19.テスラの審判
「アレン君は、どうして我々のような魔族がこのアースガルルドに存在するのかをご存じでしょうか?」
その質問は、俺にとって意外であり、難解なものであった。
どうしてって言われても、人間や動物と同じように、魔族も存在しているんじゃないのか? それにその質問は、どうして人間がこの世界に存在しているのかってことと変わらないじゃないか。
「いえ、分かりません。ちょっと想像がつかないと言いますか。」
「ふむ。では少し長くなりますが、この世界の創世についてお話しましょう。」
それは、この世界がどのように生まれたかというところから始まった。
かなり長い話となったので、要点だけを端折って説明するとこんな感じだ。
太古の昔、一人の神さまがいた。
後に彼は、始まりの神と呼ばれるようになる。
そして彼がこの世界、アースガルルドを創世した。
次に彼は、より自身の存在に近い者たちを生み出した。それが今この世界で信仰されている神々だ。
そして最後に、彼らが〈地上の子ら〉と呼ぶ存在、つまり人族をこの世界に誕生させた。
他の神々も、親である始まりの神に倣い、いくつかの種族を誕生させる。今となっては、この全ての種族を合わせて〈地上の子ら〉と呼んでいるらしい。
始まりの神は、子である神々に〈地上の子ら〉を導くようにと言い残し、その姿を消してしまった。
すると、神々の中で話し合いが進むにつれて、いくつかのグループができる。
まぁこれは現代の社会でも同じようなものだろう。
一つは、〈地上の子ら〉の意志を尊重し、ほんの少し助言や手助けをしてやるぐらいにして、彼らを見守ってあげようよというグループ。つまり、今信仰されている神々だ。
そしてもう一つは、自分たちこそが、アースガルルドを直接支配して積極的に地上へ介入するべきだというグループ。これは後に悪神と呼ばれる神々となる。
残りはどちらでもない神々だ。
そこで二つのグループは話し合いを始めたが、それは平行線を辿ることになる。
そしていつしか互いを憎むようになった。やがてそれが、神界大戦へと発展することとなる。
だが戦況は膠着状態となり、なかなか決着がつかなかった。
そこへ突如、始まりの神が現れた。
すると彼は、善神の神々を手助けしたのだ。
そりゃもう彼らは大いに喜んだ。だって自分たちの考えが正しかったと言ってくれたようなもんだからね。
でも問題なのは悪の神々だった。何だよあいつらマジムカつく状態となる。
当然だけれど、始まりの神に対しても恨みを持った。
そこで彼らは考える。善神の神々や、始まりの神が嫌がるようなことを。
そして出た結論が、〈地上の子ら〉を苦しめてやろうぜ、ということだった。
そのために、彼らは地上に新たな種族を生み出した。
自分たちの代わりに〈地上の子ら〉をいじめる実行部隊の存在を。
それがつまり、魔族と呼ばれる種族だった。
「このようにして、我々魔族はこの世界に生み出されたのです。どうですか、聞いただけでも嫌悪感が生まれるでしょう?」
ファーガソンさんは苦笑しながら、俺にそんな質問をした。
「おとぎ話を聞いたような感覚なので、何とも言えませんけれど。
でも意外と、神さまたちも喜んだり拗ねたりするんですね。
何だかまるで子供みたいな感じで、逆に親近感が湧きましたよ。
実は彼らも僕たちと同じように怒ったり笑ったりしながら、日々を過ごしていたりするんですかね?」
隣のテスラは、感情の読めない呆然とした表情で俺を見つめていた。
しまった。こういう神さまを小バカにしたようなことは、神官さんの前では言っちゃいけなかったよな。
さすがのテスラも、気を悪くしたかもな。
俺は少し不安気な表情でテスラを見つめた。一応、反省の気持ちも込めて。
「ぶふっ!」
突如、テスラが噴き出し、声が漏れるのを必死に堪えながら笑い始めた。
おい、今顔面に唾がかかったぞ。
まぁ美少女の唾なら問題ないか。いや、あるよ。
「何だよ、テスラ! 今そんなおかしなこと言ったか?」
彼女は涙を指で拭き取りながら、気にしないでというような表情を俺に向けた。
「なかなか面白い意見ですね、アレン君。普通の人は、そんな自分たちを苦しめる神々や、我々魔族を許せないとなるのですがね。まぁこれは遥か昔の話ですから、今は少し状況が変わってきてはいますけれどね。」
「と言いますと?」
「アレン君が記憶を取り戻すか、この広い世界に旅立てば分かることですが、魔族と言ってもそれは多種多様です。
争うことを嫌って、外界との関係を断ってひっそりと暮らす魔族や、他の種族とうまく共生している魔族、相変わらず人族やその他の種族と争うことしかしない魔族、色々ですよ。」
「なるほど。つまりファーガソンさんたちは、他の種族とうまく共生している魔族ってことですか?」
「いえいえ。わたしは多くの人族を殺してきましたよ。」
「…………。」
その瞬間、ご老人の穏やかな表情とは裏腹に、その場の和やかだった雰囲気が一気に消え去る。
「だからこそ、五百年前にわたしは人族の英雄と戦ったのですがね。
いやぁ、彼らは本当に強かった。
あぁ、これは勝てないなって思いましたよ。ほぉほぉほぉ。」
その乾いた笑いだけが、部屋の中に小さく響いた。
「でもそんなあなたがどうして、こんな街外れでボランティアのようなことをしているんですか?」
そこで初めて、彼の細い目がゆっくり開かれると、俺を真正面から見据えた。
「ある少女に頼まれたのですよ。
これからは人のために生きて、わたしたち人族を助けて欲しいとね。」
ΔΔΔ
ファーガソンさんからは、五百年前の戦いの話を聞かされた。
そして魔王の座を狙う他の魔族から身を隠すために、ひっそりと二人で暮らしているということも。リリアが冒険者ギルドから情報を集めている理由も何となくは分かった。
でも肝心の、なぜ他の冒険者を手助けしているのかってことについては、あまり多くは語らなかった。ただ、一人の人族の少女が関係しているらしい。
「さて、アレン君。これからどうされますか? このままこの屋敷から出るというのであれば、わたしたちはその選択を尊重しますよ。」
「ファーガソンさんさえ良ければ、俺はここに残って修行を続けたいと思います。もちろんこのことは、誰にも言うつもりはありません。それに、他にも教えて欲しいことがありますし。」
今更何を聞いたところで、彼らが魔族であるということに変わりはないし、二人から学ぶことはまだまだたくさんある。
それに、せっかくいい感じになれたリリアと、これでさようならなんて辛すぎる。
「そうですか。アレン君がそうおっしゃるなら、わたしたちとしてもやぶさかではありませんよ。ところで、その他に教えて欲しいこととは?」
それは、彼らの使う魔法についてだ。
「闇属性の魔法についてです。ファーガソンさんが魔族であるなら、使う魔法はきっと闇属性の魔法ですよね? それを僕に教えて欲しいんです。」
「ん~。それはおすすめできませんね。闇属性の魔法は多種族から忌み嫌われておりますし、人族であるあなた方にとっても、あまりメリットはありません。例えば、闇属性で魔族を攻撃しても効果は薄いですし、逆に回復をさせてしまう場合もあります。」
ご老人の表情は、幼子を諭すような柔らかなものとなった。
「でも、それは逆に言うと、闇属性で防御さえすれば、魔族の攻撃も軽減できるってことですよね? 僕にとっては、それだけでも十分なメリットですよ?」
「ふむ。まぁ絶対にそうなるとは言えませんが、そういう場合も多分にありますね。」
やはりそうか。
ならば、闇魔法がタブーであろうと何であろうと、自分の生存確率を少しでも上げることができるなら、習得しておくべきだ。
「ファーガソンさん、お願いします! どうか僕に、闇属性の魔法を教えてください!」
しばしの沈黙。
「いいでしょう。アレン君がそこまでおっしゃるなら、お教えしましょう。ですが、テスラさんはそれでよろしいのですか? 神官の方は、あまり気を良くしないと思いますが。」
相方の神官は、俺を心配そうに見つめていた。
そりゃテスラにとっては、賛成できることじゃないよな。
魔族の使う魔法なんか習得して、こいつ何をするつもりだよって感じだろうし。
悪いことには使いませんって説得したって、根拠がないんだから。
神に寄り添って生きるこの世界の人たちに、そのメリットデメリットを説いても無駄なことだ。彼女は、悪神の生み出した種族が使う魔法の習得、それ自体を問題視しているんだと思う。
だがそれでも、俺の正直な気持ちを伝えて認めてもらうしか方法がない。
「テスラ。俺さ、ファーガソンさんの話を聞いて考えたことがあるんだ。うまく言えないけど。本当は悪の神々も、最初は俺たち〈地上の子ら〉のことをどう導くかってことを、真剣に考えていたんじゃないのかなって思うんだよ。
まぁ今となっては、こんな世界になってしまったけれど。でもだからと言って、彼らだけが悪かったとは、俺にはどうしても思えないんだ。」
俺のことばを聞いたテスラは、表情を曇らせて俯いた。
「まぁ何が言いたいかっていうと、自分でもうまく説明できないんだけれど。そんな神さまたちが生み出した種族の使う魔法を、悪だと決めつけるのは違うんじゃないかなって気がする。もちろん、彼らが俺たち〈地上の子ら〉にしてきたことは間違っていると思う。でも問題なのは、その魔法じゃなくてそれをどう使うかってことだろ?」
ファーガソンさんとリリアは、俺とテスラの行く末をただ黙って見守っている。
こんな子供みたいな理由で、彼女が納得してくれるとは思えない。
きっと、理屈じゃないんだ。
何千年という歴史の中で生まれて脈々と受け継がれてきた、人々の心の中に芽生えた感情が決めることだ。
だから俺が何を言ったところで、彼女は決して認めてくれないだろう。
それでも、俺は。
「テスラ。俺は君を悲しませるような魔法の使い方は絶対にしない。
この命に懸けて誓うよ。だからどうか、俺を信じて欲しい。」
これ以上、俺に言うことは何もない。
後は、仲間である彼女の審判を待つだけだ。
しばらくの間、彼女は俯いたままであった。
だが、何かを決意したかのように手を力強く握り締め、そっと顔を上げる。
輝きを増したその瞳の中には、彼女を見つめる俺の姿が映し出されていた。
そして、全てを了承したと言わんばかりの、はじけるような笑顔を見せてくれたのである。




