第二話 前兆
そんなわだかまりを残しつつ、まあ大筋では協調して冬を越し、ようやく雪が溶け始めた頃になって、僕たちは重要な転機を迎えることになった。
初めにそれの存在を確認したのは、長軌道衛星とのリンクを(ハルカより完全な形で)確立し、全天の観測機能を獲得していた父さんだった。
「――木星の軌道上あたりから飛んできたとおぼしき、小型天体の接近を捕捉した。長径が四〇mばかり、取るに足らないサイズではあるが」
ふーん、と何気ない世間話のように聞き流していた僕やイスルギ姉妹とは対照的に、ハルカは真剣に考え込むような仕草を見せる。
「――それは、つまり」
「ああ、可能性は十分にありうる」
二人にとっては自明であるらしい何事かが、僕たちにはとんと見当もつかないので、視線で説明を求めてみる。
「――ああ、失礼しました」
ハルカが気づき、同時に父さんは両手のひら(と言っても、マニピュレーターの根元のたかだか二mm四方しかない金属板だけれど)を上に向けて、やれやれ、と聞こえよがしにつぶやいた。
「これもせいぜい、高校レベルの天文学の問題だろう?」
「いや、高校、途中までしか行ってないんで――」
「ボクたちも、地球のことなんてほとんど習ってないんで――」
再度の「やれやれ」と、溜め息のような音を発してから、父さんはハルカに顎(というか、カメラの下部)を向け、説明するように促した。
「――木星の軌道上に存在した、すなわちあの巨大惑星の重力に捕われていた物体が、自然にそこを逃れる可能性は、とても低いのです」
僕たち三人の反応を確認し、全体的に理解がおぼつかないことを悟ると、ハルカは再び口を開く。
「問題の物体が木星軌道上から飛び出すということ、そしてそれが地球へ向かって移動してくるということ――これら二つがいずれも起こっていることには、何かしら人為的な、あるいは少なくとも人工物の関係する要因があるものと、考えざるを得ません」
「つまり――」
「木星軌道上。そこに建造されたものといったら、何だ?」
少しは自分で考えろ、とでも言いたげに、父さんから出題されたクイズの答えを必死で考える。まったく情けない、正解は――と、父さんが口を開きかけたところで、僕はようやく、記憶の片隅に眠っていたその名を探り当てた。
「――木星反物質精製拠点」
フム、と少しだけ見直したような声を出してから、父さんは再びハルカの方に向き直った。
「――まあ、そういうわけだ。すなわち、かつてかの星で研究に従事していた、地球人類の中でもトップクラスの知能を有する科学者が、永い眠りから覚めて母星を目指し始めた。あるいは、そうでなくとも、その遺産をもたらすべく、無人機がこの星へと進路を取った――そんなところだろう」
「私も同じ意見です」
議論するというより、生身の人間三人に説明を補うような意味合いの強い会話が交わされた後、テント内は静寂に包まれる。けれど、一言も発しなくても、僕たちは同じ種類の感情を――未来への希望、と呼ぶべきものを、確かに共有していた。
「――もっとも」
そんな空気に水を差すように、父さんはどこか訝しげな声を漏らす。
「なぜ今、このタイミングなのか――という疑問は残るが、な」
そんなことどうだっていいじゃないか、と内心では思いつつ、僕はそれに同調するような、単に相づちを打つだけのような、曖昧なうなずきを返した。
それがおよそ、新たな一歩を踏み出し始めたばかりの地球人類にとって最悪と言っていい存在であるなどとは、さすがの父さんも思っていなかっただろうけれど。