2話
俺はいつも住んでいる家の前まで帰ってきた。
それから扉を開けると、一気に安心感や嬉しさがこみ上げて来た。
不思議なことだ。
いつも住んでいて、いない日なんて滅多に無いのに、こんなにも家がいいところに見えるなんて。
けれども、その気持ちはすぐに治った。
それもそうだろう。
中学の頃も学校に通っていて、こんな風に思うのは今日だけではないからだ。
靴を脱いでリビングに行くと妹が椅子に座ってこちらを見ていた。
テレビは付いているため、扉が開いたことで俺に気づいたようだ。
「おかえりー」
「ただいま、綾。新しいクラスは良さそうか?」
「うん、仲のいい友達もいていいよ。 お兄ちゃんは?」
綾と言うのは俺の妹だ。
血は繋がっていない。
主人公ならば普通は繋がっていないだろう!なんて思う人もいるかもしれないが、残念ながら…いや、普通に繋がっていない。
ふぅ、危ないトラップもあったものだ。
ここで俺が残念ながら血は繋がっていないと血の涙を流しながら言おうものなら、もうそいつは何があろうと危ない野郎だろう。
俺は決して彼女が出来そうにないからと妹を異性として意識しているわけではない。
いや、異性だが、そこは置いておこう。
俺は妹を家族として、愛している。
美少女で彼氏はいないが、そこはしっかりとしている。
だが、もし彼氏を連れてこようものなら、この人付き合いがとてつもなく苦手な俺が、全ての力を使い果たしてでも一矢報いろうとは思う。
もし、無理だとしても、藁人形を用意して…いや、これ以上もしもを考えるのはやめよう。
それにしても、俺のクラスどうなんだろうか? 高校に上がったら知らない人がクラスメイトになるのは当たり前。
クラスの雰囲気が悪くなかっただけ良かったんじゃないだろうか。
「多分良いと思うよ。」
「お兄ちゃん友達できるといいね。」
ううん? その言い方じゃあ俺に友達がいないみたいじゃないか。
「できるに決まってるじゃん。」
俺がそう言うと、綾はきょとんと目を丸くして、「できるの?」と言ってきた。
なんて妹だろう。
まるで兄が友達のいないぼっちだと思われていたなんて。
「あっはっは、できるよ。面白い冗談だなあ。」
おれがそう言うと妹さんはジトっとした目で俺を見てきた。
「それなら、お兄ちゃん友達いるの?」
「いるよ」
「何人ぐらい?」
「ん?さあ」
「いるなら答えられるよね。大体でいいから」
「いっぱいいすぎて大体でも難しいな」
俺がそう言うと、妹はこちらをじーっと見てきた。
「まず、友達って言っても、どこからが友達かもわかんないし」
「絶対に友達だって言える人は何人いる?」
もう、諦めよう。
嘘を言ってもバレそうだし、言える勇気が無い。
「2人」
「あれ? お兄ちゃん友達いたんだ!」
妹はそれはそれは驚いた様子でそう言った。
ああ、本当に友達がいないと思われてたようだ。
「ねぇ、さすがに酷くないか?」
「え? けど、お兄ちゃん友達と遊んだりとか、話してるところ見たいことないし」
む、言い返しずらいな。
「たまには遊びに行くよ」
「え? 友達はいても、遊びに行くのは嘘でしょ?」
「どうしてだよ?」
「お兄ちゃん人と話すとき滅茶苦茶緊張してるし、被害妄想あるし、自意識過剰じゃん? そんな人を心配しない方がおかしいじゃん」
「う」
言い返したい。言い返したいんだが、全て真実だ。だが、真実だからと、面と向かってそんなことを言われるとつらい。
「それでも、遊びには行くよ。 それに、俺には、信用できる友達をたくさん作って、カラオケに行ったり、馬鹿騒ぎしたりする目標があるんだ」
「へえ、そうなんだ。 でもお兄ちゃん、目標を夢とは言わないと思うよ」
な、なんて酷い妹だ。
人が折角カッコいいことを言ったのにそれを指摘するなんて。
「さすがにそれはひどくないか?」
「ううん、そんなことないと思うよ。 それに私は、お兄ちゃんが目標って言ってるそれはいつでもクリアすることはできると思うよ」
「はあ? いくらなんでも、その嘘は慰めにもなってないぞ」
「い〜や、お兄ちゃんならいつでも出来ると思うよ。」
「なんでそんな事が言えるんだよ」
俺がそう言うと妹は今までの陽気な様子から一変して、真面目な顔になった。
「だって、お兄ちゃん友達が作れないんじゃなくて、作らないんでしょ?」
妹がそう言った瞬間時が止まったように感じた。
そんなバカなと言おうとしても、言葉が出てこない。
妹はそんな俺の様子を悲しそうに見る。
それから笑顔を浮かべて言った。
「でも、いつかは達成できると思うんだ」
俺は、妹が言った言葉を冗談とは思えない。
なぜだか、本当にできると錯覚してしまうほど、綾の言葉には力強さがあって、熱があるように感じた。
「お兄ちゃんが友達を作れないのは、人が信じられないからでしょ? でも、お兄ちゃんは私たちや、その数人の人とは普通に喋れてるんでしょ? なら、あとは人を信用するのと、話しかける勇気だけだよ」
確かに、そうなんだろう。
けれども、それは簡単なことじゃない。
それに、俺に本当に友達がいるのかも怪しい。
友達と言ってはいるが、喋りはするが、相手に話しかけられたときだけ。
それに俺は家族以外を信用していない。
心のうちを誰にも話していないし、自分でもどう思っているのかもうわからない。
考えたり悩んだりしたことは沢山あるが、矛盾ばかり。
それに、目を逸らしていることだってあるだろう。
でも、どうすることも出来ない。
もしかしたら、もう変わることはできないかもしれない。
けれども、綾の言葉で、もしかしたらと思うことができた。
ならば、目標か夢かわからないが、それを達成するためには行動しなければいけない。
「綾がそう言うのなら、きっと出来るんだろうな。
ならば、お兄ちゃんなりに頑張ってみようと思う」
俺がそう言うと、綾は悪戯っ子っぽい顔を浮かべた。
「なら、まずは話しかけることから始めないとね!」
ああ、そうだった。
もしかしたら無理かもしれない、と思いつつも、勇気をくれた妹には感謝したいと思った。
もしかしたら、というか、部活は無しにするかもしれません。