第41話 カミノフル
沈花……。
沈花……。沈花!!
沈花のために!
「マァウッ!」
「シッ!」
紅錦鳳落にはおおよそ技と呼べるようなものはない。ただ力を込めて殴る。殴打の種類として拳打、拳打の中にストレートやフックがあるものの拳打、ラリアット。この程度だ。
しかし常軌を逸したDXヒオウ由来の怪力、紅錦鳳落の人生に神のようなものが与えた法力がこもり、一か月前のアッシュでは不可避にして防御不能の威圧感と威力を誇った。
しかし今は! ラリアットをしっかりと腕のガードで処理し、衝撃が腕、肩、胴、腰、足と抜けてフジの足元の雪を吹き飛ばしてフジの後方で放射状になり、足元を抉った靴底がゴツゴツとした小石を踏みしめる。
「おめでとう」
「何が?」
「これをどうにか出来ないようではアタシには勝てない」
「驕りに聞こえねぇんだからスゲェやつだぜ、実際よ」
しかし二十センチ近い身長差は致命的だ。上段から振り下ろされる鉄槌じみた腕の振りを防御、回避、そしてカウンターの軽打と、フジの動きは鳳落に慣れて対応がアップデートされていく。
「セアアアッ!」
ラリアットを躱して力の流れを逆走し、跳躍と回転を加えたハイキック! 鳳落の頬が波打って蹴りを受けた左頬と反対側の右頬がめくれて口腔内が吹雪に晒され、歯にしんと冷える風が当たる。その冷たさがなければフジへの視線、注意が逸れて致命的な隙が生じただろう。
「セアラッ!」
「モアッ!?」
致命的ではないが、今のフジには十分過ぎる程の猶予だ。ネコのようなしなやかさで着地し、ヘビの鎌首を思わせる関節を忘れさせるような素早くシャープな動きで後ろ蹴りを見舞う。強力な電撃が付加された一撃は電撃も衝撃も確かに銀嶺のオネエの体の芯まで到達した。東京国立博物館の長い長いワンサイドゲームでは辿り着けなかったほどのダメージを既にこの二撃で受けている。その蹴りの威力は地面に戻した足に残っていた衝撃で奏でられる小石の喝采からも読み取れる。
「それでいい。それでいいのよ」
「何が?」
「もっともっと強くなりなさい、フジ・カケル。それがアナタへの贖罪であり、願いよ。ウラオビは……。いえ、アタシたちは鼎ちゃんに手をかけ、既に救いようのない外道に落ちている。だからその復讐を受けることもアタシの贖罪で願いの一つ。アナタが強くなることを望むのなら、その踏み台になることだって贖罪の一つだわ。そして願いよ。お願い、ウラオビを倒して。そして本当にごめんなさい、沈花を止めてあげて」
「反吐が出らぁ。なんて都合がいいこと言いやがる。俺は偽ジェイドとは戦わねぇ。やつの間違いを止めてやる義理もねぇ。偽ジェイドを止めたきゃ自分で止めろ」
「そうはいかない。アタシはまだ、アナタのことより沈花のことが可愛いから……。あの子はいい子なのよ。本当にいい子。純粋で優しく、若く甘い。だから間違うこともあるの」
「それはレイかジェイドの仕事だ。道を間違えたやつを矯正するだァ? アブソリュート・アッシュにヒーローとしての説得力や威厳はない。それどころか素質すらないんだ。俺はもしかしたら強いかも、なんて思い上がりの素質すらなくなっちまった」
「どうかしら。アタシを超えた時、力くらいは自信を持てるはずよ。僭越の謗りを受けることもないでしょうね。それもアタシの願い。自分を超えていくやつが、自信を持った強い人間になること。それが終わった人間になりに、すがる小さな希望だわ。応えなさい、フジ・カケル」
「結局自分本位か。ガッカリした。お前さんの言う通りなら、俺は未来恐竜クジーにも勝ったし、もしかしたらこれからDXヒオウにも勝つかもしれない。ああ、なかなかの新米だ。多少は期待する人間もいるだろうよ、特にお前さんみたいに酔狂な人間の中には。何しろ偽ジェイドに期待するほど酔狂な人間だ。でもお前さんが言ったんだぜ? 鼎の英雄になれと。鼎が一体何をした? あいつはただの大学生だ。巻き込まれただけのただの大学生。特別な力も出生もありゃしねぇ。ただ少し変わってるのはアブソリュート人である俺と出会っちまったことだけだ。それだけなのに何故あいつは……。襲われ、その恋人さえとんでもない英雄にならなきゃならねぇ? 普通の女子大生の恋人ならクレーンゲームで五百円でデカいぬいぐるみをとるだけで英雄になれる。なんでDXヒオウを倒さなきゃならねぇ? お前さんらは鼎を襲い、そして鼎を口実にした。その時点でお前さんの言葉にゃ何の義もねぇよ」
「あの子もハードラックね。でも運は味方になることもある。恋人がアッシュだったからあの子は助……」
「恋人がアッシュじゃなければ、で全部片付くことしか言わねぇだろうな。本当に贖罪のつもりなら本気でかかってこい。俺はお前さんを超えたいと願った、悔しいがそれは真実だ。手を抜くな。気を抜くな。……頼む」
「ええ。わかった。でもアタシに勝ったのなら、もう自分を無力な雑魚やクズだなんて思わないで」
「我儘だな。セアッ!」
一瞬にしてフジの目の色が変わり、襲い掛かってくる。その変わりように鳳落は一瞬気圧された。
狂。
十代から人気ブロガーで現在は文筆業の鳳落が今のフジを表現するならこの一文字につきる。
狂。
「マァウ!」
確かにこれはフジに願いを押し付けるなんて自分本位なメンタリティじゃどうにも出来ない。結局のところ、今の鳳落のモチベーションは「沈花を止めてほしい」、それに集約される。
沈花が悪であるならば、沈花は正義の戦士に倒されるべきだ。アッシュでもレイでもジェイドでもいい。しかし鳳落はアッシュを見込んだ。沈花と同じように、若い力が拓く将来を観た。ならば悪はこの将来有望な正義の戦士の糧になるべきだ。
沈花が悪ではなく、若さゆえの過ちならば、アッシュは少しくらい共感し、その上で彼女を止めてくれるかもしれない。
突進してくるフジの首根っこを鳳落の巨握の手が捕まえた。身長より高い位置で捕えられたことでフジの両足は宙ぶらりんになって鳳落の方へと大きく揺れたが、銀嶺オネエのリーチはそれでも埋まらない。後は力を込めるだけでこの若い戦士の首の骨を粉砕出来る。しかし肩から伝う力よりも手の甲が感じた熱気の方が強い。フジの呼吸の熱さに戸惑い、そしてその目に宿った狂気にまた一瞬怯んでしまった。
「セブッ!」
鳳落の全てのリアクションより迅速に親指への噛みつき! 唾液と血液が混じり、狂気と戸惑いがミックスされて鳳落が呻きを上げる。
「マアッ!」
この目、この狂気は危険だ。腕を大きく振ってフジを振り払う。青の戦士は車道の氷の上に血痕を残しながら転々とした後に体勢を立て直し、バリアーの足場を敷いて爪痕を残して減速、狂気の双眸で鳳落を射抜いてから血の混じった唾を吐いて直立した。鳳落は親指に突き刺さったままの歯を一本ずつ丁寧に抜いて、それをどうするか迷った。これはフジからのプレゼントだ。本気だという証だ。返すのはもったいないしせっかくの贈り物を突き返すのも悪い。
「なんなのよ……」
「ガアアッ!」
血塗れの口でフジ・カケル……アブソリュート・アッシュが襲い掛かってくる。道理で自分にも怯まなくなった訳だ。今のアブソリュート・アッシュには何も感じることは出来ない。獣には説法や法力が通じるはずもない。
バリアーで作った槍が一突き、二突き! 鳳落の腕を貫くことも切り刻むことも出来ないが、触れる度に強力な電撃が体を走る。槍の電撃自体は脅威でも肝心の武器の扱いがイマイチだ。タイミングを合わせてバキッと腕を振り抜くと槍はへし折れ、ダメージのフィードバックでフジの頭が一瞬のけぞった。
「マアアッ!」
痛烈一閃! 剛拳炸裂! フジの目は一瞬狂気すら失って宙を彷徨う。確かな手ごたえ、大きなダメージ! 目を回したままのフジは冷たい親不知の地面に膝をつき、彼の意識外で行われた脳の決断によって息ではなく血が先に吐かれた。
「バウアーッ!」
巨握の手がジーンズの上から足を掴み、サウナのタオルみたいにぶん回して地面に一撃!
「ガガガ……」
「マッ!」
ハンマー投げの要領で投擲! 吹雪による視界不良でどこまで飛んでいったかわからないが、戻ってこない。ようやく鳳落も一つ呼吸を置いてダメージの把握を開始出来た。ショールを破って噛みつきで大きく裂けた右手に包帯代わりに巻き付け、周囲を警戒しながら深呼吸する。脳内に幕が張られたように鼓動が体内で反響する。ブラウスの袖をまくると槍を防いだ腕は電撃で焼けただれていた。その痛みに気付けないほどのアブソリュート・アッシュの気迫、狂気! 相当危険な状態にあるようだ。
「……」
「鳳落さん。アッシュの現在地は糸魚川市街地です」
「ありがとう狐燐。彼は逃げたの?」
「位置しかわかんねっす。ポータルを開きますか?」
「お願い」
円が開くと、今いる親不知よりは吹雪も積雪も控えめだ。雁木造りの街並みに道路には融雪剤。フジ・カケルは駅前の建物の前で両膝に手を当てて肩で呼吸をしていた。
「本当は意味があってこの場所にしたろ?」
「なんでそう思うの?」
呼吸が整ってきたフジは目の前の建物を指さした。駅前のお土産屋には大きく「ヒスイ王国館」と看板が掲げられている。
「翡翠だ」
「気にし過ぎよ」
「気にしすぎ? わかってねぇな。どれだけ……。お前さんらの偽ジェイドがどれだけ俺の気に障ったかなんてわからねぇんだろうな。どれだけ……。ジェイドは絶対だ。許せねぇ……。ジェイドが今の地位を築くまでにどれだけの犠牲を払い、どれだけの時間を費やし、どれだけの傷を負って癒してきたをほんの少しでもわかっていれば、ジェイドを騙るなんてとても……。許すことが出来ねぇよ。ああ。なんで俺がそのクソッタレの偽ジェイドの……。ケツを拭かなきゃならねぇ? ただケツを触るだけでもあまり好みじゃねぇな、ああいうタイプは」
「……そうね」
「あいつのことをもっと教えてくれよ。……。なんであいつは鼎のためにウラオビと戦えた?」
「それは、あの子がバカだからよ」
「……」
「なんなの? アナタが言ったオーバードライブする感性ってただ怒りと憎しみと狂気に任せて戦うことだけ? そういうキャラじゃないのよね、フジ・カケル。確かにアナタの牙はアタシに届いたわ。その狂気と根競べをすればアタシが負けることもあるかもね。でもそんなものはいつまでもは出来ない」
「このやり方で戦われると偽ジェイドが心配ってかぁ!?」
「さすがにそこまで沈花贔屓じゃないわ」
「……ここの方がさっきよりも足場がいい。セアッ!」
雪降ろしの雷がフジに落ちる。稲光を纏った強化形態に入っても、その目にはまだ狂気が残っている。そして目にも留まらぬ速度で鳳落の懐に潜り込み、雷の力を天に返すようなアッパーカット! 新幹線が止まるほどの雷撃が迸る。ヒスイ王国館、新幹線の駅、メインストリート、全ての方角が強い光で照らされて、骨まで透けた鳳落はついに痛みに耐えかね嗚咽を漏らした。
「なんのため? テンカウントにやった復讐の八つ当たりと一緒、このまま勝っても馬の骨よ」
「違う」
「何が?」
「オーバー・Dが上手く使えなくなった。雑念が混じるし、時間も短くなった。俺はあの雑念のせいでXYZに勝ちきれなかった。オーバー・Dで一種のバカになることは必要だったし、それに従うことが勝利への道筋だったんだ」
「その一種のバカを再現しようとしてバカのふりを?」
「そうだ」
「沈花級のバカね。違うの。獣は愛も憎も持たないんじゃない。持っているけど、どちらか一方を持つとその単色に染まってしまうだけ。理性を持って両方を制御し、両方を解放する……。例えば、無心。あれは獣には出来ない。それが人間の在り方よ。ええ、わかったわ。アナタが真剣にアタシを超えようとしてくれているとわかった。十分よ、ありがとう」
愛も憎も……。
どちらも受け入れ、どちらも拒み、単色に染まらず……。
「お前さんに勝つ手段ならある」
「OK。じゃあゲーム再開。マ!」
横殴りの吹雪は少し弱まってきたようだ。それでも赤熱する紅錦鳳落の剛腕は激しく蒸気を上げ、フジのメガネに大きく映る。受けられない……。
フジの本能は「この一撃を受けたら全身の骨が砕ける」と告げ、理性が受理した。躱せた! 一度は狂気を武器に牙を立てたものの、獣の牙は厚い精神の壁を超えられない。
振り下ろされた腕はまだ鳳落の神経の支配ではなく慣性や遠心力、重力といった物理の支配を逃れられていない。チャンス! その腕の軌跡、即ち最短距離を辿って辿って加速に加速を加え……。
「セエアッ!」
インパクトの瞬間、拳が纏う電撃、強烈な衝撃を受けた鳳落の脳内、同時に視覚と神経のショックがスパークして火花を散らす!
「マ……。やれるじゃない」
「ガァ……」
がっぷりと手四つで力比べ! 重力と重量を味方にした鳳落が押し込んでいく。さらに一部の歯を失ったフジは歯を食いしばることが出来ない。赤熱! 高温で熱せられた腕は雪を溶かし、フジの手にじわじわと熱による警告を伝えながら、彼のメガネを曇らせていく。
「グアッ!?」
フジの顔面に強い衝撃が発生、顔を中心に全身が波を打ち、山積みにされた雪……もはや氷の塊に背中から押し付けられ陥没する。攻撃を受けた位置から察するに恐らく頭突き。
「クソクソクソッ!」
壊れなかったのは不幸中の幸いだが、メガネの曇りがまだ晴れない! 山積みの雪の上をずりずりとずり落ち、視界不良のままスモーク越しの色彩だけで鳳落をサーチする。まだ光芒は虹色に縁どられたままだ。
「……ッ!」
黒い髪に白いショール、真っ赤に赤熱する剛腕。焦点がすぐ目の前で結ばれる。
「マァウッ!」
「ガアア!?」
真っ白なメガネの外側を背後から目の前へ抜けていく氷の礫。ようやく背中が雪を抜けた。山積みの雪の中に残された鳳落は体温で一気に蒸発させ、爆発的に体積が増したH2Oが上空で結露して白い噴煙を作る。
「ファッキン!」
メガネを親指で拭うと汗か溶けた雪か、細く水の軌跡が残る。カラオケ屋、割烹、バス停……。レンズ越しに次に次にフォーカスを合わせ、目を細めると狭まった世界に遠近感の湧かないまつ毛の先端。靴の感触で雪の少ない場所を探す。強力な照明を直視してしまった! 瞬きのたびに歪な白い光に視界の一部を塗りつぶされてしまう。バチッ。握った右手に電撃のエネルギーを溜め、左手を突き出して指先をピント調節の導にし、不完全な視界の三角関数の方程式はより複雑かつ精密に演算されていく。
「それよそれ! フジ・カケルってそういうキャラよ! 野獣でも高貴でもない、俗! 臆病の中に宿る、起死回生を願う目! 狂気じゃなければ、もちろん高貴でもない。殴らないでくれ。痛くしないでくれ。カッコ悪くさせないでくれ。出来れば見逃してくれ。誰か助けてくれ。その潔いほどマイナスのガッツに、ずる賢さ。ようやく力が伴った。ジェイドやレイにならなくても力は得られる。畏れなさい。正しく自分を畏れて……強くなりなさい」
煉獄が剛腕の形となって迫りくる。フジの心を浄化していく炎だ。
「セアアアッ!」
これも入ったァ! フジは自分の心がまた一つの変化を遂げていることに気付いた。まず怒りを燃やし、狂気に陥り、ジェイドへの畏れに飲み込まれ……。そして鳳落の言葉でまた平常の「フジ・カケル」に戻ってきた。あのままでは勝てないと絶望に覆われていた「フジ・カケル」に。しかし通用している! XYZとの戦いと同じだ。
「ガアッ!」
鳳落はお手本通りのローキック、しかし長身の鳳落の横薙ぎの蹴りは当たればフジの骨盤を割っていただろう。上空に作り出したバリアーの吊革に捕まってキックを躱し、アクロバットの蹴りを横っ面に見舞うと銀嶺の脳内に雪崩が起きる。
「シ……」
この敵はもう手を抜いていない。手抜きをされている、最終的に偽ジェイドをどうにかしてもらえると思っている、そんな舐めプはもう感じ取れない。憎への揺れが少し収まる。
狂気に陥らずとも、手の中にあったカードで通用し、自分の力への不信を少しは払拭できる。愛への揺れが少し収まる。
白く細い道を歩く足取りは少しずつ安定する。
「これで最後だ」
ここまでで最大の雷が落ち、迸る稲妻がよりフジのオーラと密に混ざり合って共振し一体化する。駅のガラスも雪と湯気で鏡としての機能がもう働いていないためフジ自身には見ることは出来ないが、最早これは今までのオーバー・Dとは違う!
今度は確実な危機感として鳳落の脳に警告が発せられる。もうこいつに期待するだとか願うだとか、そんな悠長なことは言っていられない。……死? それすら視野に入る。
もう自分は終わった人間。罪を背負い、年齢的にも主役は若い世代……。例えば碧沈花やフジ・カケルに託す年齢になった、だとかで丸くなったような気や諦念に似た何かで心が勢いを失いつつあった。もう一度鳳落も燃え上がる。託す、任せる。そういった上から目線ではない。ここを凌げないと、死ぬ。
「さすらいの星クズは……」
“新潟米コシヒカリ(特別栽培米) アルティメットごはん”
『点線までフィルムをはがし、以下の時間を目安に加熱してください。』
『500W・600W 1分40秒』
『700W 1分10秒』
『1000W 50秒』
「ジゴワットの輝きだぁあああ!」
新潟県糸魚川市在住、波川雅(19歳)。残念ながら本日は母が忘年会に行っているため晩飯はとりあえず高級パックご飯のレンチンから。猫まんまにするか? それとも中学時代の英語の先生が言っていた「温かいご飯にバターと醤油をかけたものは宇宙一美味い。ロンドンでバター醤油ご飯の屋台をやれば金持ちになれる」までのバター醤油ご飯? 賞味期限がギリギリの卵があったかな、じゃあチャーハンも選択肢だ。とりあえずご飯が温まらないと始まらない。
ペリッと蓋を少し剥がしてレンジにセット。そしてグリッとダイヤルを回す。
始まった始まった、レトルトでも十分な米どころ新潟の銀シャリ完成まであと……。
「セエエエアッ!」
「モアア!?」
フジのショートフックが鳳落の顔面を捉え、鳳落のブルーライトカットダテメガネに通電して火傷を起こす。煤が焼き付いたレンズは砕け散り、青みがかった雪は実際の吹雪と脳内に散る銀粉が積もって一面の銀世界へ。
銀シャリ! レンジ内を一周してもわん、と蒸気を吹く。……青ネギ! あればやはりチャーハンか!?
「バアーッ!」
「シ……セエアッ!」
通じた! ゴア族カンフー守りの奥義! 上向いてきたフジの調子、ピークを越えて具体的な終わりが見えてきた鳳落のコンディション……。守りの奥義で逸らした鳳落の腕を地面に流し、下がってきた膝を踏み台に銀嶺を駆け上って顔面に、膝!
銀シャリ!! このかおりだァーッ! 炊飯器にも負けていない! 雅のお腹と頭はご飯の持つ無限の可能性と食欲でパンク寸前だ! もうじき出来上がる。チーンの音が待ちきれない!
「時間がない……。俺はこのままだとお前さんに勝つ」
「ええ、そうね」
鳳落はお上品に血交じりの唾をハンカチに吐き出してキッと鋭い眼差しを向ける。鳳落も目が覚めた。もう打算はない。一石二鳥は狙わらない。つまりフジを強くする贖罪の鳥、もう一羽は沈花を止めてほしいという願いの鳥。だが必然的に、どちらか一方を手にすればもう一羽も同時に手に入る。
銀シャリ!!! 電子レンジ内に水滴。パンパンに膨らんだ食欲と蒸気、ふっくらお米! キリキリキリとダイヤルの戻る音まで聞こえそうだ。
「シエアッ!」
世界に一つだけのドロップキックが決まっていくぅ! 路上に噴き出る融雪用水でシャーベット状になった雪を滑り、鳳落は雁木の下まで飛ばされた。
フジ・カケルが構えた。左手を前に突き出し、右手を大きく引いている。その右手に目も眩む強烈な電撃が迸った。粉雪、氷の礫、水蒸気。そういったものがスモークとなり、右手を光源とする後光でシルエットのみになったフジ・カケルの姿をくっきり映し出す。
「何故躊躇うの?」
「いざやってみると、本当にこのままお前さんに勝っていい俺であるかはいささか疑問だ」
「いいんじゃない? 今のアナタなら。五分前ならダメだった」
「何のために勝ったと言える?」
「じゃあ胸を張って言いなさい、あのかわい子ちゃんのために、と。君のために勝ったんだ、と」
「なるほど、それでいいのかもな。そんなセリフで浮くような歯ももう今は少し減ってるしな」
「さぁ、やりなさい」
「……っ」
「やりなさい!」
「あああ、ダメだ! 畜生がッ!」
銀シャリ!!!! 銀シャリ!!!!
「いいか! 俺が今からやることはなぁ……。お前の言うかわい子ちゃんへの誕生日プレゼントでクリスマスプレゼントだ! あいつが言ったんだ。併用しろってなぁ! 俺が今から使う技は! 今まで出来なかったバリアーとオーバー・Dの併用だ!」
「何?」
「ただし制限時間は三秒! 三秒経った時点で感性が勝っていればバリアーが残ってオーバー・Dが消える! バカが勝っていればオーバー・Dが残ってバリアーが消える! 三秒だけだ! この三秒で俺はバリアーの槍をぶん投げる。狙う、構える、投げるを三秒で行う。命中率は悪いが威力はΔの比にならねぇ。教えてやれ、この情報を!」
「そう。ありがとね」
そうか、フジ・カケル。この技で沈花と戦ってくれるのか。
銀シャリ!!!!! 電子レンジがついに暗転。
「礼を言いたいのはこっちの方だ。時間がねぇ。あばよ。あんたは確かに偉人だったぜ。……三秒だ。これこそが俺の……オーバードライブする感性、名は……。時間だ。セエエエアッ!」
チーン。
「うっはぁあああ!!! 銀シャリ! わたしの銀シャリ! 一粒一粒にほおずりしたいよぉ! どうやって食べようかな? チャーハンがいい? せっかく炊き上がったのにチャーハンなんてもったいないかな? 冷えた麦茶でお茶漬けなんて自分が許せないわ!! ああもうダメ! このままいただきまぁす! ……うっまぁーっ! 柚木先生の言ってたことなんて大ウソだわっ!! 銀シャリこのままでだってロンドンでは屋台を出せるわよ! そう! もしOASISが再結成してニューアルバムを出すって言っても銀シャリの方が売れるわ! ビートルズのホワイトアルバムよりもイギリス人の中では銀シャリの白になるってくらいの圧倒的白米力! ギャバーッ!! マンチェスターユナイテッドvsチェルシーの試合でもこの銀シャリを食べたらオールドトラフォードが白くなるわ! ぐはーっ! あっつあつ! お母さん、今日留守にしてくれてありがとう! あああもう手が止まらないわ! これをもう一パック……。食べて太っちゃうならもういいかなぁ!? なんにでも出来そう! チャーハン! お茶漬け! 猫まんま! ふりかけ! カレーもよし! あああもう今からヒスイ王国館のお土産コーナーで“バスセンターのカレー”買ってきちゃおうかしら!? ああぁん、もう変な声が出ちゃう~!! ごちそうさまでしたぁ!」