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おかえり人類  作者: 志野 友一
第二章 帰還
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第一話 接触

 父さんとハルカが二人がかりで丸一日かけて完成させた通信機が、件の「星の舟」(とおぼしき飛行物体)の乗員とコンタクトを取るのに役立つことはついになかった。

 想定されうるあらゆる言語、あらゆる通信方式で、「こちら地球人類」「帰還を歓迎する」といった、あたりさわりのないメッセージを送信しては、何の反応も得られないまま到着の時は刻々と近づいていった。やがてその距離が〇.一天文単位にまで縮まると、それが天然の隕石ではありえず、紛れもなく人造の物体であることが確認された。それでもメッセージは黙殺され続け、ついに父さんとハルカは不穏な事態の訪れを懸念するようになっていった。

「全乗員がすでに死滅している、という可能性が考えられる。そして、仮にそうだとすれば、我々にとっては未知の病原体が持ち込まれる可能性とて、否定できるものではない――厄介なことだな」

 ラグレス通信でハルカと相談し合った内容の要点を、父さんが話して聞かせてくれる。変に不安を煽るでもなく、いたずらに安全を強調するでもない、努めて冷静な口調だったので、僕もおおむねフラットな思考を保つことができた。

「あるいは、元々無人で発射されたということもあるかもしれん。そうだとして、積み荷は遠い星の名産品か、単なる記録か、はたまた憎き母星の民を根絶やしにするための兵器か――まあ、わざわざそんなことを、今になってしでかす理由も特にないだろうが」

 最も物騒な線はさほど心配がいらないと見て、安堵しかけたところで、ふと僕はさらに恐ろしい可能性に思い至る。

「――やっぱり、ちゃんと生きている乗員がいるということはないかな?その――向こうの資源や土地がなくなって、今こそ地球をものにしてやろう、とか。メッセージに返答もないのは、予告なしに攻撃を加えてくるため――とか」

「――ああ」

 気づいてしまったか、といった一言を押し止めるような間を置いて、父さんは小さくうなずいた。

「その可能性も、ないとは言いきれん」

「――あ、いや、それとも」

 すぐさま漂い始めた不安を払いのけるように、考えなしの軽口が口をついて出る。

「単純に、通信機器の使い方がわからなかった――とか」

「ふむ」

 そんなわけないだろう、と自分でも思いはしたけれど、そういう望みにすがる以外のことはできないだろう。

「――まあ、それが一番、平和なオチだろうな」

 努めて明るく、何ならちょっとおどけたぐらいの調子で返す父さんの姿が、かえって状況の深刻さを物語っているようにも思える。

 どちらにせよ、これはこれで、危機と呼ぶべきものなのかもしれなかった。


 ところが、結局のところ、事態には最も平和な類のオチが待ち受けていた。

 舟の着陸地点が確定した時点で、ハルカは単身、わずかな荷物を携えてその付近へと赴いていた。車のトランクの中身は、「ようこそ地球へ」と多言語で書かれた大きな横断幕と、殺菌・消毒用の薬剤、僕らに現場の様子を伝えるための通信機器、そして万一の事態に備えるための、わずかばかりの火器――それら四点だけだった。

 横断幕を砂漠の只中に固定し、その傍らに佇む少女の姿を、僕と父さんはモニター越しに、固唾を呑んで見守っていた。何も起こらないでくれ、という僕の思いは、気づけば口から漏れ出ていたらしく、父さんが小さく笑う。

「唯一確かなことは、とにかく何かしらが起こるということだ――まあ見てろ」

 そう言って、細いマニピュレーターで壁の映像を指し示す。折しも、青空に小さく光る点が徐々にその輝きを増し、少しずつその中心にある舟の輪郭が視認できるようになってきたところだった。今一度、誰にとも知れぬまま祈る。どうか、悪いことが起こらないように。どのみち何があったところで、百km超の距離を助けに飛んでいく術など、僕たちは持ち合わせていないのだ。

 やがて舟はその全貌を現し、さほど大きな砂埃を舞わせることもなく、ごく静かに砂漠の表面へと降り立った。

 今、ハルカから五十mも離れていない地点には、軽く全長三百mは下らないだろうと思われる、蚕の繭のような形をした銀白色の金属塊が、名状しがたい威圧感を放ちながら屹立していた。ある程度カメラが寄っていっても、完全な一体成型としか思えないその表面、最も地上に近いあたりに、やがてわずかな長方形の切れ目が生じていく。そうして最終的に地上へと続くタラップが展開し終えても、しばらくの間、何らの動きもそこには認められなかった。

「どうしたんだろう。やっぱり、全――」

「いや、待て」

 父さんが小さな腕全体で指し示す方向へ向き直ると、まさしく船内から、ゴマ粒のような人影が姿を表す瞬間が、カメラによって捉えられていた。

 一人、二人――それに続く動きは認められなかった。見たところ、警戒心をあらわにタラップを降りてくる乗員は二人だけで、携えている荷物もわずかでしかないように見受けられる。やはり彼らは何らかの原因によって数を減らしたのか、はたまた――

『ようこそ、地球へ』

 かなり離れたところに浮遊しているはずの通信機が、はっきりと通るハルカの声を拾い、テントの壁に内蔵されたスピーカーをビリビリと震わせる。華奢な見た目にふさわしくない声量に驚いてか、間もなくタラップを降りきろうとしていた二人は動きを止め、声の主を見つめているようだった。それも構わず、ハルカは大音量の語りかけを継続する。

『何度かメッセージをお送りしたのですが、ご返答をいただけなかったようなので。何かご事情がおありでしたか?』

『――あ、はい――』

 張りのあるハルカの声とは対照的に、か細い声が、それでもしっかりとマイクに集音されて僕たちの耳に届く。声の響きからすると若い女性のようではあったけれど、相変わらず映像内の人影はあまりに小さくて、その姿形はよくわからないままだった。

『すみません、ボクたち、機器の扱い方がわからなくて』

 事情を説明しつつ、危害を加えられる心配はないと見て安心したらしい乗員たちは、タラップの縁で止めていた歩みを再開させ、すぐに砂地の上へと降り立つ。

『たいへん失礼をいたしました』

 もう一人の、少し高い声が重ねて謝意を表する。いえいえお気になさらず、とばかりに何度か首を降ってみせた後、ハルカは二人が立つ地点に向けて歩を進め始める。その後を追ってカメラも移動を開始すると、ようやく舟の乗員たちの姿も明らかになっていった。

 歳の頃、どちらも一五、六歳というところ。大きな布をゆったり全身に巻き付けたような格好をしているので身体のラインはわかりにくいけれど、風貌を見るに二人とも女の子だろう。一人は肩にかからない程度の、もう一人は腰まで届くぐらいの、まっすぐできれいな金髪を風になびかせている。けれど肌の色は対照的で、髪が短い方の少女は苦めのカフェオレのような褐色なのに対し、もう一人は雪のように真っ白い色をしている。その外見だけでは、二人の関係は窺い知れない。

『はじめまして、地球の――えっと、確か生き残りは男の子が一人だけって、メッセージは言っていたような――』

『私は人間ではありません。唯一生き残った地球人類を庇護し、またサポートするための存在です』

 今回もまた、初対面の相手からすれば捉えどころの見出しにくい身の上語りを挟むと、ハルカは二人の立つ船体の足元から五、六mほどのところで立ち止まった。

『お目にかかって早々、無礼を働くことになり、恐縮なのですが――我が(マスター)の元へお連れする前に少々、テストを受けていただく必要があります。少しの間、そのままの姿勢でお待ちいただけますでしょうか。できるだけ、動かれないよう』

『ああ――はい』

 呆気にとられた様子の二人に、ハルカは片方ずつの手のひらをそれぞれ向けて、そのまま何秒か静止する。

『病原体の類、特に発見されませんでした』

 マイク越しに僕たちへ報告しつつ、眼前の二人にも行動の意図を知らしめると、今度は握りこぶしを作る。

『お二人にうかがいます。舟の乗員は他におらず、またこの惑星を侵略する意図もない。そうですね?』

『はい』

『そうです』

 キン、と金属がぶつかり合うような高い音が鳴ると、ハルカは二人に向けていた手を腰元まで下ろした。

『ありがとうございます。改めまして――歓迎いたします、お二方』

 その言葉に応じるように、星の舟の向こう側、小高い砂丘の背後から、僕たちの車が迫ってくる様子がカメラ映像の隅に映し出される。

『それでは、向かいましょう――ただ一人だけ生き残った、あなたたちの同胞の元へ』

 二人に向かってそう告げたハルカの表情には、ひと仕事を終えた充実感が表れているようにも見えた。

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