第2話 フジ・カケルvs飛燕頑馬
鼎は寝転がってマンガを読んでいた。もう何度も読みなおしたマンガだ。今日はこれじゃないな。じゃあこれかな? と何度もマンガを替える。
起床十四時。休日の女子大生は、脅威の十五時間睡眠を実現した! この十四時起床、本当にやることがない。どこに出かけるにも遅すぎる。映画館も微妙な時間だし、インテリぶって博物館に行くのも遅い。かといって、今から寝るまでブッ続けでゲームをしててもつまらない。寝坊の域を超えた寝坊に罪悪感すらある。
弟のケンヂは、新たな仲間を迎えてまたフットサルに出かけた。フジにはなんだか声をかけづらい。
自分がサンシャインシティで待っている間に起きていたジェイドvsレイの激闘はネットに出回っている。あの戦いの後、鼎の元にはすぐにユキからデートの邪魔をしたお詫びの連絡が来た。そして、フジは戦いに参加していない、とも。だが、鼎はかつて、ユキがフジをボッコボコにした様子をジェイドリウムの中で見ていた。そのユキと互角以上ー!? 今度の相手はヤバい!
「……」
鳴らないスマホに映るフジ・カケルの文字。テローン。
「……なんだ、生配信の通知か」
恋する乙女の午後は長い。
だが、ようやくそんな灰色の時間をブチ壊してくれる着信だ。
「もしもし? フジ?」
〇
ここで、アブソリュート・レイこと飛燕頑馬の数歩後ろを歩いて五人の大名行列を作るメンバーを紹介しよう。
“Bass”。
レイの部下で最強。黒スーツ、黒シャツ、カラフルなネクタイ。太陽の如き火炎を纏うレイと違い、一瞬ではあるがレイを上回る超高温の火球を発生させ、放つ。ジェイドや外庭程の使い手ではないが、自らが視認できる距離にのみポータルを開いたり最低限のバリアーを展開可能。イケメンだが何も考えていないポケーッとした顔をしているためルックスが過小評価されている。だが彼のみ、レイの一歩後ろを歩くことを許されている。
バンド活動ではもちろんベース。
“Murton”
チームのヒットメイカー。ダボダボのアロハシャツの襟を大きく開け、胸には大きな宝石のネックレスを提げている。非常に強力なカンフーを扱い、敵が強ければ強いほど強くなれるため、敵のエースを殺すことにかけてはレイから信頼されているが、あまり頭は良くない。今、レイ色に染められている最中の素材型だ。バスケも好きだがラフプレーが目に余る。
バンド活動ではドラムを担当。作曲のセンスが良い。
“OH”
ゴールドを中心に貴金属、宝石のネックレスや指輪、ベルトを身に着けるインチキ金持ちヒッピー風、もはや身に着けた石が本体の怪しい女性だ。もちろん歯も全部ゴールドにインプラントされている。拳銃をはじめとする腰の周りの装飾品が多すぎて、「気をつけ」が出来ず、ガッシャンガッシャンと歩く。特殊金属エウレカ・マテリアル製の右手はランチャーに変化し、内臓弾の他、ゴールドの装飾品を弾丸にして撃ち出す! 多すぎた装飾品は鎧の域に達し、非常にヘビーで腕っぷしも強い。だが転ぶと一人で起きられない。
バンド活動ではキーボードを担当。
“Messenger”
通称メッセ。柔らかな肢体を持つ妖艶な女性。ピッタリとした黄色いスーツにタイトスカート、体のラインに沿うように黒い稲妻状の模様が走り、黒ストッキングにも裂け目があり、白い素肌がやはり稲妻状に覗ける。しかし盛りすぎた前髪で目がモッサリ隠れ、後ろ髪は尻尾のように膝の裏を揺れるが、静電気を操作し、髪の尻尾を自由自在に操る。珍しいサイキックを持ち、レイに重宝されているチームの核。ガジガジと大きなアメを齧る。
バンド活動での担当はギター&コーラス。
この四人が、レイがアブソリュートという“巨人”との戦いに備えた“虎の子”の助っ人たちだ。
「おぉう。てめぇがアッシュか」
「どぉうも、お兄さん。地球じゃフジ・カケルって呼んでくれ」
乙女ロード! 池袋に走るこの奇妙な道は、所謂腐女子の方々のメッカである! 頑馬のようなバキバキの筋肉マッチョマンはあまりおモテにならないんじゃないかしら? 一方、フジの後ろで目を見開いて震えているオタサーの姫鼎はかなり似合っている。
「で? なんの用だ? まさか? まさかなぁ!?」
頑馬はライダースジャケットを脱いでメッセに渡す。それに倣うようにフジもパーカーをセコンドの鼎に渡した。
「姉貴をやったのお前だろ」
「それはちょっと違うな。“やりあった”だ」
「うっはぁけしからんメロメロのお姉ちゃん! ちょっとトリッキーだが俺は嫌いじゃねぇぜ。お前の言葉遊びなんて知らねぇよ、兄さんよぉ。あんたが他人に歩み寄らねぇままじゃ、モテもしねぇ」
「わかってねぇな。どこまでも“俺”を貫き通す。それが覇道だ。てめぇらが俺にあわせろ」
「……やなこった」
フジが指先で小さな円を描く。得意技のバリアーのカッターだ。頑馬の口角が上がり、それに比例して筋肉が膨れ上がる。
「セアッ!」
「ジャラッ!」
カッターが一瞬にして拳に粉砕される。陽炎に守られた頑馬の拳には傷一つつかない。バリアーの階段を作り出し、一段飛ばしで身長一九一センチの頑馬の顔面の高さまで駆け上がり、鼻っ面をサッカーのフリーキックのように蹴り上げる! フジのエアジョーダンのつま先が折れ、フジの足の骨がビリビリと痺れた。
「クソッ……」
「ハッ! この程度か? 雑魚が!」
「おいおいおい、この程度でわかっちまうのか? 最近の体温計でももうちょい測るのに時間かかるぜ」
頑馬のヘッドバットが階段をブッ壊す。フジは間一髪ジャンプで躱し、頑馬の脳天を踏み台にして背後へ駆ける。そしてメッセにすり寄り、一瞬でツーショットの自撮りをかます。
「うっはぁ、超いいにおいする! だがあのメロンほどの逸材じゃあねぇな。顔が見えねぇし、あれを見ちまうとタッパももうちょい欲しい。鼎ちゃぁん、お前さん何センチ?」
「鼎ってのか? お前の女。俺の見立てじゃ一六一センチってトコだな!」
名前覚えられたじゃねーか……。顔を隠すためのアブソリュートミリオンのお面を忘れた鼎は手で顔を隠す。だがこれだと怪しいデリバリーのお店のカタログみたいになっちゃうぞ!
「まぁメッセの方がいい女だな!? ッ!?」
背後をとったフジのいる方向を振り向く。だが頑馬の余裕が一瞬揺らぐ!
「メッセっての? この女」
フジはメガネを外し、左掌を左目に当てていたのだ。それが意味することは頑馬もわかる。
父ミリオンが地球にいた頃は、地球人の青年に擬態し、本来の姿アブソリュートミリオンに戻るためのスイッチを左目に左掌からの特殊な波長の光線を当てることにしていた。この方法はアブソリュート・レイ=飛燕頑馬、アブソリュート・ジェイド=寿ユキ、アブソリュート・アッシュ=フジ・カケルも変わらない。頑馬は焦る。そして笑う。まさかこいつ、ここでカードを切る気か!?
「死にやがれぇカスが!」
フジが真っすぐ頑馬の太ももを指さしている。最短距離で発射されたバリアーの槍がジーンズと筋肉を貫いた。頑馬の後ろに血の塊が飛び出すが、すぐに液体に戻る。
「グッ……」
「どうした? 姉貴にやられた傷が疼くか? あらよっと」
頑馬の拳が空を切る。二発、三発、四発! 足に受けたダメージを差し引いても、弟はこんなに攻撃を躱せるか? 行動の先読みが早すぎる……。いや、正確すぎる? 俯瞰? 超感覚か? アッシュには一切の死角、隙が生じない。立ち回りが完璧すぎる。
「セアッ!」
バリアーのあん馬を置き、体操選手めいた旋風脚が頑馬の頬に二連撃! 続いて頑馬の後ろに張ったバリアーを強引に引き寄せ、顎に鉄拳を見舞う。連撃は終わらない。頑馬の足元にバリアーを出現させて浮かび上がらせ、踏ん張りをきかなくさせて後ろ回し蹴り! ザザザっとアスファルトの上を転がり、頑馬が肘を擦りむいた。
「ハァーハッハッハ! 脳が入ってねぇんじゃ頭も別に急所じゃねぇみたいだな!?」
「……お前、なんかしてるだろ?」
「ナンカッテ何?」
「何かインチキをしてるだろって言ってんだ」
「ハハッ、笑っちまうぜ。敗色濃厚になったら相手はインチキってかい。何が天才だ」
「理屈に合わねぇな。アブソリュート・アッシュはそういうキャラじゃねぇ」
頑馬はユキに比べるとかなり知性の面で劣っているが、だからといって頭脳ゼロじゃない。チームの頭脳はメッセであり、戦闘の組み立てはメッセ中心だが、頑馬は相手を知り、対策を立てることもタイマンの戦の範疇と考えている。その上で、対策が「真正面から殴り倒す」に行きつくことが大半だが、違和感はわかる。
鼎も違和感を覚えていた。フジという男はこうだったか? フジは宇宙一のクズ野郎。だが、こんな風にわざわざ自分を危険にさらすような真似をしたか? わざわざ自分を呼び、相手に覚えられそうな言動をとる。異星人ヤクザに顔がバレないようにアブソリュートミリオンのお面を買ってくれたのは他でもない、フジだ。フジは確かにシスコンのケはある。姉には頭が上がらず、その力と理想、正義に絶対の信頼を置いていた。だがその姉が重傷の末引き分けたからと言って、仇討ちをするような“戦闘種族”だったか? 何かがおかしい。
「いや、こういうキャラよ? フジ・カケルは頭脳派戦士。インポータントデータのIDファイターだ。なぁんで俺が今、お前を倒しに来たかわかるか? 姉貴なら絶対にやってると思ったからだよ。姉貴なら絶対に、お前の左目にダメージを与えている。変身出来ないようにな」
足場を上昇させ、どんどんフジが遠ざかる。頑馬がフジのいる空に目を凝らすと、傷めた左目を強く刺激する閃光が空を駆け巡った。
「離れとけよぉ、鼎ちゃん」
バチバチと轟音を立て、膨大な量のバリアーの粒で静電気が1.21ジゴワットの稲妻に練りあがる。そしてバリアーの避雷針の先端が、頑馬の脳天に狙いを定めた。
「死んで姉貴と親父に詫びろ、カス野郎がッ!」
などと言ったが、決め台詞は天候にさえ干渉するフジ最大の技の轟音にかき消される。迫りくる避雷針を見据え、頑馬の全身を陽炎が覆う。
「やっぱりあいつ、何かやってんな。アブソリュート・アッシュはああじゃねぇ。フェアな戦いじゃないとわかればタイマンにこだわることもねぇ。メッセ!」
メッセがアメを齧るのを止めた。そして歯並びのいい口を全開にし、何か奇妙な波動を放ち始める。
「ジャアラッッ!」
厨駕ァッ! 空中からの神の杖めいた威力の避雷針を筋肉の力で破壊し、頑馬は空中のフジを睨みつけながらゆっくりと上昇した。最大威力の大技を放ち、空で向き合った弟は、歯をむき出して嫌悪感を露わにしている。
「なんで効いてねぇ?」
「簡単な話だ。メッセの超能力も電気! メッセが電気の通り道を作り出せば、お前の雷もそっちに流れる。残るのはただのバリアーだ」
「……」
「ジェイドなら今ので倒せたかもな!?」
「……シッ」
バリアーのカッターを二枚作り出し、回転させて両掌に這わせる。両手の丸鋸は禍々しく光るが、肝心のフジが竦んで動けない。
「姉貴を馬鹿にするな。姉貴は今のも耐えたぞ。自分一人の力でな」
「お前がインチキをしなけりゃ俺もそうしたさ。ジャラッ!」
覇ァ危ィッ!
二人を見上げる鼎の頬を血が打った。
「クソォッ!」
「ジャラッ! ジャ、ジャ、ジャッ!」
パタパタと乙女ロードに残る血痕は、どんどん細長くなっていく。フジは流血しながら逃げているのだ。
「ジャラッ!」
あ然としている鼎は、自分が口の中をケガしたのかと思うほど強く血の味を感じた。そしてボロボロにされたフジがアニメイトに墜落する。
「ジェイドよりはつまらねぇだろうと思ったが、ここまでとはな。どうする? お前は変身してもいいぜ」
腕組みをしたまま、強烈な陽炎を纏って頑馬が降臨する。フジから滴り落ちた血も頑馬の熱気でひび割れてしまった。
「いや、降参だ。畜生ぉ~。あぁ~あ。完敗ぃ。頑馬さんには敵いませんなぁ~!?」
ゴツンと重い音を響かせ、フジが土下座した。
「頑馬さん、敵いませんなぁ、勝てません。もうやれません、許しておくれ」
「なんだ?」
「このフジ・カケル……。渾身の五・七・五・七・七。あんたの勝ちだ。この不肖の弟、渾身の敗北宣言! もぉう無理。もうやれません! 許してください許してください! そ、そうだ! 俺が姉貴に言っておくよぉ~。次は万全に仕上げて来い、飛燕頑馬を倒せるコンディションにしろ、って! このフジ・カケル。飛燕頑馬と寿ユキ、偉大な兄姉にはまったく及ばず! 許してください許してください! もう……。自信なくしちゃいました。富士の樹海で仏像でも彫って暮らします。だからもうこれ以上殴らないでください! 見逃してぇ!」
先程までとは全く違う、弟の降参宣言。この程度だったのか!? ゴア族は、こんな程度の男に負けてしまったのか? 頑馬はいずれ、ゴア族とも戦う予定だった。その埋め合わせは弟にさせる予定だった。だが弟のこのザマはなんだ?
「そういうことか」
頑馬はアニメイトの壁に張り付きながらフジに近寄る鼎を一瞥した。
「……アブソリュートの戦士には誇りがある。その誇りを身代わりに捨てるほど守りたいものがあったということか。いや、これも一種の誇りか。いいだろう。見逃してやる。だが次、俺相手にこんな舐めた真似をしたらブチ殺してやる。そのプライドに免じ、お前には今後、手出しをしない」
「ごめんなさぁい!」
「ある意味天晴でもあるぜ。行くぞお前ら」
頑馬は大名行列を引き連れてその場を去る。だが、見事な土下座を決めたままのフジにカメラを向ける若者のスマホを握り壊した。
「……起死回生の降参ンン~」
頑馬たちが角を曲がったタイミングでフジも顔を上げ、舌を出す。
「フジ……。大丈夫?」
「え? 何が? フッ、安いもんだぜ、歯の一本や二本!」
「……フジ。ぶっちゃけ、勝てたの?」
「それ聞くかァ? そうだな……。タイマンじゃ無理だな。やつに勝つ手段はゼロじゃない。だがそこまでしてやる理由がない。これは言い訳や虚勢じゃない。やつに勝って俺に何の得がある? 姉貴にはあるさ。やつを倒せば姉貴の最強に誰も文句を言わなくなる。だが、俺はお前さんがこの場にいたから負けを選んだ、なんてカッコいいことは言わねぇ。どっちにしろ勝てねぇ相手からのダメージを最小限に留めるやり方がこうだっただけだ。楽に勝てるんならそれはそれでいいけどな。勝とうが負けようが、この勝負、俺の思惑通りだったってことだ」
「なんか違うよ」
「そうか?」
「カッコよすぎるね。フジじゃないみたい」