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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第4章 アブソリュートミリオン 2nd
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第44話 温故知新

「もしも願い一つだけ叶うなら?」


「誰のそばで眠ろうかしら」


 時空がバグっている。だからこの出来事が起きたのがいつかはわからない。グリニッジ標準? 日付変更線? 自転? 公転? 一つ言えるのはビッグバンの後であることは確か……。いや、それも断言出来ない。この後、また何度かビッグバンが起きる可能性もゼロではない。


「君の話を聞いてあげる」


 チリンと風鈴が鳴ると木漏れ日が揺れ、窓際に座っている小柄な女性……。駿河燈の顔を照らした。人懐こい愛嬌の中に強い憂いを帯びた目。


「OK。どこから話そうか? そう、僕は死にたい。子孫を残せない僕は生物としての理の中ではなく、人々の記憶の中に伝説として残るため、英雄による処刑を持って有終の美を飾りたい。つまりあなたの目的と一致しているよね、マイン」


「かもね。わたしは初代アブソリュートマンを再び最強最正義の英雄に戻したい。それが果たされて、初代が君を殺せば君の目的も果たされるかもね」


「じゃあ僕を仲間にしてよ」


「嫌ぁ」


「ナンデ?」


「なんでだろう、君に興味はある。でも何故か君が嫌い。たまぁに、気が向いた時に何かを授けてあげることはあるかもね。それはわたしが自分で進める自分の野望でもう不要になった、処分に困ったり、或いは処分するのも面倒だった残りカスよ。それを再利用するかどうかは君次第。君に協力はしない」


「連れないねぇ」


「ああ、わかったわ。君のことが気に食わない理由。わたしも母になるからね。母になるから、自分の子供に悪影響を及ぼす存在は排除したいし……。わたしは初代アブソリュートマンを最強にするために力を尽くす前に、息子……娘でもいいけど、自分の子供が初代アブソリュートマンを超えられるか試すの。だから君にわたしの気持ちは一生わからないし、わたしにも君の気持ちはわからない。嫉妬や失望というモチベーションが同じでも、それが生じた原因が違う以上は同志ではないね」


 フルボッコ! それでもこの男……絶世の美男子ウラオビ・J・タクユキは、窓際でかき氷を食べて貧血に目を回し頭痛で頭を抱えるマインに傅いたままだ。


「ナンデ? 僕があなたの願いを叶えてあげるよ」


「いらない。わたしの友達は外庭くんだけで十分」


「外庭……」


 ……。

 少し“昔”の夢を見たウラオビはスマホでお気に入り写真に設定してある駿河燈、外庭数と三人で撮った写真を見つめ直して物思いに耽った。駿河燈、ウラオビ・J・タクユキの姿は2020年で見せたものと変わりはない。ただ外庭だけがまだ若かった。若いくせに生意気、そして医師として不適であるカイゼルヒゲをワイドに展開し、目を見開いてシュルレアリスムの代表的な画家サルバドール・ダリ(サルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク1904年 – 1989年)の真似をしていた。

 燈に恋なんかしていない。あまりにも無意味だ。燈が子供の頃は縄文土器を発明して脚光を浴びてたかもしれないがウラオビが子供だった頃はもうギリギリ戦後。ジェネレーションギャップもえげつないし、燈には意中の人がいる。それにウラオビはもう自分の身の上を知っている。恋なんて娯楽にもなりはしない。ただし外庭に対する嫉妬は少なからずあった。


「これは本当にあなたにとって不要だったのかな?」


 ウラオビの手の中にあるのは謎の古文書『三香金笛抄』の旧約だ。ここには約1万2000年分の記録が残されており、それはマインの魂が稼働していた時間と一致する。ウラオビはこの本をマインから渡された。これがマインの綴った記録であるならば、2020年までの記録は確実な物だろう。


「そこから先を知りたいのになぁ。それにあなたは本当はカイくんを愛していたんだね。処分に困っても僕にも外庭くんにも彼をくれなかったし」


 次にウラオビが目を通したのはアメリカのゾーキング博士が語ったパラレルワールドに関する酔狂なインタビューに関する考察動画だ。ゾーキング博士によると世界は全て輪廻の先に転生するという。そして世界そのものも気の遠くなるような時間の先に終わりを迎え、新たな世界として転生する。その転生した世界は以前のものとは少し異なり、例えば鉄竹経修郎……。経修郎がアブソリュートに勝つ世界線もあれば、経修郎がアブソリュート人として生まれてくる世界線もある。そういった差異の生じる世界の転生もやがて輪廻を迎え、全く同じ世界が生まれて戻ってくる。つまりパラレルワールドとは世界の横にあるのではなく、前後にあるものなのだ。もしこれが正しいのならばマインのとった行動は大正解だ。自分の気に入る世界が来るまで眠り続けていればいいのだから。転生する世界そのものに僅かでも差異が生じるのならばマインの望む世界がいずれやってくる可能性はゼロじゃない。

 そしてウラオビは笑う。今からアメリカに行きたい気持ちだ。行って突きつけてやりたい。そしてこんなセリフを叩きつけてやるのだ。


「おめでとう、正解だよゾーキングくん」


 そう。ウラオビは既に、パラレルワールドの存在を確認し、その異なる世界の間を最低でも一回は移動している。


「君に勝ったよ、外庭くん」


 外庭の作ったメロン。燈の作った都築カイとアブソリュートマン:XYZ。そしてウラオビの作った碧沈花。素材が違いすぎるのでXYZを超えることはなくとも、沈花はこれからXYZに匹敵する脅威になる。




 〇




 アップデート。それを最新のものだけで行っていては二流止まりだ。


「ケイオシウム光線!」


 吹き荒れる紫の閃光。禍々しいオーラを空気抵抗で千切らせながら沈花は足を使って移動し、ケイオシウム光線で牽制しながら徐々に頑馬への距離を詰めていく。

 アティテュード・アジャストメントの出力が最大になるのは強化形態を発動し、0が1になる瞬間だ。その瞬間ならばレイの攻撃を一回ぐらい無効化出来るし、レイの目にも留まらないスピードで攻撃してダウンを奪える。それでもまだ機動力は沈花が上だ! アティテュード・アジャストメントの秘密はまだこれだけではないが、その長所も短所もまだ頑馬は気付いていないようだ。


「ジャラッ!」


 筋肉筋肉筋肉! 筋肉のパワー、スピードでお調子者の遊撃手の喉輪を掴む。くしくも先のフジ・カケルvs紅錦鳳落と同じシチュエーションだ。


「チチエッ!」


 沈花は狂気ではなく興奮とスリルを燃やしてフリーになっている足でレイの膝、胸板、顔面を駆け上り、喉輪から逃れてローキック二連発! 橋桁を崩された筋肉のゴールデンゲートブリッジがぐらつき、161センチの沈花が191センチの頑馬の顔面にアクセスして大ダメージを狙えるハイキックを打ち込むのにお誂え向きの高さに降りてくる。

 今こそ思い出せ! ゴア族カンフー攻めの奥義、十二酷弾腿! 前向きな気持ち、自信をもって相手を蹴ることを極意とするこのカンフーは、ただの蹴りを会心へと昇華させる!


「ジッ」


 しかし戦闘経験がまだ浅い。

 温故知新! カンフー、空手、プロレス、レスリング、相撲、総合、ボクシング……。ありとあらゆる格闘技を知り尽くした頑馬はローキックで崩されたまま地に伏せてハイキックを下に躱す。臥龍! そのまま相撲の立ち合い、アメフトのタックル、プロレスのスピアを彷彿とさせる低空タックルで沈花の内臓を着弾地点から押しのけ、酸素を肺から追い出した。咄嗟に向けた必殺光線の発射台の指は予想外の衝撃でスーパーモデルのランウェイの演出にお似合いに地面から空を撃つ不規則な動きを見せる。ぐしゃりと沈花の背中が雪を吸った。

 191センチの筋肉モリモリマッチョマンが161センチの女子大生を力ずくで押し倒す、これはもう二人が地球人や日本人じゃなくても裁ける犯罪の現場では!?


「ジャラッ!」


 これは確実に法に触れる! 押し倒した沈花の顔面目掛けて空手家がデモンストレーションで瓦を割るような下段突きのパンチ!  刑法204条の傷害罪だ! しかしこれは未然! 沈花のガードが間に合って致命的な一撃を防ぎ切った。それでもクラウン状に飛散したシャーベット状の雪からもこのパンチの威力が読み取れる。


「チエッ!」


 頑馬の腕は長く重い分、振り下ろした後の振幅が大きく戻りに時間がかかり、二の矢を番えるのに大きなタイムラグが生じる。沈花が指を向け、口を開ける方が素早い!


「ジャアラ!?」


 口からはゴア族の標準装備、悪の波動! 悪の波動でリアクションを誘い、顔面にケイオシウム光線! 頑馬の顔面で黒煙が上がり、沈花は致命的なマウントポジションから脱出して頑馬の間合いの外ギリギリでターン、外側に回した足が雪面に上弦の月を描く。


「油断するな沈花ちゃん! 今の頑馬隊長には安全な距離なんてないぞ!」


 いいコーチングだ、虎威狐燐。猛火の息吹、メガトウム光線……。頑馬は普段切らないだけでそういうカードもある。最終奥義のツルギミサイルだって視野に入れねばならない。


「でもこの距離なら君が有利だ!」


「ガッテン!」


 しっかりと右手でエッジを握り、左の人差し指の先にエネルギーを溜めて頑馬に十分なダメージを与えるケイオシウム光線を用意する。このケイオシウム光線への重度の依存は実際悪手でありフジには発射台を狙い撃たれたが、今は剣技が追い付いて指を守りながら撃つことが出来る。

 武輪(ブワッ)! 頑馬を中心に一気に火炎の輪が連なり雪を撫で、心地よい乾燥と闘気が沈花の髪と肌に触れながら後方へと抜けていく。雪は融けていないし熱さは感じない。頑馬の純粋な生命力のオーラだ。

 どっどど、どどうど、どどうど、どどう。沈花の鼓動、テンションの気筒も細かくビートを刻む。


「……。まだ怒りが足りねぇ」


 伏寸(プスン)と燻る音まで聞こえてきそうだ。沈花へのカウンターは、相手が良く持ちこたえたことにより不発。頑馬のとっておき、最強のカウンターも怒り不足できっと威力もなかっただろう。

 もうこのガキは考えナシのバカじゃない。

 もうこのマッチョは狂暴なだけの木偶の坊じゃない。

 互いにパソコンのエンターキーを押すように気持ちを切り替え、再び対峙する。


「怒りは時に重要なエンジンになる。怒りを押し殺そうとするな。弱い者にも怒りという刃は与えられる。むしろ怒りの刃を捨てた時に本当の弱者になるんだ。ウラオビのようになるな。現実から逃れて冷笑と嘲笑に走り、他人の怒りを弄ぶような大人になるな。怒りの刃を錆びつかせるな。刃こぼれもさせるな。熱し、打ち、研ぎ、本当に大切な時にてめぇの敵の喉笛に突き立てろ」


「何それ」


「インストラクションだ」


「なおさら意味が分かんないよ」


 ほんの少しだけ目を閉じたい。頑馬はそう思った。

 今まさにジャイアントキリングを食らう側として、目の前の敵を認めつつある。果たしてそれはスリル? 戦闘本能に刺激された脳内麻薬のバッドトリップ? 瞼の裏に一瞬だけ現れたのは、浅黒い肌に長身痩躯、まだ髪型で遊ばない無邪気な短髪、あどけなさの残るやんちゃな溌溂。都築カイだ。


「温故知新」


 ユキの気持ちをほんの少し理解出来た。弟子を持つということを。自分が作り、集め、溜めたものを誰かに継承することの尊さは、自分の心が遺される安らぎ、そして継承された誰かの身を助ける。なんて尊いことだろう。頑馬は何を残せる? 戦いのアーカイブ? バースやXYZ、もしかしたらヒール・ジェイドをぶっ飛ばす雄姿のフィルム? そんな誰もがアクセス出来るものではダメなのだ。

 ユキは短い期間、そしてほんの少しだけだが、カイにしかアクセス出来ないものを残した。

 そうさ。アップデート。思い返せばあのマインだって多くのものを遺した。寿ユキと出会うまでの都築カイの……おそらく十五年程度。それ以外にも因幡飛兎身、犬養樹を残した。犬養樹が今どこで何をしているかは頑馬の知るところではないが、先日の渋谷でのニアミスはマインの何かが確かに犬養樹に遺されていることを頑馬に伝えるには十分なくらいだった。

 そして何も残せないウラオビに少し同情する。頑馬は少しアップデートされた。


「温故知新」


 沈花がリレイした。


「……」


 ……。ジェイドへの劣等感だけではなく、頑馬も何かを遺したいと強く思った。あぁ、そうか。これかァ……。弟の言っていたことがようやく理解出来た。「碧と戦えば何かがわかる」。

 もしもこいつが自分の……。

 そうなることは残念ながらあり得ないが、もしそうなったら頑馬はウラオビを許せないだろう。ウラオビはいずれ沈花を奪っていく。それでももしそうなれたら……。カイを奪われたユキの怒りや悲しみに触れる資格くらいは得られるだろう。

 しかし残念ながら頑馬の理想はありえない。でもただの経験値引き換え券になる気もない。それに無節操だ。片鱗を見た程度で入れ込もうとするなんて。


「若いっていいな」


 今度は沈花が利き足を引いて下弦の月を作り、ゴア族カンフー攻めの奥義のオーセンティックな構えに入る。


「ガキの時分、三十六色の色鉛筆が欲しかった」


「まだインストラクション?」


「ただの語りだ。聞くも聞かねぇもてめぇの自由。いらなかったらかかってこい。俺も舌を噛むのはごめんだからそうなりゃやめて、本腰入れててめぇを叩きのめすさ。そう、三十六色の色鉛筆」


「わたしは中学の入学祝に、フリクションボールペンの六色セットを貰ったよ」


「俺は絵が下手なんだ。色鉛筆を使わない自分の未来絵図すら上手く描けねぇ。十二色の色鉛筆で精いっぱい絵を描いたが上手くいかねぇ。それで俺は三十六色の色鉛筆ならちゃんと自分の思い通りの絵を描けたのに、とへそを曲げた。どう思う?」


「三十六色の次は七十二色があれば、ってごねるんじゃない?」


「ふっ、その通りだァ。碧沈花。果たしててめぇは何色だ? そろそろ再開するか。俺と! てめぇで! ルーブル美術館で飾られるような最高の絵にしようぜ!」


 頑馬が牙を剝く。文字通りの牙だ。犬歯を剥き出して狂暴な吐息を白く濁らせてそのある種の狂暴エロティックに修正が入る。フジが見せた付け焼刃の狂暴とは大違いだ。

 沈花にとって当面の問題はあの高さへのアクセス。どうにかして昇るか、相手を降ろさねばならない。下弦の月を描いた爪先がひんやり。ここだ!


「チエッ!」


 頑馬の間合いの外からハイキック! 爪先に乗せた少量の雪は狙い通りに191センチの大樹のサングラスと呼吸器に纏わりついた。好機!


「チエアーッ!」


 頑馬の言う怒りの刃程には鋭くないものの、喉笛を目掛けて拳を突き上げる。しかし冬のスポーツ名場面! 頑馬は塞がれた視界で上体を逸らすイナバウアー回避! 沈花の右拳は頑馬のレザージャケットの裾から大樹の幹に迫り、大樹の鼓動と熱を感じながら、そのまま登攀する道を選択した。そして襟から拳が抜け、喉輪を掴むと罵離(バリ)ッ! 沈花の腕に沿ってレザージャケットのボタンが弾け、その内側のユニスポ謹製頑馬隊長探検隊特注サイズのTシャツが露になる。


「チェアッ!」


 コンマ数秒の判断! 沈花は掴んだ喉輪に自分の体を引き寄せ、思いっきり跳躍して真上に頭突く! 咄嗟に同じく頭突きを選択した頑馬はやはりここでも振幅の差が災いし、渾身の頭突きを顔面で受けて鼻の痛覚が発火、堪えきれない激痛は呻きとなって発露する!


「ジ……。ジャラッ!」


 しかしここで怯んで終わる頑馬ではない! 跳躍直後の沈花を相手に、女の子の扱いとしては乱暴で過剰すぎる力で抱擁し、上半身の骨を体の中心に向けて圧搾し、沈花の外側に連なる頑馬は年輪を縮めていく。これももう日本の法で裁ける可能性のある猥褻な犯罪にも見えてしまう! ルーブル美術館で飾るシーンはここではない方がいい。


「ジエア」


 さらに頑馬は自分も憧れた日本のプロレスレジェンドの如く顎を尖らせ、抱きしめた沈花の顔面……。左の眼窩に顎を押し当てグリグリと古傷を抉る! 呻く……。いや、喚く!


「チイエアアアアアアアアアア!?」


 沈花の絶叫に耳をつんざかれ、激しい流涙で顎が滑っても頑馬は頸骨のギアを乱暴に上げ下げしながら激痛を加える。沈花の呼吸や鼓動を抱きしめた腕、胸で感じる。抱擁の中の小さな敵が刻むビートは極端に細かい。もう痛みに耐えきれず嗚咽を漏らして泣いているのだ。

 ここに来てもやはりキーになるのはリーチ! 頑馬の腕が締め付けているのは沈花の上腕二頭筋の辺りだ。肘から下はある程度自由が利く。バタバタと身をよじって抵抗する沈花の足が頑馬の足に触れた。頑馬も沈花の足の位置を確認すると膝を織り込んでさらにこのロックを複雑にかけに入る。実際に膝が折られて激痛による絶叫が発せられる標高は徐々に下がってきている。だがそこに頑馬の足はある。沈花はガシガシと頑馬を踏みつけるが歯牙にもかけない。かくなる上は……。


「ケイオシウ……」


「ジャラッ!」


 一瞬にしてホールドを解除、急に束縛を逃れた体の緊張と脱力でまたもやケイオシウム光線が空を切る。その瞬き程の一瞬の後、沈花を襲ったのは激しい回転……。


「チエ……?」


 後ろから沈花を抱え直した頑馬はそのままブリッジ、筋肉の観覧車は短い半径で縦に回転し、ジャーマンスープレックスで沈花の脳天をグランドに突き刺した。視界の端から銀の藪蚊が這いいずる。

 縦の回転は即座に横の回転へ。頑馬は沈花の両足をそれぞれ脇に抱えて自分を軸にぶん回し、ジャイアントスイングで防護壁に投げ付けてやった!

 何の抵抗も感じられずぐにゃりと沈花が防護壁の下で泥になる。並の怪獣ならこれで三度死ぬ程の威力だ。ジャーマンスープレックスとジャイアントスイングで計六回、沈花は死んだ計算になる。触れた雪を融かす体温までこのまま消えてしまいそうだ。


「さぁ、もう一度立て、碧沈花。ようやく体が温まってきたぜ!」


 頑馬が罵離(バリ)ッとレザージャケットを引きちぎり、投げ捨てて風に任せる。そして頑馬探検隊Tシャツの大胸筋からもわんと蒸気を吹いた。


「チエ……。言われなくても立つよぉ。一休みするには、ここはちょいと寒すぎる。大丈夫大丈夫……ハハッ。頑馬隊長を倒すのなんて魚を溺死させるのより簡単だ。頑馬隊長、以心伝心だね。もしかして生き別れになったわたしの兄貴かな?」


 防護壁にもたれかかったまま、沈花はジャンパーのジッパーを降ろした。残念ながら鼎と比べて貧相な沈花の胸は、鼎やメッセ、そして頑馬よりもユニスポ謹製頑馬隊長探検隊Tシャツを立体的に出来なかった。


「……」


 頑馬は莞爾として笑みを浮かべた。

 次の瞬間、頑馬と沈花を包む気温が急激に上昇し、空が閉ざされた。二人をギリギリ内側に収めて縁取る円は、ゴア族特有の楔形文字……。景色はまだ安定しない。しかしこの現象、この模様。水も凍てつく仙台で水も蒸発する激闘に水を差したのはあのカス野郎だ。


「ウラオビィィィ……ッ!」

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