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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第56話 矢如砥如

 鼎、狐燐、ネオン、分身メロンを乗せた車がどこかへ転送された。まだゴッデスの足音が聞こえる。沈花に力を奪われ、その回復が完了していない狐燐の体力か、あまり鼎とフジを遠ざけたくなかったという狐燐の心意気か。カーナビにアブソリュート・アッシュvsゴッデス・エウレカSCの中継映像が映る。しかし報道のヘリの俯瞰だけではなく、超至近距離の映像も含まれている。


「メロンさんの視点のメロンカメラか」


「ええ、虎威さん、あなたの念力はとても丁寧で肌触りが良くて接続しやすかった。その……」


「チョロいってこと?」


「違うわ。適した言葉が見つからないけど、あなたはウラオビの味方だった期間がある。あくまでわたし、メロン視点ではその罪滅ぼしや後悔は十分すぎる程に伝わっているけれど、そういう情状酌量を地球人がしてくれるかは……」


「構わん構わん。もう地球にいようって気もしないよ。居場所がない。でもアデアデ星にも、マンガ家の居場所はないんだよね。あそこには芸術の概念がない」


「だからわたしとメッセと一緒に探偵、やらない?」


「気持ちはありがたいね。考えとくよ。でもわかってる? アッシュが負けたら世界が終わる可能性があるんだよ? アッシュが負け、犬養樹がウラオビにAトリガーを奪われて、万が一にもウラオビがマインの“理”の弾を使用出来た場合、“理”の効果とマインの記憶流入によっては……。わたしは戦士じゃないから無粋なことを言うけど、アッシュは間違った。体力を回復させる錠剤を沈花ちゃんに渡したところまでは正解だ。さらにミリオンとも共闘してアッシュ、ミリオン、沈花ちゃん、リュウノスケ、犬養樹の五人でウラオビを袋にすべきだった。……ごめんね鼎ちゃん。無神経で。君はアッシュの晴れ舞台を見たいよね。でも現実は無神経だ」


 余韻が終わる。フジの必殺中の必殺は無駄。その余韻に少しでも長く浸っていたかったのは、アブソリュート・アッシュというブランドを侮り、蔑むが故にアッシュには決して負けられないと焦りを感じるウラオビの方だった。ウラオビはゴッデス・エウレカSCの右手首を回転させ、指先にターコイズの火花を散らしてアブソリュート・アッシュの横っ面をぶん殴る。アッシュの天地が回転し、頭から石神井池に突っ込んで、体を支えられない位置に手を突き、ぶるぶると震えてまた池に倒れ込んだ。


「高純度のエウレカ・マテリアルはアブソリュートにとっての“クリプトナイト”。さらにそれを僕の念力でエンハンスメントした。クリプトナイトの装甲を貫けないことは予測済みでも、クリプトナイトで殴られるなんて想定外だったかい? そう、君は、初代アブソリュートマンの甥。アブソリュートミリオンの息子。ジェイドとレイの弟。筋金入りのアブソリュートだ。でも昔聞いたね。ミリオンはアブソリュート・ファザーとマザーの子じゃないどころか、アブソリュートかどうかもわからないんだろう? これではっきりしたね。これだけ効くということは、君はアブソリュートだ。それこそが残念だよね。宇宙最強アブソリュートのはずなのにこんなに弱いなんて……」


 絶え間なく浴びせられる罵声。しかしアッシュの心には微塵も届いていなかった。意識のブラックアウトではなく、その罵声はアブソリュート・アッシュ自身がアッシュに何度も浴びせ続けていた罵声だ。もう耐性はついている。それにウラオビは言葉が軽い。アッシュは水底に沈んだブレイドを拾い上げた。


「てめぇに聞くことはもうねぇ。何度も言うが、死ね、ウラオビ。おい犬養」


「何?」


「お前にとってAトリガーとはなんだ? マインが作ったものだからすんなり受けられたのか? そいつは……。マインが作ったアブソリュートの力で、前の持ち主は都築カイとジェイド。マインの息子と、マインを終わらせた張本人だぞ。嫉妬も恨みもねぇのか?」


「嫉妬はある。でももう燈さんはいない。……もう戻ってこないよ。燈さんはきれいごとを言ったけど、あれは自殺だよ」


「そうだろうな」


「それに今は、この武器には大切な思い入れの方が多い」


 イツキは初めてアブソリュート・アッシュの“電”の弾を撃った時のことを思い出した。激しい自己嫌悪と劣等感、それでもアッシュからは生きねばならぬと強い意志を感じた。ならばイツキも生きねばらならない。燈は自殺だったのか、逃げ切りだったのかは自分の中でも意見はころころ変わる。それでも燈はイツキに多くのものを遺した。それに「イツキの人生をすべて見終えた」という燈の捨て台詞が本当だったのなら、イツキが将来的にアッシュと組み、それがジェイドやレイを助けることに直結しているというのもお見通しだったということだ。その未来が燈にとって不都合であれば、イツキを道連れにすることも出来ただろう。そうしなかったのはイツキへの愛。そうしてもイツキへの愛だ。どっちにしても駿河燈に愛されていた。その駿河燈が、イツキが生き続けることを望んだのなら生きるべきだ。


「フジ。作戦はある?」


「ある」




 〇




「チェアッ!」


「ディ」


 沈花は軸足にさらに力を込め、刃を押し込んだ。互いに息のかかる距離でコンマ数秒を争う危険な心技体の比べあいに入り、衝撃波で木の葉が散った。交差するミリオンの刃は、毒婦にそれ以上の接近を許可しない。沈花は自制と好奇心を溶け合わせ、一つの熱狂として激しく燃やしながら次の一手を探った。既に沈花の体には多くの切り傷が刻まれ、自慢のビンテージコレクションは修復不能なまでに破損している。


「ディ」


 ミリオンとの膂力比べは悪手! パワーのスペックはレイ程ではないものの、桁外れの技量によって刃と心身が混然一体となり不可分なく支点、力点、作用点の力を増幅している。粗暴な前蹴りで腹を蹴り飛ばされ、沈花は衝撃を分散しながら後退した。既にチャージは済んでいる。チャンス! 左手の人差し指の先に波紋が連なり、沈花の中のエネルギー充填進捗バーが急激な勢いで進み、満たされる!


「ケイオシウム光線ッ!」


「ディア!」


 ミリオンが一瞬のみ刃をオーラでコーティングし、ケイオシウム光線を振り払った。赤熱した細かい金属片が刃から汗のように散り、ミリオンは愛刀の様子を窺いこんだ。


「刃こぼれしやがった! まだローンが五十五回も残っているってのに!」


 などと言いながらミリオンは鈍足を飛ばして距離を詰め、横薙ぎを放つ。沈花はその場でミリオンの顔の高さまで猫のように飛び上がり、四肢を大の字に広げて落下を忘れるように滞空。時間の調整が出来た。「十五秒」が来る。ミリオンは小さな敵の指先から連なる波紋を認め、大きく頭を振りかぶって力任せに滞空中の沈花にヘッドバッド!


「ディアッ!」


「チェエエエ!?」


 冷静に戦略でコントロールされた激情と凶暴性が、ハートアタックを誘発するほどの激痛のダイナマイトとなり、敵の顔面で着火される! 血が逆流するような痛みに苛まれながら沈花は切っ先をミリオンに向け、腰が引けてくの字の体勢になりながら後退して距離を保った。


「チエ……。それ、普通の刀?」


「少々値は張るが、地球人に鍛えてもらった普通の刀だ」


「だよねぇ。オーラでのコーティングが一瞬しか出来ないようだし、強度も記憶と違う」


「随分と俺に詳しいな。悪い気はしないぞ」


「ええ、あなたのことはよく知ってる。そのミリオン豆知識のおかげで、この戦いで何度も命を救われたよ」


「この刀で悪いことばかりでもない。刀を省みることで技量が磨ける。先代の刀はやつの強度任せ、性能任せで俺の戦い方が洗練されていなかった」


「それが聞けて良かった。タフガイ気取りの舐めプではないようだね」


「……」


 ミリオンが再び刀を中段で構える。この対峙の中で何度も見たルーティーンだ。ミリオンにとって心身を整わせるルーティーンかどうかは沈花の知るところではないが、ここから全ての手が繰り出され、沈花の全ての手が封殺される。単純なルーティーンが沈花への圧になり、意図せぬ威嚇となる。そう見せ、感じさせる程、アブソリュートミリオンは洗練され、完成度が高い。沈花がメッセ、レイ、ジェイドに勝とうが手に入れることのない称号、百戦錬磨。ミリオンにこそふさわしい。

 勝負所……。沈花は今までの戦いでも見せ場となるチャンスをかぎつける嗅覚で無意識のうちに、それも型破りで破天荒に勝利を拾ってきた。それが通じない。沈花のテーマである馬鹿は、ミリオンの経験則に裏打ちされた不動のロジックを揺るがすことが出来なかった。

 常時姿を変えるメッセのケダモノの感性は、空気に混じった馬鹿を吸い込み破綻した。レイの好戦性は、同じく好戦的な沈花の、まだ失敗を知らない向こう見ずで無鉄砲な勢いに敗れた。ジェイドの持つ「誰よりも優しく、誰よりも酷薄」な才能は、二面性の接合面を撃たれて敗北した。しかしミリオンにはこの三人のどの弱点もない。感性、好戦性、二面性。いずれをとってもミリオンは「アブソリュートミリオン」一色だ。そのロジックでギチギチに固められた心には隙が無い。才能がなくても積める努力と経験、そこから編み出したロジックと精神力は、希代の天才の才能を凌駕した。周りを巻き込んでいく力で連勝を収めてきた沈花にとって、全く揺るがぬ心の持ち主は最大の天敵だった。


「周りを巻き込んでいく力、か」


 就職活動の予行練習ではそんなことを言うやつばかりだったなぁ。いろんなやつがいるから就活だ。就活のフォーマット、そして個性。フォーマットを正しく踏まえる共通点と個性の相違点の認識と発見から人を見極める。「いつか君が面接官になるかもしれない」と囁いた江戸川双右。あれはウソだったのか。本当は沈花と一緒にイタミ社で働いてくれるつもりなんてなかったのか。


「チチチッ!」


 体の側面をミリオンに向け、肩の開閉と横歩きの歩調を合わせて三段攻撃。ミリオンは全てを爆弾処理じみて的確かつ大胆に処理する。しかしこの変則攻撃は囮だ! 本命は沈花の体をスクリーンにリリースポイントを隠したケイオシウム光線! 威力と引き換えに大きくなり過ぎた波紋はミリオンに読まれてしまう。隠して隠して……。上段の攻撃をミリオンに払われた反動で体を回転させ、指先を向……


「ケイオシウム光線ッ!」


「ディアアアアア!」


 死角に秘密兵器があるのは沈花だけではなかった。ミリオンは咄嗟に鞘を振り、ケイオシウム光線のリリースポイントに狙いをつける。しかし沈花もまだ速い! 指先を空に向けて腕のガードを上げるが、ミリオンはその先の先を読んでいた! 鞘の軌道を沈みこませ、肉の薄い沈花の肘を打ち抜いた。

 ばきゐ!

 割れた鞘か、砕けた沈花の肘関節か、激痛に食いしばった歯の折れた音か、あるいは全部か。


「チェアッ!」


 沈花は痛みを忘れるよう努めながら、血のにおいを追う獰猛な肉食獣のように強引にミリオンに襲いかかった。ミリオンは沈花の形相と速度や足元で飛散する腐葉土などの物理的なエビデンスから、この手負いの攻撃を無理に受ければ致命的な隙が生じ、追撃の呼び水になると看破。靴越しの触覚と目でグラウンドコンディションを確認。ステップして間一髪で躱して見せる。


「ディアッ!」


 一石二鳥! 靴が探り当てた石をステップで跳ね上げ、ボレーシュートで沈花に蹴りつけて額の皮膚を割る。沈花の方こそタフガイぶり、アドレナリンの混じった額の血を指で拭って舐め、その酔うようなグッドなテイストを喉で味わい、鼻腔をくすぐる血錆びのにおいに酩酊しようとした。……。しかし酔えない。

 トキシウムエッジが震えている。歯がガチガチと鳴り、足が竦んで動けない。ジェイドの記憶で探ったミリオンとこのミリオンの共通点を見出すたびに勝機を感じられた。予習、業界研究は済んでいたはずだった。しかしデータとの相違点ばかりが見つかる。小石を使って攻撃? ミリオンはこんな戦い方をしなかったはずだ。これではまるで……。沈花は万感を込めて呟いた。


「やはりあなたはフジ・カケルのお父さんだね」


「ああ」


 また中段の構え。もう圧を感じない。ミリオンのルーティーンに圧を感じさせていた沈花の戦闘回路が、終戦を告げた。


「あなたに最も大きな影響を及ぼしたのはもしかしたらフジなのかも。……何故、わたしはあなたにだけ勝てなかったのかな?」


矢如砥如(とのごとくやのごとし)。直線であること。これが俺の座右の銘だ。それがお前さんの敗因かどうかは知らん」


 石神井公園の草木は直線だらけになっている。この世に生きる全ての生物の形は、輪廻を待つように円を描く。必ず縁があり、辿れば円になる。しかし刃物での殺し合いは草木に直線を刻み込み、巻き添えに命を絶った。生物の姿に刻まれる完全なる直線。それは死と断絶を意味する。


「わたしを殺さないの? 記録と違うなぁ」


「俺の“確殺”は再戦や復讐が恐ろしいが故の誓いだ。だがお前さんからの再戦や復讐は歓迎する。ジェイド、レイ、アッシュと何度でも戦い、やつらをもっと強くしろ。俺は残念ながらこれ以上強くはならん。やつらはどうだ?」


「……もっと強くなるよ」


「そのチャンスを与えてやれ。それにお前さんは殺すには惜しい。……楽しかったぞ。残り少ない余生、体を厭えよ」


 沈花はまた血を吐き、左目がどろんと黒く濁った。左腕の接合面から奇妙な液体が漏れ出し、下腹部の古傷も開いて動かなくなった。ミリオンの姿はもう見えない。


「あー……。会いたいよ、鼎ちゃん」


 こつん、とピンクの靴が石を踏み、絶対領域を見せつける足が屈みこんで白いフリルのスカートがドス黒い血を吸った。


「鼎ちゃん」


「わたしはここにいます」


「……ありがとね。もう少しここにいて」


「ねぇ、碧さん。今から晴れるよ」




 〇




「犬養! ナーガ! 離れてろ。チャンスを作る!」


 イツキの最大の長所はスピード。しかし石神井池に足を浸けたままだとその快足が封殺される。イツキはバリアーの床を作り出し、その上を駆けてアッシュの指示通りにゴッデス・エウレカSCから距離を取り、ナーガを抱きかかえてアッシュの後ろへと避難する。ゴッデス・エウレカSCとその十メートル先で波の立ち方が異なる。アッシュがバリアーの筒を作り、ゴッデス・エウレカSCを包囲したのだ。


「ミリオンが勝ったようだね。ミリオンか。まぁ、いいか。ジェイドじゃなくてミリオンでも。ねぇアッシュ。君が偉そうに握っているそのアブソリュートブレイドは君のお父さんのものだ。ただちに返却しなさい。それは英雄にこそふさわしい」


「てめぇはここまでだ。だがこの切り札が通じなかったらてめぇの勝ちってことになるだろうな」


「君もわからないやつだな。君ではダメなんだ。僕を倒せないし、僕を倒すべきではない。切り札だって? だから、ゴッデス・エウレカSCの装甲はエウレカ・マテリアル。アンチ・アブソリュート・マテリアルだ。君の攻撃は効かない」


「ああ、俺のはな。じゃあゴア族の攻撃ならどうだ?」


「……ほほぉう?」


 ゴッデス・エウレカSCを包むバリアーが変色する。眩しいくらいの純白と、禍々しい紫の螺旋が周囲の風景をシャットアウトし、高速で回転してゴッデス・エウレカSCを囲む単色の壁になる。


「頼むぜクソババア。……Bトリガー! “悪食怪獣ウインストン”! 吐き出せ!」


 アッシュの合図と同時に、アッシュのバリアーにダウンロードされた悪食怪獣ウインストンのBトリガーが起動し、平面のバリアーから白い光と紫の光が猛烈に噴き出してゴッデス・エウレカSCに破壊のエネルギーを絶え間なく浴びせ続ける。高エネルギーでゴッデス・エウレカSCの周囲の水は蒸発し、バリアーの筒の頂点から、アッシュがひそかにウインストンのBトリガーに飲み込ませ、蓄えさせた破壊の光が噴出してバカ殿のちょんまげじみた形状になる。そのままエネルギーが天を衝き分厚い師走の雲をかき消して、西に沈みつつある太陽がパーツがあべこべの方向に曲がった黒焦げの巨大ロボットのダメージをシルエットで強調する。


「なんだ……。これは……」


「姉貴と碧が横浜で撃ち合った時、俺は姉貴からバリアーで姉貴たちの光線を制御して被害を出さないように頼まれた。その時ちょいっと、二人の光線を拝借した。Bトリガーはあれだ。夏頃、俺とメロンがバースからパクったのを俺がいざって時のために持っておいたものだ。サンキュー、メロン。生憎今の放出でオシャカになっちまったようだが……。犬養がAトリガーを使うってんなら、俺だってBトリガーを使うさ。メロン!」


 ゴッデス・エウレカSCにバリアーの槍が突き刺さり、ウラオビのいる部屋が真っ赤なアラートで埋め尽くされる。無理もない。ウルティメイトネフェリウム光線とケイオシウム光線θを同時に食らったのだ。ジェイドの光線は装甲で多少軽減出来ても、それでも通る超威力。そこにゴア族由来の沈花のケイオシウム光線とくればクリプトナイトは意味をなさないただの金属だ。


「クソッ!」


 ウラオビが毒づいた。Bトリガー攻撃でエンハンスメントが途切れ、さらにむき出しになった回路にバリアーの槍を打ち込まれたことでサイバーミリオンウイルスが注入された。


「クソクソクソ!」


 ゴッデス・エウレカSCはオシャカ寸前だ。回路が焼き切れて装甲が歪み、サイバーミリオンウイルスでリモートコントロールが効かない。もうエンハンスメントは不可能だ。ウラオビ本人の念動力で強引に動かすしか手はなく、エンハンスメントにまで手が回らない。こうなるともうただのゴッデス・エウレカと同じ性能まで落ちてしまっている。


「死ね! アッシュ! 死ね!」


 イツキの遊撃、ナーガの打撃も無視し、ウラオビはアッシュのみを狙って怒りと焦り、恨みに任せてゴッデス・エウレカSCを駆動させる。ただただ純粋に、恨みと憎しみの怪物として、腕を振り上げる。アッシュは大振りのテレフォンパンチをダッキングで躱し、そのままタックルを仕掛けてテイクダウン。特に損傷の激しい右上腕にブレイドを突き刺して固定し、顔面に拳打を一発、二発!


「セアッ!」


 とどめに顔面にΔスパークアロー! 矢の三分の一まで顔面に突き刺さる。


「イアッ!」


 ウラオビは念力を全開にして衝撃波を発生させてアッシュを振り払い、右腕を切り離してブレイドを抜き、また念力で右腕を所定の位置に戻した。ああ、あああ! ウラオビは激しい怒りに燃えていた。なんでも持っているこのガキ! 優秀な血統と家族を持ち、恋人を持ち、恋人と過ごす未来と、託す次の世代がある! ウラオビには何がある!? 呪われた出生、愛されることのない魂、何も残すことの出来ない運命! その最後にくらい贅沢を言って何が悪い!?


「イアアア!」


「セッ!」


 壊れかけの機体からのレーザー光線が半透明の壁に無効化される。アッシュがバリアーを解除すると、今度はゴールドのマシンガン掃射がアッシュを出迎えた。しかし話にならない。水面上にバリアーの床を敷き、そこを走ると弾幕からは簡単に逃れることが出来た。ゴッデス・エウレカSCはエンハンスメント抜きでもオーの性能に並べても、操縦するウラオビはズブの素人なのだ。

 アッシュもウラオビも同じだ。侮蔑を孕んだ攻撃的な目で互いを射抜く。そして内心で祈る。どうか、自分を勝たせてください、と。ウラオビからは既に余裕と厭世が失せている。ウラオビがこんなに熱くなったのはいつぶりだ……? 生まれて初めてか? もしかしたら赤ん坊の頃にはこうなったこともあるかもしれない。布団の中で親の温もりを探し、暗闇の中で消えかける小さな蝋燭のように不安な状態に。


「ままならねぇな、人生ってやつは」


「何だい?」


「一人でてめぇにも、碧にも勝ちたかった。結局俺はおんぶにだっこかよ。姉貴も兄貴も親父もメッセもメロンも助けれくれないような窮地から、てめぇを殺しに行きたかった」


「ままならないから人生さ。言葉の重みが違うだろう?」


「でもてめぇにも親はいたはずだ」


「……。ンフフフ」


「じゃあな、マザーファッキン」


 アブソリュートブレイドで右手首を刎ねる! 可視化されたウラオビの念力がぶつりと途切れ、右腕が宙を舞う。


「セアッ!」


 次なる切り上げは左腕でガードしたものの、急加速した刀が左腕を切断し、念力が届かない距離まで切り飛ばした。


「セアアアアアッ!」


 波状攻撃が止まない。ゴッデス・エウレカSCは残った部位で抵抗を続けるが、時間と共に損傷だけが増していく。加速する斬撃は鋭さを増し、腕をめった斬りの輪切りにする。火花を散らし、可視化された念力を散らし、ウラオビから若さと未来が散らされていく。


「セアッ!」


 下腹部をブレイドが一閃! ゴッデス・エウレカSCがフォッサマグナ断層じみて斜めにずれ、そのずれを念力で強引に戻す瞬間にアッシュがゴッデス・エウレカSCの胸を駆け上って宙返り。その衝撃でスパークしたゴッデス・エウレカSCはエネルギーの配管に誘爆し、火柱に包まれた。


矢如砥如(とのごとくやのごとし)! これで最後だ!」


 アブソリュートブレイドを中心に雷撃のエネルギーが迸り、アッシュの目が狙いを定める。タイミング、照準、エネルギー。ドンピシャだ。


「セエアアアッ!」


 炎上するゴッデス・エウレカSCはアブソリュートブレイドをフィラメントにしたカミノフルに貫かれ、背中から赤熱した金属片と放電が枝葉を広げる。激しく燃え上がる中でゴッデス・エウレカSCはバンザイし、次に気を付け、そして直立不動のままバタンと仰向けに倒れ、大爆発を起こして完全に機能を停止した。


「これが親孝行だ。親不知なんかじゃねぇぞ」

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