第55話 元気出していきましょう
「おい親父」
「おいおい、俺はまだお前の父親ではないぞアッシュ。ただのミリオンでいい。……」
イツキに「アッシュより弱い」「父親であるという立場でアッシュにマウントを取ろうとしている」と指摘されたミリオンだ。恭しく親父なんて呼ばれたくない。超えてやる。全盛期の若い自分でも兄……初代アブソリュートマンには遠く及ばない。老いた自分はジェイドとレイという、その初代を上回る戦士の父になったという。そのジェイドとレイを遠くから眺めているだけのアッシュですら、全盛期の自分よりも僅かに強い。だがアッシュは……。全盛期の自分でならば超えられない壁ではないように感じる。……。次の一瞬には刃と血が飛び交うであろう石神井公園、アブソリュートミリオンは瞬きと言うには少し長く目を閉じて、一瞬のうちに想いを巡らせる。
ここでアッシュより強くなってやる。そうすれば劣等感も薄れ、自分の子供たちが初代を超えたという誇らしさ以上の誉れを得られる。その子供たちを育てられる自分であるためには、少しでも強さと威厳が必要だ。これ以上のセンチメントに浸るにはまだ早い。目の前のこの子供、ミリオンより強いアッシュより強いレイより強い初代より強いジェイドに勝ったこの子供。それでもアッシュ、ジェイド、レイと比べて、経験値はミリオンが大きく勝っている。勝機だ。
その子供。碧沈花は一度は目から消えかけた自我を取り戻し、忠義、気迫、敬意の三色の光を織り合わせて好奇心の像でミリオンを網膜に貼り付けている。
「おいミリオン。ナーガのやつはゴッデス相手にどれくらい持ちこたえられそうだ?」
「さぁな。ナーガには悪いが、やつではゴッデスは倒せん。三分時間稼ぎが出来ればいい方だろう。やつの素性は知っている。良くも悪くもやつは普通の学生だ」
「やつが良くも悪くも普通の学生だって? 今でも変わらずか? そりゃよかった。あいつには根性とモチベーションがある。十分だ。ヘイ、メロン。ミリオンについていつも通りの報連相と記録を頼む。じゃあミリオン、碧は頼んだ」
フジがアブソリュートブレイドを差し出すとミリオンは手で止め、フジの手の甲を掌で包み込んで刀を握らせた。フジはミリオンの体温、感触を知っているはずだった。しかしこれは知らない。
「持っていけ。お前に貸してやる。ゴッデスは頼んだぞ」
そうか、これが……。親子ではなく戦士と戦士で交わすやりとりか。沈花も記憶をサーチする。あった。ジェイドがXYZと戦いに行く時、ミリオンはジェイドにジェイドセイバーを握らせ、そして放した。あそこが戦士としてのジェイドの原点であり故郷だった。
ミリオンは過去の世界から持参していたアブソリュートブレイドとは違う、白い鞘に青い鍔、赤い柄の刀を抜き、丁寧に手入れされた美しい刃に息を吸わせた。ぴょこんと分身メロンがミリオンの肩をよじ登り、メガネの先でミリオンに挨拶する。
「御機嫌よう、ミリオンさん。メロンと申します」
「おう、お前さんがアッシュの恋人か?」
「うふふ。いいえ、わたしはただの友達。ただのというのは違うかもね。親友よ。フジくんの恋人はもっと可愛いいい子」
「そりゃ会うのが楽しみだ。ここでこのガキにギタンギタンにされて病院でお見舞いされるのが初対面なんて御免被る」
あぁ……。沈花は無意識に恍惚の喘ぎ声を発した。目の前の敵には一切隙が無い。刀を抜いただけなのにまるで核シェルターだ。予想される太刀筋だけでまるで核攻撃でさえしのぎ切りそうだ。
正気を失ったままこのメインディッシュにがっつくなんて失礼だ。せっかくフジに貰ったこのチャンス、碧沈花のベストをぶつける。沈花はミリオンにもメロンにも聞こえないようにぶつぶつとこれまでの戦いで得た経験値、前向きに働いた思考や作戦、敵からの金言を口に出して復唱する。
楽しめ。狂気に陥るな、正気で気品を見せろ。ネガティブが少しでも頭をよぎったらブリーチしてポジティブなバカに書き換えろ。バカの種類を挿げ替えて狙い球を絞らせるな。
忠義! 気迫! 敬意!
「こんにちは、ミリオン。碧沈花です。対戦よろしくお願いします」
「おう」
沈花もトキシウムエッジを構える。一方のミリオンは深海のように粛然な佇まいの中に、射殺すような眼光。
ミリオンの刀から漂う血錆びのにおいに興奮した沈花の好戦性は頂点に達し、満月のように見開いた目に走る血管は激しい喜怒哀楽のパルスで脈打っていた。
「チェアアアアア!!!」
「愛想」「諧謔」「有望」「翌桧」「新風」「葛藤」「無限」「逆賊」「中毒」「毒婦」「愛嬌」「怪奇」「恍惚」「蜂起」「叛逆」「狼狽」「餌食」「悔悟」「当惑」「破顔」「貪婪」「蹂躙」「活発」「托生」「真贋」「発見」「試金」「貫徹」「天性」「野卑」「偽物」「一途」「愉悦」「逆襲」「遡上」「苦悩」「不穏」「堕落」「有毒」「僭越」「高揚」「顕揚」「模糊」「造花」「朦朧」「逡巡」「免罪」「偽善」「相克」「背徳」「冒涜」「春雷」「浪漫」「刮目」「器用」「洒落」「原石」「外法」「宿命」「神童」「泥棒」「突撃」「独善」「冒険」「魅惑」「夢現」「乱世」「波乱」「略奪」「活躍」「新鮮」「明日」「狂乱」「疾駆」「耽溺」「馬鹿」「瀟洒」「熱心」「道化」「維新」「破竹」「憧憬」「刷新」「感性」「柔軟」「王手」「痛烈」「謳歌」「危険」「狂喜」「不躾」「伏兵」「逆転」「無礼」「耽々」「反旗」「転婆」「茶目」「怪訝」「青春」……
――“好”!
「ディアアアアア!!!」
「修練」「羅刹」「暴威」「非情」「星霜」「白刃」「殺戮」「秋霜」「狩人」「執行」「戦士」「修羅」「無道」「氷河」「剣豪」「憤怒」「義憤」「裂帛」「仁王」「睥睨」「不変」「厳格」「触発」「気炎」「丈夫」「吟醸」「毅然」「直情」「威勢」「殺生」「発揚」「鉄槌」「聖剣」「石頭」「見得」「天誅」「試練」「審判」「一喝」「手柄」「逆鱗」「伝説」「英雄」「尽力」「歴戦」「開闢」「不断」「金剛」「孤高」「鬼人」「追及」「臥龍」「無骨」「手本」「地道」「師表」「断罪」「正義」「頑固」「眼光」「信条」「座右」「贈与」「硬骨」「後継」「微塵」「痛打」「会心」「致命」「勝機」「業物」「血錆」「殺意」「血気」「極致」「威力」「技巧」「秘伝」「往古」「活路」「殺気」「根性」「保証」「冷血」「凌駕」「重責」「鎮魂」「気丈」「血風」「挑戦」「屈強」「森厳」「凛々」「喝破」「嚇怒」「一流」「凄腕」「達人」「剣聖」「必殺」……
――“断”!
たった一度の刃の交差でミリオンからは殺意、沈花からは興奮が刃越しに交換され、ようやく自己紹介が終わる。どうも、アブソリュートミリオンです! どうも、碧沈花です!
「そういうことでよろしく!」
沈花のその声色にもう余裕はない。しかし恐怖も絶望も憎悪も否定も侮蔑もない。
「死ぬなよ碧。お前さんがくたばりかけても触りがいのなさそうなその貧相な胸に心臓マッサージするのはごめんだ」
フジは気楽にあぐらをかいたままナーガとゴッデス・エウレカSCを見上げ、飛沫がかからないように倦んだ仕草で火を庇いながら、もごもごと咥えタバコの不明瞭な口調で平静を心掛けた。
「だがてめぇは死んどけクソウラオビ」
まだだ。まだ回復が終わっていない。堪えろ、フジ・カケル! 急いては事を仕損じる! その仕損じたのがあのXYZだ。
「君のことには少し興味があるな、ええと、ナーガ? いったいどうやったんだい?」
「お前には教えるものか」
「これは驚いた。君はテレパシーまで?」
ウラオビからの問いへのナーガの返答は声にエコーがかかっていた。魚類をベースとしたあの体では人語を発音出来ないのだ。しかしフジにとっても疑問だ。あの日、高校でのヒーローショーで姿を消した大森龍之介はいかにして巨大化、テレパシーまで身に着け、そして過去の世界のミリオンの知己となった?
今は気にするな。今はナーガの戦いを見守り、自分の番が来るまでの糧としろ。
「イン!」
ゴッデス・エウレカSCがようやく反撃に出た。あしらうような左拳一撃でナーガを覆う鱗が数枚剥がれ、吹き飛び、スワンボートに突き刺さって沈没させる。二、三、四、五! 作業的で直線的な拳が交互に撃ちこまれ、ナーガの重心がどんどん上ずって六発目で大きくよろめき、津波を起こしてダウンを喫する。ゴボゴボと大スケールの気泡を引き連れ、石神井池がじわりと赤く染まる。
フジの知っているゴッデス・エウレカと違う……。オーを超える超最新機体のスペックか、或いは四十五メートルにも及ぶゴッデス・エウレカSC全体をエンハンスメントするウラオビの強力な念力か、鈍重極まる重戦士ゴッデス・エウレカとは異なる高機動な攻撃と従来の機体から保証済みの防御力が両立している。
「もう君が出るしかないようだね、アッシュ」
「遺書の準備が済んだのか? ウラオビ・マザーファッキン・タクユキ」
「ハハハそうきたかい! 僕は考えうる限り全ての女性をファックしてきた気でいたよ! さすがの僕もお母さんだけはファックするって発想がなかったなぁ! 君の彼女の鼎ちゃん、リュウノスケくんの彼女のヒビキちゃん、それからジェイド、メッセ、沈花、狐燐以外の女性は全員ファックしたと思ってたけど! 僕ぐらいのイケメンがファックするって言ったら鼎ちゃんも喜ぶよ!」
フジの瞼がぴくぴくと痙攣して内なる激高を滲ませ、みるみるうちに眉間に浮かび上がる血管は脳内をバチバチと走る導火線のメタファーだった。ナカムラの言葉を思い出せ。怒りを抑えろ、ヤング・スカイウォーカー。
ナーガ……。もう限界か? もう限界と言ってくれたら、俺は今すぐそのクソ野郎をブッ殺しに行くだろうよ。
「立て! ナーガ! お前さんの気張りが勝ちに直結する! 俺にタスキをつなげ! 悪い! 俺はまだ戦えねぇ!」
「グア」
しかしリュウノスケはミリオンの言う通りただの大学生だ。リュウノスケも男なら、愛する彼女のためにここで限界以上の根性を見せてみろ、なんて偉そうに言う資格はフジにはない。生きて帰れ。それだけだ。リュウノスケのような普通の人間を脅かす敵を倒し、誰かと安らげる場所を作ることこそアッシュの役目。フジは奥歯を噛んだ。誰か……。誰かもういないのか? フジとゴッデス・エウレカSCのダメージをトントンにさせてくれ、とまでは言わない。あと三分でいいから回復させてくれるような……。
「ナーガ、ジャンプ」
その時、空に黒い穴が開く。その穴をくぐって出てきたのは、青白い肌に漆黒の衣、狼を模した銀褐色の仮面……。フジは眉根を寄せて目をしばたたき、記憶のライブラリーを超高速でめくる。あの特徴が当てはまる人物は一人しかいない。そしてその穴から次に飛び出してきたのは、憎い憎い黒光りするあの拳銃。
「アブソリュート・ジェイドの力! “凍”の弾!」
Freeze!
銃口から発射された白銀の弾が石神井池に着弾し、一瞬にして凍結させてゴッデス・エウレカSCの足を氷で固定する。こんなことが出来るのはたった一人。確信に至る。予期せぬイレギュラーにフジはメガネを掴んだ。
「犬養樹か!? 畜生がッ、このタイミングで!?」
ジャンプして水面の凍結から逃れたナーガは着地した氷にヒビを走らせ、構造上あまり上がらない腕を精いっぱい上げて狼の巫女とハイタッチする。状況が掴めない。フジもウラオビもだ。
「ファックの話をしていたら本当にファックしたい相手が来るなんて最高じゃないか! 言ってみるものだね! 本当はもっといるよ、ファックしたい相手! あの女優やあのスーパーモデルもファックの話をしたら出てきてくれるのかな!? でも犬養樹、君が僕の子供を産むまでの十月十日は毎晩君で楽しめるよ! ハネムーンはどうする!? 監獄行きの特急券でよければもう一枚用意するよ!」
「アシャアッ!」
ハイキック一閃、ウラオビの声がハウリングする。ゴッデス・エウレカSCが足元の氷を砕いて動きの自由を取り戻すまでにイツキは氷を自在に走り回って蹴りを打ち込み、Aトリガーでアブソリュートミリオンの“鏖”の弾を連打、飛んでくるゴッデス・エウレカSCの拳の弩はバリアーで防ぎ、さらにそれをスクリーンに死角から攻撃を続ける。
「アブソリュートミリオンの力! “鏖”の弾! +アブソリュート・ジェイドの力! “凍”の弾!」
“鏖”の散弾で水を跳ね上げて弾幕を張り、“凍”で広範囲の水滴を凍結させてゴッデス・エウレカSCの動きをまた違う切り口から阻害する。そして蹴撃、跳躍、疾走! まるで一流の書道家のとめ、はね、はらい! 三次元の空間に墨汁の跡を残して駆け回る!
フジはその動きに心を奪われてしまった。あの蹴りはアブソリュート拳法に通ずる。さらに拳銃捌きは地球人には出来ない、フィジカルで反動を打ち消した型破りな操法だ。和泉から習った拳銃をこうアップデートさせ、アブソリュート拳法、バリアーと掛け合わせるはずだった、とフジが思い描いた理想の戦いだった。マインの下にいた頃のイツキでは出来なかった動きだ。拳銃操法、アブソリュート拳法、バリアー。この三つを掛け合わせた理想の動きをイツキが出来るのなら、それを教えられるのはその構想を練るアブソリュート・アッシュ以外にいるはずがない。自分の理想の未来がそこにいるのだ。そのワザマエを見る度に、今の自分の敵かはわからないがウラオビにとって今のフジとナーガ以上に手ごわい敵が現れたことを理解する。三分は稼げる。
「信じてもらえないかもしれないけど、わたしは君の味方よ、フジ。今はミリオンも忙しいから説明している暇もないけど、わたしはミリオン、ナーガと一緒に来た。わたしを信じて」
「インダッ!」
ゴッデス・エウレカSCの鉄拳を躱し、カウンターでのドロップキック。打点、深さ、鋭さ! いずれをとっても教えを請いたいくらいの完成度! それを見てフジは自分のドロップキックが世界に一つだけではないと悟った。何かしらの縁を感じずにはいられない。狼の仮面からも自嘲も自虐も感じない。
「お前はどこから来た?」
「現在、未来、そして過去」
「『スタンド・バイ・ミー』のガキじゃねぇな。銃の扱いが上手い。誰から習った?」
「アブソリュート・アッシュ」
「十分だ。Aトリガーをそこまで使えるってだけで信頼に足る。頼む、もう少し時間をくれ」
「OK、相棒」
自嘲? 自虐? そんなもの今のイツキにはありはしない。無愛想な狼の仮面越しではわかるはずもないが、女性は笑顔が何よりの化粧だ。まだイツキは慣れていないけれど。しかし旗色が悪くなってきたようだ。従来のゴッデス・エウレカより高機動でも元よりゴッデス・エウレカの持ち味は防御力! イツキの攻撃力ではダメージが足りず、ゴッデス・エウレカSCの機動力ではイツキと競り合う程ではなくスピード勝負は捨てているのでイツキの速度はアドバンテージではなくなってきた。徐々にウラオビの反撃が始まっている。
ギチィ! 井草通りのアスファルトにタイヤで燃えるような急ブレーキがかかる。見慣れた銀のフィットシャトルに初心者マークだ! ウインドーが開くと後方ではリアルのAトリガー発砲音、車の中からはラジオ音声でAトリガー発砲音。
「フジ!」
「鼎……。お前さん何しに来た!? ここは危ない!」
「これを持ってきた! ウチのレモンにあげるはずだったCIAOちゅーる・まぐろ&贅沢本まぐろ四本入り×三パックで十二本!」
「……足りねぇな。今のところ、俺の獲得ちゅーるは八本。ウラオビの野郎をブチ殺してやったらプラス五本の働きだ。一本足りねぇ」
「お願い、フジ。まず一つ目のお願いは、勝って。ウラオビを倒すことでお兄さんとお姉さんへのコンプレックスを少しでも打ち消せるなら、どれだけダサくてもわたしはその頑張りを認める! 次に! 勝って! あれ……。犬養樹だよね!? 犬養樹はわたしを助けようとしてくれた! あの時は応じられなかったけど……。あの人も悪いやつじゃないんだよ」
「やつのことはまだわからねぇ」
「最後に! 碧さんを助けて」
「……ああ!」
フジがメガネに手をかける。目との適性距離から離れてピントがぼやけ、鼎の顔ももうよく見えない。それでいい。
「ふぃー」
極大のため息と同時にカケアミ、ベタフラッシュ、61番のトーンで縁取られたポータルが開き、防寒フル装備の狐燐が現れる。同じタイミングでショーの客の避難を終えたネオンもやってきた。
「どぉうも、鼎ちゃん。まだわたしを信じてくれるなら、一緒に安全なところに姿を隠しながらこの戦いを見届けよう」
「フィットシャトルが……」
「フィットシャトルもだよもちろん。むしろみんなフィットシャトルに乗ってくれた方が転送の位相がズレにくくてやりやすいくらいなんだ」
狐燐は血が零下まで下がるような絶望感を以て、井草通りの反対側を一瞥する。急激かつ濃密に積んだ経験値、そして純粋な無邪気とスリルを動力に戦闘回路をフル回転させた碧沈花! 冷静沈着な精神力と戦略で狂気を制御し、一瞬の爆発力を産むアブソリュートミリオン! 両者の剣の軌道が青と紫の三日月を描く。
「さぁ……。沈花ちゃん! ヒューマン・ヘルスケア!」
「元気出していきましょう! エーザイ!」
狐燐はとっておきの栄養ドリンクを沈花に投げ、ミリオンはそれをインターセプトしなかった。バキッと蓋を切り、グビッと飲み干すと沈花の心身は栄養ドリンクの成分以上に大きく回復した。
「はぁ……。鼎。三つとも全部やってやる。狐燐さんは悪いやつじゃあねぇ。ヘイ、メロン! 鼎についていってやってくれ。鼎もお前さんがいてくれりゃあ安心するだろうよ」
沈花、ネオン、狐燐。イツキ……。
「ドストライクじゃあねぇが、ド真ん中を打ち損じるよかボール球をしっかり打つ方が割れ蓋に綴蓋で俺にはお似合いだ。やっぱりお前さんだぜ」
「フジ! ……一本足りないんでしょう? ご褒美のちゅーる。これでどう?」
「え!?」
「モンスターエナジーのゼロシュガー!」
「ああ、そう……」
「これは〇.一ちゅーる分! 残りの〇.九……。お楽しみに! ちなみにわたし、今日誕生日だから! プレゼントよろしく!」
ブルーの心に三本の爪が鋭く深く食い込み、抉る!
「こいつで足りなきゃ残りは後でくれてやる」
メガネとエナジードリンクの空き缶が車内に投げ込まれ、三十九メートルの巨大な影が女子たちを覆った。その影を縁取るようにドス黒い血。イツキにゴッデスの鉄拳がクリーンヒットしてしまった! 黒衣が水と血を吸って重くなり、桟橋が布の重量で折れる程だ。イツキは片膝をついてフィットシャトルの直視を避ける。鼎に落ち度はないとわかっていても、鼎に善意を拒絶されたことは未だにトラウマだ。イツキの元来の性格は変わっていない。ほんの少しのことで苦痛と労苦、悲しみの石に心を潰されてしまう。まるで高性能と引き換えに壊れやすいF1カーだ。
「アシェ……」
「おい」
アブソリュート・アッシュの手が差し伸べられる。イツキはその手を取って立ち上がり、状況把握と距離計算を再開する。フジはまだ初めてだが、イツキにとっては懐かしい。壊れやすいF1カーのピットインみたいなものだ。ナーガはゴッデス・エウレカSCを挟んで向こう側、ダメージが大きくすぐに挟み撃ちは出来る状態じゃない。
「アッシュ」
……わかってる。所詮自分は“相棒”。それにこのアッシュは、まだあのアッシュになっていない。
「そのアブソリュート・アッシュから教わったとかいう戦い方、俺にも今度教えろ」
半透明のバリアーの槍をフィラメントにバチバチと音を立てて雷撃のエネルギーが迸り、稲妻の枝葉を広げて空を割る。
「鳳落を倒した技か。怖い怖い」
「もう少しマシな嘘をついたらどうだ? マザーファッキン。舌を引っこ抜いて閻魔庁に送ってやるぜ」
「記念に君も一枚どうだい? 幸いにも舌は三枚以上あるんだ」
やがて全ての輝きと威力がアッシュの右腕に集まり、投擲動作が見えない程に加速する!
「セアアアアッ!」
白い放電による激しい点滅が巨大ロボットのシルエットを切り取るも、アブソリュート・アッシュの新たな電撃を直視した鼎の目はホワイトアウトし、その雄姿を収めることはなかった。
「ピガ……。参ったな、それ、怖いよ。なんて技だい?」
「……“カミノフル”」
「“カミノフル”か。残念だったね」
切り取ったのはシルエットだけだった。下品な純白ボディには焦げた水草しかついていない。鼎が見ていなくてよかった……。ゴッデス・エウレカ対策に編み出したΔスパークアロー、命中率と引き換えにさらに威力を上げたカミノフル。
その乾坤一擲のカミノフルは、ゴッデス・エウレカSCに少しも傷をつけられなかった。