第六話 着手
とりあえず簡単なものから、というハルカからの助言を受けて、僕はまず、土で食器を作ってみることにした。
僕たちが当面(もしかすると、ずっと、かもしれないけれど)寝泊まりすることになるテントには、とりあえず食うに困らないだけの設備が――濾過装置に、予備含め四枚のフードプレート、それから何組かのフォークとナイフ――が備えられてはいた。けれど、それらはすべてとうに失われた文明の遺産でしかなく、ハルカが言うように僕自身が人類の誇りを示すという前提に立って考えると、そういう便利なツールに頼ったまま、言い換えれば遺産を食いつぶしながら生きていくのは、あまり褒められた姿勢ではないという気もする。
文明と言えば土器、というのもわれながら短絡的な発想のようにも思えるけれど、実際のところ衣食住はすべての原点だ。今さら偶像崇拝でもないだろうし、文明というのは結局のところ、日々の暮らしを支えるものということにもなるだろう。
そんなわけで、さしあたっては食に関わる部分を少しずつでも自力でなんとかする、すなわち僕自身の生活という文化を自ら形作っていくということが、少なからず意義深いものになると考えた次第だ。
「そうですね――良いお考えだと思います」
果たして、ハルカもそう太鼓判を押してくれたので、僕は自信を持って事に当たることにした。
オアシスの中央付近で質の良い粘土が採れると聞かされた僕は、まずそこへ向かうことを決めた。
「そんなわけで、行ってくるよ。何か困ったことがあったら、また戻ってくるから」
そう言い残して、一人歩み出した――つもりでいた僕の後を、土を踏む小さい足音が追従してきた。
「いいよ、このぐらい一人で――」
「いけません」
やや語気を強めると、ハルカは二歩、三歩と歩いて、僕の真横に並ぶ。ちょうど僕の右肩に隠れて、その顔は見えなくなったけれど、どことなく諫めるようなニュアンスが感じられる口ぶりだった。
「確かに、私はこのオアシスを、安全な場所だと申し上げました。しかし、それは必ずしも、この樹林の中に天敵が――動物が潜んでいないことを、一〇〇%保証するものではありません。ただ、今のところその影は見られていない、そういう事実があるのみです」
「それじゃあ……」
「用心するに越したことはありません。私も護衛に付かせていただきます」
そう付け加えて、少女はまっすぐ前を見据えた。
「良い土」と太鼓判を押されたその場所の土壌は、なるほど良い粘土質だった。オアシスの中を網目のように走る細い川がちょうど行き止まる地点で、決して潤沢とは言えない水分をほどよく吸収し、硬すぎもせず、不必要にべとつきもしない、ちょうど手の上でこねくり回すのに適した柔軟性が保たれている。僕は試みにそれをひとつかみ取ると、平たい円を形作り始めた。
「あー――なんかこう、童心に返るというか、ねえ」
「そういうものなのですか?」
歩くデータベースのようなものだと思っていたアンドロイドの少女が、意外なところで首をかしげてみせる。まあ確かに、幼少期に粘土なんかで延々遊んでいたなんていう経験は、僕の世代には――というのは、もう七万年以上も前に死に絶えてしまったわけだけれど――なかなかに珍しいものだったのかもしれない。
「えっと――君もちょっと、やってみる?」
皿の原型を片手に乗せて、空いた手で新たにつかんだ土を差し出してみる。少女は一瞬、その塊に目を留めたものの、すぐにかぶりを振った。
「いけません。やはり、万にひとつということがあっては――引き続き、警戒に当たらせていただきます」
今一度、何かを振り切るように首を動かすと、少女はすっと視線を上げて、近くの茂みを見据えた。
「そうか――何か、ごめん」
「謝られるようなことではありません。これが私の勤めですので」
そんなことを言いつつ、彼女の表情はどこか心残りがありそうにも見えた。