第3話 Δスパークアロー
葛西臨海公園!
東京ゲートブリッジを臨むこの都立公園は、観覧車やオーシャンビューが美しいリア充スポットである!
「そうら! 焼けたぞ! 食え、アッシュ!」
「へぇ、アザース」
アブソリュート・レイこと飛燕頑馬の率いる仲良しグループは、まだ夏には早いってのにかなり素肌を晒してバーベキューをしていた。脂がはねたら危険なのに!
「ん? でもこれは何の肉ですか頑馬兄さん」
「これはワニだ。ワニは強い。銃弾も通さねぇ分厚い鱗! 船を噛み砕く顎! 生物を簡単に切り裂く牙! 男なら強い生物の肉を食って強くなれ。チキンしか食わねぇ奴はチキンにしか勝てねぇ。もちろん健康にもいい。低脂肪、低カロリー、高タンパクだ」
「ありがたいなぁ。ありがたぁい」
短パン一丁になった頑馬は弟フジの紙皿にワニのバーベキューを乗せてやった。数多の戦いを潜り抜けた頑馬の上半身は傷だらけ、入れ墨の類はないが、生き様を雄弁に語りすぎるその体では銭湯に入れないだろう。だが頑馬はそれでいい。自分の背中を流す男は自分で選ぶし、今はまだバースにしか背中は預けられない。血を分けた弟はまだ信頼も実力も浅すぎる。
「んん~さっぱりとした肉! 焼き鳥みたぁい! ちょっと魚にも近いのかな? これは……塩でも行けそうですね? 火加減もさっすが兄さんンンン~。レアでもウェルダンでも試したくなる素材の味! ップハァッ! ビールと脂が口の中で弾けて混ざれ! あまりの美味さに目玉が真ん丸になりすぎてブルーツ波が1700万ゼノを突破して大猿化して理性を失いそうですよぉ~!? なぁ鼎ちゃんも食べてみ? 低脂肪、低カロリー、高タンパクなら鼎ちゃんももっと成長しちゃうかもなぁ? グヘヘヘ」
そして鼎も、フジに招かれこの半グレ宇宙人のバーベキューパーティに参加していたのだ。フジを簡単に倒し、ユキとも引き分けたという飛燕頑馬。この男が地球で何をしようとしているかは鼎にはわからない。だが、数度会っただけの浅く短い付き合いでも、寿ユキが正しい人物なのはわかっていた。アブソリュート最強と称されるユキにすり寄って勝ち馬に乗りたいだけじゃない。ユキの正しさ、優しさ、温かさは確かだ。そのユキが危険視し、敵対するのなら、鼎が飛燕頑馬を避ける理由には十分だ。だがユキは鼎につきっきりではいられない。ゴア族、異星人ヤクザ……。こういった地球に潜む危険分子から鼎を守ってくれたのはフジだ。一千万円の財布もまだ鼎が握っている。フジには自分を守る理由があるはずだ!
そもそも海開きもまだなのに半裸でバーベキューをするような輩と太ももの絶対領域しか肌を出せない陰キャラの鼎が意気投合してワイワイ楽しめるはずもなかった。フジの口の中で弾けて混ざったワニ肉とビールとは訳が違う。一緒に「はぁじけちゃおうよぉ~ッフゥー!」なんて言えない。鼎の限界はオタサーとデニーズでパンケーキを食べてあざとく喜ぶ程度だ。頑馬のご機嫌取りなんて出来る技術はない。そんなことは、そこそこの付き合いのあるフジはわかっているはずだ。それでもフジは自分を呼んだ。
鼎は頑馬に媚を売るフジを睨みつける。何か考えているんだろう? だろうな? フジ!?
「お~ぃしい!」
だがフジが何も考えていなかったとしても! この場でむやみに逆らったり悪目立ちしたりすることは悪手だ! 悪印象にならない程度に早退してこの場を切り抜ける。それが弱者の生き方だ。生き抜くためだったらワニ肉だって食べてやる!
「コリコリ? プリプリ? お~いしぃ! こんなの食べたことなーい!」
鼎の大根芝居から少し離れたところでは、Tシャツの裾を結んでヘソを出し、巻きスカートのメッセがマートンを座らせて本格的に投球練習をしている。ワインドアップのオーバースローから自足一四〇キロの速球を投げ、ボール一個分のコントロールさえ可能だが、公園に来ている人間は「まさかぁ。輩の姉ちゃんにそんなこと出来るか」と思っているので投球の度にセクシーに揺れる彼女のバストにしか誰も注目しない。
「最初に見たときはイタい女だと思ったが少し可愛いじゃねぇかアッシュ。まだあるぞ。カンガルー、クマ、シカ、ヤギ。今日は奢りだ。いくらでも食え。ジェイドも誘ってやりゃよかったかな。いや、あいつを呼んでもつまらねぇか。野菜を食えとか摂取カロリーとかうるせぇことを言うだろう」
頑馬は豪快に笑い、血の滴るようなレアの肉を噛みちぎってビールを飲み干した。すかさずフジが頑馬のグラスにビールを注ぐ。頑馬はきっと裏表なく気前のいい兄さんには違いないのだろう。今の言葉にだって、ジェイドへの悪意はきっとない。それでも鼎の中にある頑馬への嫌悪感は拭えない。
「……」
「どうしたアッシュ?」
「……」
「アッシュ?」
「メッセさぁん! 服着て服! ノゾキされてますよ!」
スパァン! 本日のメッセの最高速一四七キロが一ミリも動かさなかったマートンのミットに収まる。まさかノゾキの犯人はどこかの球団の007か? ワンポイントリリーフで試すぐらいならメッセを欲しがる球団はいるだろうが、メッセのおヘソや輩のバーベキューパーティを覗いていたのは007ではない。
「頑馬兄さん、俺がやります。フッ、警察がノゾキとは世も末だな、和泉」
フジはバサッと心地よい音を立てて潮風にくぐらせたパーカーに袖を通し、日本庭園の橋に立つ。乾いた金属音を立て、初夏の日差しを反射させながら、日本の最先端技術の結晶アブソリュートミリオンスーツがその向かいにやってくる。
「そろそろ暑くねぇか? 和泉」
「フジィ……。お前何をしてる? そいつらは」
「ハァ? 頑馬兄さんが一体何をした? バーベキューしてるだけだろうが。頑馬兄さんが地球や日本や警察やお前さんにケンカを売ったか? 売ってねぇだろ。むしろ戦る気満々のそのガラクタ着込んだお前さんの方がよっぽどケンカ売ってるよな。頑馬兄さんの手を煩わすこともねぇ」
「ならばお前は、その飛燕頑馬と戦ったアブソリュート・ジェイドも同じと言えるか?」
「……姉貴は関係ねぇだろ。頑馬兄さぁん! こいつは和泉って言う地球のチンケな警官ですぜ。俺たちの父親、アブソリュートミリオンに憧れてこんな鎧を着込んで、俺たちをどうにか出来ると思ってる。滑稽だな。空虚だ。……和泉。俺がお前さんにしてやれることは、そのオモチャをブッ壊して大人にしてやることくらいだ。セアッ!」
一瞬で距離を詰め、フジの拳がミリオンスーツの顔面目掛けて振り上げられる! がぎっ! 地球最強の警察官の反射神経とミリオンスーツの性能はフジの攻撃を見切り、腕のガードが的確に防御する。衝撃が橋を貫通して日本庭園の水面を激しく揺らし、さざ波が二人の姿をかき消した。
「フジィ! 公務執行妨害!」
「ノゾキがバレねぇように人の親父に化けることが公務だァ? ふざけんなよ犬が。セェアッ」
左右のワンツー、前蹴り。後退しつつも和泉は全てを捌ききる。あまりにも容易だ。搦め手がない。
「懐かしいな」
「懐かしい? 何がだ?」
「お前が地球に来た頃さ、フジ。あの頃のお前は……」
「んもぉ~う、昔の話はやめて! トシがバレちゃうでしょ?」
「ふざけやがって」
和泉は両の拳を挙げて地球の武道“空手”の構えに入る。落ち着きを取り戻した池の水にはお手本通りの構えのアブソリュートミリオンスーツが映える。一方でオネエっぽくクネクネするフジは、いつも以上に和泉を苛立たせた。
「セアッ!」
変化のない単調な攻撃。まるで組手だ。フジの動きへの対応は全て、和泉の中にある。跳躍力とバネを活かした飛び蹴り、上段からの掌底打ち……。
「もう見た」
カウンターの上段突きがフジの顔面を捉える。ふざけて肩車をしていて頭をぶつける中学生のようにフジが転落し、仰向けに倒れて目を回す。技が通った! ミリオンスーツは、アブソリュート人にもダメージを与えられる!
「どうしたフジ」
「え? なにが? 地球人はこの程度で勝った気になるのか? おめでてぇこったなぁ」
ゆっくりと上体を起こし、膝についた草を払いながらため息をつく。
「和泉。お前さん、本当に何しに来た? そんなに目立つ格好で捜査か? それともそのガラクタでマジに頑馬兄さんに勝てるとでも?」
「逆にお前は何をしてるんだ? そのままで俺をブッ壊せると思ってるのか? 本気でかかってこいよ」
「地球人がこんな戦闘種族だったとはな」
フジ・カケルと和泉岳。この二人の過去にいったい何があったのか? 何もなかった訳ではない。和泉はフジを友だと思っていたこともあったし、よく組手をしていた。そんな過去のことは鼎でさえもまだ知らない。あの頃はバリアーもアブソリュートミリオンスーツもなく戯れるように戦い、高め合っていた。搦め手を使わないフジは、手の内を知り尽くしていたあの頃から何も変わらない。一方の和泉はミリオンスーツの分、上乗せされている。
「セェッ」
指先で円を描き、バリアーの円盤を投擲するが、自信と気合の入ったミリオンスーツには通じない。強く踏み込んだ腕の一振りで円盤が砕け、和泉はさらに気分が昂る。その一方で寂寥も感じる。このスーツがなければ、もうフジには……。
「セエアッ」
ここに来てバリアー! 樹木や看板、池を分断する万里の長城めいた果てしない長さのバリアーの壁を葛西臨海公園に築き、力任せに和泉の頭部を叩きつけてヒビを入れる。バリアーを使った戦いへの備えは万全ではない。ここは耐えるしかない!
「セアッ!」
対応が遅れる和泉の顔面を執拗に壁に叩きつけ、幾条にも重なったヒビが視界を悪くする。
「セエエエエエアッ!」
顔面を壁にめり込ませたまま疾走し、バキバキと音を立ててミリオンスーツの顔面でバリアーを削り取る。バリアーの壁に巨大な跡を残し、反撃どころか着地すらままならないミリオンスーツはガタガタと揺らした。そしてフジは軌道を変更してミリオンスーツを放り投げ、ミリオンスーツの着地の前に壁を解除して円柱を作り出してサーブボードのように飛び乗り、その先端にミリオンスーツを衝突させて空に舞い上がる!
カップル、親子連れ、孤独なアラサー……。観覧車の全ての客が窓のすぐそばを通過する異形の鎧を見た。だがスマホで撮ることは叶わない程一瞬で通り過ぎる。観覧車の客たちはみんなこう思った。「観覧車に乗ってたらガチャガチャした鎧が飛んできたんだよ! 『アベンジャーズ』の『アイアンマン』みたいのがさぁ! 写真は撮れなかったけどさぁ! ……信じてもらえないか」と。
そんな信じてもらえないような空飛ぶハイテクの塊はあまりの速度に雲を引き、東京湾上を旋回する。ミリオンスーツの申し訳程度の飛行能力では逃れることも出来ず、オペレーターの明石の声ももう届かない。だが円柱に乗るフジの顔はしっかりと捉えていた。
「フジィ……。いつからそんなツラをするようになった? 何を恐れてるんだフジ。あの頃のお前はどこに行ったんだよ」
「……」
ドグチャア! 返答を拒むように円柱を地面に叩きつけ、芝生を抉って巨大なクレーターを作り、ミミズさんやまだロリコンのターゲットにあるカブトも纏わない白い素肌のカナブンちゃん(幼)に急に日差しを浴びせて日焼けの心配をさせる。
「ひええ……」
鼎はフジがここまでダイナミックに戦うのを見るのは初めてだった。こんな相手を殺すような戦いを……。ふんぞり返って椅子に座る頑馬が不愉快にトングをカチカチ鳴らした。クレーターの中から、ミリオンスーツが土埃と共に勇ましく立ち上がり、バイザー越しに頑馬にメンチを切って、空のフジに向かって拳を構えるからだ。
ダメージは無いに等しい。怒りや哀切、戦うための原動力はまだ尽きていない。ミリオンスーツは地球人が星人と戦う力! 人々の悲しき祈りを終わらせる科学の力! 上空のフジはチラリと頑馬を一瞥し、腕組みをしたまま芝生に着地する。
「もう一度訊く。そんなに怖いか? フジ。フジィ!」
飛燕頑馬? アブソリュート・レイ? 宇宙半グレ? そんなことはもうどうだっていい。空で見たかつての友の顔は、市民に嫌われる程の正義漢である和泉から正義をフッ飛ばした。あんな顔を見てしまったら、ここでこいつを見捨てることこそ“悪”。スーツ越しであることが歯がゆい程の剥き出しの叫びはかつての友に届いただろうか?
「……お前さんのその鎧、エウレカ・マテリアル製だったな? いいぜ。ピッタリだ」
フジの中心に空気の流れが変わった。鼎の髪、メッセのTシャツの裾、ワニ肉から弾ける脂が舞い上がり、土埃がフジの目に宿った狂気を覆いつくす。
「頑馬兄さんから信頼を買うにはピッタリの俺の新技。ブチ抜いてやる」
フジは九十度回って左半身を和泉に向ける。足の幅は肩幅程。和泉も見たことのない構えだ。
「弓か」
「ああ」
左腕を真っすぐ和泉に向け、軽く握った拳の指の間を広げる。その左拳に右手で触れ、ぐいっと弓を引くと親指、人差し指、中指、薬指の間の半透明のバリアーの矢が番えられているのが和泉にも見えた。ミリオンスーツの中に鳥肌が立つ。本能がこれは危険だと告げている。
理論上、ミリオンスーツは地球最強の防具。アブソリュート人でも人間態の攻撃なら防ぐことが出来、アブソリュートミリオンの必殺技スラシウム光線も中和して耐えられるように設計してある。事実、今までの猛攻に次ぐ猛攻でもミリオンスーツには一切の損傷がなかった。全力でフジのバリアーに激突しても! サイボーグゴア族のキックを受けても! 防ぐことが出来た! 和泉のミリオンスーツへの信頼は絶対だ。そこを疑ってはいけない。だからこそ自分は選ばれた。
「Δスパークアロー」
指の間から放たれた三本の矢は、和泉、頑馬でさえ見切れない超高速でミリオンスーツの左足の装甲、その中の血肉を初速のまま貫通し、橋桁に三つの小さな穴と血痕を遺す。三角形に空いた穴から滴った血がポタンと池に落ち、水に混じって拡散していく。
「なんだ……。これは」
和泉岳、不覚! アブソリュートミリオンスーツを過信してしまったというのか!? 弓矢の構えを見ていたから、今は「貫かれた」とわかるが、それを見ていなければあまりにも一瞬過ぎて射られたことすらわからなかっただろう。貫かれた左足が焼けるように痛い。矢は貫通したようだが、三か所同時攻撃は和泉から平常心と血液を大きく奪う。
「マジか。あれを貫きやがった! やるな、アッシュ」
頑馬が立ち上がり、パワフルなガッツポーズで弟を称賛する。頑馬の右腕であるバースも口笛を吹いて拍手を送る。
「ヘヘェ、これくらいしか出来ませんで。これぐらい出来ないと頑馬兄さんのお役に立てねぇもんでねェ! イッヒッヒ」
「クソッ、フジィ……」
「お前さん、ナメてたろ和泉。なぁおい!」
フジがバリアーの足場に飛び乗り、高度を上昇させながら和泉に迫る。そして顔面にサッカーボールキック! 貫かれた足では踏ん張ることも出来ない。尻もちをつき、傷口からさらに血があふれ出て血の泥団子を作る。声帯が勝手に呻いてしまう。
「そのガラクタがあれば少しは俺と戦えるとでも思ったか? んな訳あるかバァーカ! ほらよ」
和泉の前に着地し、右手を差し出す。泥にもまみれていない、相変わらず丁寧に爪が切り揃えられ、手入れの行き届いた手だ。こいつはよく、この指でゲームの攻略法や難易度の高いバッティングセンターを探したりしていた。だがミリオンスーツ越しではその体温すらわからないだろう。
「クソッ、誰が貴様の手など握るか!」
「手を握るだァ? 勘違いすんな犬野郎。“お手”をしろって言ってんだよ。舐めんのは女だけにしろよ娑婆男優が。ま、いっか。セアッ!」
Δスパークアローが貫いたミリオンスーツの穴に指を突っ込み、装甲を力任せに引きちぎる。血圧や心拍の乱れがアラートとなって和泉に押し寄せる!
「いやぁん、こんなに激しく脱がせたら海外のAVなら発禁になっちゃうぅ」
「クソが……。フジィ!」
「あぁん?」
「地球人ナメるなよ」
無事な右足でフジの向う脛を蹴っ飛ばし、怯んだ隙に足払いをかける。落ちてきた顔面を蹴り上げ、顔を覆うフジの指の隙間から血が零れる。
「フッ、残念ながらここまでのようだな。地球人の限界はここまでだ。でもバカは救ねぇなぁ。勝てねぇ相手にいつまでも噛みつくんじゃねぇよ。お前が諦めねぇと地球人はアブソリュート人に勝てねぇってわからねぇだろ? しょうがねぇ。心を折ってやる」
タッタッタと後退して距離をとり、フジは再び弓を引く。和泉はナメていたのだろうか? 自分を足蹴にし、蔑ろにし、罵倒する。それでもフジは自分を殺しはしないとどこかで高を括っていたのだろうか? かつての“友”は自分を殺しはしないと……。
「Δスパークアロー」
光の矢が和泉を貫くことはなかった。何もない空間から現れた華奢で真っ白な手がフジの左手を掴み、Δスパークアローの発射を妨げているのだ。
「……姉貴」
フジが委縮した声を上げる。虚空から現れた手の周囲に緑色の円がくっきりと目視出来るようになった。その円は径を広げて小柄な女性ならくぐることが出来る大きさになり、アブソリュート・ジェイド/寿ユキがフジと和泉の間に降り立って弟の腕をひねり上げた。
「……」
何も言わずに乱暴に弟の手を放し、振り向きもせず和泉に手を差し出した。その表情は和泉からは見えない。
「行きましょう、和泉さん。鼎ちゃんも来る?」
「おいジェイド!」
頑馬が乱暴に立ち上がって視線と言葉にならない唸りでユキを威嚇した。
「あまり意地悪してやるなよ。ここでお前についていったら、アッシュの女もお前につくことになる。もちろん俺はそんなことを気にしねぇ。だがアッシュの女は気にする」
「アッシュの女じゃないわ。ちゃんと名前がある。頑馬はああ言ってるわ。一緒に来る? 鼎ちゃん」
フジが鼎とユキの間に割って入り、ユキに背中を向ける。潮風と上空の気流で乱れた髪が、和泉を痛めつけたことを物語る。
「悪かったな、鼎。お前さんはもう帰れ。姉貴、頑馬兄さん。そういうことだ。鼎はどっちにもつかねぇ。無関係だ」
「ひええ……。ゴメンナサイ、お兄さん、お姉さん」
鼎は大急ぎで荷物をまとめ、一目散に駅へと退散した。これでよかったのだ。
「姉貴」
そしてフジが振り返ると、もうユキと和泉は血痕とミリオンスーツの左足の残骸だけを残して消えていた。
「……」
左腕を真っすぐに頑馬に向ける。そして右手で左拳に触れ、三度、三本の矢を番える。
「なんのつもりだ? アッシュ」
「……。SNS用ですよぉ兄さぁんンンン~? ほら、最近流行ってるじゃあないですか、宇宙人専用の動画投稿SNS『uTube』。兄さんたちぐらいイケてる人たちはチャンネル持ってるんじゃあないですか? 今日の動画のタイトルは……こう! 『【神勝負】ケツの青い弟が新技で地球の警官ブッ飛ばした件について』! サムネに使ってくださいよ? 『Δスパークアロー』。いや、やっぱりメッセさんのおヘソで再生数爆上がりですかな? ちゃんと……。鼎ちゃんの顔にはモザイクつけてやってくださいよ。あと、和泉の野郎の恥ずかしい部分にもね。あ、じゃあ全身モザイクか、和泉は」