アカマイの街
重苦しいドアの内側は、思っていたよりも清潔そうな空間が広がっていた。天井のスピーカーからは、心を落ち着かせるためであろうオルゴール音声・・・実際のところ、落ち着くかどうかはさておき・・・が流れている。アンドロイド専門のクリニックだからだろうか、それともまだ開店してすぐだからだろうか、医院内にはまだ誰も居ない。
「すみません、こちらで受付をお願いします」
受付の女性が、入ってきてから受付もせずキョロキョロあたりを見回しているヨモギに向かって声をかけた。
「あっ、すみません・・・」
バツの悪そうな顔で、受付に向かうヨモギ。
「身分証はお持ちですか?」
「あ、はい。えっと・・・・・どうぞ」
パスケース一体型の可愛らしいお財布から、身分証を取り出した。
「ご提示ありがとうございます。席に掛けてお待ち下さい」
受付の女性は、どうやら人間のようだ。設計されてないくせに、かなりの美人だ。さすが病院の受付なだけはある。
「ヨモギさん、診察室1番へどうぞ」
受付のお姉さんをボーッと見ていると、すぐに呼び出しをくらう。さて、どんな怖いエンジニアさんが診察室でお待ちなんだろうか。・・・不安しかない。
民間クリニックによくあるような、診察室の引き戸を開けた。動作音も小さく、滑らかにスライドして開くタイプのドアだ。この滑らかさ、この医院はもしかしたら信用できるかもしれない。診察室の内側では、白衣を着たエンジニアが椅子に座ってこちらを見ている。
「・・・ヨモギさんですね。父がお世話になってます」
ヨモギの姿をさくっと観察してから、エンジニアがそう挨拶してきた。どうやらこの人が銃砲店の老人の息子のようだ。確かに、言われてみれば目つきがよく似ている気がする。
「あ、はい・・・。こちらこそお世話になってます」
「いえいえ・・・。それじゃ、まあ全体的に診ていきましょうか。全身のスキャンが終わったら、その頬の傷。それも治しましょう。とりあえず、今言えることは・・・ダクトテープは人工皮膚に悪いですよ」
エンジニアは、そう言って優しく微笑んだ。
***
「いたい・・・」
大きなガーゼの貼られた頬に手を当てつつ、曇った表情で医院を後にするヨモギ。体全体のシステム診断と各部必要箇所のメンテ、及び傷口の清掃と亀裂の補修を行ってもらった。現在は補修材がセンサーに異物として認識されているため、補修材が馴染むまではじんわりとした痛みが続くそうだ。明日には治ると言っていたが・・・。内部で発生するエラー・・・例の悪夢のことだ・・・については、なにも相談しないでおいた。言っても解決しない気がしていたからだ。・・・それと、人工皮膚に直でダクトテープを貼るなと結構強めに怒られた。まるっと2時間ほどの検査だったが、治療費・・・修繕費と言ったほうがいいのだろうか・・・はなかなかリーズナブルな価格であった。素晴らしいことに、このご時世でもギリギリ3割負担は生きているらしい。・・・この国では。
向かいの銃砲店に戻ると、店主が笑顔で出迎えてくれた。
「お、ちゃんと治療してもらってきたか」
老人はそう言いながら、先ほど預けたライフルを丁寧に磨いている。
「ええ、まあ・・・。息子さん、結構腕のいいエンジニアなんですね」
ヨモギは思ったことを素直に伝えてみた。実際、手際はかなりいい方だろう。
「いやぁ、そう言ってもらえるとありがたいねぇ。どれ、じゃあ試し撃ちしてみっかい?弾はヨモギちゃん持ちだけど」
「ええ、早速ですがお願いします。地下でしたっけ?」
この店は、地下に射撃場が存在しているのだ。銃の調整用として。
「そうそう。こっちこっち」
老人はそう言うと店の奥へと消えていく。ヨモギもその後を追った。
地下には、トンネル状の射撃用スペースが設けられている。蛍光灯が一定間隔で並んでおり、端から端までおよそ50メートルあるそうだ。こんなごちゃごちゃした街の地下に50メートル分もトンネルを掘るのは、そう簡単な作業ではなかっただろうと、ここに来るたびに毎回思う。
「ほれ、あっちに的、用意しておいたから」
店主がそう言って、トンネルの向こうを指さした。ヨモギの前方、およそ50メートルほど先に、人間の上半身を模した木製の板が立てられており、頭部と胸部にそれぞれ同心円が描かれた紙が貼り付けられている。
「ありがとうございます。・・・早速撃ってみても?」
持っていた弾倉をライフルに差し込みながら、ヨモギがそう言って振り返る。
「ちょい待ち!」
老人は慌てた様子で、階段の一番下の段においてあった耳あてを装着した。
「ええよ」
そう言って、親指を立てる店主。確かに人間、何歳になっても鼓膜の保護は大事ですもんね。
「じゃ・・・、撃ちますよ」
ヨモギはそう言って、ボルトハンドルを手前に引いた。薬室に初弾が装填され、射撃準備は大詰めを迎える。ヨモギは集中した目つき、立ち姿勢のままでライフルを構えた。この銃に光学機器は装着されていない。アイアンサイトで、50メートル先の標的を撃ち抜くのだ。なぜ、彼女はそれほどまでカスタム無しにこだわるのか。理由は簡単、光学機器は高額機器でもあるからだ。・・・今の面白くないです?
「・・・」
目標を見据え、引き金にかかる人差し指に力を込る。トンネル内に、射撃音が1度、響き渡った。
「・・・うん。今回もよく整備されてますね。いつもありがとうございます」
満足そうな顔で振り返るヨモギ。老人は『そうだろう、そうだろう』というようにうなずいている。ヨモギは正面を向き直すと、再びライフルを構えた。
試射を終えて、代金支払いの時のこと。店主の老人がふと思い出したように聞いてきた。
「そういやぁ、ヨモギちゃんは、拳銃は使わんのかい?」
「え・・・ああ、そうですね・・・。そういえば、あんまり使わないですね」
ヨモギはそう答えてから、天井を軽く見上げつつ記憶を思い返してみる。ええと・・・、そうだ、軍属だった頃に、当時最新のライフルと拳銃・・・どちらもエネルギー弾を放つタイプの高価なものだった・・・を支給されたっけな。そういえばアレ、どこやったんだっけ。退役時に返却したような気もするが・・・。
「なぁるほどね。じゃあどうだい?この機会に、拳銃も持っておいたほうがいいと思うんだけどなぁ・・・」
「いやぁご老人、そりゃ、拳銃あったほうがいいのはわかりますけど、今ちょっと持ち合わせが・・・」
ヨモギの十八番『今ちょっと持ち合わせが・・・』が炸裂する。大体の店は、これでなんとかやり過ごすことができるということを、昔同じ部隊に居た人間に教わったことがある。
「いやいや、金はいらんから・・・。良ければこれ、持っていくかい?」
そう言って、カウンターの下から拳銃を取り出す店主。金いらないとか正気か?呪いの品か?タダより高いものはないんだぞ・・・??
「うわ・・・なんですかこれ?拳銃のくせにやたらと大きいですが・・・」
「力こそパワーじゃ!・・・まあ、そのせいでこのご時世には人気ないんじゃが。・・・で、持っていくかい?」
「あ、ええ・・・。いただけるのであれば」
拳銃と言うには少々大きいが、この銃の威力であれば、ヨモギを含む一般的な戦闘用アンドロイドにはそれなりにダメージを与えることができる。しかし・・・貰えるものは貰っておけ精神は、一体誰から習ったのだろうか?
「よし、いいだろう!譲っておこう。・・・ただし、条件がある」
「え、条件後出しですか・・・?」
マジか・・・というような表情をしながら、拳銃へと伸ばした手をピタッと止めるヨモギ。
「この銃のメンテは、ウチに依頼すること。・・・いいかい?」
そう言って、店主はニカッと笑う。この調子だと、まだまだ長生きしそうだ。
「あ、あとこれ・・・弾って357?」
「50AEだよ」
「それ、もはや手に入らないんじゃ・・・」
「大丈夫大丈夫!ウチでなんとかしてやっから!」
ニカッと笑う翁。
「え・・・弾薬の密造はいろいろアウトなんじゃ・・・」
嬉しそうな老人とは対象的に、ヨモギは苦笑いだった。
*****
貰った拳銃と、調達した弾薬の分だけ重くなったリュックを背負い、きちんと整備されたライフルを抱えて車まで戻る。もう少し行くと、車の後部が見えてくる頃・・・見えてきた、一応火炎瓶を食らったりは・・・大丈夫、していないようだ。しかし、あまり人通りのない駐車スペースに停めたつもりだったが、車の横に誰か人影が見える。。
「うげ・・・もしかしてあそこも駐禁スペースだった?」
人影の様子を伺いつつ、車に接近するヨモギ。接近して気づいたことだが、どうやら自分の車をじっと眺めているのは違法駐車を許さない系の方ではなさそうだ・・・服装的に。いや、だってキャスケット被って、深緑色の軍用パーカー着てる取締官なんて、そういるはずもないでしょ。それに、どうやらボブカットの女性のようだし・・・。しかしあの横顔、どこかで見たような。
「・・・このマーク、やはりそうでありますか」
車の横の人物の独り言が、かすかに聞こえてきた。うん、この声も聞いたことがある。もう少し様子を伺ってみる。どうやら不審者氏・・・便宜上今は不審者としておこう・・・は、ヨモギの車の側面に描かれている、かすかに残るだけとなってしまった、今は無き部隊のマークに興味を示しているようだった。歯車の中にペガサスの横顔、その下に工具と剣が交差しているマークだ。以前は確か、第3機械小隊とか呼ばれていた気がする。30人居たか居なかったか定かではないが、人数的には大した数ではなかったのは覚えている。懐かしいな・・・。
「そろそろ出てきても良いのではありませんか、隊長殿」
不審者氏が、誰に言うでもなくそう言った。・・・いや、発言の相手はすぐ近くにいるのだが。
「えっと・・・ど、どうも」
不審者氏の前に姿をあらわすヨモギ。不審者氏はキャスケットのつばを僅かに押し上げ、自分の顔がヨモギから見えやすいようにする。
「ご無沙汰しております。お久しぶりですなぁ、隊長殿」
髪は少々短くなったが、この特徴的な三白眼とやる気のなさそうな目つき、そしてこの口調。忘れるはずもない。忘れるはずも・・・。
「えっと、あ、アズキ・・・?」
アズキ、で合ってるよね・・・?
「いやぁ、何年ぶりでありますかなぁ。またお会いできるとは嬉しい限りであります」
どうやら合っているようだ。
「ふう・・・。アズキも久しぶり。元気してた?」
お気づきのとおり、アズキも同じ部隊にいた戦友である。確かこの娘もC型だったはず。
「ええ、それなりに。隊長殿は・・・まだ戦いに身を置いているようでありますなぁ」
背中のライフルに、一瞬目をやるアズキ。
「あー、いや、これはただの護身用っていうか、ね・・・。そういうアレよ。それより、アズキもこの街に居たんだね」
「ええ。我々の部隊のうちの何名かは、今もこの街で暮らしているであります」
「アズキも?」
「まあ・・・。自分がこの街に来たのは、つい最近でありますが」
「そうなんだ~」
「隊長殿は・・・、寄り道、といったところでありますか?」
「うん。そんな感じ」
「そうでありますか。こんなところでお会いできるとは、本当に運がいい。・・・いや~、本当はもう少し再開を喜び合いたいところでありますが、なにせお遣いの最中でありまして・・・。まだこちらにはご滞在に?」
アズキはそろそろ切り上げたい様子だ。
「あー、うん。今週いっぱいは居る予定だよ」
「なるほど。では、機会があればまたお会いしましょう。本日はこれにて失礼するであります」
そう言ってキャスケットを取ると、深々とお辞儀をするアズキ。
「おうともさ。またね~」
ヨモギは手を降ってアズキを見送る。アズキもそれに返すように、小さく手を振り返してから、大通りへと去っていった。
*****
時刻は夕方頃。メールで指定のあった広場の駐車場に車を停めて、カーステから流れる夕方のラジオをぼんやりと聞き流している。しんみりとした、いい曲が流れてるなぁ・・・。あとで曲名控えとかなきゃ。そう思いながら、だんだんと暗くなっていく空を、無心で眺めていた。
と、誰かが助手席のドアを叩く。どうやら本日の司令官が到着したらしい。
「あいてるよ」
ヨモギは車の外にいるシオンに見えるよう、車内から口パクをしてみせた。どうせ言っても聞こえないからだ。シオンもそれを理解しているようで、身振り手振りでしか意思の疎通を図ってこない。こういったやり取りは、もうだいぶ前からのお決まりだ。
助手席のドアが開き、シオンが車に乗り込んでくる。もちろん、お客様のためにリュックとライフルは後部座席に移動済みだ。
「お迎えありがと。流石にメンテは行ったみたいね」
シオンはヨモギの頬に貼り付けられているガーゼを見て、ひとまずは安心したようだ。
「で、結果はどうだったの?」
「血糖値が高いって言われた」
「あら、それは意外ね。ヤブだったんじゃないの?」
アンドロイド流の冗談だ。彼女たちに悪玉コレステロールや血糖値などという概念は存在しない。
「かもね。ってのは置いといて、なんか電圧が安定してないって言われちったわ」
「あら、そうなの?近い内に大きい病院で治してもらったほうがいいわね」
「うん・・・。今度また北上しようかと思うから、そのときに一度工場にでも寄ろうかなと思ってる。思ってるだけだけど」
ヨモギはそう言いつつ、車のナビゲーションシステムを起動させた。
「・・・で、早速ですが、本日のお宿の場所は?」
「そうね。ちょっといい?私がセットするから」
そう言ってシオンは埋込式のタッチパネル画面を、馴れた手付きで操作し始めた。
「はえ~、カーナビ、よく使うの?」
手際の良さに感心するヨモギ。
「ええ。これよりもっと上等なやつだけど」
「そりゃすみませんね・・・」
「でも、こういうのは新しいのにしといたほうがいいのよ?」
「まあ・・・わかるけど・・・。こないだ変な細い道走らされたし・・・」
「でしょ?・・・はい、オッケー。早く帰りましょ?」
目的地がセットされたナビゲーションシステムが、案内を開始する。車のフロントガラスに、運転の邪魔にならない程度の濃さで、辿るべき順路が表示された。
「はいは~い」
サイドブレーキを解除し、アクセルをゆっくりと踏み込む。メーターの針が時速20キロを指すか指さないかのところで震えている。いや、遅いのはわかるけど、まだここ街中だから・・・。道狭いし、ね。と、ここで給油マークが点灯していることに気がつく。
「あ、ごめん・・・。先ガソリン入れてってもいい?」
運転席のコンソールに映し出された燃料計が、チカチカと点滅している。
「いいけど・・・給油してなかったの?」
「うん・・・。医者行った後、車の中でずっと昼寝してて・・・」
うれしいことに、お屋敷に向かう途中にガソリンスタンドがあるらしい。不幸中の幸いといったところか。まあ、たいした不幸ではなかったが。
給油を終え、アカマイの北部、市街地から少し離れた郊外にやってきた。このあたりはまだ防壁の内側だが、中心部よりだいぶ自然的で、のどかな風景が広がっている。思ったより、この街広いんだな・・・。
「そういえば、今ふと思ったんだけどさ」
「なにかしら?」
「街の中心部からお屋敷ってそれなりに距離ありそうだけど、朝はどうやって街まで移動したの?」
「ああ、その事ね。街に私の車残してあるわ」
「えっ・・・!」
ごめん・・・!といった表情で、ゆっくりとシオンの方を向くヨモギ。
「・・・冗談よ。前見て運転して」
「あ、はい」
「一応、本数は少ないけど朝晩はバスが通ってるの。それ使ったのよ」
「なんだ・・・驚いたよ」
「ふふっ。ヨモギって本当に面白いわね。・・・そうそう、あなたがうちに泊まりに来るって話をしたら、アカリも会いたいって言ってたわよ」
運転中のヨモギに、助手席からシオンがそう声をかけた。
「えっ、アカリちゃんもこの街にいるの!?意外なんだけど」
そう言ってシオンの方を見るヨモギ。
「いいから前見て運転して」
「えー、アカマイに居たんだ・・・。今何してるのかな?もしかしてメイドさんとか?」
「あら、よくわかったわね」
「え、正解?」
「ええ。うちの向かいのお屋敷でメイドやってるわよ。あそこは雇い主がゆるいから、あんまり働いてないみたいだけど」
アカリとは、ヨモギやシオンと同じ小隊に属していたタイプ80、シオンと同じD型のアンドロイドである。身長はヨモギより10センチほど高い170センチくらいで、主に狙撃など前線支援を担当していたと記憶している。シオンより感情が顔に出ないタイプで、何を考えているのか全然わからないが、つり目の美人さんなのでそういった特徴がむしろアカリのクールビューティー具合に程よく貢献しており、部隊内でも特にファンが多かった。話してみると結構面白い娘で・・・という話はまたの機会にして、話を進めよう。
「そうなんだ。お家近いんだったら私も会いたいな」
「そう?じゃ、会えるって連絡入れとくわね」
シオンが携帯電話でアカリにメールを送る。すると、携帯をポケットへしまう間もなく返信が届いた。
「はっや・・・」
「あの娘、いっつも携帯いじってるらしいから・・・」
運転しながら、ちらっとシオンの携帯電話を見る。言っておくが、アンドロイドだからできる高等技術である。人間の諸兄姉は絶対に試してはならない。
「あ、アカリちゃんって顔文字使うタイプなんだね。ちょっと意外」
「ね。あの娘、結構仏頂面だから・・・。顔文字使うタイプだって知った時は、なんか意外でちょっと嬉しかったわ」
確かに。カワイイポイントが高い。ちなみにこの時代でも、まだ顔文字は健在だ。
「そういえば、診察が終わった後くらいだったかな。アズキに会ったよ」
「アズキねぇ。あのやる気のなさそうな顔つきの?」
「いぇす」
「あのコ、アカマイみたいな街に来るような感じじゃないと思ってたんだけど。心境の変化ってやつなのかしら」
「かもねぇ。最近アカマイに来たって言ってたよ」
「へぇ~。まあ、見かけた時は私も挨拶くらいしておくわ。あ・・・もうそろそろよ。ほら、あそこに明かりの灯ってるお屋敷あるでしょ?」
シオンがそう言って前方を指差した。
「ええと・・・あーはいはい、あのお家ね」
「あのお屋敷の次の次が目的地ね。右側のだから」
「あいよ~。裏口に停めたほうがいい?」
「正面で大丈夫よ。あのお屋敷、お客なんて一人も来たことないんだから」
「え、でもこんなボロ車をお屋敷に・・・」
「大丈夫大丈夫。どうせこのあたりは軍人しか住んでないんだから。ボロ車ばっかりよ」
「あ、そう?・・・じゃあ、まあいいか」
静かな夜景に似つかわしくないエンジン音が、上品なお屋敷群へと接近していくのだった。
*****
「旦那様!ただいま戻りました!」
屋敷の玄関扉を開けるなり、シオンが大きな声でそう言った。なかなか広い屋敷だ、こうでもしなければシオンが戻ってきたことに気づかないのだろう。
「おじゃましま~す・・・」
シオンの後に続いて、おっかなびっくり屋敷の中に足を踏み入れるヨモギ。かなり立派なお屋敷だ。土足で入ってしまっていいんだろうか。
玄関の正面には両開きのドア。また、ホールから二階へ続く、左右2本の大きな階段。完全にザ・お屋敷といった様相を呈している。ちなみにこの屋敷の間取りは物語にあまり影響を及ぼさないので、これくらいで勘弁していただきたい。
「・・・おお、おかえり。ヨモギちゃんもいらっしゃい。前と比べてだいぶ大きくな……るわけはないよな。いやいや、久しぶりだね」
二階の右奥の部屋の扉が開き、小太りのおじさんが現れた。
「あ、どうもお久しぶりです。サイトウさんは前と比べると口調がだいぶ丸くなりましたね」
この人は記憶にある。うん。昔はもっと乱暴な口調だった。・・・あと、もっとスリムだったと思うんだけど・・・。
「体型もだいぶ丸くなったよ」
サイトウはそう言って、自分の腹部をポンと叩いてみせた。自虐ネタか。
「はいはい。いつも言ってますけど、たまには運動したらどうです?昔は結構かっこよかったのに」
やれやれ、といった顔で、シオンは階段からゆっくりと下りてくるサイトウを見上げた。
「あ、そういえばお風呂は?」
「沸いてるよ」
シオンの質問に腹を立てる様子もなく、当たり前のようにそう返すサイトウ。
「・・・だってさ。部屋用意しておくから、先お風呂入ってきたら?どうせ長いこと入ってないでしょ?」
この屋敷の主従関係はどうなっているのだろうかと思うヨモギであったが、たぶんお互いに敵対心というか、対立心というか・・・を持っていなさそうだ。どうやらここの無愛想なメイドと小太りな主人との関係は良好そうだと思われた。
「え・・・もしかして私臭い?」
「あなたっていうか、その服ね。オイルと火薬と埃を合わせたような臭いがするわ」
高性能アンドロイドは臭いを感知することも可能なのだ。
「え、あ・・・うん。じゃあ、またまたお言葉に甘えようかな・・・?」
別に、アンドロイドは汗をかくわけでもないので風呂に入る必要はないのだが、一部のパーツは温めることで機能を回復できるものもあるため、入浴を習慣としているアンドロイドは実際のところそれなりの数居るのだ。
「お風呂こっち。ほら、案内するから。タオルはお風呂入ってる間に用意しておくわ」
「ありがとう。至れり尽くせりだね。宿泊費払えるかな・・・」
「何言ってんのよ。安心して、そこらへんは割引しておくから」
*****
・・・残念、入浴シーンはないんだ。お風呂から上がったヨモギは、程よく温まった全身に満足げな表情で洗面台の鏡に映っている自分を見ていた。頬のひび割れはきれいに治っている。やはりあの医者はいい腕だったようだ。
用意してもらったバスタオルで体を拭き、ごく一般的なドライヤーで濡れた髪を乾かす。この髪は、私達アンドロイドに内蔵されているコアやその他機器を電磁波とか、そういう類のものから守ってくれるという話を聞いたことがある。単なる飾りではなく、実用性も備えているというのだからありがたい話だ。
シオンが用意してくれたであろう服に着替えるヨモギ。どうやらシオンのジャージのようだが、裾と袖が若干長い。だが、ヨモギは仮にも人工知能だ。ここは頭を使おう。2回ほど折り返せば・・・もうちょいか、4回ほど折り返せば、まあ気にならないくらいには着心地も良くなった。
いつも纏っている服以外に袖を通すなんて、いつぶりだろうか・・・。きれいに汚れの落ちた指先をじっと見つめてみる。指先の人工皮膚は薄くなり、下層部がうっすらと見えている。・・・そろそろ、手の皮膚も交換しなきゃな。それか、いっその事全て剥がしてしまおうか。まあ、そんな事したら物が若干持ちづらくなるだろうけども。
「さて、じゃ、行きますか~。たしか、談話室は2階だったっけな」
シオンに言われたとおり、談話室に向かうとしよう。談話室ってなんだかオシャレな響きじゃない・・・?それはさておき、2階に行くってことは、たぶん玄関ホールの階段から上がればいいんだよね。・・・しかし、なんだろうか。さっきから玄関のほうがだいぶ騒がしい。
「ん・・・何だろ、お客さんかな?」
長い廊下をテクテクと歩き出す。廊下全体は暖色系のランプで照らされているが、節電指向なのか全体的に薄暗い。こんな時、ヨモギ以上の高性能アンドロイドは暗視装置に切り替えたりするんだろうか。
「本当ですか?そんな、あの娘が・・・」
「残念ですが・・・」
「引き渡しを・・・」
「・・・ですか?」
「長くても・・・・・」
玄関ホールへ近づくに連れ、段々と人の話し声が聞こえてくる。複数の知らない声。それと、シオンとサイトウの声だ。
何食わぬ顔で、お話し中の集団の背後を通り、2階へ向かおうとするヨモギ。
「あっ!貴様止まれ!」
客の男がそう声を張り上げた。
「えっ・・・、私ですか?」
ヨモギは階段を上がる足を止め、ゆっくりと玄関口の方を振り返った。シオンとサイトウ、その向こうには警官っぽい服装の人間が6人。そのうち1人はこちらに拳銃を向けていた。さっきはあんまり見ちゃいけないと思って見ないようにしていたが、お客さんの正体は警察だったか・・・。
「両手を上げて武器を捨てろ!」
「え、いや、武器は持ってないんですけど・・・」
両手を上げ、警官の指示に従うヨモギ。
「密造弾薬所持の容疑で逮捕する!」
「密造弾薬って・・・そんなの持ってな・・・」
そこまで言ってから、銃砲店でのやり取りを思い出した。
「あー・・・。すみません持ってます・・・」
思いっきり心当たりがある。今まで今回のように疑われたことは何度もあるが、今回ばかりは言い逃れができない・・・。ヨモギはがっくりと肩を落とした。
「よし、連行しろ」
数人の警官が、無抵抗のヨモギを取り押さえる。
「いやいや、抵抗しないから・・・」
警官の1人が、ヨモギの背後に回り込むと、首の後にバーコードリーダーのような機械を押し当てた。
「・・・ってそれやるんすあがっ・・・!」
ヨモギの機能が停止し、糸の切れた操り人形のような状態になった。警官が使ったのはアンドロイドの緊急停止装置だ。一時的にアンドロイドの動作を停止させることができるというスグレモノで、もちろん使用される方・・・つまりアンドロイド・・・への負荷はそれなりに高い。一部の地域では使用が禁止されているほどだ。
「あー・・・アレ痛いのよね」
警官に取り囲まれるヨモギを見つつ、シオンがそうつぶやいた。
「アレ、シオンくんも使われたことがあるのかい?」
意外と言いたげな表情のサイトウ。
「ええ。結構前、バーにいた気に食わない客を撃ち殺したときにね」
「おやおや・・・思ったより物騒だな。私も気をつけないと。あとそういうのは履歴書に書いてくれないと困るんだよな」
「ごめんなさい。でも今言ったからいいでしょ?」
「まあ・・・そうだな。・・・他には?」
「後日テキストにまとめて送っておきますわ」
「あらら、そんなにあるんだ・・・。余計に心配になってきたな・・・」
二人がそんなやり取りをしている間に、ヨモギは護送車へと運ばれていっているのだった。
*****
ヨモギの部隊は敗走中。味方の撤退の時間を稼ぐため、最前線で軽機関銃を構え、敵の追撃を足止めしている。敵は最新式の戦闘用アンドロイドだ。敵陣営から、雨のようにエネルギー弾が放たれる。赤い光線がが頬を掠め、首を掠め、左肩を撃ち抜き、胸の装甲を破壊していく。それでも、今のヨモギに恐怖心はない。味方を逃がすという義務感と、少々の怒りがあるだけだ。終戦間際ではもう型落ちとなったタイプ80ではあるが、使用している武器だけは最新のものを与えられている。火力で言えば、敵にも引けを取ることはない。だが、数に関して言えば、どう見ても劣勢だ。なにせこちらは1人なのだから。
突如、ヨモギの足元で爆発が起きた。視界に突如空が映る。透き通るような、きれいな青空。どうやら、爆発によって吹き飛ばされたようだ。視界の隅、先の攻撃によって脱落した右足が、ちらりと映った。
*****
「・・・・・・・・・・んん」
システムの異常終了を知らせる表示が映る。一通りのチェックが走った後の再起動。強制的にシステムを落とされた後の寝覚めは本当に悪いものだ。
「お目覚めかね、ヨモギくん」
聞き覚えのある男性の声。サイトウではないことはわかる。
「・・・・・・」
ヨモギはゆっくりと目を開いた。カメラの再起動も終了し、外部の映像を捉え始める。どうやら取調室・・・といった部屋ではなく、どちらかというと小会議室といった具合の部屋だ。椅子に座らされているが、手足に拘束も無ければ、銃を持った兵士も居ない。
「あー・・・・・?前にどっかで会いましたっけ?」
テーブルを挟んで向かい側に座っている男性を見ながら、ヨモギがそう言った。
「覚えていないか・・・。ほら、私はサイトウさんの部下だったんだが。昔、君と一緒に街の警護もしてたんだぞ」
「えーーーっと・・・?」
「聞いても無駄よ。この娘、最近記憶回路がおかしいみたいだから」
背後からシオンの声がした。
「えっ、シオン?なんで・・・?」
シオンは背後からヨモギに近づくと、ヨモギの左隣の椅子に腰掛けた。
「あの、こちらに来れば隊長に会えると伺ったんですが」
再び背後から女の声。シオンよりも背が高く、美人で仏頂面の女性だ。この女性には見覚えがある。
「あっ、アカリ・・・?」
「お久しぶりです、隊長」
アカリはそう言って微笑んだ。どうやら、ヨモギとの再会がなかなかに嬉しかったようだ。
「いやぁ、君も来てもらって申し訳ない。さ、掛けてくれ」
「はい」
男の言葉に、アカリも素直に従い、ヨモギの右隣に腰掛けた。
「さて、では改めて・・・。私はサエグサだ。ここ、アカマイで警備主任をしている。どうぞよろしく。まあ、シオン君とアカリ君はもう知っていると思うが・・・」
「どうも・・・。で、どうして私はここに?密造弾薬所持で逮捕されたとこまでは覚えてるんですが」
「ああ、そのことか。・・・申し訳ないが、ここアカマイでは通常、街の住人以外に対して運営や防衛に関することを依頼できなくてね」
「はぁ・・・?」
どゆこと?
「実はここ最近、他の街からアカマイに来る輸送トラックが何者かに襲撃される事件が頻発していてね。事件の調査チームを組もうとそこにいるシオン君に相談したところ、君が率いるチームが最適だと言われてね」
「えっ・・・?シオンってただのメイドじゃ・・・?」
そう言ってシオンの顔を見るヨモギ。シオンは
「メイドもやってるけど、街の情報本部にも勤めてるのよ、私」
と答えた。
「なるほど・・・。じゃ、もしかしてアカリも?」
「いえ、私はメイドだけです」
「ほーん・・・」
「あー、・・・で、話を戻してもいいかな?」
「あ、はい・・・」
「・・・それで、シオン君の推薦ならということで君を任務に組み込みたかったんだが、あいにく君は街の外の住人でね、通常じゃこういった類の依頼はできないって話をさっきしたと思うが」
「はぁ・・・」
「そこで我々は考えた。まあ、実際に考えたのはシオン君なんだが・・・」
「いいから続けて」
なにか続けたそうなサエグサを、シオンが遮った。
「すまん。・・・そこで君に何でもいい、この街の法律に触れることをしてもらって、それとの司法取引ってことで、件の調査を依頼しようってわけだ」
「なるほど?つまり銃砲店でのやり取りは・・・」
疑惑の目をシオンに向ける。
「全部私が仕組んだってわけよ」
シオンはしたり顔でヨモギを見返した。
「それに、一応成功すれば街から報酬も出るわ。悪い話じゃないでしょ?」
「まあ・・・またみんなと仕事できるっていうのは、別に悪い話じゃないけど・・・」
「じゃ、決まりね。サエグサ、ヨモギが依頼受けてくれるって」
「それはありがたい。じゃあ、早速明日から調査をはじめてくれ。詳細は適宜、シオン君の方からたのむ。必要な情報はこのPCに入ってるから、調査に役立ててくれ」
サエグサはそう言うと、ノートパソコンをヨモギの前にそっと置いた。ヨモギはPCを受け取ると、一言。
「えっと・・・、これの充電ケーブルとかってあります?」
「え、いや、あるが・・・。それでも5日は持つぞ?」
「まあ、そうでしょうけど・・・。念の為ですよ。念の為」
ヨモギはニコッとした顔でそう言ったが、シオンにはヨモギの思惑が手に取るようにわかっていたのだった。この娘、調査のどさくさに紛れて、このノートパソコンを私物化しようとしている、と。
「したたかねぇ・・・」
シオンは、小さな声で、そうつぶやいたのだった。




