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YOMOGI  作者: 納碗野うずみ
1/2

Type80-C:Yomogi

 海岸沿いの道を走る、一台の軍用車。環境汚染に貢献しそうなエンジンで波の音を打ち消しながら走る姿に、文句を垂れる環境保護団体はもう居ない。人類は環境汚染への問題提起を諦め、死にゆく星で細々と生きていくという”賢い”を選択したからだ。また、21世紀の終わり頃に起こった世界大戦も、環境保護がどうこう言っていられない状況を作り出した原因の一部を・・・8割方を担っていた。

「えっと・・・もうそろそろ街が見えてきてもおかしくない頃なんだけど・・・。道を間違えたっけな??」

軍用車を運転しているのは、一人の少女だ。見た目としては、20歳前後というところだろうか・・・その他の情報に関しては、各自で補完してほしい。こんな物騒な世の中での女の子一人旅とは何かと危険が伴いそうに思われるが、なんと驚いたことに、彼女は人間ではない。先の戦争のために作られた戦闘目的の軍用アンドロイドなのだ。特にアジア圏では兵士の士気上昇、および『かわいい女の子ってやっぱ撃ちづらいじゃん?』という理由から、少女の姿をしたものが多く製造された。もちろん、可愛らしい見た目とは裏腹に、人間やアンドロイドを戦闘不能にする手法をたくさん知っている。・・・優しく言うと。

「しっかしアレだな・・・、お腹空いたな・・・。そろそろご飯にしようかな」

少女は、運転しながら地図を確認する。タブレット端末に表示される地図ではなく、安心と信頼の紙印刷の地図だ。今は路肩のない細い道を走っているが、地図によるとどうやらもう少し先に駐車できそうなスペースがあるようだ。ちらっと腕時計を確認する。時刻はだいたい15時らしい。自分に搭載されている時刻システムでも時間を知ることができるが、彼女はもうだいぶ時刻同期を行っておらず、そのため体内時計が正確かどうかの保証がないのだ。もちろん、腕時計も正確な時刻を示しているか定かではないが、こちらの方が所有している携帯電話と時刻の差が殆ど無い。まあ、細かい話は今度にしよう。とにかく、それが彼女流の時間の確認の方法ということだ。

「も少し走ったら休憩しよう。そうしよう」

一人しかいない車内。戦争でのストレスだろうか、彼女のAIは独り言が多くなった。そうそう、女性型ならガイノイドでは?という方々もいらっしゃることだろう。申し訳ないが、このお話ではアンドロイドで統一させていただく。ややこしくなるからね。

「うーん・・・天気が急に崩れてきたなぁ。どうすっかなぁ・・・」

運転しながら空を確認する美少女非人間運転手。5キロ手前まではいい天気だったが、今は鉛色の雲が空を覆っている。


 車を停め、助手席に置いてあるリュックからモバイルバッテリーを取り出した。片手で持てるサイズだが、戦闘用アンドロイドを2回ほどフル充電するだけの電気を蓄えられる。まあ、新品であればの話だが。

「さて、おやつおやつ~」

バッテリーから伸びたケーブルを、ゆっくりと口に咥えるアンドロイド。紙パックのジュースをストローで飲んでいるかのような充電方式は、人間の食事風景に溶け込むと兵士達になかなか好評であり、ある時期のアンドロイドには積極的に採用された。

「えーっと・・・」

電気を吸いつつ地図を確認する。現在地はこの海岸沿いの道だから・・・この道をあと半日ほど走れば、アカマイの街に到着するはずだ。あまり大きい街ではないが、食料と生活必需品・・・つまり電気と弾薬の調達、それと、少しくらいはボディの修理ができるかもしれない。彼女の右頬には、応急処置として絆創膏代わりのダクトテープが貼られている。人工皮膚だけであれば、ある程度の損傷であれば放置しておいても自動修復するが、その下のパーツの破損や亀裂を伴っているとなると、話は別だ。

「・・・・・?」

咥えていたケーブルを口から引き抜き、バッテリーの残量ディスプレイを確認す・・・いや、そもそも残量が表示されない。バッテリーを振ってみたり、叩いてみたりもしたが、どうやら本当にすっからかんのようだ。

「まじか・・・。他にバッテリーあったっけ?」

リュックをひっくり返して中身を確認する。ライフル用の空弾倉が5つと、弾が込められている弾倉が2つ。あとはすっからかんのバッテリーが3つに、残量0が表示されるバッテリーが2つ。電子タバコが入ったケースに、おやつのチョコバーが1本・・・これは彼女には食べられないやつだ。それと、身分証明書が確認できるようになっているパスケース付きのお財布。で、その肝心の身分証明書には、彼女の顔写真と製造年月日、製造会社、型番。それと比較的大きく印字された『Yomogi』の文字。どうやら、彼女の名前はヨモギと言うらしい。名称がないと話を進めづらいので、これからは彼女のことを基本的にはヨモギと呼ぶことにしよう。

「しゃーなし、奥の手を使うか・・・」

彼女は・・・失礼、ヨモギはそうつぶやくと、ダッシュボードに入っている予備のバッテリーを取り出した。一応、運転中に車の発電機で充電を行っているのだが、そもそも自動車で起こせる量の電気では、アンドロイド用のモバイルバッテリーを充電するのはなかなか難しい。

「うーん、結構な時間充電してた割には5パーしか貯まってないな・・・。ま、無いよりかはいいか」

5パー入っているバッテリーにケーブルを繋ぎ変え、また電気を吸い始める。すると、ここで突然の睡魔がヨモギを襲った。アンドロイドといえど、データの整理やシステムの状態スキャン、各パーツの寿命延長のために一定時間睡眠状態に入るのだ。昨日は夜通し運転していたため、多分そのせいで疲労が溜まっているのだろう。

「(まあ、危険地帯ではないし、ここならちょっと寝ててもいいか・・・)」

ヨモギは持っていた地図を折りたたむと、助手席へ放った。では、一時間ほどのショートスリープを挟むとしよう。座席のリクライニングを最大近くまで倒し、背もたれに体重を預ける。まぶたがだんだんと下がってきた。これが人間で言う眠気ってやつらしいよね。おっと、忘れちゃいけない大事な物。ヨモギは助手席に立てかけてあったライフルを取ると、胸に抱くようにして再び体を横たえた。

 タンッ。フロントガラスに大粒の雨が当たる音がする。一粒、二粒、次第に数えきれないほどの音に包まれる。心地よいほどの激しい雨音を聞きながら、ヨモギは少々休憩を挟むことにした。


***


「ヨモギ!はやく撃って!彼らの援護を!」

降り注ぐような弾丸の雨。仲間の兵士たち・・・人間もアンドロイドも・・・が次々と斃れていく。敵の数を考えれば、もともと十分ではなかった防衛線は見るも無残に崩壊し、生き残りの仲間も残すところあと一桁人しかいない。

「ヨモギ!撃つのよ!彼らを援護しないと!」

自分宛の怒鳴り声がする。ヨモギたちの位置ブロック前のバリケードに、6人の仲間が残されている。ここから援護して、少しでも撤退しやすいようにしなければならないのに・・・、体が動かない。手足が震えている。なぜAIに恐怖を感じる機能を付けたの?早く撃たなきゃいけないのに。早く・・・。

「ヨモギ!何してるの!ヨモギ!!」

前のバリケードにロケット弾が撃ち込まれる。直後に爆発。瓦礫と一緒に、飛び散ったアンドロイドのパーツや人間の兵士の一部が降り注ぐ。ドスッと大きな塊。よくおしゃべりしていた兵士の首が、ヨモギの前に落ちてきた。

「なんで・・・、撃たなかったんだ・・・。援護してくれれば、逃げられたのに・・・。痛ぇよぉ・・・。死にたくねぇよぉ・・・。なあ、助けてくれよぉ・・・隊長・・・」

首だけの兵士が、光を失った眼でヨモギを見つめ、そう言った。


***


「・・・っ!!」

勢いよく飛び起きるヨモギ。

「・・・っはぁ、はぁ・・・はぁ・・・」

CPUの温度が、休眠中に異常に上昇していたようだ。これはデータ整理中に発生する大量のエラー・・・先程のような『夢』を伴うらしい・・・によるものだ。体内のCPU放熱のため、通常時より呼吸が早くなっている。戦闘用アンドロイドといえど、基本的にはご家庭のパソコンのようなものだ。放熱用の冷却ファンの代わりに、アンドロイドたちは人間のような呼吸によって空気を交換し、熱を放出させている。人間の群れに潜り込むための一工夫というものだ。申し訳ない。話が逸れてしまった。

 たまにこういうこと・・・夢を見て飛び起きること・・・が起きるのだ。ログには大量のエラーが吐き出され、経験したことのない記憶が再生される。昔、研究所の博士がAIも極度のストレスと感じると悪夢にうなされることもあり得ると言っていたが、何にせよ気分のいいものではない。ぐったりと疲れた様子で腕時計を見る。短針が8の近くにあるということは、時刻は20時・・・にしては、外が明るすぎるな。もしかして・・・朝の、8時・・・?完全に寝すぎた・・・。


 目を覚ましてから、およそ5分。負荷が下がったことと、優秀な排熱機構のおかげか、内部の温度もやっと通常の範囲まで下がってきたようだ。呼吸もやっと落ち着いた。

「ふう・・・。ったく、1話からこれじゃ先が思いやられるよ・・・」

1話・・・何の話だろうか。多分例の独り言だろう。

ヨモギは、くたびれたパーカーのポケットから携帯を取り出し、画面を確認した。不在着信と新規メールがそれぞれ3件ずつ、どれも同一人物からのものだ。すぐさま折返しの電話を入れる。

「・・・・・・・・・もしもし?ああ、おはよう。うん。ごめん、お昼寝してたら朝に・・・いや、戦争中じゃないんだから別に大丈夫だって。・・・・というわけで、これから向かいます・・・ほんとごめんなさい」

昨日調子乗って『夜にはアカマイに着くから!』とか言ってしまったので、来ないのを心配して連絡してくれたようだった。こんな世の中だ。いつどこで誰が死んでもおかしくない。だから皆、銃を持ち自衛手段を用意しているのだ。もちろん、街に入ってしまえば至って平和なものだが。基本的には。

「さて、じゃあ行きますか」

気を取り直して、車のキーを回す。エアコンとカーステが立ち上がり、次にエンジンに火が入る。ギアを1速に・・・入れる必要はなくて、これはオートマ。アクセルを踏めば簡単出発だ。昨日降っていた雨はすっかりやんでおり、穏やかな日差しが一面に降り注いでいる。大部分が乾いたアスファルトのくぼみには、ところどころ水たまりが残っていた。

ヨモギは、古い友人の待つアカマイの街へと再び走り始めた。と、視界に一瞬、ノイズが走った。

「え、ちょっと・・・今更復帰しても遅いって・・・」

車のフロントガラスには、アカマイへの経路が表示されている。だいぶ前に車載のナビ機能がダウンしてしまったため、今まで仕方なしに紙の地図を使っていたのだ。何かの拍子に機能が回復したようだが、いまさら遅い。ナビ機能が生きていれば、あと3日は早く街にたどり着いていたことだろう。

「ったく・・・まあいいけどさ~」

ヨモギはため息を付いてから、やれやれと言うかのように首を左右に軽く振った。


 アカマイの街に近づくに連れ、道端に乗り捨てられている軍用車両や、多分車両だったであろう残骸がそれなりに増えてきたような気がする。理由はわからないが・・・まあ、多分何かあったのだろう。確かに、ここからであれば歩いて行けない距離でもない。絶対歩きたくないけど。このあたりはもう街の近くといえど、物騒なことに変わりはない。比較的安全な装甲車で移動するのが吉だ。・・・と言っている間にもう、森の向こう側で、煙が上がっているのが見えてきた。アカマイの火力発電所から上がっている煙だ。あれば見えるということは、街はもう目の前だ。・・・よし、安全運転で行こう。どうせ急いだところで、煩わしい手続きで時間を取られるのだから。


***


 場所は変わって、アカマイの保安本部。一人の女声が、上官だろうか、初老の男性に報告する。

「隊長、軍用車両が1両やってきます。人間0、戦闘用アンドロイド1、あと30分程で到着するかと」

「なるほど。見立ては?」

「監視カメラの映像を確認したところ、経口式の充電方法を取っていたので、エトール社製タイプ80のA型からE型のいずれかでしょう。A型という可能性は除外されますので、最高でもカテゴリー3までのアンドロイドです。IDチェックさえ実施すれば、街へ入る許可は出しても問題ないかと思われます」

女性の報告を、じっくりと聞いている上官。

「いいだろう。だが彼女は心配ないよ。もう長い付き合いだ」

「えっ・・・あ、そうなんですか」

「ああ。君は新入りだから知らないだろうが、彼女はこの街ができた当初、暫くの間ここの警備を担当してくれたんだ」

「なるほど、そうなんですね。しかし、だからといって規則を適用させないという話ではないですよね?」

「もちろん。ちゃんと手続きは取ってもらう。それが決まりだからね」

上官は、モニターに映るヨモギの車を見ながらそう言った。


***


 更に走ること、およそ30分。ヨモギはアカマイの街に到着する。アカマイの街は・・・この街だけではないが・・・街全体が強固な壁で覆われており、まるで要塞のような風貌をしている。だがそれも仕方のないことだ。今の時代は、いつ賊や他の街からの侵略があるか、分からないからだ。ちなみに、空爆されることは想定されていない。

 街には、数箇所トンネル状の入り口が用意されている。地下へと向かうトンネルを車で通るうちに、車両全体のスキャンが行われるという仕組みだ。そこで問題がなければ、その先の事務所でID照会の後、地上行きのエレベーターに乗ることができる。もし問題があれば、その際は法律に則った手続きで適切に処置される。まあ、そのあたりの詳しい話はよく知らない。

「さーて、じゃ、地底探検行きますか~」

アクセルを踏むヨモギ。こうして一台の軍用軽装甲車は、ゆっくりと暗いトンネルへと吸い込まれて行くのだった。


*****


 ヨモギは今、無事手続きを終え、車とともに地上行きのエレベーターに乗っている。・・・え、なんです?車両スキャンとかID照会とかの描写はどうしたのか、ですって?いやいや、保安上明かしちゃいけない部分なので、このお話では街に入る手続きについての描写は基本なしだ。いいね?

「・・・・・っと。いやー、疲れた疲れたー。ここの手続きって一番面倒なんだよね」

ヨモギは車内で伸びをしてから、のんびりとハンドルに手をかけた。エレベーターは間もなく地上に到着し、金網状の扉がブザー音とともにゆっくりと開き始めた。軍服を着た男の誘導に従い車を外に出す。さて、ここから先は自由行動の時間だ。約束している友人に会いに行くとしよう。

 アカマイの街は、データで残っているような21世紀の主要都市のような、整った町並みとは程遠い。車両の通る道は広く用意されているが、それ以外は建造物に建造物を追加で建てているせいか、曲がりくねった細い路地で溢れかえっている。まあ、良く言えば人情味あふれる下町といったところだろうか。正直言ってしまうと・・・いや、よそう。

 適当な路肩に車を停め、ポケットから携帯電話を取り出す。

「・・・・・・・・・・・・あ、もしもし?うん、ついたよアカマイ。あーうん。エヘヘ、ちょっとね~。いや、だいぶか。うん。その点に関しては本当に申し訳ない。あ、今?南Cブロックの喫茶店の前に路駐してる。うん、わかった、それってどこ?・・・ああ、もしかして一昨年行った・・・?あ、オッケオッケー分かった。うん。あ、やっば取締が来たわ。うん、それじゃ、また後でね」

念の為記しておくが、今のはヨモギの独り言ではない。ちゃんと電話の相手がいるのでその点はご安心いただきたい。

「さて、じゃあ行きましょうかね!」

確かこの先を真っすぐ行って、適当な曲がり角を右に進めばついたはず。確か。いや、間違ってるかも・・・。


***


「いらっしゃいませ。1名様ですか?」

待ち合わせ場所の喫茶店に入ると、受付のメイドさんアンドロイドがそう声をかけてくる。

「いえ、待ち合わせを・・・」

そう答えて、周囲を見回すヨモギ。店内は思いのほか賑わっており、ほぼほぼ満席と言ったところだ。ええと、どこだ・・・?

「あ、きたきた。こっちよ、こっち」

黒いスーツを着た女性が、片手を振ってヨモギに合図している。女性に気づいたヨモギは、他の客たちの迷惑にならないように。気をつけて店内を移動する。

「いやー、ごめん遅れちゃって・・・。あの後また道に迷っちゃってさ」

ヨモギは照れ笑いしながら、待っていた女性と向かい合うように座った。テーブルの上には、まだ何も置かれていない。

「で、そういえばなんだけどさ」

何の前置きもなく、ヨモギがそう切り出す。

「私達、なんで食品を口にできないのに、いつも喫茶店集合なわけ?」

「それ、私も不思議に思ってた。まずそれをヨモギに聞こうと思ってたんだけど」

「え、シオンも?」

ヨモギはキョトンとした表情でそういった。それを見たシオンと呼ばれた女性は、思わず笑ってしまう。

「フフッ・・・。でもほんと、ヨモギは挙動がいちいち人間っぽいわね。同じタイプ80なのに、C型とD型でこうも差があるなんて。ちょっと不公平だわ」

「そうかな?まあ・・・個性でしょ、個性」

そう答えてから、ヨモギは店員を呼び止めると、店員になにか注文したようだった。

「・・・あなた、今何注文したの?」

「おやつ用バッテリーパック2つ」

「あら、そんなものあったの?でも私、お腹いっぱいなんだけど」

「あ、じゃあ両方私が食べるよ」

「そうしてちょうだい」

注文したバッテリーパックはすぐにテーブルへと運ばれてきた。まあ、皿に移す必要もなければ、お洒落に飾り付ける必要もない。倉庫からちょちょっと出してくれば済むのだから、早いのも当たり前だ。

 バッテリーが届くと、ヨモギはすぐさま電気を吸い始めた。

「いや~・・・生き返る」

口からケーブルを垂らしつつ、ホッとした表情をするヨモギ。

「ほーんと、人間っぽいわね。うちのご主人サマがケーキ食べてるときとおんなじ顔してるわ」

「あれ、まだお屋敷のメイドさんやってんだっけ。スーツ着てるから転職したのかと思ったよ」

「転職なんてしてないわよ。他の服を持ってないってだけ。それよりあなた、まだ昔の服着てるのね。いい加減それ捨てたら?もうボロボロじゃない」

シオンはヨモギの着ているヨレヨレのパーカーを見ながらそう言った。このパーカーは、彼女たちが軍属だった頃の支給品の一つだ。

「まあ、そうなんだけど・・・。結構着心地いいし、それに・・・なんだか手放しづらくてさ。あとほら、私家がないからさ、あんまり服とか増やせないんだよね」

「・・・まあ、捨てづらいってのは分かるわ。私も、結局その服、まだクローゼットに吊るしてあるし」

「だよねー。なんか、捨てらんないよね。でもほら見てよここ、部隊のワッペンいつの間にか無くなっちゃったんだよね」

そう言って、服の左肩のあたりを見せるヨモギ。

「まあ仕方ないわよ。それに、いつまでもずっと背負ってくってのも、しんどいでしょ。・・・そんな話よりほら、他に何か無いの?アカマイの外の話とか、他の仲間の話とかさ」

シオンは無理やり話題を変えようとした。あまり昔の話はしたくないのだろう。

「仲間ね。そういえば1人会えたんだよ。ああ、えっと・・・誰だっけ、あの、一緒の部隊にいたさ、髪が長めでちょっとウェーブかかってて、可愛い感じのC型の・・・」

「C型は全員そうよ」

「あ、そう・・・?で、ほら、確かなんだっけな・・・。ハッキングとかを専門でやってて、あんま前で戦う感じじゃなくて、後方支援担当で、なんとなく暗い感じの娘、いたじゃん」

「もしかして・・・ヨメナ?」

「そうそう、ヨメナ!あの娘に会ったよ」

「・・・あなた、記憶回路大丈夫なの?」

「うーん・・・。言われてみれば、最近物覚えがちょっと悪いかも」

「ちょっと、じゃないと思うけど・・・。メンテ、最後にやったの、いつ?」

「・・・忘れた」

「今日この後受けに行きなさい」

「・・・前向きに検討しておきます。ほっぺの亀裂もあるし・・・。でも不思議だよね、物覚えが悪いってことはちゃんと覚えてるの、なんか変じゃない?」

「・・・分かんないわよ」

「・・・で、なんの話だったっけ」

「それ本気?」

「冗談冗談。で、えっと・・・・・・・・・?」

「ヨメナ」

「そう、ヨメナね。・・・覚えてたからね?」

「・・・」

「で、そう。ヨメナ、あの娘に会ったのよ。ナゴヤで」

「はいはい。ナゴヤまで行ったんだ、あなた」

「うん。彼女ね、意外と元気そうにしてたよ」

ヨモギは手元を見ながら、1つめのモバイルバッテリーからケーブルを外し、2つめのバッテリーへと接続した。そしてまた、シオンの方に顔を向ける。

「いろいろ話してくれたんだけどさ。なんか最近、だんだんサイバー攻撃が増えてきてるんだって。この前の戦争の直前にも、やっぱりサイバー攻撃増えてたんだってさ。だから心配してたよ。また何か起こるんじゃないかって」

「まさか。・・・でもまあ、あり得ない話とは言い切れないわね。・・確かに、いつ何が起こっても不思議じゃない時代だものね。用心しておきましょ」

「ね」


 それから一時間ほど会話を楽しんだだろうか。シオンがわざとらしく腕時計を確認する素振りを見せた。

「あー・・・、ごめんなさい、実は私、買い出しの途中なの。そろそろ行かないと」

「あ、うん。ゴメンね、ホントは昨日来るはずだったのに、無理して今日時間取ってもらっちゃって」

ヨモギはそう言って、申し訳無さそうな表情を見せた。

「いいのよ別に。私も会えて嬉しいし。・・・で、あなた。今晩の宿とか、どうせ決めてないんでしょう?」

「あー、・・・うん。この後探そうかと思って」

「良ければさ、うちのお屋敷に泊まりに来る?一応、ご主人サマには事前に許可を貰ってるけど」

「え、ホント!?・・・ありがと。でも、遠慮しておこうかな。シオンのご主人様にご迷惑かけちゃうし。ほら、私の車汚いし、私もそうだし・・・。それに、景観崩しちゃうし」

「でも私の雇い主、サイトウよ?」

「サイトウ?」

「あー・・・ほら、アカマイの街ができた時の警備主任」

「・・・人間の?」

「そう。・・・これも覚えてないの?」

「え、いや・・・サイトウっていう名前の人間、いっぱいいるからさ・・・」

「まあ、確かに・・・。でもあなた、彼以外に他のサイトウって人知ってるの・・・?」

「えーと・・・知ってる、ような・・・知らないような・・・?」

「はぁ・・・。ほんと、一度医者に見てもらったほうがいいわよ。ほら、この人よ」

シオンは深くため息を付いた後、携帯電話でなにか操作をしてから、画面をヨモギに見せた。初老の男性の写真のようだ。

「あ・・・ああ、覚えてる覚えてる!私が電気のつまみ食いしてたらめっちゃ怒ってきた人ね。初対面だったのにすごい怒られたよ。それにしても、結構老けたねぇ・・・」

「あなた、そんなことしてたの。そりゃ怒るでしょ」

「あの頃はやんちゃだった」

「今はボケ老人ってとこね」

「深く傷つきました」

「はいはい。・・・で、どうする?うちに泊まる?」

「うーん、そうしようかな。サイトウさんとも、ちょっとお話したいし。できればだけど」

「まあ、できるでしょ。じゃ、あとで携帯に地図送っておくから」

「あ、ありがとう。申し訳ないけど多分お世話になります」

「はいはい。じゃ、行きましょうか。あ、お会計はこっちで済ませておくから」

「え、大丈夫だよ。私しか食べてないし」

ヨモギは両方の手のひらをシオンに向け『大丈夫です!』のポーズ。

「まあまあ、たまにはいいじゃないの。今は私のほうが稼いでるし、昔だいぶご馳走になったしね」

「え・・・じゃ、じゃあ、そう言ってくれるなら、今回はお言葉に甘えてご馳走になろうかな。ありがとうね、シオン」

嬉しいような、恥ずかしいような、どちらとも言えないような表情をするヨモギ。

「いえいえ、これくらい当たり前ですよ、元隊長さん」

一方のシオンはそう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 喫茶店を出てから、シオンはヨモギに腕の良い技師のいる病院をいくつか教えておいた。一応、メンテに行くようにと厳しめに言っておいたので、多分この後どこかしらの病院には行くだろう。行くとは思うのだが・・・。

「はぁ・・・。心配」

ヨモギがシオンに心配をかけるのは、一緒の部隊にいた頃からずっと変わらない。その点で言えば、昔のままではあるのだが。

「ちょっと心配しすぎかしら?」

シオンは優しい、ヨモギの良き友人である。


 ヨモギは車に戻ると、背もたれを少々倒し、くつろぐ体勢に入った。車内は日光によって若干温まって・・・いや、だいぶ暑いな。ちょっと風を入れようと、ヨモギは防弾ガラス製の窓を外側へと跳ね上げた。暑い車内に、涼し気な風がふわっと入り込んでくる。・・・気持ちが良い。

「はぁ~・・・いいねぇ・・・。風気持ちいいなぁ・・・」

心地よい風を楽しみつつ、リュックの座っている助手席へ目をやる。

「メンテか・・・」

助手席に立てかけてある、以前からずっと使っているライフルに目が行った。そういえば、あの銃も最近全然メンテナンスしてないな。いい機会だし、この街で済ませておくか・・・。

ヨモギは、所有しているモバイルバッテリーをすべてリュックに詰め、ライフルにボロ布を巻き付けて目立たないようにする。そして、両方一緒に車から運び出した。

「あ、そうだ。窓窓・・・」

窓をキチンと締め、ロックをかける。一応この街は平和な方だが、油断していて火炎瓶でも投げ込まれたらたまったものではない。

「うし・・・。じゃ行きますか、メンテ」

ヨモギは、体の前で抱くようにして持っている、ボロ布の巻かれたおんぼろライフルを見つめつつ、そう呟いた。


***


 停めてある車から、徒歩およそ15分の距離。一際賑わう商店街のある通りにぶつかった。確かこの商店街にある店で、以前もライフルのメンテをしてもらった記憶がある。と、その前に手近な充電スタンドでバッテリーへのチャージをしてもらわなければ。おっと。ヨモギは運良くすぐ近くに充電スタンドを見つけた。あそこで充電できそうだ。


「痛い・・・」

充電スタンドに入店してからおよそ30分後。バッテリーの充電を終えてから、沈んだ表情で銃砲店へと向かうヨモギ。頬の裂傷が痛み始めてきた・・・のではなく、彼女は経済的に痛かったということを呟いているのだ。バッテリー7つをフル充電するだけなら大した金額にはならないのだが、アンドロイド用の高性能大容量モバイルバッテリーは、本体がそれなりに高価なのだ。しかも今回、破損していたため充電ができなくなっていたバッテリー2つ(残量確認用のディスプレイが全く点かなかったもの)を電気スタンド店員の勧めで買い替えたため、その分余計な出費が発生してしまったようだ。

「はぁ・・・。まあ、しゃーなしか。必要経費だし・・・。私のメンテはまた今度だね。車にガソリンも入れなきゃならないし」

でも彼女、別に貯金がないわけでは無い。単に大きな出費が苦手なのだ。



「いらっしゃい。・・・おや、若い女性とは珍しいねぇ。どうしたんだい、こんな店に」

店の戸を開けたヨモギに、頭髪のすっかり薄くなった翁が、タバコを吹かしながらそう言った。

「あら、そう見えます?嬉しいこと言いますね」

ヨモギはそう答えると、店内に足を踏み入れた。この感じ、間違いない。以前よく来た店だ。しっかし店主の爺さん前にも増して老けたなぁ。

「あぁ?なんだ、べっぴんさんかと思って、嬉しくなっちゃったのに、なんでぇヨモギちゃんかい」

「まあまあ、そう落ち込みなさんな。ほら、今日これのメンテをして欲しくって」

そう言って、ボロ布の巻かれたライフルを、店主の前に置いた。

「あー、アンタまーだこんな骨董品使ってんのな。新しいライフルとか使わんの?ほら、エネルギー弾とか、ビームとか、ああいうかっこいいの撃てる銃とかさぁ」

「いえ・・・。まあ、使いたい気持ちはあるんですが、耐久性に難ありってとこと、維持費がやばいんで・・・」

「・・・まあ、だよなぁ。それに全部ああいうハイテク武器になっちったら、俺仕事無くなっちまうからな!あっはっはっは!」

「笑い事じゃないですよ。・・・じゃあ、いつもどおりメンテお願いしますね。どれくらいでできますか?」

「今日は暇だからね!あと2時間もあれば新品にしてやっぺ」

「そう言って新品の銃に交換しないでくださいね」

「こんな古い銃の新品なんてあったら、アンタに見せる前にヤフオクに出すわい」

「ヤフオク?」

「・・・競売にかけるっちゅーこっちゃ。それよりヨモギちゃん、あんた医者行ったほうがいいよ」

「え、具合悪そうに見えますか・・・?」

まさか、ここの店主にまでメンテを勧められるとは思わなかった。もしかして、銃器職人の経験が機体の痛み具合を見抜いているのだろうか。

「いやいや、さっきシオンちゃんから連絡あってね、ウチの隊長さんが寄ったら言っといてくれって頼まれたんだ」

「ぐぬぬ・・・お見通しってわけか・・・」

「ウチの倅が医者やってっから、見てもらうとええわい。ほら、ちょうど向かいで病院ひらいてっから。戻る頃には銃のメンテナンス終わっとるだろうし丁度よかろ。な?」

「・・・わかりました。じゃあ、ちょっと診てもらってきます。気が進みませんが・・・」

ヨモギは銃砲店を後にすると、向かいの医院へと向か・・・、もう到着した。建物の入り口上部には『あじさいクリニック』と書いてある。なんとも可愛らしい名前だ。治療の内容も可愛らしいものであることを祈るばかりである。重苦しい気持ちのまま、彼女はゆっくりと扉を引き開けた。



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