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アブソリュート・トラッシュ  作者: 三篠森・N
第1章 さすらいの星クズ
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第10話 アブソリュート・アッシュ

 幾分人の少なくなった東京。富山県と東京湾に出現した異形の龍。天を裂いた緑色の光線に、謎の大爆発。そして土塊の魔王GOD。それらが現れたのはほんの数分だったが、人々を怯えさせるには十分だった。東京を離れ、地方に逃げる人も多い。休みになる学校、会社も少なくない。一方で、生活や習慣を捨てきれず東京で暮らし続ける者もいる。毎日いきなりステーキでリブロース五〇〇グラムのランチを食べてブログにアップするとかそういうことをやっている人間、ローカル局の電波の重なりで今の場所から離れるとアニメの再放送のローテーションが崩れてしまう人間、怪獣に襲われて死んでも自らの人生はそういう運命だったと受け入れる人間……。いつまで東京を離れずに過ごせるかをチキンレースのように競う者もいる。

 もう怪獣は現れないのでは? そう考えている者もいる。楽観なのではない。もしゴア族の目的が不死身のGOD細胞の移植によるロードの復活なら、GODをまるごと持っていったゴア族の目的は果たされたのでは?


「おい前見て歩けガキ」


「ごめんなさい」


 寿ユキ、いや、アブソリュート・ジェイドは歩きスマホをしていて毎日いきなりステーキでリブロースを五〇〇グラム食べる巨漢にぶつかってしまった。通信アプリの相手は、寿ユキ。自らの姿を快く貸してくれたかつての相棒だ。新撰組マニアが高じ、新撰組マンガを描いていた寿ユキは、大学進学と同時に高幡不動で独り暮らしを始めたのだ。ならば、高幡不動だけは絶対に守る。守るものがあればアブソリュートの戦士はより強くなる!


「……」


 絶対にゴア族はもう一度やってくる。自分を倒しに。




 〇




「ヨシダさぁん」


 オタサーの会室で黄ばんだ古文書の写しを読んでいた鼎は、ピカチュウの大きなぬいぐるみをギュッと抱きかかえて上目遣いでヨシダに視線を送る。


「ヨシダさんは逃げないの?」


「ワタシは埼玉生まれですからな。ナカムラさんは兵庫、ミヤネさんや愛知が地元ですが、今、東京を離れるドアホはこのサークルにはいませんぞ。もっとも、今はみんなカメラを持って東京中徘徊してますが」


「そうなの?」


「“超常現象研究会”ですぞ? 信じられないかもしれないですが」


「そだね。ヨシダさん、GODって知ってる?」


「破壊神GODですな。もちろん。先日、東京湾に現れたと言われていますな。ネットにはそれを証明する動画も存在し、政府ははぐらかしてますが“超常現象研究会”のエビデンスとしては十分ですぞ。よく似ていますな」


「似てる?」


「マグナイトですよ。アブソリュートミリオンの最強にして最後の敵マグナイト。GODは怨念を吸収して怒りに変える不死身の存在。霊体エネルギーで生物に憑依し、ダメージを受ける度にそれに対する免疫を作り、憑依した生物の細胞を不死身に書き換える。今回のGODは、五〇年前にミリオンに倒されて死んだマグナイトに憑依し、五〇年かけてやっと動けるまでに再生したのでしょう。だから五〇年もかかった。東京は怨念に溢れている。龍脈やマナとの関係性も深いですな。経絡秘孔のようなものですよ。アタァッ」


「そこまでわかっててなんで逃げないの? GODはマグナイトより強いかもしれないんでしょ? ミリオンはもういないよ?」


「誰が倒すかなんて知りませんよ。わからないからいいんです。“超常現象研究会”ですから! GODにマグナイトに巨大な龍! こんなことが東京で起きていたら、ワタシが種子島在住でも手漕ぎボートで上京しますぞ! 明日死ぬとしても、地球が滅びるとしてもね」


 ヨシダは飲み終わったドクターペッパーのペットボトルのラベルを剥がし、キャップを外し、それぞれ不燃ゴミ、プラゴミ、リサイクルに分別した。


「そだねぇ。ヨシダさん、このぬいぐるみあげるね。わたしもゴミの分別をしなきゃ」


 鼎はヨシダの顔にムニュっとぬいぐるみを押し付け、今度は攣らないように準備運動をしてから大学から駆け出した。


「フゥジィィィイイイ!!!!!」


 そして東京都練馬区の六畳一間の扉をマンガのヤクザ借金取りのように激しくノックする。反応はない。だが、扉に耳を当てると幽かに女性の卑猥な喘ぎ声と電子レンジが稼働するブーンという音がする。


「みなさぁん! この部屋に住んでる人、アブソリュートミリオンの息子でぇす!」


「やめろ」


 ようやく扉が開き、薄手のTシャツ一枚でイヤホンを耳に掛け、なんだか切迫している様子のフジが現れる。


「マジでなんなんだよお前さんこれ……。マジでヌキウチだなこれもう!」


「お邪魔します!」


 バスケットボールならファウルを取られるほどのチャージでフジを押し、部屋の扉を閉めた。


「これ見た?」


 鼎のスマホに映っているのは、東京の上空に小さなネズミ花火が現れ、そのサークルがゆっくりを回りながらどんどん大きくなっていく様子だ。今、ネット上にはこの動画があふれている。テレビもそうだ。鼎がテレビのリモコンを押すと、お昼の番組で東京上空のサークルの生中継をやっている。


「なんとかして!」


「ナントカシテ?」


「あんたはアブソリュートミリオンの息子でしょう!?」


「知らねーよ。ゴア族のジジイからは何も連絡はねぇぜ。姉貴からもな」


「ゴア族のジジイ? どういうこと?」


「取引さ。俺に力を貸してほしいやつは、相手より金を出せとそう言った」


「あんたどこまでクズなのよ……。シスコン! あんた、お姉さんに認めてほしかったのね!? お姉さんに競り落としてもらいたかった! でもあんた、お姉さんに勝てないじゃない! ゴア族があんたを雇う理由はないわ! お姉さんもあんたより強い! 雇う意味はない!」


「なら、姉貴がどうにかするだろ」


「一千万円ある。わたしがあんたを雇う!」


「勘違いするなよ。それは俺の一千万だ」


「じゃあ十五万よ! 言ったわよね!? わたしを宇宙風俗や宇宙AVに売ってもせいぜい十五万だって! その十五万!」


「はした金だな。ケツ拭いたら終いだぜ」


「それでも、お姉さんを助けて。フジ。あんた、このままでいいの? お姉さんが勝てたとして、あんたはのうのうと地球で雑魚を相手にしながら“無敵”とか言うの? お姉さんが負けて地球が滅ぼされたらあんたはどうするの? 次の星を見つけてそこでまた同じことを繰り返すの!? そんな風にして食う飯は美味い!? そんなエロ本を楽しめる!?」


「お前さんの知ったことじゃねぇ」


「ビビるな、フジ! あんたがいなかったら、わたしは何度も死んでた! 責任持ちなさいよ!地球人ダイスキなんでしょ!?」


 にわかにテレビの向こう側が騒がしくなった。上空のサークルから、細長い三対の翼、両目に黒い包帯を巻き、歯がむき出しになったゴア族の特徴を持つ黒衣の大巨人が降臨したのだ。しかもその両腕は、蛇のようにしなやかに伸び、先日フジに倒された異形の龍・サウザンXの左右の首が移植されている。そして左右の首を共振させ、悪意に満ちた波動を放つ。ビルのガラスが木っ端みじんに弾け飛び、足元の車の防犯装置が作動して無機物まで悲鳴を上げた。


「あぁーっと大変なことが起こりました! 侵略者です! 雪の東京に大変なことが……。雪? 今は五月ですよね?」


 画面がお天気カメラに切り替わる。雲一つない東京の空に粉雪が舞い、お台場で渦を巻く。レインボーブリッジ付近は猛吹雪となり、お天気カメラでは何が起きているかわからない。だが、お台場にいた人々のスマホのカメラは捉えていた! 吹雪の中心に浮かび、右手に赤いフレームのメガネを持ち、左目に左掌を当てる小柄な少女の姿を!


「テアァアアア!!!」


 寿ユキの左掌から特殊な波長の光が左目に直接照射され、吹雪の繭の中から氷の鱗粉を撒いて巨大な翅が伸びる。翅には大型のチョウやガが天敵を威嚇する目玉模様のような雪の結晶が掲げられ、振袖の意匠がある純白の衣に包まれる三十六メートルの白銀の大巨人に変身した。突然の東京氷河期にスタジオの白髪のパネラーが目を丸くする。


「出たなアブソリュート・ジェイド」


「その声は外庭数」


 ドス黒い異形の侵略者と白銀の戦士が相まみえる。


「私はもう外庭数でも族長でもない。GODの細胞をロードに移植した私は、とても簡単なことに気が付いた。私だけがこの不死身の細胞を使えればいいのだと。ロードの体、サウザンの超能力、GODの生命力、そして私のこの頭脳。ゴア族は、この新しい生命……。メガサウザンの誕生によって終焉を迎えた。私だけがこの力を手にしていればいい! ロードやGODのような心のないバケモノは必要ない。相対性理論を知っているかね? この体になるために、時間の流れが……」


「どうでもいい。やはりあなたとは話が合わない」


「地球と君に用があってね」


「用?」


「この星のGODを返しに来た」


 上空のポータルから約3万tの肉塊が投下される。地球のGODであるその肉塊は、既に虫の息であるが“不死身”の性質上、未だに怨念につき動かされ蠢動を続ける。


「グワァーハッハッハッハ!」


「この外道……」


「お前の大切なものは何だ?」


「未来」


「そうか。やはり話が合わないな。私にとっては力! あとやはり私の気が済まないから、死んでくれ」


 メガサウザンの両手からの悪の波動を氷の翅で起こした吹雪で相殺する。お天気カメラが激しく振動し、東京湾の海面が激しく波打った。


「テアーッ!」


「グワッハ!」


 これ以上波動は使わせたくないとジェイドは判断した。それにメガサウザンのあの腕では殴り合いは不利と見た。距離を詰めて接近戦が始める。しかしメガサウザンは両腕を縮めて殴り合いにお誂え向きの長さに調整し、野坂昭如と大島渚を思い出す荒々しい殴り合いを展開する。


「あんたはテレビで観てるだけなの!?」


「もう決まったろ。姉貴のあのカッコ。あれは強化形態“スノウブレイブ”だ。あれなら助太刀はいらねぇし、“スノウブレイブ”が負けるんなら俺にもどうにも出来ねぇよ」


 テレビの向こう側で、ゴゴゴッと鈍い音を立て、ズダズタに切り刻まれたGODが立ち上がる。そして背中の岩礁が赤熱し、気温の上昇で氷の鱗粉が消えていく。GODの胸が膨れ上がる。熱した背中の岩礁から空気を吸い込んで体内で加熱し、肺をポンプにしてジェイド目掛けて高音のガスを吐きかけた。


「テェェェ!?」


 超高温でプラズマ化したガスは氷の鱗粉を蒸発させ、熱風に巻き込まれた瓦礫が火炎弾となり、身を守るジェイドの翅を貫いて火をつける。火炎に包まれたジェイドは東京湾に倒され、焼けただれた痛みに悶絶する。ジェイドのいる位置からVの字に火の海が広がった。


「グワーッハッハッハ!」


 メガサウザンの両腕の先端の頭が翅脈を乱暴に食いちぎり、太ももや胸に長い腕を這わせて締め上げ、中央の首が脇腹に噛みついた。


「畜生がッ! ……払えよ、十五万」


 フジは窓を開け、メガネを外した。視力の補助の他に、意図せぬ変身を防ぐため、特定の光を遮るメガネだ。

 裸眼に左の掌から照射される特殊な波長の光を当てることで、彼は本来の姿アブソリュート・アッシュに変身する。

 そして初めて裸眼で見る鼎に向けて人差し指を何度もつきつける。こんな顔か。ここ最近、ずっと一緒にいたのは、こんな顔か。


「十五万! もしくは……。一発ヤらしてくれ」


 バチィン! 鼎が両掌でフジの顔を挟み、顔と顔を向き合わせる。いくら目を動かしても絶対にお互いの顔が見える。


「わたしの初めてあげる」


「ハッ……。じゃあちょっくらやってくるか! “正義の味方”をよぉ!」


 ベランダの外にバリアーの足場を作って飛び乗り、高度を上げる。


「……。チックショウがァァァーーーーー!!!!!」


 直視しちゃダメだった……。赤面しながら、恥ずかしさをごまかすように戦場に向けてどんどん加速する! 遥か東には、爆炎、雪原……。周囲の景色が見えなくなる。あまりの速度で景色が後方に流れるだけの線になってしまったのだ。新宿の上空を通過したあたりで、フジは左手を左目にかざした。その瞬間、東京の上空に稲妻のヒビが入った。


「セアァッ!」


 三十九メートルの大巨人が超高速のバリアーの上で宙返り! 乗り捨てられたバリアーの板は、姉を辱め、食らいつく凶暴なキメラの腹部を直撃! 勢いのまま千葉の東京テーマパークまで吹き飛ばす!


「セェ……」


 そして姉の斜め前に着地し、彼女を直視しないまま後方に左手を差し出した。アブソリュート・ジェイドは弟の手を握って立ち上がり、氷の翅を再生させ、再びジェイドセイバーを構えた。


「くたばってんじゃねぇぞ姉貴」


「こんな熱い展開、死んでる場合じゃあないわね、アッシュ」


「そう……。俺の名はアッシュ。アブソリュート・アッシュ! さすらいの星クズは、ジゴワットの輝きだ!」


 歩くだけで大地を割る紺青の巨大な足! 両足の外側から胸に向かって伸びる(シルバー)のライン! そのラインは、アブソリュートの戦士を象徴する胸のランプに集束する。胸から肩にかけては伝説の戦士と同じ鈍色のプロテクター! 金色に輝くいかつい切れ長の目、頭頂部から後頭部にかけ、三枚の刃がトサカのように生えている。


「な……。あれは……。アブソリュートミリオン!?」


「いや、瓜二つだが、僅かに違いがある。別人のようだ」


「だがたまらんなぁ! 五十年前と同じだ! いや、二人も!」


 生放送のキャスターが熱狂する。SNSにも、東京方面、千葉方面、ありとあらゆる方向から、二人並んだ戦士の雄姿がアップロードされる。


「フッ……。とうとうしちまったぜ、変身。もぉう俺って本当にバカ……。どうせ変身するんならゴア族のジジイと優等生の姉貴を競わせるんじゃなくて、オモチャ会社に新作の武器でも売り込んどくんだったなぁ!」


「クズめ」


 メガサウザンが空に舞い上がり、両腕を再び伸長させて共鳴させ、悪の波動をチャージする。


「おいジジイ。その手はどうした? もうお一人でやらねぇのか? 性欲も老いたか? っていうか今のお前の性欲の対象って何? ゴア族? それともドラゴンか?」


「アブソリュートの恥さらしが!」


 こんなガキがアブソリュートだと? 外庭は徐々に頭に血を昇らせる。かつて、アブソリュートのレジェンドに敗れたゴア族。レジェンドだから負けても仕方がないと思えた。しかしこのガキはどうだ? 品性のかけらもない。一方で、こちらならまだ……。なんとか納得がいく。


「ネフェリウム光線!」


「グワッハ!」


 ネフェリウム光線の構えを観た時点で外庭はポータルを展開、自分とジェイドの間にGODを落とし、盾とする。ヒスイの光線に貫かれた土塊の魔王の岩石のような皮膚とマグマのような血液が飛散する。しかしGODを怒らせるだけだったようだ。GODを盾にすることでネフェリウム光線を防ぐのには成功したものの、GODの方向の調整までは一瞬では不可能だった。背中にネフェリウム光線を受け逆上したGODはまた背中を赤熱させ、眼前の外庭に憎しみの視線を送る。


「消えてろ!」


 再びGODをポータルで転送する。しかしGODはジェイドの攻撃にすら耐える盾になることはわかった。転送先は少し離れた海の中。いつでも呼び寄せて身代わりに出来る。その転送成功の証拠に、東京湾で海水が突沸し、蒸気を巻き上げて大量の赤潮を発生させた。ようやく目の前の品性のないが気がクリアになる。最大の邪魔者も海の底だ。


「それで、君があのアブソリュートミリオンの次男か」


「ヘヘーン。セアッ!」


 片手で展開したバリアーが悪の波動を簡単に消滅させる。お返しにバリアーの円盤を二枚投げたが、サウザンの両の首が噛み砕く!


「少しはマシになったな」


 アッシュが石臼を挽くように両手で円を描くと浮遊するメガサウザンの周囲にフラフープのようにバリアーの円が出現、急激に半径を縮め、翼と腕をチャーシューのように肉を食いこませ締め上げる!


「セアッ!」


 バリアーの階段を一段飛ばしで駆け上がり、顔面を膝で蹴り上げる! メガサウザンの歯が折れ、テーマパークのお姫様キャッスルに突き刺さった。メガサウザンも不倫報道の際に何度も流された三田村邦彦の阿波踊りのようによろめき、歯を食いしばった。


「足だけで十分だな!」


 次々に足場を作り出し、束縛したメガサウザンの周囲を縦横無尽にステップしながら蹴りを入れ、踏みつけ、いたぶりつくす。初撃の膝以外、大きなダメージは見られないが、この状況は一方的!


「セエッ!」


 上空から加速をつけて蹴り落とし、六枚の翼にバリアーのピンを突き刺して昆虫採集の標本のようにする。そしてメガサウザンの側頭部を踏みつけ、地面にグリグリした。流星群は落とせない! 今、流星群を降らせると自分にも当たる! アッシュの攻撃は軽いが、流星群の誤射は命取りだ。しかもこのガキは流星群を使えないポジショニングを外さない。


「グッワ……」


「ハァ……。イエーイ。スポンサー待ってまーす。慈善事業じゃねぇんだよ。タダと思うな」


 そして自分にカメラを向ける千葉の東京テーマパークの客たちにピースサインを見せてやる。


「アッシュ! 調子に乗っちゃダメ! GODが来るわ」


「GODが来るだァ?」


 血液混じりの海水を引き摺ったGODが上陸し、背びれを加熱させて海水を蒸発させ、胸いっぱいに空気を吸い込む。瓦礫や車がGODに吸い寄せられていく! そして凶暴な犬歯の先端を真っ赤に染め、高温のガスがアブソリュート・アッシュに向けられた。


「頑張れジジイ。いや無理だな! 熱ぃ!」


 アッシュはメガサウザンの翼を引きちぎり、喉を掴んで熱風からの身代わりにする。メガサウザンの背中の肉が沸騰する。しかし指向性の代わりに流動性豊な熱風はメガサウザンの体から拡散してアッシュを襲い、足元に燃え広がって被害を広げる。


「じゃあこうだ」


「グワァー!?」


 メガサウザンの腹を前蹴りで吹っ飛ばしてGODに叩きつけ、上空から空洞のピラミッド状の特大のバリアーでGODとサウザンを覆いつくす! 即座にピラミッド内が熱風と黒煙で満たされ、肉の焦げるにおいが充満する。


「葛西臨海公園が近いのかな? どうしちまおうかこのバーベキュー」


 ジェイドの目、そして脳が告げる。アブソリュート・アッシュは見くびれない! 自分の氷の翅を簡単に貫いたGODの熱風を封じ込める強度のバリアー! バリアーという素材を自由自在、自由奔放、奇想天外に使いこなす柔軟さ! 初代アブソリュートマンやアブソリュート・ホープ、そしてジェイド自身もバリアーは使用できるが、ここまでバリアーの扱いに特化した器用な戦士はいない! 地球での暮らしを満喫し、便利な“形”を学習してきた賜物なのだろう。他の星で武者修行を積んだ戦士は多くいるが、アブソリュートの義務教育からここまで劇的に変化したのはアッシュぐらいだ。きっと守るべきものを見出したのだ。やはり、アッシュもアブソリュートの戦士なのだ。

 アッシュがバリアーを解除すると、蒸し焼きなんてレベルじゃない熱風に閉じ込められたメガサウザンは影も形もなく焼き尽くされ、蒸発していた。GODだけは微動だにしない小さな消し炭になって残っていたが、まだ微かに生命の波動を感じる。これだけやってもまだGODは死なないのだ。だが、GODにこれだけのダメージを与えられるのはGODのみだっただろう。


「姉貴」


「何?」


「姉貴は確か“癒し”の力を持ってるだろ? 残りの力、全部それに注ぎこんじまえ。GODを治すんだ。何も免疫のない、活動再開するまでそうだな……今二十歳くらいの人間が絶対に生きてない未来までかかるくらいの体にな。そいつはきっと殺せねぇし」


「そうね。GODは本来、星に必要な存在……。サクリファイスがそう言っていた」


「あんなのが言ってたことを信じるのか?」


「彼女の言うことを信じるわ。信じれば、その治療すらもわたしたちには出過ぎた真似。でも、どこかに移さなきゃ。GODが復活しても、暴走しても大丈夫。地球には、あなたがいる」


「ヘェ、アザース。じゃあ、用があるんで。あ、ちょっと待て」


 アッシュは一飛びで品川に着地、一つのシャレオツなビルを覗き込んだ。避難しているので中には誰もいない。ビルのフロア案内板を覗き込む。


 1F アンティーク水原

 2F 烏丸ジム

 3F 陣内塾

 4F 小林商事

 5F オフィス・リーベルト


「五階だけでいいか。セアッ!」


 五階のオフィス・リーベルトの窓から人差し指を突っ込み、鈎針にして中のパソコンや観葉植物を根こそぎかきだした。オフィス・リーベルトが何をしたというのか!? ゴア族の残党がいたのだろうか? 結論から言うといない。しかし、フジが通っていた中野のキャバクラのフウカちゃんがこんなことを言っていた。


「わたし、OLとキャバ嬢の兼業なの。でも最近はキャバ嬢で十分稼げてる。フジさんもいるしね。あぁ~あ。もう会社に行きたくないなぁ」


「へぇ、そう。なんて会社?」


「品川にあるオフィス・リーベルトっていう事務所なんだけど」


 よかったな、フウカちゃん。しばらくは会社に行かなくて済むぞ。


「何をしてるのアッシュ!」


「野暮用」


 バチィ。テレビの電源を切るように、身長三十九メートルのアブソリュート・アッシュは身長一七四センチのフジ・カケルの姿へ、身長三十六メートルのアブソリュート・ジェイドは身長一五三センチの寿ユキへと戻る。しかしフジは姉からの握手をドライに拒否し、バリアーの板に乗って西の空に消えていった。ユキもポータルを開き、消し炭になったGODをどこか安全な、弄ばれない場所へと移動させる。


「……ハァ」


 東京湾に来た時以上のスピードで東京23区北西の果て練馬区に戻ってきたフジは、まずコンビニでエナジードリンクを二本飲みほした。


「……ハァ」


 続いてアルコール度数九%のストロングな酒のレモン味を二本飲みほした。


「……ハァ」


 落ち着かない様子でタバコに火をつけ、コンビニで買ったゴム製のグッズを見る。

 数メートルの厚さのバリアーでGODの熱風、サウザンのエネルギー弾、ジェイドのネフェリウム光線さえ防いできたが、今のフジには〇.〇一ミリが必要になる。

 だがこのフジ・カケル。女好きではあったが、女性と肌を合わせて関係を持ったことはなかった。鼎のいる部屋に帰れねぇ……。自分が作り出す障壁以上に何か堅牢なものがあるように思える。GODにもメガサウザンにもビビらないが、裸眼で見た鼎にはビビってしまった……。

 バリアーの足場を上昇させ、自室である201号室の高さまで上がる。窓を挟んで、何もせず体育座りしていた鼎と視線があってしまった。鼎の顎がどんどん上がる。フジが上昇を止めないのだ。


「フジ!? どこ行くの!?」


「もしもし親父!? なんか急用ねぇかな!? すぐそっちに帰らなきゃいけないぐらいの! 畜生が……。チクショウがァー!」


「フジィ……。あんたやっぱりクズね! この、クズ野郎! 待ちなさいフジ! フジ・カケル! アブソリュート・アッシュ!」


「……いや、違う。俺はクズだ畜生! ここまで来て俺は、俺はダメだ……。究極のクズ。アブソリュート・トラッシュだった! 女に恥かかすなんて……。そうだ、お前はオタサーの姫のままでいろ。そうだ。それがいい! すまん! じゃあな!」

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