第11話 二組の姉弟
「……何してるんだろう、わたし」
パソコン、大型テレビ、エアコン、各種ゲーム機、本棚に所狭しと並んだマンガ、鏡台、寝心地の良いベッド、キャワイイお洋服、ぬいぐるみ。なんでもある、なにもかもありすぎる子供部屋で鼎は独り言ちた。隣にある弟ケンヂの部屋は整頓され、ほとんどが段ボールに詰められている。それでもケンヂの新たな住まい、巣鴨まで持っていけるものは限られている。ケンヂが厳選に厳選を重ねた書籍(無論、マンガだけではない)の選択だけでも、鼎にとっては難しい。一度しか読んでないし二度読む気にもなれないマンガですら本棚に置きっぱなし、それでも本の置き場にも困らなければ、古本屋で二束三文でもいいから金を得たいと金に困ったこともない鼎である。
お片付けや整理の能力の差以上に、ケンヂは鼎より持ち物が少なかった。鼎より年下で、お化粧やお手入れに必要なアイテムの有無の差を抜きにしてもケンヂは節制し、必要なものとそうでないものの取捨選択を購入・入手から、下宿先への厳選までも鼎より上手だった。
「姉ちゃん」
「うわああああああ!? え……。何……?」
決して不仲な姉弟ではないものの、ケンヂが鼎の部屋に来るのは珍しい。前には来たのはそう……。あの時だ。数か月ぶりではあるが、それ以前は数年単位で訪れなかったのでやはり珍しいか。それにケンヂは姉が不在の間にパンツやブラジャーを漁るような不届き者ではない。
「腹を割って話そう」
「あ、じゃあケンヂさぁ、下宿先に持っていく? 『水曜どうでしょう』のDVD」
高校時代ずっと続けた炭火焼肉『食神』のバイトを辞めたケンヂからはもう炭のにおいも焼肉のにおいもしない。大人びた……ミント系のにおいか?
鼎はそれ以上茶化すのをやめた。ケンヂはいつだって真面目な少年だったが、目の前の青年は過剰にシリアスに見えた。茶化してごまかせるような子供の眼差しではなかった。
「座っていい?」
「いいよ」
鼎はピカチュウのぬいぐるみを座らせていたクッションをケンヂに渡した。
「ピカチュウグッズいっぱいあるな。……知ってた? 姉ちゃん。アニメ版『ポケットモンスター』のサトシって、海外ではアッシュって名前なんだって」
「……」
ヤブヘビ! ケンヂが話したいことはやはりそれかと鼎は警戒を強める。しかし既に鼎の部屋はピカチュウグッズだらけだ。どこからでもこのアプローチは飛んでくる。
「単刀直入に言う。去年の春、フットサルの時に来たフジさんとユキさん。あの二人、アブソリュート人でしょ?」
「……うん」
「姉ちゃんが隠してたことを咎める気はないんだ。俺が探らなくても、ユキさんがジェイドだってことはいずれわかることだった」
ユキは頑馬と共に上野で天狗軍団と戦う姿をSNSにアップされ、その情報はケンヂも目撃した。程なくしてケンヂはユキに会っている。その時鼎はおらず、そしてフジもおらず、二人で向き合った時にユキは自分がジェイドだと明かした。そしてケンヂの友人だった都築カイは自分の弟子で、その弟子は死んだと告げた。詳細は教えてもらえなかったがカイは殺されたのだろう。
点と点は薄く線で結ばれていたが、その時にくっきりとした線が引かれた。
自分の目の前でドクロの巨人シーカーに変身した都築カイはアブソリュート人。その師匠を名乗り、その死を告げに来た寿ユキはアブソリュート人のアブソリュート・ジェイド。つまり寿ユキの弟で、姉があの日のフットサルに助っ人として連れてきたフジ・カケルもアブソリュート人で、恐らく彼が同じくジェイドの弟とされているアッシュだろう。そして姉の恋人だ。姉が急にピカチュウグッズ蒐集を始めたのがその証拠だ。
「父さんにも母さんにも言わないから、教えて。フジさんが姉ちゃんの彼氏なの?」
「一応、付き合ってはいる……」
いい警官悪い警官メソッドを一人で演じる昭和の鬼刑事に尋問される冤罪の文学青年じみて震えた声で鼎は真実を語った。ケンヂの声色はまるで仏だが、鼎はウソをつけない緊迫感を勝手に覚えた。
「あの人……。うん。言葉を濁すのは姉ちゃんに悪い。俺が思ったことを話すよ。いいね?」
「うん」
「フットサルの時のあの人は隠れてラフプレーばかりして最低だった。ごめん、悪いけどそうだったんだ。でもフジさんがアッシュなんじゃないか、と気付いてから、報道やネットのアッシュの戦いを見直した。YouTubeの考察動画も見たよ。あの人は弱い自分を隠すために悪い人間を演じていたんだと思う」
「あぁ?」
「待って姉ちゃん。話はまだ終わりじゃない。悪いけど俺には怪獣や宇宙人の強さはわからない。でも去年の夏のあの黒い巨人……XYZ? アッシュはあれと二回戦ったよね? 一回目の戦いと二回目の戦いでは別人だった。あの人はネット上の噂通りにジェイドやレイより弱いのかもしれないけど、弱い自分を隠すために悪くふるまっていたのかもしれないけど、その裏で必死に努力をしている人でもあると思う。なぁ姉ちゃん。あの人は強いの?」
「……強くなった。わたしと出会った頃よりもずっと強くなったよ。そうか……。アブソリュート人だから勝手に強くなったんだと思ったけど、あいつも努力してたのか……。うん、あいつは大丈夫だよ」
「みたいだね」
「そうだよ、怪獣だの宇宙人だのが攻めて来てるんだもん。少しでも強いやつに媚を売りたいよ」
「冗談でも絶対にフジさんの前でそんなこと言うなよ」
ケンヂに真実はわからない。
姉の恋人がアブソリュート・アッシュなら、姉を守ることが出来るのだろうか? 姉の恋人がアブソリュート・アッシュである、ということでやってくる脅威や困難を打ち消せる程アブソリュート・アッシュは強いのか? 戦士として死地に赴くアブソリュート・アッシュは必ず戻ってこられるのか? そんなことはわからない。
ケンヂには友人のカイがアブソリュート人だったせいで死んだ、という大きな心の傷がある。姉にあんな思いはさせたくない。
「あいつは大丈夫だよ」
ケンヂは知らない。数か月前に世間を賑わせた大悪人のテロリスト、碧沈花が姉の友人だったことを。姉もまた、友人を戦いで失い、心の傷を負っていることを。だからケンヂは過剰に心配してしまったが、鼎はケンヂに言われるまでもなくフジを恋人にしている覚悟は既に出来ている。フジは大丈夫だという鼎の言葉も、アッシュのバックにジェイド、レイ、メロン、メッセ、いざって時はミリオンまでついているからではない。確かにあいつは強くなった。
ケンヂが姉の身を案じ続けるかどうかは姉の覚悟次第だった。姉がアブソリュート・アッシュを信じられるというのなら、ケンヂももう疑わず二人の仲を応援しよう。姉に関する心残りが一つ消えた。
弟のその心遣いに鼎は感謝した。
「フジさんにこれ、渡しといてくれないかな?」
ケンヂが鼎に差し出したのは、一冊の本と正方形のシールの束。
「『この方法で勉強すれば早慶余裕! 足の偏差値爆騰! 超簡単攻略フットサル入門』?」
「次はルールを覚えてラフプレーなしで、って伝えておいて」
次に鼎はシールの束を検めた。鼎が知る由もないが、頑馬がブン殴った不良中学生レッキがツガノに押し付けていたのと同じシリーズのヒーローと怪獣の食玩シールで、食玩メーカーオリジナルのヒーローや怪獣がプリントされている。実際に地球を襲った怪獣のシールは被災者の感情を慮って商品にはなっていないが、実際に地球に現れたアブソリュート戦士……。つまり初代アブソリュートマン、アブソリュートミリオン、アブソリュート・ジェイド、アブソリュート・レイのシールもレアとして混じっている。残念ながらシーカーは商品化が間に合わなかった。そして鼎に渡された約二十枚のシールにはアブソリュート・アッシュのシールが一枚もない。
「そのシールは姉ちゃんとフジさんにあげるけど、これだけは譲れないね。これを引き当てるためにこんなにウエハースチョコ食ったんだから」
ケンヂはピッと気障に、人差し指と中指の間にアブソリュート・アッシュのレアシールを挟んで鼎に見せつけてやった。
「ケンヂ」
「何?」
「背、伸びたね。何センチになったの?」
「一七五」
「よかったね。フジより一センチ高いよ。大きくなったね、ケンヂ。大人になっちゃって……。お姉ちゃんみたいになっちゃダメだよ」
〇
「姉貴! こいつを知ってるのか?」
「ええ」
ユキは臨戦態勢に入って構えを取った。神器ジェイドセイバーは発動させず、右手を引いて目の高さ、人差し指を立てて顕真に向けている。ゼータストリーム主戦型のフォームだ。
「顕真。あなたにいったい何があったの? 何故こんなことを?」
「ユキ。お前は救いの戦士だ。だが世界を変えられたか?」
「どういうこと?」
「お前の弟のアッシュ、兄貴のレイ。この二人も含めてお前たち三兄弟をこの星の救いの戦士だということにしよう。お前たちはよく戦った。実際すごいよ。外庭数を倒し、レイを倒した。あのマインとXYZを倒し、お前たちにとって天敵中の天敵である高純度のエウレカ・マテリアル製ゴッデス・エウレカをエンハンスメントして操るウラオビまで倒した。だが何が変わった?」
「平和が保たれた」
「それは大変意味のあることだ。そこは素直にすごいと認めよう。まぁ俺ならばXYZ以外には勝てたという確固たる自信もあるがね」
「あなたならそうでしょうね。間違いないわ」
XYZ以外になら勝てる? なんてバカな大言壮語……と口を挟もうとしたら姉の口から大黒顕真の実力にお墨付き。XYZ以外なら勝てる、つまりレイにも勝てる。そんなやつを相手にしていたのならこの程度のダメージですんで幸運と言うほかない。つまり姉が来なければ負けていた。しかしそれ以上にひっかかるのがこの姉の口調だ。旧知の仲と言うには少し言葉に含まれたリスペクトが強い気がする。レイに勝てるなんて増上慢を否定するどころか肯定している。
「外庭数、レイ、マイン、XYZ、ウラオビ・ヨハン・タクユキ。彼らの脅威から地球を守るのは確かにお前たち救いの戦士の役目だが、それはマイナスを打ち消したに過ぎない。プラスの変化をもたらしていない」
「だってここは地球なのよ? わたしたちの役目は、脅威や外敵の抑制。この星が自身で遂げる文明や変化に対しては傍観の立場を貫くのがわたしたちアブソリュートの戦士よ」
「ウソをつけ、ユキ。お前は地球人がポータルゲートを開発した後にトーチランド跡地のアドレスを教えただろう。それのどこが傍観だ」
「マインの犯罪行為に関しては地球人も当事者よ」
「ハイ、詭弁。お前はマインを憎んでいる。だからだ」
「だからなんだと言うの!」
姉がペースを崩されている。珍しく語気を荒げ、感情を露わにしてこの大黒顕真にむき出しの心をぶつけている。やはりこれは何かがおかしい。その点、メロンは察しがいい。自分がつくまで顕真に手を出すな、とフジに伝えたのは、フジを案じると同時にここ最近急激につけた弟と戦う顕真を案じたのでは? 見た目は若くとも本当ならば鼎やフジと同年代の大学生になる娘がいるはずの年齢のメロンである。年相応の勘や邪推、老婆心も得意分野になりつつある。
「フジくん」
「どうしたメロン」
「やはりここはユキに任せましょう。わたしの勘を信じてくれるのなら、あなたはユキがやられるまで手を出さず大黒顕真の観察に徹底。わたしも攻略法を最速で編み出す」
「いや、いい。それは俺がやる。お前さんはこいつの裏で何か悪さをしてるやつがいないかどうか探ってくれ」
「その必要はないわ」
「そうなのか?」
「もう掴んだ。狐燐が来てる」
〇
ポータルゲートルームに六十一番のトーン、カケアミ、ベタフラッシュなどのマンガの表現技法で縁取られたポータルが開かれ、分厚いレンズに大きな黒縁メガネ、額に冷えピタ、はんぺんみたいな分厚い綿のマスク、赤と白の半纏に、前髪をゴムひもでくくった女性が現れて周囲を見渡した。
分厚いレンズ越しに映るのは、ステルス化して偽札の原版を運ぶけったいな格好の二人組。一人はうっとりする程の美人、狐燐はまたもや自分のダサさに嫌気がさしてため息をついた。生温かい息がマスクの中をじっとりと湿らせる。
ひょうきんな外国人がやるように肩を竦めて両掌を上に向けると、左掌の上には巨大な60度、30度、直角の直角三角形定規、右掌の上に長さ約一メートルのGペン型の槍が現れて浮遊し、アメーバ状に可視化された念力で狐燐の掌と繋がれる。
「泥棒とか悪いこととかそういうの、ダメだよ」
「ウソだ! 見えてるのか!?」
狐燐が三角定規シールドとGペンの槍の西洋風チャンバラごっこ一式を装備すると楓がステルスを解除し、手をかざすと一般的に想像される魔女のホウキが虚空から出現してその手に握られる。
「烏頭さん、予習したでしょう? この人は虎威狐燐。厄介な人よ。わたしが戦います」
その時、今度は銀褐色のポータルが開き、中からシルクハット、マスカレードマスク、燕尾服の華奢な美ボディの怪盗が現れて威圧的にY字開脚して身体能力の高さを誇示し、キックの予備動作を行いながら狐燐と楓に見せつけながら回転し、狐燐に爪先を向けた。
「怪盗ベローチェ。まぁたカワイコちゃんの登場だぁ。困ったもんだ」
「狐燐さん。悪いけど邪魔をさせてもらう」
「へぇへぇ」
「でも、狐燐さんがこの人たちが偽札の原版を盗むのを邪魔しないというのなら邪魔しない」
「怪盗ベローチェ、君は国語の偏差値は低かったんじゃないかい? 所長ォ~、副所長ォ~。すみません、一人で三人は相手に出来ません」
分身メロンが狐燐の耳元で囁いた。
「ベローチェもベローチェなりに、メタ・マイン復活阻止の案を考えている。ここはベローチェに任せ、敵は泳がせましょう」
〇
顕真が駆け出し、じゃれるように手刀を繰り出した。ユキもじゃれるように受け流し、腕を取って肘と肘を合わせて抑え込んだ。そして社交ダンスじみて息があった攻防を行い、膠着。そして社交ダンスと同じく男性である顕真がリードしているのは一目瞭然だ。
「マインを復活させる」
「何故?」
「世界を変えられるからだ」
「何故そんな子供みたいなことを言うのよ顕真……。何があってそんなに変わってしまったの!?」
「俺には何も変えられない。いや、俺の人生や俺の周りにいる何人かの人生は変えられるかもな。でもそれでは力を持った意味がない。誰かが変えなければならない」
「それがあなたが変わってしまった理由? マインの復活なんて絶対に許さない」
「それが私情だというんだよジェイド」
「世界を変えたいというあなたの言葉は私情じゃないの? ……違うわね。あなたは私情でそんなことをする人じゃなかった。おかしくなってるのよ。何かがおかしくなってるのよ!」
ユキの固定を腕力で揺るがし、足払いでユキのバランスを崩す。ユキは倒れ込みながら人差し指を顕真の眉間目掛けて伸ばし、指先のビー玉大の水滴が現れ、弾丸となる!
「ゼータストリームショット!」
しかし水滴は本来の威力を発揮出来なかった。いや、しなかったのか。ゼータは必殺にもなるが鎮圧にもなる。フジは姉から、この男と戦いたくないという意思を感じた。ゼータは威嚇に過ぎない。そして顕真はその威嚇のゼータを歯牙にもかけず、倒れるユキの顔の横に腕を突っ張り顔と顔を目睫の距離まで近づける。少女マンガで言う床ドン状態だ。ユキは恥じらうように顕真から目を背けた。なんだ姉貴のあの顔は……。見たことのない姉の表情にフジは戸惑うばかりだ。ばさっと降りてきた顕真の羽織の袖でユキの顔が隠れた。
「俺は何を見せられているんだ?」
「きっとユキにもいろいろ事情があるのよ」
顕真は両手をばんと突っ張って立ち上がり、紳士的にユキに手を差し伸べた。そしてユキもその手を取る。
「戦士では何も変えられない。かつてお前の父親アブソリュートミリオンは、この地球で海底遊牧民という種族の兵士を一人で皆殺しにした。命令を受け群で戦う兵士では、一人で戦う意思を固めた戦士には敵わない。そういう理屈だそうだ。だが戦士では何も変えられないんだよ。戦士には戦うことしか出来ない。この世にマイナスをもたらす悪を倒すという仕事は立派だ。だがそれは対処療法に過ぎない。だから世界を変えるには、外道だろうと神、使徒が必要だ。残念ながらこの星にはどちらもいない。ならば外道の聖母を呼び覚ますしかない」
「それこそ私情よ。世のため人のためという大義名分で自分の意思を振りかざすだけ。そんなに世界を変えたい程の不満でも何かあったの?」
「……」
「なんとか言って」
「俺なりの使命、志だ。使命や志に昇華された私情はもはや私情ではない。俺が“大黒顕真”から“アブソリュート・フォックス”になって世界は何か変わったか? 悪い方向には変わったかもな。だから俺はそれをやる。どうしてもそれを阻みたいというのなら、俺とも戦うか? ユキ」
「……」
「そのままでは俺には勝てないぞ」
「わたしには頼むことしか出来ない。あなたとは戦いたくないの、顕真」
その顔は懇願だった。あの姉が? 姉に不可能なことなどない。レイやメッセ、メロンの力を借りねば出来なかったこともあるだろう。しかし懇願するなんてジェイドらしくない。
「姉貴」
フジこそ懇願したい気分だ。そんな姿は観たくなかったし、戦えないとはどういうことだ? 最強の英雄が何故、悪と戦えない?
「……」
そんな姉への想いが口からはみ出したフジを、顕真は炎のように揺らぎながら凍てつくような冷たさを持つ目で眺めた。この感情は知っている。嫉妬の憎悪だ。ユキがカイに稽古をつけていた頃、フジはカイをこの目で見、マインの仕掛けたユキの愛情と連動する爆弾の不発を祈りながらカイへの嫉妬の憎悪を深めていった。
姉はもう機能しない。フジは初めて姉に見切りをつけた。
「おい、お前一体何者なんだ?」
「大黒顕真。またの名を、アブソリュート・フォックス。お前の姉、ジェイドの元カレだ」
「わかった。てめぇはウラオビと同じ類のバカだろ。ならてめぇは殺す」
「何故だ? いいじゃないか、今は互いに嫉妬の憎悪を燃やしあう仲でも、いつか意気投合出来るかもしれないぞ」
「マインの復活は俺が阻む。その過程でうっかりてめぇを殺しちまうかもしれねぇなぁ。元カレだっていうその妄言を信じてやるとすれば、何故元カノにそんなことが出来る?」
「大人になればわかるさ」
「姉貴!」
ユキは両膝をつき、力を失ってうなだれたままゆっくりと頷いた。
「顕真の言っていることは本当よ。でも、顕真はこんな人ではなかった。面倒見が良くて、気さくで……。そして強い。何があったのよ、顕真……」
この状況、王手か?
ユキでは勝てない相手、大黒顕真。次なる手は頑馬投入しかないが……。そういう問題ではない。これは根深い……。フジがカイや沈花へ向けた感情と同じで、ここで頑馬が顕真を倒して解決する問題ではないのだ。頑馬が顕真を倒したとしても、ユキの中で顕真は心残りや弱点であり続ける。だが倒すことではなく心の整理で折り合いをつけることで克服も出来る弱点だ。
「時間だ。帰る」
楓からテレパシーが届いた。敵でも味方でもない怪盗に助けられ、偽札の原版の回収には成功したという。戦意喪失したユキを横目に顕真は船場に触れ、二人の足元でマジカルなポータルが展開されて消えていく。
「姉貴」
「ごめんなさい、カケル。やっぱりわたしは顕真とは戦えない」
どうするんだ? とは訊けない。もし鼎がいつか怪獣になったとして、その時はもう恋仲じゃなかったとしても彼女と戦えるだろうか?
「顕真に関する出来る限りの情報提供はするわ。ごめんなさい。わたしはしばらく使い物にならない。カケル。それからメロン、メッセ、狐燐。しばらくは頑馬をリーダーに、顕真の野望を食い止めて。彼が元に戻ると、信じている」
「兄貴か。兄貴の真価が試されるな」
レイの真価が試される。レイがナンバーワンになるならこのタイミングしかない。