君に恋をしているのは。
最近の駅員室では、僕が可愛い女子高生がいるのだと、つい口を滑らせてしまったのもあって、先輩の車掌や運転士に色々と冷やかされたりと、ちょっとしたネタになってそれが飛び交っている。
「いやいや、女子高生なんで。犯罪っすから……だから、狙ってませんって」
面倒なことになったなと苦笑しながらも、僕は彼女に会うのを楽しみにしていた。
同じ時間に、同じ駅から乗り、同じ駅で降りる。
駆け込み乗車は、あの最初の一度だけ。
あれ以来、彼女は早めに来ていてホームの後ろの方にあるベンチにちょこんと座り、電車を待つようになった。
少し早めに行けば、彼女に声を掛けられるのだろうが、そんなことをしていると、途端に乗客からクレームが付いてしまう。
僕はいつも、ベンチに座っている彼女にそっと手を振って、車掌室に乗り込んでいった。振り返ると、彼女も手を上げて、控えめに振っている。
(ちくしょう可愛すぎだろ)
ニヤニヤといやらしい顔をした交替の花田先輩に、「佐藤、おまえこのやろっ」と腕や脇腹をつつかれても、僕は平然とした顔を崩さないようにしていたのだが、あー今日も可愛いなあ、などと彼女が彼女でもないのに心の中ではデレていた。
彼女は読んでいた文庫本をバッグの中に仕舞うと、小走りで最後尾の車両に乗ってくる。そして最近は、車掌室の近くに立つと、僕の方へと覗き込んでくるようになった。じっと、顔を見られている。けれど僕が目を向けると、さっと視線を下げてしまう。
その仕草で、僕に興味を持ってくれていること、そしてそれは決して悪いものではないということが分かる。
けれど、それ以上はどうだろうか?僕に好意を持ってくれたりはしないだろうか?
(おまえなあ、女子高生だぞ。あんなにも可愛いんだから、彼氏ぐらいいるだろ)
窓一枚を挟んで彼女の頬が赤く染まっているように見えるのも、そうだといいなという僕の願望が見せる幻覚なのだろうと思って、それ以上は期待しないように自制したりしていた。
そんな浮き沈みを繰り返していたある日。駅員室で、おい佐藤、と声を掛けられ振り返る。
「見ろこれ。おまえのためにゲットしてきてやったぞ」
花田先輩が、一枚のメモ用紙をこれ見よがしに渡してくる。
「何ですか、これ?」
受け取って広げてみると、中に『梶田このみ 3年生』と丸っこい字で書いてある。
それでもう、僕は背後から蹴りを入れられたかのように、一気にげんなりとした。
「何だよ、その顔ー。なんか不満なのかよー」
先輩が、不服そうに口を尖らせる。
原因はあんたでしょ、勝手なことしやがって、と言いたいのを何とか抑えて言葉を飲み込むと、再度メモに視線を落とす。
なんだ、3年生か、じゃあ歳の差はそんなにねぇなと思うと、今度はじわじわと嬉しさが湧いてきた。
「なんだよー。嬉しいなら、最初から喜びゃ良いだろうに。メンドクセーやつだなあ」
合コンに行きまくってモテまくって、訊いちゃいねぇのにその戦果を寄越してくる憎たらしい先輩が、イケメンヘアの頭を手で整えながら、得意げな顔で駅員室から出ていく。
(俺よりあんたが気に入られちゃ、元も子もねぇだろっ)
再度、湧き上がってきた殺意を心の中に押し込めると、手の中のメモをポケットの中へと仕舞った。
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女子高生の名前をゲットしたからと言って、「このみちゃん」と気安く呼んでドン引きされたくないし、呼ぶ勇気もない僕は、いつものように軽く手を振ってから車掌室に乗り込む日常を崩さなかった。
車掌室から見る車内の景色は、とても興味深い。
頑固に眠った振りをするサラリーマン、スマホ片手に目まぐるしく指を動かす中高生、化粧に没頭する女性、立っている人がいても荷物を決して退けないおばさん連中。
確かに興味深いけれど、そんな負の車内を見ていると、心が荒んできて、折れそうになる時もある。
そんな時はお年寄りに席を譲ったりしているこのみちゃんを見て、僕は彼女の存在に救われるようになっていった。
「ほんと良い子だなあ」
他のちょっとした場面でも、そう思うことがよくあった。彼女のことを心のオアシスのように思っていたのだ。
あのことがあった、あの日までは。
あの日、僕は間違ったのだ。