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おかえり人類  作者: 志野 友一
第一章 復活
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第一話 目覚め

 目が覚めると、地球に一人きりだった。

 僕が致死性の遺伝病のため冷凍冬眠(コールドスリープ)状態にあった期間、七万二三四〇年。そのうち最初の二〇〇年そこらの間に、人類は世界規模の核戦争が引き金になって滅亡し、地球は草もろくに生えない死の星と化した。その後、幾度か訪れた氷期による停滞はあったものの、生態系はわずかずつ改善し、惑星全体を覆い尽くしていた有害物質も漸減していき、最終的に何とか人間の生存可能な条件が整うに至った。そうした中、医療システムはついに、僕の病を完治させる方法を探り当てた――そんなわけで、僕は地球に現存するただ一人の人類として、永い眠りから目覚めることとなった。

 かいつまんで述べるとだいたいそういった経緯を、()()()()()()は語っていた。


「――ちょっと、何から訊ねればいいのか、迷うところだけど」

 蕩々とした語り口を遮られても嫌な顔一つせず、彼女は背筋をしゃんと伸ばしたまま、どうぞ、と手振りを交えて僕の質問を促した。

「まず、その――君はいったい、誰なの?」

 僕の最初の問いに対し、彼女は口を「あっ」と言うような形にした後、深く頭を下げた。

「失礼いたしました。私のことは、ハルカ、とお呼びください」

「いや、名前がどうというか……」

 困惑する僕の姿を見て、自分の回答が的を外していたことに気づいたらしい少女は、前よりもさらに深く頭を垂れた。長い後ろ髪が左右に二分され、ずいぶん緩そうなTシャツの肩口を撫でて下へと落ちる。

「申し訳ありません。なにぶん、生きている方と会話をするのは、ほぼ初めてなものですから」

 僕が首をかしげてみせるのを予期していたかのようなスムーズさで、少女は説明を補うべく口を開く。

「私は――あなたをずっと、お守りしていたものです」

 それはつまり――と、ほとんど予定調和のような問いを投げかけようとして、僕はふと彼女の真意を――少なくとも、その正体に関する真実を――何となく理解したような気がして、数秒ほど半開きになっていた口をいったん閉ざし、舌の上に溜まっていた唾を飲み込んだ。

「つまり、君は――HAL1800、ということ?その、父さんが僕を託していた、その、何だっけ……」

完全自動制御(フルオートマティック)医療(メディケーショナル)機器群(マシーナリー)。その冷凍冬眠(コールドスリープ)システム実装版の試作一号機。お察しのとおり、あなたのお父様を中心とするチームによって作られた機械の集合体こそが私の本体であり、今こうしてお話ししているのは、新たに獲得したヒューマノイド・インターフェース――ということになります」

 はッ、という、笑い声のような溜息のような、自分でも何だかよくわからない音が僕の喉の奥から流れ出る。そう、つまり父さんは、専門だった医療機械だけでは飽き足らず、こんな――何というか、趣味丸出しの――

「どうかなさいましたか?」

 いや何でも、と早口に返しつつ、僕は少女型ヒューマノイドの平坦なボディライン上を何往復かしていた視線を慌てて真横に逸らした。

 ――故人の名誉、などということを気にするには長すぎるくらいの時間が経っていることを念頭に置いた上でつまびらかにすると、父さんはどこに出しても恥ずかしい、筋金入りの小児性愛者(ロリコン)だった。現実の幼子に危害を加えるような一線は越えなかった以上、あれこれと言われる筋合いもないのだろうけれど、まあ考えてもみてほしい。自分と同年代くらいの女の子をモデルとした立体描画(ドローイング)やら、立体映像(ホログラフィ)やらを眺めては気持ちの悪い薄笑みを浮かべている、そんな父親が唯一の同居家族であった男子小学生の心情を。

 そして、目の前に立つ少女の姿は、まさしく父さん好みのデザインをしていた。年の頃で言えば十歳前後に相当するだろう、まだ大人び始めていないぎりぎりのラインの、何というか――一応は、幼女、ではないという意味において――少女、だった。

 しかし、その歪んだ性的嗜好が色濃く滲むそのデザインはともかく、こんなにまで――こうして僕とつつがなく会話を交わし、あるいは相手の疑念を速やかにキャッチしてそれを払拭する機微さえ見せ、それに何より話しながらも微妙に揺れ動く身体や、瞬きを繰り返す瞼にいたるまで――どこからどう見ても人間としか思えないような挙動を完璧に再現したヒューマノイドを、父さんが門外漢なりに完成させたという事実には、やはり驚嘆せずにはいられなかった。

 ともあれ、どうやら僕はこの地球上に生きる唯一の人類であり、したがって地球人はどのみちこのまま滅亡する運命を逃れられないのであり、それまでの束の間の時間を――人類史全体の中で言えば、たかだか百年あるかないかの年月なんて、「束の間」とさえ呼べないだろうけれど――少女型ヒューマノイドに寂しさを紛らわしてもらいながら過ごすしかない、ということになる。何ともはや、生きることの意味って何だろう――そんな問いが口をついて出るのも無理はない話だった。

「――科学的見地から見て、生きているとは言いがたい立場から、このようなことを申し上げることが適切かはわからないのですが」

 恐る恐る、という雰囲気を出すには十分な間の取り方で、しかし別段何を恐れるふうでもない無表情を保ったままで、人工の少女は口を開く。

「今、このときにあなたがお目覚めになる手はずが整った――地球が人類の生存に適した環境を取り戻したタイミングで、ずっと糸口すら掴めていなかった病気の治療法も確立できた。そのことにはきっと、何らかの意味があるのだと思います」

 観念的で、何となく宗教的でもある物言いだと思った。純粋に科学だけによって生み出された存在が口にするのは少々ミスマッチな気もするけれど、その語り口には妙な説得力が――あるいは、聞く者に安心感を与える不思議な力が――宿っているようにも思えた。

「それに――人類はおそらく、まだ滅びない。私はそう予測します」

 こう付け足した少女の表情は、どこか和らいでいるようにも見えた。

「――予測、の根拠は?」

 せっかく永らえた命に意味を見出せなくなりそうだったところに、何かしら期待を持っても良さそうな様子が垣間見られたので、僕はじっとその説明を待つことにする。人造の少女は、右手の人差し指をこめかみに当て、考え込むような――慎重に言葉を選ぶような、そんな仕草をしばらく見せた後、

「勘です」

 と、あらゆる意味で彼女の立場が疑われる返答をよこした。

「――そうかい」

 僕はめいっぱい脱力すると、そのまま真後ろに倒れ込み、堅めのマットレスに背中を埋めた。


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