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おかえり人類  作者: 志野 友一
第一章 復活
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第一〇話 調査

 次の日は朝から快晴だった。相変わらず気温は低いけれど、ちゃんと太陽が当たるだけでも体感的にはだいぶ楽になる。早めに用を済ませて、明るいうちに戻ってくる方が消耗も少なくていいだろう、と判断した僕は、食休みもそこそこに外へ出ることをハルカに提案した。

「そうですね、それでは」

 あっさりと首肯して、すぐさま荷造りに取りかかる。

「えー……持ち物の内訳は?」

 僕の問いに、少女は馬鹿でかいデイパックに手と目を集中させたまま、例によって事務的な答えを返す。

「フードプレート、小型ナイフ、ライト、水の貯蔵タンク――あとは念のため、銃も二丁」

 そう言いさして鞄のふたを閉めると、ブリーフケースから引っ張り出した光線銃(レーザーガン)のうち一丁を僕の方に差し出してくる。

「……()()()()、ね」

 そのずっしりとした重さを手のひらで確かめつつ、僕はかつて体育の授業で習ったそれの取り扱い方を、懸命に思い出していた。


 幸いなことに、銃の出番は一度もないまま初日の探索は終了した。

 湿地帯の真ん中にぽつんとあるこの針葉樹林は、あまり密集せずに生える種類の樹を中心になり立っていて、全体に見通しが悪くない。そして、全体の地理が大づかみに把握できる程度の散策と記録を進めている限り、小さな鹿のような動物と何度か出くわした(そしていずれの個体も、威嚇や逃走を試みるでもなく悠々と草を食んでいた)以外、動物の姿自体を目にすることがなかった。

「これは、良い兆候と考えられます」

 曰く、シ・シ=デビルは自分たちより大型の動物を極端に敵視する習性があり、縄張り内にそうした存在を認めると、真っ先に排除を試みるらしい。したがって、連中の何倍かはある体躯の草食獣が堂々と闊歩している森は、その魔手が及んでいないと確信できる、という。この地域を移住先に選ぶ決め手となった気候条件も考え合わせれば、害獣たちの影におびえる必要はまずないということになるだろう。

 そして、もう一つ幸運だったのは、森の外れに小さな温泉が湧いているのが見つかったことだった。なにしろ未だ体験したことのない寒さの中、生活していくことに不安は尽きないわけで、せめて一日の終わりにゆっくり身体を温められることはそれだけでも大きな救いになってくれる。加えて、ハルカの測定によると、湯の成分も健康に良いものがいくつか含まれているらしい。僕がその付近を拠点にすることを提案すると、ハルカも迷いなく受け入れてくれたので、湯冷めを心配する必要もなさそうだった。

 そんなわけで、ここに留まり続ける限り、生きていく分には大きな不自由がないことにはなる。ただ、僕の課せられた――と、少なくとも機械の少女は考えている――使命とやらを果たすために、何ができるかは未だにおぼつかない。また土をこねて何かを作る?木を切り倒して小屋でも建てる?あるいは――

 ――何もないところから、何かを作る――?


 その考えが浮かんでからも、しばらくの間、僕自身がそれの意味するところをよくは理解できずにいた。しかし、頭の片隅で転がしているうちに、それを覆っていた雲のようなものが徐々に晴れていくような感覚が芽生えてきた。

「――そうか」

 ようやく、自分の生きる意味と呼べるものが見つかった気がする。そう、僕という人間の価値は、僕だけが生きていることの意味は、僕自身が作り出していくしかない。つまりは、人類の長い歴史において他の誰もが成し得なかった、僕にしかできない何事かを成すということ。それこそが、人類文明のおそらくは最後の継承者として、打ち立てるべき記念碑(モニュメント)ということになるのではないか。

 考えてみれば、至極当然の帰結にも思える。一方で、それは結局ただの自己満足に他ならないのではないか、という疑問も頭をもたげてくる。ただ、何にせよ当面の間、ロボットに世話を焼かれるだけの怠惰な生活を送り続ける理由はなくなったと思う。

 自分だけの価値を創造する。その標語は、何一つ特別なところのない一人の高校生だった僕にとって、ひどく甘美で、心躍るようなフレーズだった。

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