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20.エントリー

 ファーガソンさんたちが魔族であることを知ってから、更に一ヶ月の時間が経過した。


 今俺の目の前には、黒い炎を両手に灯したメイドさんが、刺すような鋭い視線をこちらに向けている。


「では行きますよ、アレン君? 

 言っておきますが、もしかすりでもすれば、熱いでは済みませんからね?」


「リリア。」

「な、何ですか?」


 彼女は怪訝そうな表情を俺に向ける。


「…………。

 今日も綺麗だね。」


「っ!! な、何を馬鹿なことを言っているのですか!?」

「隙ありっ!!」


 俺は強化された全身の筋肉を使い、矢のように真っ直ぐと剣を刺突した。

 彼女は顔を茹で蛸のように真っ赤にさせて慌てていたにもかかわらず、あっさりと片手で俺の剣の軌道を曲げる。

 と同時に、もう片方の黒い掌底が俺の顔面を襲った。


 あれは、冗談でも食らっちゃいけない攻撃だ。

 すぐに俺も、左手で彼女の肩口を押さえてカウンターを阻止する。

 もちろんこれで終わりではない。

 怪我をさせてしまうかもしれないが、俺は彼女の整った鼻に頭突きを仕掛けた。

 だが彼女は、俺の鳩尾に膝蹴りを入れると、そのまま後方へと飛び去った。


「お、おぉえええぇぇぇ!!」


 大地よ、今日の俺の朝食を吸うがよい。


「アレン君。そこ、ちゃんと掃除をしておいてくださいね。」

「は、はひぃ…………。」


 やっぱり、精霊魔法を使った訓練は緊張感が段違いだな。

 

「まぁ冗談はさて置き、なかなか良い仕上がりになってきましたね。この分だと、一ヶ月後の武闘祭は十分に優勝が狙えますよ。」


 そう、なぜ俺がこんな危険な訓練をしているかというと、今から一ヶ月後に武闘祭が開かれるからだ。

 それはトーナメント方式で行われる、冒険者同士による一対一の戦い。そして出場資格は、ゴールドウルフ級以下であること。

 ミスリルエント級ともなると、そこに大きな実力差が生まれるため、制限が設けられているのだ。

 まぁ、娯楽の少ない街の人たちにとってはちょっとしたお祭りのようなものだ。それに、こんなに鍛えている人たちが街を守っていますよというギルド側のピーアールも兼ねている。


 だが、冒険者たちにとっては真剣勝負そのもの。

 なぜなら、なんと優勝者には、一階級昇格の権利が与えられる。そして更に、金貨十枚という優勝賞金も出る。ゴールドウルフ級であれば、ミスリルエント級へ無条件で昇格できるというわけだ。

 俺の場合は、優勝してもシルバーフォックス級になるだけだが、アレンのプレートを取り戻すことができる。となると、何が何でも優勝しないといけないわけだ。


「ねぇ、リリア。もし俺が優勝したら、何かご褒美をくれないか?」

「ご褒美……ですか? 唐突ですね。」


 彼女は、不思議そうな顔で小首を傾げた。


「そう、ご褒美。」

「それは構いませんが、一体何を差し上げれば?」


「ん~、そうだなぁ。例えば、俺の頬に熱い口づけを! な~んてね。」


 いつもならここで、射殺(いころ)すような視線かグーパンチが飛んで来る。

 本気で怒られない内に、ちゃんとしたお願いをするか。


「…………。わ、分かりました。アレン君がそれでいいと言うなら……。」


 照れるように伏し目となった彼女の声は、つぶやくような小ささであった。


「え……。マジですか……?」

「まぁ訓練にも、ヴァールの(いかずち)だけではなく、たまにはマーティアの微笑みも必要でしょうし……。」


 あ、これは日本語で言うと飴と鞭、ということばが一番近いかもしれない。

 いや、そんなことよりも、マジでいいのかよ。冗談で言っただけなのに。

 今更、やっぱいいですなんて言えないよな。

 まぁ言わないけど。

 よしゃ。おじさんがんばっちゃおう。


「よっしゃぁぁっ!! 絶対優勝してやるぞぉぉぉ!!」

「そんなことで気合を入れないでください! さぁ、続けますよ!!」


 耳まで赤くしたリリアは、両手に灯った精霊の炎を一層燃え盛らせる。

 そして自身の羞恥心をかき消さんとするような、苛烈さを増したリリアが俺へと踊りかかった。


 

 彼女との訓練が終わった後、俺は街へと向かった。

 そして無事、武闘祭へのエントリーを完了させることができた。

 例年参加するメンバーは決まっているようだ。

 そのほとんどが、近接戦闘を得意とする戦士系の冒険者。

 やはりこのような戦闘は、魔導士には分が悪いのだろう。


 ちなみに、マーシャさんは武闘祭の準備で忙しいらしく、いつものカウンターには不在であった。

 せっかく久しぶりに会えると思ったのに、少し残念だ。

 まぁ俺の見違えた姿を、彼女にお披露目する楽しみができたということにしておくか。




ΔΔΔ




 一人の少女がトレヴルージュの冒険者ギルドを訪れた。

 開かれた扉から現れた人物に、冒険者たちの視線が自然と集まる。

 男たちは、先ほどまでの馬鹿騒ぎを忘れたように押し黙る。

 そして彼女の姿を見た女冒険者の中には、露骨に嫌な顔をする者も少なくなかった。


 そんな彼らを気に掛ける様子が微塵も感じられない少女は、ギルド内へ堂々と歩を進める。

 そして、まるでめぼしい人物を探すように、獣の耳を忙しなく動かしながら周囲を見回した。


(ん~、ここが最後の街ニャんだけど、大したやつはいなさそうだニャ~。)


 落胆しかけた少女へ、スキンヘッドの冒険者が声をかけた。


「よぉ~、獣人の姉ちゃん。こっちへ来いよ! 俺らと一緒に飲もうぜ!」


 少女は声のする方へ、虫けらを見るようにさして興味のなさそうな視線を投げ遣った。

 だがそれでも、情報を収集するためだと思えばいいか、と自身を納得させる。

 すると即座に、まるで上客に対する商人のような笑顔を作り出した。


 男たちの酒臭い口臭に耐えながら、ニュートはいくつかの情報を得ることができた。


 数ヶ月前に、狂暴な魔物によって仲間を失くした冒険者がいたこと。

 そしてそんな彼が、神官のような少女と戻って来たこと。

 最後に、彼らは外套を目深に被った女と出て行ったきり、姿を見ていないということ。


 さすがのニュートにも、これらの情報が主人への色好い報告になるという程度には察することができた。

 だがそれでも、まだ彼らの居場所が判然としていないのである。


 どうしたものかと悩んでいたところ、新たな情報を得ることができた。

 その冒険者が毎年参加している武闘祭なるものが、一ヶ月後に開催されるというのだ。

 そしてすでに、その冒険者はエントリーを完了させているらしい。


 猫耳の少女は、スキンヘッドの男の頭を愛おしそうに撫で上げると、そっと顔を近付けた。


「おじさん美味しそうだけど、まだ使えそうだからもう少し生かしといてあげるニャ。」


 男たちは彼女の突然のことばに、全員が頓狂な表情となる。

 だが、その言葉を冗談と受け取った彼らは大きな笑い声を上げた。

 そして心底愉快そうな男たちは、木製のコップに入った酒を一気に飲み干した。

 傍らに座る少女も、男たちを見つめながら小さくほくそ笑む。


 その後、スキンヘッドの冒険者と獣人の娘は、二人で夜の街へと消え去った。




ΔΔΔ




 就寝前に行う秘密特訓の時間。

 中庭には、いつも通りの虫たちの合唱だけが聞こえる。

 俺は体の中に残るマナを消費し、不純物を浄化するようなイメージで精神統一を行う。

 このような日々のケアが、魔力の向上へと繋がる。


 あの日から、俺は闇属性魔法の訓練も取り入れた。

 ファーガソンさんから教えられた闇魔法は、たった一つの魔法であった。

 下手に色々習うより、応用の利く一種類の魔法を精度よく極めた方がよいとの考えからである。


 彼が言うには、闇と神聖魔法は少々特殊な魔法なのだそうだ。

 そしてそのことを顕著に表した闇魔法、それこそが、ファーガソンさんから教えてもらった魔法。

 

 〈暗黒化(クールタス)


 それは万物を闇へと属性化させる、シンプルにして究極の闇魔法。

 つまり、火属性の〈焔球(ボウム)〉と併用すれば、そこに闇属性の性質もプラスされるということだ。

 これで神官さまを攻撃すれば、彼らの神聖防御を突破し、理論上は丸焦げにできる。


 いやもちろん、そんなことはしないよ?

 まぁ、そんな戦い方ができるのも、三重(トリア)の魔導回路を有した俺だからこそできるのだけれど。

 正に、俺にはうってつけの魔法ということだ。

 

 ただこの闇魔法が、かなりの曲者であった。

 なかなか発動させることができないのだ。

 老師曰く、俺には闇に染まった心が足りないのだそうだ。

 それは全くもって結構なことです、と笑いながら言っていた。

 それと、そんな魔法、わたしは使ったことがありませんがねと愉快そうに言っていたことも付け加えておこう。


 そんな実績のない魔法を教えるなよ、とは言うまい。

 まぁつまり、この魔法は俺が暗黒面に落ちないと使えないということだ。


 なかなかうまくいかないものだな。

 とりあえず、今日は諦めてもう寝るか。


 さて、いよいよ明日は武闘祭だ。


 リリアは、いつも通り動くことができれば、俺の優勝は確実だと言っていた。

 俺は最早、ミスリルエント級以上のレベルに達しているらしい。

 自分ではあまり実感が湧かないのだが、明日になれば分かることだ。


 そんなことを考えながら、俺は小さく息をついた。

 そしておもむろに、弓のような細い月を見上げたのであった。

 

 


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