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がむしゃらに伝えよう。


『キミに謝りたい。傷つけて、ごめん。キミのことが好きなんだ。フラれると思うけど、それはキミの目を見て、言わせて欲しい』




「うっわ、なんか言ってることがストーカー? ってか、恐っ」


「言いたいことを端的にまとめろって、先輩が言ったんじゃないですか」


「で、なんなの、ここ、この最後の部分っ」


花田先輩が、指をさす。


「『お心当たりのある方は駅員室まで』っっっって‼︎ 落し物かっ‼︎」


仰け反る先輩。


「だって携番晒すの、嫌じゃないですか。このみちゃんの名前も書けないし、」


その後、一週間。


駅員室でそわそわと待っていると。


一週間と一日目にして、ようやくトントンと控えめな音で、ドアがノックされた。


「はいっっっ‼︎」


僕は焦って立ち上がりテーブルを回り込もうとして、イスの脚に足を引っ掛けて倒したりしながら、ドアに駆け寄る。


動揺しすぎだろ、と背後で誰かの笑い声がしたが、そんなことはお構いなしで、僕はドアの取っ手に手を伸ばした。


ああ、どうか、このみちゃんでありますように。


これがもし、ニヤニヤといやらしい顔をした駅長だったら、ぶん殴ってやるからな‼︎


すると、ガッと先にドアが開いて、僕は顔を打ちそうになり、慌てて仰け反った。


「おい、佐藤。この傘、落し物だとよ」


そこには、ぽやんとした駅長の顔。


僕はその顔を見て、殴るどころか全身の力が抜けていくのを感じた。


✳︎✳︎✳︎


しかし、だ。奇跡が起こった、と言わせて欲しい。


僕が伝言板に僕の想いを書いてから二週間後、見慣れた制服に身を包み、カバンを抱えているその姿が目の前にあった。


仕事中の電車の中。車掌室の大きな窓の前。


(このみちゃんっ)


ドキッと身体が揺れた。


このみちゃんが、こっちを見ていて、ぺこっと頭を下げる。いつもより距離があるのは、やはり僕を警戒しているのだろう。


僕は慌てて、話し掛けた。


「このみちゃん、このみちゃん……」


何度も名前を呼ぶと、このみちゃんは周りを気にしながら、すすっと近づいて来てくれた。


こんなバカな僕のために、ちゃんと車掌室の窓に寄ってくれて、僕の顔をじっと見ていてくれる。


このみちゃんは瞳を揺らしながら不安そうな顔を浮かべていて、そんな顔をさせている僕は、彼女を傷つけてしまったあの時に戻って、自分をぶん殴りたい気持ちになった。


僕の顔なんてもう見たくなかったかもしれない。


けれど、このチャンスを逃したくもない。


深呼吸をしてから、このみちゃんを見る。彼女の視線は僕の唇に注がれているので、目は合わない。僕はそれでも、彼女を見て言った。


「この前はごめんね」


そして、あの日。このみちゃんが一生懸命に僕に向かってやってくれたのと同じジェスチャーを、僕も丁寧になぞっていった。


眉間をつまむようにしてから、手のひらを立てて下げる。


「ごめん、ごめんね」


僕が数回、繰り返すと、このみちゃんはふるふると顔を左右に振った。微笑んでくれてはいるが、その顔には哀しみが浮かんでいる。


慌てて僕は、唇と手とを使って、「キミが好きです」と伝えた。


こんな拙い手話で、僕の想いは本当に伝わるのだろうかと、心許なくなる。


けれど、もしこのみちゃんの耳が聞こえていたとして。ここで精一杯に愛の言葉を叫んだとしても、電車が線路の上を走る騒音にかき消されてしまって、僕の声は届かないのだ。


声も言葉も手話でさえ、がむしゃらに伝えようとしなければ、こんなにも無力なものなのだと悟った瞬間。


「キミのことが好きです、好きなんです」


何度でも言うぞと心を決め、二度、三度と告白をする。


僕は。


僕の唇とこの手で、キミに想いを伝えたい。どうしてでも、どうやってでも、伝えたい。


すると、このみちゃんは、いつもの笑顔でニコッと笑うと、人差し指と親指を丸くして、「オッケー」と唇を動かした。


(よっしゃあっっ)


僕は次第に速く動いていく心臓を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返し、そして、ありがとう、と言った。


✳︎✳︎✳︎


それから僕は、この春無事、大学生になったこのみちゃんに毎日、車掌室から、唇と手とを使って、自分の想いを伝えている。

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