30.エピローグ
「今、少しいいですか、アレン君?」
寝間着のような薄着の格好をしたリリアが、入り口に立ってこちらを見つめていた。
ただ寝ているだけの暇な俺に、断る理由などない。
「あぁ、いいよ。ちょうど今起きたところなんだ。
って、いくらなんでも寝過ぎだよな。」
気まずさで、俺は頭をかくような素振りを見せる。
「それだけ、体が疲れているのでしょうね。」
穏やかな表情でそう言ったリリアは、ベッドの脇に腰を下ろした。
彼女のその行動に、少々面を食らう。
いつもなら、俺のすぐ傍で立っているか、椅子に座るかしかしないのに。
「じ、実は、もう体の方は結構調子が良くなっているんだよな。」
焦りから、俺は自分の体の状況について暴露してしまう。
まぁ、彼女もとっくに気が付いているだろうけれど。
「でしたら、明日はお散歩にでも出かけてみませんか?
森の中を散策するでも構いませんし、街に出かけるのもいいと思いますよ?」
「そ、そうだな。そろそろ、体を動かさないとまずいもんな。」
どちらに行くとも言わない、曖昧な返答をしてしまった。
そしてリリアも、それ以上追及することをしない。
「…………。」「…………。」
話が終わってしまった。
何だ、この気まずい空気は?
いや、そうさせたのは俺か。
責任を取って、何か話題を見付けないと。
話さなきゃいけないことはたくさんあるはずなのに。
何一つ出てこない。
リリアは、足元を見つめて俯いたままだ。
「あ、あのぉ。覚えていますか?」
何をだ?
「武闘祭で優勝したときの、ご褒美のこと……。」
ぬぁっ。今ここで、それを言うのかっ!?
こんな雰囲気の中で、どんな顔をしてお願いすりゃあいいんだよ。
「う、うん。もちろん覚えているよ。」
「そうですか。あれから色々ありましたから、そう言えばまだだったなと思いまして。」
そんな赤い顔で見つめながら言わないでくれよ。
こっちまで緊張してしまうじゃないか。
「あぁ、確かにそうだったなぁ。まぁあれは冗談みたいなもんだから。
そんなに気にしなくてもいいよ。」
「そういうわけにはいきません! 約束は約束ですから。
それに助けていただいたこと、アレン君にはまだちゃんとお礼も言っていませんし。」
ベッドの上に手を突いて身を乗り出すと、訴えるような目を向けてくる。
自然と顔の距離は近くなる。
「いいよ、お礼なんて。あれはみんなで力を合わせて勝ったようなもんだから。
もし誰か一人でも欠けていたら、きっと俺たちは死んでいただろうし。」
「それでも、アレン君が魔神を倒したことには変わりありません。
それに、あの時のわたしに、血を与えてくれたのもアレン君です。」
そう、何度鎖を断ち切られようとも、執拗に魔神を縛り付けようと能力を酷使し続けた。
あの戦いの後、そのせいでヴァンパイアとしての力をほとんど使い果たした彼女は、俺と同じように衰弱していた。
それを回復させるには、人族などの血を体内に取り入れるしかなかったのだ。
「う~ん、まぁ、そう言われれば、そうだけど。」
「ですから! ここはやはり、お礼をさせてください。」
半ば意固地となった彼女は、一つも譲ろうとしない。
まぁ男にとっては、喜ばしいことなのだが。
「わ、分かったよ。」
「で、では……。」
そう言うと、小さく咳払いをするリリア。
そしてベッドの上へ、膝立ちとなる。
ん? これはどういうことだ?
俺は一体どうすればいいんだよ。
リリアを見つめながら固まっていると、不満そうな表情が見下ろしてくる。
「ア、アレン君もちゃんと姿勢を正してください!
わたしにとっては、とても大切なことなんですから……。」
「え? あ、ごめんっ!」
なぜか俺は、居住まいを正すように彼女と向き合った状態で正座となる。
「め、目を閉じてください!」
注文が多いなぁ。
たかが頬にキスをするぐらいで。
そんなの、ほとんど挨拶代わりみたいなものだろ?
俺は彼女に言われた通り、大人しく目を閉じた。
顔の表面には、人体の発する熱のようなものを僅かに感じる。
そして。
俺の唇が、何か柔らかいものに触れた。
へ?
頬じゃないの?
驚いた俺が彼女を見上げようとした時だった。
その顔を見られまいとするように、彼女は俺を引き寄せ、力強く抱き締めた。
自然と、俺の顔はリリアの胸に埋まるような格好となる。
慌てる俺の耳に、彼女の声が聞こえた。
「テスラさんのことは、本当に残念でした。
彼女を守ってあげられなくて、ごめんなさい……。」
違う。それはリリアが謝ることじゃないんだ。
あの時点で、魔神に立ち向かえる者など一人もいなかった。
むしろ、責任は。
そんな俺の心の声が聞こえたように、彼女は続けた。
「決して、アレン君が悪いわけじゃありません。
それだけは、確実に言えることです。
もし神が、アレン君を責めたとしても……。
わたしだけは、絶対に違うと言ってあげます。
だから……。
だから、もう。
自分を責め続けるのは、やめてください……。」
そのことばを聞いた瞬間、俺はなぜだかわからないけれど、救われた気がした。
闇の底で漂う俺をすくい出そうと、手が差し伸べられたような感じだ。
「本当に……、よく、頑張りました……。
アレン君……。お疲れさまでした……。」
それはまるで、熱い吐息が漏れ出た音のような、不鮮明で、淡々しい、小さな声であった。
幼稚園児が、先生に褒められただけのような内容。
それなのに。
なぜだろう。
先ほどから、涙が止まらない。
彼女の腰へと回された腕に、自然と力が込められる。
生まれたての赤子のように、無心で、一心不乱に泣き続けた。
この数ヶ月の間、怒涛のように押し寄せる出来事から、自身を守るように築かれた俺の心の壁が、彼女の一言で簡単に突き崩されたのだ。
ここまでの俺の全てを包括するような彼女のことばは、誰にも理解されることがないと感じていた孤独な心を優しく包み込んだ。
ようやく、誰かに認めてもらえたような気がした。
ようやく、誰かに許してもらえたような気がした。
俺はこの一ヶ月もの間、自分のことを許せなかったのだろう。
現実を直視せず、言い訳ばかりを考える日々。
そうかと言って、未来に目を向けるでもない。
ただ、中途半端なだけの時間。
怖かったのだ。
誰かに責められることが。
いや、きっとテスラに、だ。
俺なんかに付いて来たせいで、俺なんかに魔法を継承したせいで。
俺と関わってしまったせいで、彼女は死んでしまったのだから。
そんな出口の見えない苦しみの中で、ずっと葛藤していた。
でもはっきりと、ことばにしてくれた人が目の前にいる。
もう苦しまなくていいんだよ。
もう悩まなくていいんだよ。
だから、自分を許してあげて、と。
彼女のことばが、俺の心に打ち込まれた楔を外してくれた。
転生してからこの瞬間まで、溜まりに溜まった俺の中の全てが。
暴発するように、堰を切ったように、その感情の赴くまま、彼女を求めた。
不安そうな表情を見せたリリアは、それでも、何も言わず俺を受け入れてくれた。
翌朝目覚めると、隣ではリリアが穏やかな表情で、小さな寝息をたてていた。
そんな寝顔を見つめながら、俺は一つの決意をする。
決して逃げ出すのではない。
立ち向かって行くのだ。
テスラが、俺に魔法を与えた意味の答えを求めて。
そしてその後、ファーガソンさんとリリアに、旅に出ることを伝えた。
ΔΔΔ
出発の日の朝。
大きな背嚢を背負った俺は、門前で彼らと向き合った。
「ファーガソンさん、リリア。
今まで本当にありがとうございました。」
「こちらこそ、本当にありがとう、アレン君。
君のおかげで、この老人はもうしばらくの間、余生を楽しむことができそうですよ。
君がこの屋敷へ来て今日に至るまで、多くのことをお伝えしました。
もはやこれ以上、お話しすることは何もありません。
ですが、私たちのことばが全てだとは思わないでください。
この世界はとても広い。後は、自分の目で見て確かめなさい。
そして、たっぷりと、人生を楽しみなさい。」
冗談っぽく笑う笑顔が、俺の心を締め付ける。
彼らと、ずっとここで一緒に暮らしたい。
そんな気持ちに支配されそうになる。
「分かりました。と……。」
言い出せないことばを飲み込んだ。
「それとアレン君。テスラさんのことですが……。
彼女はきっと……」
「分かっています。そのことは、俺が旅をして行く中で答えを見付けるつもりです。」
「そうですか。うん、それがいいでしょう。」
テスラが普通の人間でないことは分かっている。
でもそれは、これから俺が自分の気持ちに正面から向き合い、この旅を通して考えていこうと思っている。
そして俺は、リリアの方へと顔を向けた。
両手を胸の前で握り締めた彼女は、ファーガソンさんを気にするように見つめた後、俺に向かって口を開いた。
「アレン君! わ、わたしもいっし……」
「リリア。ファーガソンさんのこと、よろしく頼む。」
その続きを言わせないように、俺は彼女のことばを遮った。
「…………。
分かりました。」
俯いた彼女は、ただ一言、そう呟いた。
「別にこれが、最後のお別れってわけじゃないんだ。
またいつか、もっと強くなって帰って来るよ。
その時は、本気のリリアと訓練させてくれ。
あの精霊魔法を使った組み手も、すごく良い訓練になったよ。
またよろしくな。」
「え? あ、あれは……。何と言いますか……。
もう……。つ、使えないのです。」
歯切れの悪い返答をした彼女の顔は、りんごのように赤かった。
それを聞いた黒猫は、横を向いてぶっと噴き出した。
「若いというのは、素晴らしいことですねぇ、アレン君。ほぉほぉほぉ。」
両者の反応によって、リリアは益々顔を赤らめ、完全に俯いてしまった。
何だ?
一体どういうことだ?
「そ、そうなの? まぁよく分からないけど……。
とにかく、リリアには本当に感謝しているよ。
出来の悪い生徒で手を焼いただろうけれど、最後まで付き合ってくれてありがとう。
この恩は、一生忘れないよ。」
「とんでもありません。神殺しを成し得たあなたが、出来の悪い生徒なはずがありません。あまり大したことはお教えできませんでしたが、どうかこれからも、精進することを忘れないでくださいね。」
彼女の寂しそうな笑顔を見ると、決意が鈍りそうになる。
そうなる前に、そろそろ行くとするか。
そんなことを考えていると、黒猫が俺の肩へと飛び乗って来た。
「ん? どうしたニュート? まさか、お前も一緒に行くつもりか?」
リリアの眷属となり、魔力を抑え込まれて黒猫の姿へとなった獣人の少女は、俺の質問に大きく頷いた。
「だそうだけど……。いいのか、リリア?」
「アレン君さえ良ければ、わたしは別に構いませんよ?
そうしていただければ、そんな野良猫の面倒を見なくて済みますし。」
そう言われた黒猫は、主人であるヴァンパイアに向かってべぇっと舌を出した。
「分かった。じゃあ保存食として連れて行くとするかっ!」
「ニ゛ャア゛!」
信じられないと言った表情で、変な声を上げたニュートは固まってしまった。
「それがいいですね。
それと、言うことを聞かない場合はミスリル製の武器でお仕置きしてくださいね。」
にゃあにゃあと、ニュートは助けを求めるように俺の頬へ顔を擦りつけてくる。
「まぁ冗談はさておき。
よく聞きなさい、ニュート。
これからは、アレン君をあなたの主人として、命に替えても彼を守り、彼に尽くしなさい。いいですね?」
納得していないニュートは、不機嫌そうな表情でそっぽを向く。
そんな黒猫へ、リリアはダメ押しをする。
「わたしは眷属であるあなたの身体を、自由に灰燼にすることができます。
たとえそれが、どんなに離れていようとも(まぁ嘘ですけど)。
それはとても痛くて、苦しいですよ?」
びくりと身体を震わせたニュートの目は、大きく見開かれる。
「それに、わたしたちを裏切って逃亡することも無駄ですよ。
血で繋がったわたしにはその場所が分かりますから(これは本当です)。
だから、変な気は起こさないように、……ね?」
鉄のように冷たいその声は、すでに黒猫の肝を鷲掴みにしているようであった。
まぁこれなら、ニュートが歯向かうことはないだろう。
「じゃあ、そろそろ行きますね。
それでは、またいつかっ!」
二人は何も言わず、万感の思いを胸に抱いた表情で、ただ大きく頷いた。
そして俺は、街の方へと向かって歩き出す。
だが俺は、数歩行ったところで、ぴたりと足を止めた。
振り向くと、二人は不思議そうにこちらを見つめている。
今まで言えなかったことば。
気恥ずかしくて、伝えることのできなかった気持ち。
チャンスは、今しかない。
「と、父さんっ!!」
鼻の中が、つんとなる。
胸から、何かが溢れ出そうになる。
二人の姿がぼやけ始めた。
喉は締め付けられ、続きのことばがなかなか出てこない。
「い、今まで、本当に、お世話になりましたぁぁぁぁっ!!」
何とかことばに変換された震える声を、必死で絞り出す。
年老いた父の目には、光るものが溢れていた。
「体には十分気を付けて、風邪をひかないようにな。
行ってらっしゃい、アレン。」
こみ上げてくるものに、耐え切れない。
服の袖で、何度も顔を拭う。
それでも抑え切れない涙が、ぽたりぽたりと地面の色を変えていく。
ようやく、涙でぐちゃぐちゃな顔を上げる。
鼻水をすすり、しゃくり上げながら。
「はいっ! い、行ってきばずっっっ!!」
泣きながら笑顔を作る三人の家族。
黒猫はそんな俺たちを、しょうもな~という白けた表情で見つめていた。
そして俺は、再び歩き出す。
今度は、一度も振り返らずに。
しっかりと、一歩ずつ、一歩ずつ。
ΔΔΔ
トレヴルージュの街に到着した俺は、冒険者ギルドへと向かった。
最後に、挨拶をしておきたい人がいるからね。
ギルドの扉を開いて中へ入ると、そこには変わらない風景があった。
迷わず向かったカウンターには、いつもの彼女がこちらに満面の笑顔を向けてくる。
「久しぶりね、アレン君。今日はどうしたの? 何かのクエストにでも行くの?」
「いえ、そうじゃないんです。実は、この街を出ようかなって思って。
それで最後に、マーシャさんに挨拶に来ました。」
俺のことばを聞いた彼女は、一瞬悲しそうな表情を浮かべる。
だが、すぐにそれをかき消すと、いつもの明るい笑顔へと戻る。
「そっかぁ~。行っちゃうのか。何だか寂しくなるわね。
あれ? そう言えば、あの神官さんは? テスラちゃんも一緒じゃないの?」
ずきんとした痛みが、胸の中を走り抜けた。
「それが、テスラは家庭の事情でどうしても帰らなくちゃいけなくて。
彼女は、先に行ってしまいました。」
「そうなんだ。それじゃあアレン君も、ちょっと寂しくなるわね。」
そこで、ニュートがカウンターの上へ現れると、にゃおと鳴き声を上げた。
「まぁでも、こいつがいるから寂しくないですよ。」
「やだ、かわいい~。アレン君て、猫好きだったのね。」
いや、俺はどちらかと言えば犬派だ。
優しく頭を撫でられ、満更でもない表情を見せる獣人。
「ん~、好きってほどでもないんですけど、こいつとは成り行き上というか、腐れ縁のようなもので一緒に連れて行くことになりました。」
マーシャさんは、今一つ要領を得ないという表情を俺に向ける。
まぁそうだろうね。
俺もこれ以上、何て説明したらいいのか分からない。
「と、とにかく。
マーシャさん、今まで色々と面倒を見てくれて、本当にありがとうございました。
またいつか、この街に戻って来た時は、よろしくお願いしますね。」
「えぇ、その時はこちらこそよろしくね。
あ、そうだ。ちょっと待ってて、アレン君。」
そう言うと、裏の事務所の方へと急ぎ足で立ち去った。
彼女を待つ間、俺はギルドの中を見回して時間を潰していた。
俺もいつか、ここにいる冒険者たちのように、仲間を作って旅をしてみたいもんだな。
新しいクエストの攻略方法を話し合ったり、戦闘のスキルや魔術に関する議論をしてみたり、そんなことができるような仲間たち。
いつか、出会えるといいなぁ。
しばらくすると、マーシャさんがカウンターへと戻って来た。
「お待たせ、アレン君。はい、これ。」
彼女が差し出したものは、封のされた封筒であった。
「これは?」
「それは、アレン君がギルドへ預けていた遺書よ。
いつか説明したでしょ? ギルドへ遺書を預けておくことができるって。
冒険者が亡くなった時、それは指定された相手に送られることになっているのよ。
ギルド宛の書類はこちらで処分しておくわね。」
何だよ、アレン。
結構まめなことをしてたんだな。
「そうでしたね。じゃあこれは返してもらいますよ。」
「もし次の拠点になるギルドが見つかったら、そこでも同じように預かってくれるからね。」
「分かりました。それじゃ、そろそろ行きますね。
今まで本当にありがとうございました。では、お元気で、マーシャさん。」
「うん。アレン君も元気でね。あまり無理しちゃだめよ。」
彼女に笑顔を向けると、俺はそのままギルドを後にした。
ΔΔΔ
ここは、トレヴルージュの街並みが一望できる小高い丘。
そこまで来ると、俺は背嚢を下ろして地面へ座り込んだ。
アレン、申し訳ないけど、お前の手紙を読ませてもらうぞ。
ナイフで封を切り飛ばし、手紙を取り出した。
それは、故郷にいるたった一人の肉親である母親に宛てられた手紙であった。
読み進めていく内に、俺の目から自然と涙がこぼれ落ちた。
今日は何だか、涙もろい日だな。
きっと、感傷的な気分になっているからだろうな。
手紙の内容?
それは俺とアレンだけの秘密だ。
プライバシーの問題ということにしておこう。
ただ、いかにアレンが母親のことを大切に思っているかということが、その内容からよく伝わった。
つい俺も、元の世界の両親を思い出してしまった。
今頃、どうしているかなぁ。
二人共、まだ悲しみの只中にいるかもしれない。
もしかしたら、少しは立ち直って未来を向いてくれているかもしれない。
そうなっていることを、切に願うばかりだ。
父さん、母さん。
安心してくれ。
俺はこっちの世界で、元気にやっています。
戸惑うことも多いけれど。
それでも、こっちの世界で精一杯やってみようと思います。
だからどうか、心配しないで。
それでは、お元気で。
周りを見回してみると、ニュートの姿が見えなかった。
もしかすると、俺の様子を見て席を外したのかもしれない。
変なところに気を遣う獣人だな。
「お~い! ニュート! 行くぞぉー!」
すると遠くから、にゃ~という鳴き声が聞こえた。
立ち上がった俺は、背嚢を背中に背負う。
と同時に、黒猫が俺の肩へと飛び乗った。
俺は手にしていた手紙をびりびりに引き裂いて、風の中へとばら撒いた。
不思議そうに見つめていた黒猫は、いいの?という感じで鳴き声を上げる。
「いいんだよ、別に。
さてと、そんじゃあ行くか!」
ニュートの賛同するような大きな声が、俺の耳元で鳴り響く。
アレン。
安心しろ。
お前の夢は、俺が必ず叶えてやる。
だからもう、遺書なんていらねぇだろ?
俺とお前の人生は、これからまだまだずっと続くんだから。
気持ちの良い風が、俺の頬を撫でるように駆け抜ける。
空を見上げると、俺の心を映し出したかのような澄み切った蒼が広がっていた。
この世界の空気を、いっぱいに吸い込む。
そして、いつか見た青空を背に。
俺は、その一歩を大きく踏み出した。
第一章完結です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




