第七話 天敵
三時間ほど土をこね続けた末、僕はシンプルな平皿を五枚ほどと、大きめのボウルを三つ、作り終えた。いずれも博物館なんかで目にしていたものと比べて、いささかシンプルに過ぎる嫌いはあったけれど、まあ実用性重視ということで気にしないことにしよう。少なくとも、果物を山盛りにしたところを想像してみれば、そう見栄えも悪くない――そう自分を納得させたところで、僕ははたと重要な問題に気がつく。
「これ、どうやって焼くんだ……?」
教えを請おうと見上げた先に、ハルカの姿はなかった。周囲を見回っているのか、はたまた休憩でもしているのか――などと思いかけて、機械の身体に休息なんか必要ないだろうと思い至り、小さく苦笑する。
「ハルカ、どこ?」
改めてその名を呼んでみるも、答える声はない。まあ、よもや見失ったなんていうこともないだろう。そう思って、僕は彼女が戻るまでの手慰みにと、粘土をもうひとつかみ、地面から取り上げる。
再び作業に入りかけたところで、ククク、というような音が近くでしていることに気づき、顔を上げる。視線を左右に少し動かしてみると、間もなくその発生源は特定できた。
「やあ、いい天気だね」
思わず頬をほころばせながら、小さな訪問客に声をかける。前方二、三mほどのところに立つ木の幹に、リスの仲間らしい小動物がしがみついて、その肩越しに僕を見据えていた。
「お腹が空いているのかい?そうだな――」
辺りを見渡すと、すぐ近くに赤い小さな木の実が点々と落ちているのが目にとまる。僕は腰を上げ、それを五個ばかりつまみ上げると、リス(?)のいる木の前まで歩を進めた。
「どうかな、これなんか――」
「いけない!!」
遠く後方から、しかし鼓膜がビリビリと震えるような絶叫を聞いて、ぼくはその方向へ振り返る。刹那、木の実を差し出していた右手――いや、右前腕のあたりに、鋭い痛みが走った。
「……え?」
「下がって!こちらに、早く!」
ハルカは茂みの中から手招きしつつ、自らは僕の方へと駆け出してくる。
「……あ……えっと……」
「早くして!!」
より強い叫び声をもう一つ上げると、ハルカは僕を押しのけるようにして背中を合わせてくる。
「すみません。うかつでした――あれこそが我々の天敵、そして現在、地上の覇権を握る存在。通称、シ・シ=デビル、です」
突然の剣幕に早まった心拍が、耳元でドクドクと鳴るような感覚を覚える。同時に右腕の痛みが強まったように感じて、そろそろと目の前まで掲げてみると、そこに穿たれた親指の爪ほどの穴からは、細い血の筋がタラタラと伝っていた。
「あの、えっと……」
「テントまで、走って逃げてください。中に入れば、おおむね安全です――夜になれば、あれの活動は鈍りますので、逃げる機会は十分にあります。すみませんが――速やかに、ここから逃げてください」
そう告げる言葉の最後をかき消すように、シャアアア、というような尖った鳴き声が辺りに響き渡る。あの小さな身体のどこから、こんな声が――などと考える間もなく、僕はハルカに背を押され、気づけばそのまま走り出していた。
「――き、気をつけて!」
「ご心配なく」
淡々と答える声を後ろに聞きながら、僕は脇目もふらず走り続けた。