ラベージ家の更なる事情
頃合いを見計らって、夫人が立ち上がった。
「さあ、皆も一緒に頂きましょう。席について」
執事をはじめとした使用人たちが全員、テーブルについた。もちろん、クヴァインも一緒だ。
「神に感謝の祈りを捧げましょう」
夫人のリードで食前の祈りが終わり、全員が一斉に食べ始めた。主人と使用人が同じ席に着き同じものを一斉に食べる――他家では絶対にありえない光景である。庶民でも、主とその他は別々のテーブルで別のものを食べるのが当たり前なのだ。
「一つ屋根の下に住むものは家族である。食事はできる限り同じものを、ともにとろうじゃないか」
というのが侯爵の考えなのだ。その甲斐あってか、ラベージ家は主従関係もよければ使用人同士も仲が良い。
そうこうしているうちに、侯爵が手元の書類や手紙を読み上げはじめた。
しかもそのうちのいくつかは皆に意見を聞く。それは時に、領地の運営に関わるものであったり王に意見する難しい案であったりするが、侯爵はそれを全員と共有する。
「さあ、忌憚なく意見を聞かせてくれ」
すると、はい、とあちこちから手が挙がり、活発な意見交換が行われるのだ。
この光景に、最近家族になったばかりのクヴァインはひどく驚いた。主人が使用人の意見を聞くなどあり得ない。主人は手短に命令を伝え使用人は黙ってそれに従う。クヴァインはそうやって生きてきたし、それについて何らかの考えをもった事すらなかった。
はじめてこの光景を目にしたクヴァインが「おかしいのでは!?」と思わず口走ったとき、
「驚くのもむりはないよ。この国では珍しい光景だろうからね。しかし、家族の意見を聞く、それの何がおかしいのかな?」
と、侯爵はそう言って笑った。
「そう言われると……おかしくはありませんね」
「だろう? とはいえ、わたしの考えはこの国では異質だ。無理に受け入れなくてもいいんだよ、クヴァイン」
「ですが、父上……家のしきたりに従うのが婿、嫁では?」
「君には君の生き方、歩いてきた道があるからそれを尊重するよ」
これにはクヴァイン、すっかり感動してしまった。お国柄、家柄とはいえ、父や兄の命令に無条件に従うことをよしとされ、クヴァインの意見や気持ちなど尊重されたことはなかった。
以来、実の両親を慕う以上に、侯爵夫妻を慕っている。
そんな彼、生家は武芸に秀でた名門シラントロ伯爵家、そこの次男である。
黄色に近い金髪に菫色の瞳の彼はシラントロ家の特徴であるらしく、肖像画のほとんどが金髪に菫色の瞳である。
そして軍人を多く輩出している家らしくたいていが屈強な体躯に強面が揃うシラントロ家にあってすらりと背が高く、しなやかなやせ型の体つき、人形かと思うほどに顔が整っているクヴァインはは、非常に珍しい容姿である。
おそらく、母方の祖母に似たのだろう。そんなクヴァインを兄弟たちは「優男」とバカにしているが、エリート軍人しか入ることが出来ない王立騎士団の正規メンバーであるのは、さすがシラントロ家の息子である。
その、文句のつけようのない従順で美形の青年は彼らの婿――しかも同居、なのである。
クヴァイン・デル・ラ・セルフィーユ・ラベージ=シラントロ、それが彼のフルネームである。
婿というからには娘と結婚しているはずなのだが、クヴァインの横に女性の姿はない。