第三話 森林
僕たちを乗せた「車」とやらは、予告されたとおり、十分少々で再び走行を停止した。真っ黒い直方体の側面からそろそろと顔を出してみると、僕たちは、オアシス、と呼ぶにはいささか規模の大きすぎる森林に到着していた。
「うわあ――こんなでっかい樹、初めて見るなあ」
思わず間の抜けた声を漏らす僕を、したり顔にも見えなくはない表情で仰ぎ見ると、機械の少女はさらに頭上へと視線を移動させた。
「今日が快晴で何よりでした。やはり、地面が濡れていると、住み心地も悪くなりますので」
「――へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げた僕には目もくれず、少女は車の中から取り出した青いシート状のものを足下にふわりと広げる。それは見る間に膨張し、やがて直径五mほどの半球状に形を定めていた。
「えっと、これ――何?テント?」
混乱する僕を、少女はきょとんとした顔で見返す。
「すでにご存じのとおりですが、車の中は寝泊まりに適した環境とは言いがたいものがあります。もちろん、風やスコールがあまりにひどいようなら、緊急避難先としては活用可能ですが――どのみち、雨風をしのぎつつ生活を営むということでいえば、このオアシス内が最も安全かつ利便性の高い場所ということになります」
「いや、何というか……その……」
どこからどう切り込んだものか決めあぐねている間に、少女はテントの外壁を手で触り、入り口を出現させる。
「これでは心許ない、そうおっしゃりたいのですね?」
「ええ……うん、まあ」
変に気を遣って伝達に齟齬を来しても仕方ないので、抱いている不安を率直に伝えておくことにする。
「ご懸念はもっともです」
ハルカは目を閉じて、共感を示すような頷きを繰り返す。いよいよもって、彼女が何をしたいのか理解に苦しむ状況ではあったが、相応の説明はあるのだろうと期待して次の説明を待つことにする。
「まず、人類が核戦争によって滅亡したことについては、すでにお話ししたとおりですが」
僕がうなずきを返すのを確認したかどうかのうちに、ハルカは再び口を開く。
「一三発の核爆弾による環境の破壊、放射能による汚染、そして天敵と呼ぶべき動物の繁栄。これらを原因として、人類のほとんどが死滅しました。我々と同じように地下へと逃れたわずかな人々も、劣悪な環境と医療の不足に端を発し、全滅の憂き目に遭いました」
このあたりはすでに聞かされていたような気がするけれど、まだ続きがありそうなので、引き続き黙って耳を傾けることにする。
「結果として、わずかに残った建造物も、管理者を失い、風化を免れませんでした。最終的に、少なくとも我々の捕捉範囲内に残っている人工物は、あなたがお目覚めになってからこれまでにご覧になったものの他は数えるばかり――そういう状態に至っています」
「つまり――」
「あるもので何とかするしかない、ということです」
たまらず見上げた空を、小さな鳥の影が一つ、横切っていった。
「当面の目標は、あなたに最低限のリハビリを行っていただき、また今あるものだけで生きていくことに慣れていただくということ。そのために、基本的にはこのオアシスを拠点として暮らしていきます」
やっと僕に話を聞く余裕ができたと見るや、ハルカは有無を言わさぬ調子で説明を再開した。まだまだ何をどうすればいいのかはさっぱりイメージできなかったけれど、少なくとも当分は期待を大きく下回る生活レベルに耐えざるを得ないらしい。
「そして、ゆくゆくは――人類の文明にもう一度、日の目を見させるということ。それが中長期的な目標であり、不躾な表現になるかもしれませんが、あなたに課せられた使命でもある、ということになります」
その朗々とした口調から、それが彼女の最も重視することだというのは見て取れた。
「しかし、人類……って、ねえ……」
目下、僕一人をおいて他にはいない、絶滅危惧種の筆頭。その種にどんな文明を再構できたところで、受け継ぐ存在がどこにもいないのでは、やりがいも何もあったものではない。
ただ、目の前に立つ人ならぬ少女が、その取り組みについてずいぶん楽しそうに――と言っても、表情は大して変わっていないのだけれど、雰囲気として――語っているのが、少しだけ僕の興味を惹いた。
――まあ、万年単位の子守から、やっと解放されたんだもんな。さんざん世話になった身として、できることぐらいやるのが筋ってもんだろう。
そんなことを思いながら、僕は遅ればせながら彼女の示した計画に首肯を返した。