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21.武闘祭

 冒険者たちの控え室で、俺は自分の装備の最終確認を行っていた。

 武闘祭は、冒険者ギルドの訓練施設で行われる。

 そこは、円形闘技場のような形をしており、周囲を壁に囲まれている。そしてその外側には観客席のようなものが配置されている。

 トレヴルージュのような大きい街のギルドには、大抵このような訓練施設が併設されているそうだ。


 テスラとリリアは、おそらく観客席で俺の登場を待っていることだろう。

 ちなみにファーガソンさんは屋敷で留守番をしている。出発の際、いつもの笑顔でご武運をと言われた。


 それと彼らから、武闘祭へ参加するに当たり、一つだけ言われたことがある。

 それは、自分が三重(トリア)魔導士であることは明かさない方が良いということである。もちろん、三重(トリア)詠唱も禁止となる。

 大勢の集まる場所では、一体どのような者が見ているか分からないからとのこと。



「あ、お~い! アレン君!」


 声のする方に視線を向けると、マーシャさんが手を振りながら駆け寄って来るのが見えた。


「久しぶりです、マーシャさん!」

「お久しぶりね、アレン君! お? 何だか、かなり強くなったんじゃない?」


「へへっ、分かりますか? なんてね。でも数ヶ月前の俺とは全然違いますよ。」

「ふふ。そのようね。じゃあ今日は、そんなアレン君を間近で見ることができるのね。」


 マーシャさんの話では、ミスリルエント級の彼女が審判を務めるようだ。

 なるほど、それで間近で観戦するってことなのか。

 

「それじゃあ、行くわね。また闘技場の舞台で会いましょう!」

「ええ、また後で!」


 片手を上げて挨拶をすると、俺たちはそれぞれの方向へと別れた。




ΔΔΔ




 さてと、俺の一回戦の相手は、どうやら魔導士の女の子のようだ。

 それは装備しているローブや杖から判断したわけだけれど。

 こんな大会に魔導士として出場するってことは、大方魔術に自信ありってところか。


 だが、彼女は両手で杖を握り締め、緊張の面持ちでこちらを見つめていた。


「では、シルバーフォックス級、エルミ・ボートレンと、ブロンズスパイダー級、アレン・マクスベルの試合を開始します! 始め!!」


 片手を上げたマーシャさんが、会場中に響き渡るような大きな声を張り上げた。


「〈土槍(ジャービス)〉!!」「〈加速(アクセラス)〉。」


 ほぼ同時。俺たちはそれぞれの魔法を詠唱する。

 だが、彼女の魔力効率、変換速度、発動時間、そのどれを取っても俺より遥かに劣っていた。まぁ結果的にそうだと分かったわけだけれど。でもそうなると、二人の初動に差が出るのは必然と言える。


 彼女と俺を結んだ何の障害もない直線の最短ルートで、その距離を一気に縮める。

 俺の後方では、大地から天へと向かって突き上げる土槍がようやく発動した。

 そして次の瞬間には、抜き放たれた俺の剣身が彼女の首筋に添えられていた。


「え~と、降参してもらえると助かるんだけど……?」

「…………。へ? は、はい……。 降参します……。」


 未だに信じられないといった顔だな。

 まぁそうなっているのは、彼女だけじゃなくて審判のお姉さんもだけど。


 呆気に取られた表情で、固まっているマーシャさん。

 水を打ったように静まり返る会場。


「あの~、マーシャさん? 彼女、降参してくれましたけど?」

「…………。え? し、勝者、アレン・マクスベル!」


 剣を鞘に収めながら、俺はくるりと出口の方向へと向き直る。

 その瞬間、一気に沸き上がる闘技場。

 俺はそんな彼らの声を背中に受け、颯爽と舞台を後にする。


 二回戦は、俺と同じ剣士のようだ。

 始まる前から、相手の男は剣をしっかりと構えてこちらを睨みつけていた。

 先ほどの俺の即行攻撃をかなり警戒しているようだ。


 あ~、だめだめ。

 そんなしっかり構えて、相手に情報を与えてどうするんだよ。


 と言っても、これはもちろんリリアの教えだけれど。

 構え一つで、相手に色々な情報を与えてしまうのだと。

 彼女は言った。「乱暴な言い方をすれば、別に構える必要などありません。まぁ正確には、構えていないように見せて、いつでも動ける体勢を整えておくということですが」と。


 開始の合図の後、俺はゆっくりと相手の方へと歩き出した。

 警戒を強めた相手は、剣をしっかりと握り直す。

 だが俺はまだ何も仕掛けない。

 そしてとうとう、相手冒険者の目前まで迫った。


 プレッシャーに耐え切れなくなった彼は、俺を斬りつけようとして両手を上げた。

 瞬間、ほとんど脳を介さずして俺の体が反応する。

 上段へと振り上げたことによって、相手の剣の柄頭が俺を向いた。

 その一点に向かって、強烈な刺突を繰り出す。


 彼から逃げるようにして飛び去った両手剣は、遥か後方の大地へと舞い降りる。


 そしてそのまま切っ先を相手の眼前まで下ろす。

 彼は諦めたように大きく溜息をつくと、ただ一言。

 降参すると言った。


 会場を後にする時、観客席で一際大きく俺に手を振るローブ姿が目に入る。

 彼女の隣には同じく、外套を目深に被った背の高い人物が佇んでいた。

 その口元には、安心したような微笑を湛えているのが確認できる。

 俺は二人に向かって、拳を突き出すような仕草で合図を送った。


 そんな試合をいくつか勝利し、次が六回戦だ。つまり優勝決定戦。

 そして決勝戦の相手は、どうやらあの男のようだ。

 あいつにだけは、絶対に負けることなんてできない。


 俺は決勝戦に備え、意識を集中させて控え室に待機していた。


「あ、いたいた! いや~お兄さん強いニャ~。わたし、お兄さんのファンになりそうだニャ。」


 そこへ突如、俺に声をかける少女が現れた。

 椅子に座って俯いていた俺は、ゆっくりと彼女の足元から順に視線を上げる。


 冒険者に相応しいとは言えないひらひらとした服装から、惜しげもなく露わになった太もも。そしてリリアに負けずとも劣らない、発育の良い胸。

 まるで衆目に晒すことを目的としているかのようなその姿に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。


 そして彼女の顔を見た瞬間、俺の思考は停止する。


 おおおぉぉ……。ケモミミや。

 マジかよ。リアルでも、こんなに可愛いのかよ!


 獣人が可愛いなんて、俺は二次元に限られた話だと思い込んでいた。

 もし現実にいたら、きっとグロテスクに違いないだろうと。

 だが目の前の頭に生えた獣耳は、可愛さの要素の一つとして十分に成立していた。


「あ、ありがとう。えっと、君も冒険者、だよね?」

「ん? 冒険者? あ、あぁ~そうそう。美少女冒険者をやっているニャ。

ところでさぁ、お兄さん。」


 自分で美少女とか言うか? まぁ確かに、美少女なのは認めるが。


「何だい?」

「お兄さんがさぁ、神格級魔法の使い手ニャの?」


 その瞬間、俺の中の熱が一気に下がるのを感じた。

 特に何事もなかったような愛想の良い笑顔で、俺の返答を待つ彼女。


 その質問は、神格級魔法の使い手の存在自体は認識していると言っているようなものだ。

 テスラが神格級魔法を使う神官であることは誰にも言っていない。

 じゃあなぜ、彼女がそんなことを知っているんだ?


 俺の頭の中に警戒音が鳴り響く。


「な、何を言って……」

「アレンさ~ん! 時間ですよ! こちらにお願いします。」


 その時、ギルド職員の俺を呼ぶ声が聞こえた。

 彼女の質問へは答えず、俺は試合会場へと向かうことにした。

 獣人の少女はそれ以上何を言うでもなく、人間味のない冷たい笑みを浮かべていた。




ΔΔΔ




 駄目だ。集中しろ。アレン・マクスベル。

 さっきのことは、頭の片隅に一旦置いておけ。

 今は、目の前にいる敵だけのことを考えろ。


 俺の目の前には、傲慢な顔つきをした男がこちらを見据えて待ち構えている。


 そうだ。アーロイ。

 てめぇには借り(・・)がある。

 ここできっちりと返させてもらうからな。


「よぉ、アレン。まさかおめぇみたいなのが、ここまで勝ち残るとはな。正直驚きだぜ。だが今年は、この俺が優勝させてもらうぞ。」

「…………。」


「あぁ? どうした? 恐怖で声も出ねぇか? 

 まぁすぐに、お前もあのお仲間二人のところへ送ってやるよ。

 何て言ったか、あいつら。揃いも揃って、三人とも愚図ばっかだったよな。」


 また言ったな、アーロイ。

 俺の仲間を、一度ならず二度までも侮辱しやがったな。

 てめぇにはここで、地獄のような恥辱を味わわせてやる。

 そうじゃなきゃ、あの二人が浮かばれない。


「アーロイさん、余計なことは言わないで。それに殺すのはルール違反よ。その時点で失格だからね。」


 審判のマーシャさんが、アーロイを睨みつける。


「へいへい。冗談だよ。」

「アレン君も、彼の言うことに耳を貸さないで。挑発に乗っちゃだめだからね。」


 俺はわざと惚けた表情となった。


「え? 挑発? 今挑発されてたんすか? 

 俺、豚のしゃべることばはよく知らないんで、全然分からなかったですよ。」

「てめぇ!! ぶっ殺すぞ、コラァっ!!」


 やってみろよ。豚野郎。

 言っとくけど、お前は楽に敗北できる(・・・・・)なんて思うんじゃねぇぞ。


 青筋を立てたスキンヘッドは、唾を飛ばしながら猛獣のようにがなり立てる。

 凄んでいるようだけれど、俺はもっと怖い人と毎日訓練をしている。

 それに比べたら、まるで幼児が駄々をこねて拗ねているのと変わらない。


 マーシャさんは呆れた表情で小さく息を吐いた。

 そしてすぐに、二人を交互に見遣る。


「それでは、ゴールドウルフ級、アーロイ・バグスタ! 

 そしてブロンズスパイダー級、アレン・マクスベル! 

 両者による決勝戦を開始します! 始め!!」


 俺はすぐに剣帯の留め金を外し、剣を地面にそっと置いた。


「あぁ? どういうつもりだ、アレン! 今更降参したって認めねぇぞ!?」

「豚相手に、別に剣なんかいらねぇだろ?」

「…………っ!!」


 怒りで声も出ないようだ。

 俺の行動に、観客席が一斉に沸き上がる。二人を囃し立てる声も聞こえた。


「いいから、かかって来いよ、アーロイ。」

「〈強化(レイフォース)〉っ!!」


 どうやら余程頭にきたのか、俺を一気に叩き潰す算段のようだ。

 だが、こっちとしても好都合だ。


 豪速の大剣が俺の頭に振り下ろされた。

 もちろん俺は、軽く左へと捌いた後、やつの鼻頭に渾身の掌底を叩き込む。

 手のひらが顔面の潰れる感触を伝えてきた。


 リリアの声が頭に再生される。「人を拳で殴ってはいけませんよ、アレン君。やるなら手のひら、掌底です。拳は意外と脆く、こちらもダメージを負いますからね。」


 それに、もし相手の体内に毒が仕込まれていた場合、拳を怪我した時点でこちらも毒に侵される可能性だってある。

 彼女の教え一つ一つが、戦いを通して頭の中に思い起こされる。


 どうしたよ、アーロイさん。

 まさか、これで終わりじゃないよな?


 唸り声を上げたアーロイは、大剣で俺を串刺しにしようとした。

 同じように攻撃を捌いた俺の動作を見越していたように、すぐさま横薙ぎの連撃へ派生させようとする。

 だが俺の反応は更に上回り、やつの側面へと体を寄せた。

 そしてアーロイの腕を抑えて攻撃を止めると同時。

 俺の掌底がやつの顎を真上に穿つ。

 まだ終わらない。

 すぐさま、肘で潰れた鼻にエルボーの駄目押しをする。

 アーロイは堪らず膝を地面に突いた。


 そこからは、一方的な暴行であった。

 大勢の観衆の前で、為す術もなく崩れ落ちるアーロイ。

 だが、それを無理矢理立たせるように蹴り上げる。

 そしてまた殴る。

 全ての攻撃は急所を外し、長く苦しめることができるように力を加減する。



 なぁ教えてくれよ、アーロイ。

 剣も魔法も使わない相手に、一方的に殴られる気分をよ?


 満身創痍の男は片膝を地面に突き、苦しそうに肩で息をしている。

 だがそれでも、やつの気持ちはまだ折れていないようだ。

 その苦痛に歪んだ顔から放たれる獰猛な視線だけは、俺を真っ直ぐに捉えて離さない。


 そんな男を見下ろしながら、俺の中で暗い感情が渦巻く。


 何もかも、全てが不愉快だ。

 アーロイの俺に向ける視線。

 殴るときの感触。

 圧倒的な実力差。

 怒りに身を任せる自分。

 その全てが。

 やめだ。

 もっといじめてやろうと思っていたけれど、もうやめだ。

 だからもう、これで終わらせる。


「〈強化(レイフォース)〉。」


 俺のことばを聞いた瞬間、アーロイは顔色を変える。

 そして柄を握り直すと、そのまま逆袈裟に斬りつけた。

 だが俺は、やつの腕を足の裏で踏み込むように押し止める。

 そして一拍置くと、軸足を地面に踏み込んだ後、全力でスキンヘッドの男を蹴り抜いた。


 まるでミサイルのように後方へと飛びすさり、そのまま闘技場の壁へと激突する。

 かなりの衝撃であろうが、相手も強化していることだし、死にはしないだろう。


 そのまま動かなくなった対戦相手の姿を確認すると、俺はやつに背中を向ける。

 そして闘技場の中心部へと向かうため、足を踏み出した。

 正にその時であった。


 爆発にも似た轟音が後方から鳴り響いた。

 俺はゆっくりと首を捻りながら、先ほどまで男が気絶していた方へと視線を向ける。


 土煙の中に、一人の男の影が見えた。

 徐々に薄れ行くその煙幕から現れたのは、敵意を剥き出しにした狂戦士の姿であった。




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