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おかえり人類  作者: 志野 友一
第一章 復活
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第八話 撤退

 日が暮れ始める頃になって、ハルカはテントまで戻ってきた。

「五匹ほど発見し、掃討しました。もっとも、他の個体が潜んでいない保証はありません。いえ、彼らの繁殖力を考慮すれば、むしろ潜んでいると見るのが自然でしょう――早々にこのようなことになり、残念ですが、このオアシスは離れるのが賢明と判断されます」

 僕の手の傷口を治療しつつ、相変わらず抑揚の少ない声色で報告を終えると、アンドロイドの少女はそれでも残念そうにうなだれる仕草を見せた。

「例の、あれ――何だっけ、名前」

「シ・シ=デビル、でしょうか?」

「そうそれ、あの――あんな小さな動物が、天敵、って話が、どうもピンとこないんだけど」

 僕の呈した素朴な疑問に対し、ハルカはそこはかとなく険しい表情を見せる。

「シ・シ=デビル。おそらくはタイワンリスの仲間が進化したものと考えられますが――直接的には、戦禍を生き延びた人類が滅亡に至った最大の要因が、あの生物による捕食であったと見なして差し支えないものです」

 予想の比ではないその驚異を知らされて、僕は背筋に冷たいものを感じた。

「彼らの特徴は三つ。一つ目は、大型化した顎をはじめとして、全身の筋力が体重比では大型犬に比肩するレベルにまで発達していること。二つ目は、統率された動きであらゆる動物を襲い、仕留める知能と洞察力を有していること。そして、三つ目は――火への恐怖心を、完全に克服していること」

 そう言いさして、ハルカが僕に情報を整理する時間を与えてくれたところに、テントを揺らすような音がして僕を震え上がらせる。その正体が風であることを理解するのにさほど時間は要さなかったものの、身震いはなかなか収まらなかった。

「加えて、彼らは齧歯類ならではの繁殖力で、短期間でも急速に数を増やします。たったひとつがいでも撃ち漏らしていたとすれば、その数はものの数週間で何倍にも増える可能性があります。また、もし仮に、私がここにいた全個体を排除できていたとしても、再びどこか別の場所から流れ着いてくる可能性は、当初想定していたよりはるかに高い、ということにもなります」

「つまり……」

「いずれにせよ、このオアシスにとどまるべきではない、ということです。繰り返しになりますが」

 彼女がそう言うからには、そういうものと受け入れる以外なかった。

「間もなく日が暮れます。そうなれば、襲われる危険性も大幅に低くなりますので――あと一時間ほど。それだけ待って、ここを発ちましょう」

 僕がうなずきを返すのを確認できたか怪しいぐらいのタイミングで、ハルカは再びテントの出口へと足を向ける。

「――どこへ?」

 まだ身体の中心に残っていた怖気を追い出すように背筋を伸ばしつつ、小さな背中に声をかける。少女は変わらず凜とした声で、

「回収してまいります――人類の、所産を」

 とだけ返すと、手早くシェードを開き、そのまま外へと飛び出していった。


二十分ばかり――天敵なる動物と邂逅を果たしたあの場所との往復にかかる最短ぐらいの時間を経て、ハルカは再びテントの入り口から顔を覗かせた。その背には、どこから出してきたのか、大きな厚みのあるバックパックが背負われている。

「すべて無事に確保してきました」

 バックパックから取り出された透明の樹脂ケースには、僕が日中にこしらえた食器(の原型)が一通り、ほぼ形を保ったままで納められていた。

「こんなの、別によかったのに」

 どちらかといえば彼女の身を案じて発した言葉に、少しだけむっとしたような表情の変化を見せつつ、少女はうやうやしい手つきでそれらをテント中央のテーブルへと運んでいく。

「そういうわけにはいきません。これこそが、あなたの――いえ、新世代の人類の踏み出した、最初の一歩なのですから」

 時々、詩的というか何というか、不思議なことを口走るよなあ――そんなことをぼんやり思いながら、しげしげと見つめていた横顔に、僕はふと異変を認めた。

「――ねえ、頬」

「はい?」

()()()()

 少女の頬は、縦横三cm、幅五mmほどにわたって、まさしく()()()いた。軟質樹脂でできているのであろう人工皮膚に生じた裂け目からは、凝視していると酔いそうなほど複雑で、幾何学的な細かい部品の配列が垣間見えている。

「これは失礼しました。お見苦しいところを」

 小さく頭を下げると、ハルカはまるでかゆいところでも掻くような手つきで、破れ目のあたりを二、三度、指先で軽くなでるような動きをする。その手が下ろされたときには、もうそこには最初から傷などなかったかのように、きれいな曲面が戻っていた。

「――便利なもんだね」

「ええ、おかげさまで」

 その返答の意図はよくわからなかったけれど、ともかくこれではっきりしたのは、やはり彼女は人の姿をした機械であり、したがって()()()()()()とやらの一員ではないということだった。

「ちょうど日も暮れました。これから荷造りを始めますので――二〇分ほどで、移動を開始します。それまで、しばしおくつろぎを」

 くつろげるような状況じゃないけどなあ、と思いつつ、僕は作り笑いと首肯を返した。

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