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僕の心を君に届けたい。

空虚とは、こういうことを言うのだろうか。ぽっかりと空いた空間に、後悔の念がするすると入り込んでくる。


「あーあ、完全に俺が悪いよな。このみちゃんは悪くない。そうだよ、なんも悪くねぇんだよ」


ぶつぶつと独り言のように言っていると、同僚や先輩が背中や肩をポン、ポンと叩いていく。


僕の落ち込みようからいって、その後うわさの女子高生とどうなったのかは、一目瞭然なのだろう。僕の目の前には、供え物のように置かれていく数々のコーヒー缶。それを力なく、微糖、無糖、微糖、無糖と並べていくと、心が落ち着いてくるような気がするが、実際はそうでもない。


綺麗に一列に並べると、僕は、はあああっと大きな溜め息を吐いた。


「謝りたいけど、謝れない」


連絡先を知らない、というのもあるが、あれ以来このみちゃんに会えなくなった。他の時間帯の勤務に当たっている先輩に訊こうにも、このみちゃんの顔を知らないから分かるわけがないし、完全に避けられている気もする。


唯一僕と車掌業務を交替する花田先輩だけが、このみちゃんの顔を知っているのだが、ここ最近は全然見ないと言っていた。きっと、時間帯をずらして、通学しているのだろうと思う。


傷つけた。僕が彼女を傷つけた。


その事実が、迂闊にも背負い込んでしまった子泣き爺のように、重みを増していく。


「先輩は……その、知ってたんですか?」


緑茶のティーパックをガサガサと開けて湯呑みの中に突っ込みながら、花田先輩が答えた。


「はあ? 耳が聴こえないってこと?」


「そうですよ」


「名前書いて貰った時、そうかなとは思った」


「なんでそん時、言ってくれんかったんですか⁉︎」


「逆ギレかよ。みっともな」


「だって知ってたら、それなりに、」


言葉を遮るように、先輩が声を上げた。


「変わってたのかよ? 知ってたら、それでお前も態度変えんの? ださっ」


吐き捨てるように、言った。


僕は、並べたコーヒー缶の隣にあったチョコレート菓子を取ると、ガッと箱を破って、バリバリと食べ始めた。花田先輩がそんな僕の様子を見て、腰に腕を当てて呆れた顔を寄越す。


「おまえ、ちょっと自分勝手だぞ」


「自分勝手って、何すか⁉︎」


「だって、おまえが勝手に彼女に惚れて癒されてたわけだろ。それを耳が不自由ってのが分かった途端キレるってのが、意味わかんね」


ツーンと、花田先輩は駅員室を出ていった。


僕は、その言葉を反芻した。何度も何度も繰り返し、その度に落ち込んだ。


そうなのだ、分かっているんだ。


「そうだよ、俺が勝手にさあ、好きになったんだよ」


言葉にすると、何事も明確さを増す。


「キミに癒されてたんだ。笑った顔は可愛いし、仕草だって、」


キミはいつもニコニコしていて。僕の車内アナウンスも、すごいと言って、拍手してくれたんだ。


あの時、僕だって。キミの唇を読んだんじゃないか。


「はああああ、チクショやばい、ちゃんと謝りたい。もう一度、会いたいよおおお」


菓子箱をバタと倒しながら、机の上に突っ伏す。すると、背後のドアがバタンっと勢いよく開いて、花田先輩が僕の背中に声を掛けた。


「佐藤、お前のために俺が一肌脱いでやろう」


振り返ると、大きな黒板を抱えている。それは埃をかぶって真っ白になった脚つきの伝言板。


僕は捻じ曲げていた首を元に戻すと、はああああっと溜め息を吐いた。


✳︎✳︎✳︎


「すげえだろ、佐藤。昭和の時代はなあ、これが各駅に置いてあってだな。恋人や友達同士で、待ち合わせをしたんだとよ」


ふっと息を吹くと、ブワッと白い埃が舞った。


「うそだろーって思うよなあ。携帯なくて、どうやって待ち合わせするんだよっ。いまだ信じられんわ」


「はあ、で、これでどうすんですか?」


「このみちゃんは、我々の目をかいくぐってはいるが、学校には行ってるはずだろ? さあ佐藤、お前の心の内を書け。ちゃんと駅長にも許可とってやったから‼︎」


上から目線が鼻につくが、花田先輩は気にせず、濡れた雑巾で伝言板を綺麗に拭き上げていく。


「……そんなこと、恥ずかしくて死ぬ」


「はあ⁇ おまえ、恥ずかしさで死ぬのと、このみちゃんに会えずに死ぬのと、どっち取るんだよ?」


僕は、花田先輩によって少しずつ息を吹き返していく伝言板を改めて見た。


(このみちゃんを傷つけておいて、死ぬ、とか)


僕は手のひらを握った。


(どう考えたって、謝ってからだ……それからだろ)


「はいよ」


手渡されたチョークを握りしめる。どう書いたら、キミに届くのだろうか。僕は目を瞑った。


心だ。


僕の心をそのまま書けばいい。


手話でも文字でも、キミはごめんなさいと何度も言った。キミは真っ直ぐに、僕を見てくれた。


僕もそうあるべきなんだ。

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