第8話 それぞれの明日
「お疲れ様です」
日本国茨城県つくば市(検閲により削除)。
二人の男がセキュリティにIDカードを見せて極秘の施設を散策する。脇に抱えたヘルメット。この二人には必要ないように思える。
一人は日本一の石頭、和泉岳。一人は正式にアブソリュートマンに昇格したアブソリュート・アッシュ。二人には特に任務があった訳ではない。二人の過去を懐かしんだり清算したりして、現在を知るための友人同士の散策だ。
「ウラオビを捕まえて昇格でもしたか?」
「……」
「なんとか言え石頭。口まで石化したか?」
「結局俺はお前たちにおんぶにだっこだ」
「俺だってそうさ。姉貴、兄貴、メッセ、メロン。あいつらがいなければ無力な落ちこぼれだ」
「アブソリュート人としてはそうかもな。そんな落ちこぼれにすら追い縋れないのが地球人のエリートの俺だ」
「ここまで醜態晒しておいてまだエリートを名乗れる面の皮がありゃあ、今なら兄貴のパンチくらいなら耐えられるかもしれねぇぞ」
「ああ、そういやアブソリュートマン昇格おめでとうフジ。これでお前もめでたく組織のイヌだ」
「きゃうぅん。俺らみたいな野良犬は躾けられて、去勢されて、五歳児の最初の友達として相手でもしてるのがお似合いだ。自由と重責の引き換えでゴミじゃなくてジャーキー食えるんだからな」
二人はヘルメットを被り、詳細を明かせない様々なチェックや消毒等を経て目当ての建物に入った。目の前には超特大の機械製の輪のある部屋。輪はすぐ向こう側が透けている。壁が何で出来ているかなど想像もつかない。
「これがポータルゲートか」
「ああ」
「お前さんはどう思う?」
「喜ばしいのか、疎ましいのかわからんな」
和泉はヘルメットを目深に被ってため息をついた。ポータルゲートがある、ということは地球人にとって非常に大きな意味がある。例え五十パーセントの確率で失敗するとしても、残りの五十パーセントは成功するのだ。和泉が初めて遭遇したアブソリュート人、アブソリュート・アッシュの強さは雲の上の存在だったが、そんなアッシュでも異なる空間を繋いだり長距離を繋げて物資の運搬など不可能、つまりゼロ。そんなアッシュのパーソナリティを知り、人格としては親しみを覚えるようになったものの強さはさらに雲の上へ成長し、その天の先にレイ、その先の宙にジェイド。そのジェイドが使えるポータル技術を地球人は身に着けてしまったのだ。これからは確度も速度も上がり、この力は地球人にとって大きなアドバンテージになる。
「悪用も出来るという訳だ」
「そうだな」
「俺自身も答えが決まっていない。お前たちアブソリュート人に守られるだけの地球ではいけないと思っている。ジェイドもそう言っていた。俺自身は戦える力を持ちたいが、これはどうだ? ポータルゲートは少し強力すぎやしないか?」
「五十パーセントの確率で失敗するってところがまたいい味出してるぜ。失敗しやすいけど迅速に開け、さらに航空機かなんかに積んでゲートごと移動が可能なポータルゲートを作れた場合、敵を強制的に失敗ポータルにくぐらせて時空の彼方に消し去ることが出来る。バシルーラかニフラムだな。核兵器以上に強力だぞ。死の灰も残らない」
「地球がそんな力を持つとしたら、先制攻撃をしかけようとする異星もいるだろう」
「想像に難くねぇ。それで葛藤か。地球人が自力で地球を守るならより強力な兵器が必要。でもそれは地球人同士の内ゲバにも使えるし、異星からの侵略者にも使えるし、それがあること自体が破壊行為や侵略の目的になる。ならアブソリュートマンを頼るしかないな」
「ジェイドならどう言うと思う?」
「耳障りの言いきれいごとだろうよ。俺はシスコンだが、姉貴はお前さんが思ってる程賢くねぇぞ。相手の感情を優先した慰めと励ましでその場を凌いでるだけで、意外と大したことは考えてねぇ」
「……」
「お前さん的にミリオンスーツはどうなんだ? あれだってゴッデス・エウレカの技術を流用したものだろう?」
「あの程度なら脅威にも思われないだろう。ミリオンスーツにも手に負えないものは、地球担当アブソリュートマン、アッシュ様に任せるしかないな」
やや皮肉めいた口調になったが、これは和泉の本音だ。和泉がかつてジェイドに語った理想の通り、地球人の手に負えないものは地球担当アブソリュートマンのアッシュと“共闘する”。任せる、と言ったのは石頭なりの自嘲じみた諧謔だ。アッシュと共闘。ジェイドもいらない。そしてかつて地球人に仇をなしたレイ、メロン、メッセ、そして狐燐も必要ない。地球人という種族の切り札は和泉岳及びアブソリュートミリオンスーツ。そして地球という星の切り札は正式な地球担当アブソリュートマンのアブソリュート・アッシュ。これだけあればいい。これはナショナリズムではなくプライドだ。
「今のアブソリュート人と地球人じゃ差がありすぎる。距離がありすぎてお手手を繋いで、とはいかねぇよ。ここまで離れてると首輪を巻いてリードで引っ張るしかねぇ。果たしてそれが共闘や共存、共栄と言えるか?」
「言えない。まさにイヌだ」
「ああ。だがアブソリュート人にとって地球人は番犬にするにも猟犬にするにも力不足だ」
「じゃあ俺は愛玩のチワワか」
「うるせぇぐらいよく吠えるからスピッツってところだな。ぷるぷる震えてるだけのチワワよかマシだぞ。良かったな」
「『空も飛べるはず』のミリオンが文字通りウソになるスピッツだがな」
ジェイドはその場が収まる慰めや励ましのきれいごとだけで大したことを考えていない。フジの悪態はそれを裏付けるような言葉だった。ミリオンスーツを着てようが着てなかろうが、敵とみれば和泉は敵に噛みつく。東京国立博物館での戦いではフジが碧沈花と紅錦鳳落を相手取っている時に参戦し、沈花に殺されかけた。それでもフジが救われたのは否定のしようがない事実ではあるが、このままでは死期を早める。ジェイドはそんな和泉に「死にに来るな、と言うには自分には勇気がなかった」と語った。和泉の死は地球にとって大きな損失だ。強力な異星人には手も足も出ないが、タイマンではゴア族の兵士程度なら制圧出来、異星人の犯罪にも詳しい知識の蓄積のある地球人。フィジカルに関しても素晴らしいものを持っている。残念ながら教官向きの性格ではないものの、若くして死ぬには惜しい人材だ。
そして和泉は、鼎のことには言及しなかった。フジが鼎を愛玩動物扱いしているとは思えない。和泉は時折鼎を尾行しているので彼女のことを良く知っているが、彼女を尾行しているとついでに尾行することになるフジは種族の差を感じさせない対等な言動と表情で彼女と接していた。自分にそうするように。
「アッシュ、ジェイド、レイ、メロン、メッセ、虎威狐燐。そう遠くない未来にACIDなどお払い箱だ。お前たちの戦いの記録係に留まるだろう。死地に赴くこともない生き証人に。俺たちだってああなるんだ」
和泉は施設の片隅に格納されていたアブソリュートミリオンスーツを指さした。和泉が着用していた頃と比べると凹凸は減り、鋭角な印象だったかつての姿と違って流線形を意識した丸みを帯び、兵装の類はすべて外されている。
「痛ましい姿だ」
「お前が言うのか? お前だって壊しただろうが!」
ミリオンスーツの現在を痛ましいと言ったフジの言葉は本音だ。地球に来てから初めての友人和泉岳と、着用者とアドバイザー、実戦形式のテストの相手として、共に作り上げたアブソリュートミリオンスーツ。その完成におおいに貢献したのに最終的にその最新装備の名前が“ミリオンスーツ”だったことに気を悪くしたフジと和泉の仲には亀裂が生じた。そして完成後にフジが二度壊し、メロンの爆撃を食らい、バースに焼かれ、マインにも破壊されてミリオンスーツはお払い箱となった。ただし地球では貴重なエウレカ・マテリアルが一部の装甲に使われていること、量産不可能なイッテンモノのロストテクノロジーとして廃棄処分は免れた。
一線を退いたミリオンスーツはその余生をつくばで過ごすことになる。自立制御とリモートコントロールの切り替えが可能な着用者を持たないロボットに改造され、人型で操作に適していることからポータルゲート使用の際に輪をくぐっていた。和泉とフジの青春の一節、最初の共同作業は、ミリオンスーツの引退をもって一つの区切りを迎えた。
「半々の確率で時空の彼方に消え失せるんだぞ。五割の確率で消えても構わない。そう思われているんだ。五割だぞ? 首位打者のヒットより高い確率でミリオンスーツはもう戻らねぇんだぞ? まぐれの首位打者じゃねぇぞ。イチローや青木宣親の打率より高い数字だ。それとも命中不安の『かみなり』『ふぶき』『だいもんじ』の命中率を運命力で補うヤーティを組むか? 一応、今の三つの技は当たらねぇと評判だが五割よりは当たる。しかも一発勝負のポータルゲートとサイクル戦で試行回数を増やすヤーティじゃ話が違う。一回ミスれば終わりだ」
「それが、お払い箱と言うことだ」
「……痛ましいな」
センチメントに浸ることを優先すべきか。それとも地球とアブソリュート、地球人とアブソリュート人、和泉岳とフジ・カケルのパワーバランス、どちらを考えるか迷い、フジはパワーバランスのことを考えることにした。
いくら戦果を挙げられないとは言ってもミリオンスーツは超高性能なパワードスーツだ。あれがあればアベンジャーズに入ってマーク6までのアイアンマンを追い出し、以降トニー・スタークは日本に後継のスーツを発注したことだろう。それが使い捨ての如くポータルゲートのパシリに使用されているのはいささか疑問が残る。世界に誇る技術大国ニッポン。モノを運ぶだけの自立制御型やリモートコントロールの機械ならいくらでも作れるはずだ。ゴッデス・エウレカSCと戦ったフジは改めて感じていた。ミリオンスーツは、地球製の不出来なジェネリックながら、ゴッデス・エウレカの再現なのだ。貴重じゃないはずがない。
加えてポータルゲートのある部屋から強化ガラス越しに肌に感じる嫌な波長。このターコイズの壁はエウレカ・マテリアル? まさかポータルゲートは、アブソリュートの力を流用している? 辻褄が合う。ポータルゲートがアブソリュート由来の力を使っているのならば、エウレカ・マテリアルの装甲を持つミリオンスーツはゲート開閉の失敗にも耐えられるかもしれない。
フジの知っているポータル使いのアブソリュート人は何人かいるが、地球と接点を持っているのは三人。その筆頭はジェイドだ。ジェイドは和泉と同じく、地球人が自力で地球を守れることを理想とし、地球人のさらなる発展と努力を期待しているが、意外と考えの薄いジェイドでもここまでの助力はしないだろうし、助力するにしても成功率五割なんて段階のゲートは実験以外で使用させない、と条件を付けるだろう。次は初代アブソリュートマンだが、彼は地球を去って六十年以上が経っており、フジがトーチランドのお化け屋敷に軟禁されている時にマインに半殺しにされたジェイドを回収するために地球にポータルを開いたというが、あの淡白で孤高で無口で無感情で他人に無関心な初代アブソリュートマンだ。手を貸すとは思えない。となると、消去法で残るのはマインと言うことになる。フジの嫌な予感は加速するばかりだ。
マインの遺体は焼けた状態で羽田空港から地球人に回収されている。しかもマインの体は半分機械、機械の体でポータルをくぐっていたとなると、ミリオンスーツという機械を通して使用するゲートと使用方法に類似がある。
メッセからフジにも伝えられていた、イツキの示唆したメタ・マインとかいうものの、マインのポータル再現だけは不完全ながら、地球の日本国が成し遂げたということになる。
「繋がっちまった。点と点が」
フジは再びイツキに会う必要性を感じた。イツキが“理”の弾を撃ったのは確定している。そこで観たマインの記憶からメタ・マインが完成するか否か、完成した場合はその攻略法が隠されている気がする。スマホにはイツキの連絡先が登録されているが、時空を超えて旅をするイツキが今の時代にまだいるかもわからない。まだ怪盗ベローチェとかいうごっこ遊びをしているのならこの時代のこの時空にいるかもしれないが……。
フジは今すぐにでも耳を二回タップしてメロンに相談したい気持ちだった。しかし和泉の前でメロンを呼び出すことは、この石頭の友人を不愉快に刺激する。
「……ヘイ、メロン! 敵襲だ!」
しかしせざるを得ない。そうでなくてもフジについていたメロンは勝手にアクティブになっていた。つまり、フジの周囲でメロンに認可されていない波長のポータルが開かれたのだ。この場合、メロンは自動的にアクティブになる。
泡、リボン、星、音符、ハートで彩られたマジカルなポータルから、VRゴーグルをかけ、ニット帽に無地の七分丈のTシャツ、腰に二振りの刀を提げた小柄な人物が現れた。
「ワースゴーイナンカスゴーイ。そいつでエロビデオを観てみたいもんだ。『オードリーのオールナイトニッポン』のVRエロビデオ回は神回だったぜ」
フジの先制の挑発。答えるようにVRゴーグルに文字が表示される。
「こんにちは」
最低限の挨拶。自己紹介は、なし! 武器を提げておきながら目的も、言及なし! 臨戦態勢のアブソリュート人が目の前にいながら、弁明なし! 要するに敵だ。ポータルを使って極秘の施設に来る時点で敵に決まっている。
「和泉、避難誘導を頼む」
ミリオンスーツを二度も壊したのも、もう死にに来るなという意思表示なのか? それは友人だから? それとも地球人の協力者を死なすとアブソリュートマンとして査定が下がるから? 前者だと思いたい。
「メロン! ポータルを開いたのはこいつかな?」
「わからない。でもポータルの模様には本人の心の特徴が反映されるから、違う可能性が高い」
「つまり二人以上敵がいる可能性があるな。狐燐さんか姉貴は来られるか?」
「確認してみる」
「いや、目の前のこいつを倒すのが先決か。狐燐さんと姉貴を呼ぶのと、俺へのコーチング。マルチタスクで出来ないようならコーチングを優先してくれ」
「敵の戦力が未知すぎる。悪いけどコーチングに比重を置かせてもらうわ」
「OK、メロン。セアッ!」
フジの掛け声を合図に和泉は背を向け、避難誘導を開始した。不愉快。フジとメロン、息ピッタリじゃないか。リードで首を引かれる人とイヌじゃなく、異なる能力で補完しあって隙間をなくし、パフォーマンスを高めることの出来る相棒。自分では一度もそんなことは出来なかった。
嫉妬……。ああ、嫉妬だ。フジ・カケルを取り巻く人々の中では、自分が一番フジに貢献出来ない。ジェイド、レイ、メッセのように共闘も出来なければ、メロンのような特別な能力もない。そして鼎。あの女の子のおかげでどれだけこの無気力なアブソリュートマンのモチベーションが上がったことか。地球人の中でも特に非力な望月鼎。そんな鼎にすら嫉妬する程、和泉は……。
そりゃウラオビに心の隙間を狙われて怪獣にスカウトされる訳だ。
「こちらへ! 慌てずに行動してください!」
今の自分の仕事はこれでいい。避難誘導? ジェイドやレイはもったいなくてそんなことに使えない。しかし非力だからこそフジに任される仕事がある。……理想とは程遠いけれど。
「アブソリュート・アッシュが戦っています! 安心してください!」