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アンジェリカが姿を現さない事情

 朝食が一段落したところで、侯爵の眼が空席に注がれた。

「ところでクヴァイン」

「はい、なんでしょう」

「我が娘アンジェリカはどうしたのかね? 昨日の、ティムズ伯爵主催の舞踏会には夫婦そろって出ただろう?」

 はい、と、クヴァインは頷く。

「裏門のところにギィズさんがいまして……馬車から降りるなり二人でどこかへ出かけていきました。夜半過ぎに見た時は離れに明かりが灯っていたので、そちらで休憩しているのでは……」

 はああ、と、侯爵がため息をつき、侯爵夫人はきゅっと拳を握った。

「新婚だというのに……なんて子かしら。夫を放り出して愛人と朝寝だなんてはしたない。たたき起こしてまいりましょう」

 眉を吊り上げてすっくと立ちあがる夫人を、クヴァインはやんわりと留める。

「母上、いまはそっとしておきましょう」

「しかし!」

「アンジェリカ嬢の自由にさせてあげたいのです。ぼくとの結婚は望まない結婚なのですから……いられるときは、愛する人と一緒にいたいものでしょう?」

 ふたりは、いわゆる契約結婚である。

 それぞれに『事情』があり、両家の利害関係が一致したため、結婚した。

 互いに見知らぬ仲ではない。社交界でそれなりに顔をあわせているし一緒にダンスを踊ったこともある。もちろん噂も把握しているため、クヴァインはアンジェリカにはギィズをはじめとした年上の恋人が何人もいることを承知で結婚した。結婚を発表したときに、恋人たちのほとんどがアンジェリカの元を去ったが、ギィズだけは残った。

 ただし表向きは、アンジェリカはギィズとも別れたことになっているが。

「クヴァイン、いくらなんでも我々は君に申し訳なくてね……」

 侯爵が心底申し訳なさそうな目でクヴァインを見たあと、頭を下げた。続いて夫人までもが頭を下げる。

「父上、母上、どうか頭をあげてください。ギィズさんは吟遊詩人ですからまた、数日でふらっと旅に出てしまうでしょう。それまでの短い蜜月です。そっとしておきましょう」

 ゆるゆると頭をあげた二人に向かって、ね、と、クヴァインは微笑む。そして夫人はしぶしぶ椅子に座りなおした。クヴァインがさっと手を挙げれば心得た執事が二人分の紅茶を持ってくる。これで夫人の機嫌は少し上向きになるだろう。

「それにしても……あの二人はいつになったら別れるのか……」

 侯爵が、香りのよい紅茶を飲みながら娘が愛人と閉じこもっている離れの方をちらりと見る。

「ギィズと閉じこもるのはいつもあの離れだな。いっそあの離れを取り壊してやろうか……」

「だめよ、あなた。あの離れは王家認定の重要文化財ですわよ。勝手に壊したら国王陛下が嘆かれます」

 そうだった、と、侯爵が肩を落とす。

「ぼくが見たところ、とても深く愛し合っているようですので、しばらくは引き離せないと思います」

「ああ、本当にすまない……いくら利害が一致したとはいえ、契約結婚はやめるべきだったのだ……」

 深く項垂れる侯爵の傍に、クヴァインはすっ飛んでいった。

「父上、聞いてください。ぼくは、ちっとも後悔していません。天使のようだと評判のラベージ侯爵ご夫妻が両親になった、こんな素敵な皆さんが家族だなんて、誇らしいですから」

 そうかね、と、侯爵が情けなさそうに言う。はい、と、クヴァインは侯爵の手を握った。

「ぼくの家は、呆れかえるほどの貧乏伯爵家、手を出した事業はすべて失敗、領地は失って久しく、使用人の一人も雇えず破れ屋敷も直せず、挙句、夜逃げすら失敗する有様、王家にさえ見捨てられそうになったそんな酷い家を助けてくださったご恩は一生忘れません」


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