイドセイバーに認められ、輝かしい勝利。

 ノーマークだった「初代の姪」「ミリオンの娘」「レイの妹」どころか一気に有望株の戦士を超えて最強格と認められ、最後の修行を星で修めてアブソリュートマンの称号を得てから武者修行の旅に出た。

 これが顕真と出会うまでの経歴だ。


「でもあなたは名前からしてわかりやすくていいわ。顕真。あなたが真実を顕す。もしくはあなたが顕しているものが真実」


「だといいな」


 酒気を帯びた吐息が夜風に混じる。目の前に大きな屋形船がやってきた。デコトラみたいに過度に飾られた提灯は確実にオーダーメイドだ。夕希は故郷からポータル経由で届いた依頼状を検めた。


「あの屋形船に鉄火怪獣ギショウの暴力団が乗っている」


「それを始末しろという訳か。いけるか? 酒気帯びで」


「あなたがいて?」


 顕真の実力への絶対の信頼と肯定。額面通りならばそういう発言だ。しかし実際には野心と嫉妬もあった。アブソリュートマン:XYZを倒したのに、宇宙にはまだアブソリュート・フォックスがいた。フォックスとXYZならばXYZの方が強いが、XYZの時は怖いもの知らずのビギナーズラックと六大レジェンドのカギという特別アイテムがあったから勝てた。ジェイドがXYZに勝つ条件が整っての勝利。そういうものがなければ、ジェイドはフォックスにもXYZにも勝つことは出来ない。フォックスより強いXYZを倒したのに、フォックスに勝てる気がしない。それはXYZに勝利して誇っていいはずの名誉と自信を疑問で曇らせた。ちょうどゴッデス・エウレカSCを倒したのにまぐれだったのではと自信を持てないアッシュのようだった。




 〇




 鉄火怪獣ギショウ!

 怪獣の姿はオーソドックスな二足歩行の肉食恐竜じみた姿で、鉄の高度の鱗が生え、特に頭頂部から尻尾の先まで乱立する背びれはそのまま刃物として使える程の強度と鋭さを持ち、ギショウの住む星では石器時代の遺跡や貝塚からもギショウの背びれや鱗が土器、副葬品と共に出土している。食料とは別に金属、特に鉄を食する生態を持ち、食べた鉄は体内で水分、酸素等を反応して使い捨てカイロの要領で熱せられ、熱せられた鉄混じりの高熱のブレスを相手に吐きかける! また! 血液中に多く鉄分を含むことから酸素量が多いため、無呼吸運動の持続時間が非常に長く、無呼吸ラッシュによるノンストップの苛烈な攻撃も侮れない。一度動き出すとマグロのように止まらない! 故に“鉄火怪獣”!


「いやぁ社長! コンパニオンを連れて来て正解でしたなぁ!」


 なんということだ……。インナースペースを使用して人間に化けた鉄火怪獣ギショウの暴力団は現地のコンパニオンを雇い、屋形船をチャーターして夜桜見物と決め込んでいたのだ! 社長と呼ばれたギショウの前にコンパニオンが女体盛りにされているではないか! 社長は氷を女体盛りの鎖骨の辺りに乗せ、胸の谷間をくぐらせておへそへ向かう。


「どうも滑りが悪いな。どうれ少し濡らしてやろう」


 べろりと社長がコンパニオンの腹部を舐める。人間ではありえない温度の吐息にコンパニオンが呻き、そしてすぐにごまかした。


「もっとしてください……」


「ハァーハッハ!」


 こんなのまだマシな方だ。コンパニオンたちはギショウのヤクザに人間以下の扱いを受けている。しかも夜桜見物のために障子は締めない! 広い広い川幅が幸いして岸からは見えないものの、この痴態は隠されることなく行われているのだ!


「おい課長、障子を閉めろ。少し寒くなってきた」


「はい。あぁ、道理で寒い訳だ。雪が降ってますよ」


「雪と夜桜も悪くないな」


 その時、空が出血した。赤いマフラーの先端を空に残し、コンパニオンになるにはバストと身長が足りない少女が甲板に降りた。まるで血が滴ったかのような静かな着地だった。そしてこんどはずんと響く着地。浅葱色の着物と鶯色の羽織が夜桜に生える優男が課長の顔を掴み、窓枠に叩き付けて鼻血と前歯を飛散させた。


「カチコミだァー!」


 課長の怒声と同時にギショウたちがチャカやポン刀を手に取る。


「ギショウ。怪獣としてのランクは中の上程度か」


「さぁ、見せて顕真。あの不思議な強化形態を」


 カチコミエントリー者の小柄な女性と優男のカップルは少しも危機感を持たない。そして優男が帯に挟んでいた何かを掴み、突き出した。


「強化形態じゃない。タイプチェンジだ」


 ここから先は顕真の世界だ。隣の夕希、目の前のギショウたちもアクセス出来ない時間と空間で顕真はフォックスゲートにリーフをくぐらせる。


「アッシュさん! ミリオンさん! トランスフュージョン! “シアンスラッシャー”!」


 次の瞬間、課長は死んでいた。頸動脈を切り裂かれ、その傷は電熱で焼き塞がれていた。それでも死に至るには十分な出血、そしてショックがあったのだ。

 優男は青を基調とした装束に身を包み、やや寸の短い刀を握って電光を迸らせていた。


「もう一汗になるか? それもいい。それなら次はすぐあがるよ、夕希」

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