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16.初めての遠征。いや、デートです。

 一層闇が深まった静かな中庭を、草木の間を走るように夜風が吹き抜けた。

 するとまるで、妖精たちがそこかしこでささやき合っているかのような、そんな草花の揺れる音だけが俺の耳へと届く。


 魔法の秘密特訓を終えた俺は地面に腰を下ろし、そんなだだっ広い中庭を見つめていた。

 他の三人はおそらく、今頃深い眠りについている頃だろう。


 魔術理論を熟知している俺は、今三つのことに挑戦している。

 だが、理論を理解していても、実際にやってみると中々うまくいかないものだ。もう少し練習すれば何とかできそうな気もするんだけれど。

 分かっていてもできないというのは、想像以上に焦りを感じる。


 それに俺が焦りを感じる理由はもう一つある。

 それは、この世界が常に危険と隣り合わせということだ。

 いつ目の前に強敵が現れるか分からない。そのため、俺たちは常に準備をしておく必要がある。だから色々と試行錯誤しながら実験をしているというわけだ。


 俺が初めて魔法を発動させてから、約一ヶ月が経過した。

 あの日は、本当にてんやわんやのお祭り騒ぎとなった。

 ファーガソンさんが言うには、約五百年前に魔王を討ち果たした英雄が三重(トリア)魔導士、つまり魔導回路を体内に三つも有した人族(ニューマン)だったらしい。

 今のこの時代にも、そんな魔導士はいるかもしれないが、彼らは自ら手の内を明かすようなことはしないから、誰もよく分からないようだ。ただ、最上位階級の冒険者は、きっと三重(トリア)二重(デュール)魔導士だろうとのこと。


 あの日ファーガソンさんは、とてもめでたいことだと言って、とびきり上等なワインを振る舞ってくれた。味の良し悪しはよく分からなかったけれど。

 リリアさんも、本当に素晴らしいことですと言って、これまたとびきりの笑顔を見せてくれた。ただ、慢心しないことですよ、としっかり釘を刺すことも忘れなかった。

 テスラはなぜか、祝いだと言わんばかりの態度で、俺にパンを一つくれた。いや、それリリアさんが買って来てくれたやつだから、と心の中で盛大につっこんだ。


 とにかく俺は、あれから毎日ひたすら魔法の練習を続けた。アレンが今までさぼっていたせいで苦労したが、魔力もかなり上がってきた。それに、魔導回路は筋肉みたいなものだから、鍛えれば鍛えるほどに強くなる。そしてある一定の閾値を超えた途端、力が開花する。

 それを知らない者は、途中で挫折したり、剣士に方向転換したりする。おそらくアレンもその口だろう。


 さてと、もうひと頑張りしてみますか。


 そう思い、立ち上がろうとした時だった。

 俺の横に、銀髪をなびかせた白い妖精がひょっこりと現れた。


「どうした? まだ寝てなかったのか、テスラ?」


 彼女は、何をしていたの?という表情で不思議そうに小首を傾げている。


「ん? 俺か? 俺は今秘密の特訓をしていたんだ。それでちょっと休憩をしていたところだよ。」


 思えば、彼女とも付き合いが長くなったものだ。

 初めはこの街でお礼をして、それでお別れだと思っていた。でもなぜか、彼女はずっと俺のそばに居てくれた。あまり気にはしていなかったけれど、家族とか心配しているんじゃないだろうか。


「そう言えばさぁ、テスラはずっと俺と一緒に居るけれど、家族の人は心配とかしないのか?」


 寝衣に着替えていた彼女は、俺を安心させるように優しく微笑んだ。


「そっか、大丈夫なんだな。安心したよ。

 あ~……それと、ありがとな、テスラ。」


 何がって顔だな。


「色々だよ、色々! 最初に助けてくれたこともそうだし、いつも俺のそばで応援してくれていることとか。」


 そこで俺は、テスラの方へと体を向けて居住まいを正す。

 今まで言えなかったこと。怖くて言い出せなかったこと。

 それを今ここで、口に出してしまおうと決心した。


「あのさぁ、テスラ。いつか俺もこの街を出ると思うんだけど。

 もしそのぉ……、テスラさえ良ければだけど。

 俺と一緒に……旅に出ないか?」




ΔΔΔ




「そろそろ実戦も兼ねて、魔物狩りに行きましょう、アレン君。」


 次の日の朝、リリアさんが唐突に言い出した。

 いつか行くとは思っていたが、まさかこのタイミングだとは思わなかった。


「いつまでもうさぎ狩りや、わたしとの訓練では飽きるでしょうし。それに、自分の実力を知るというのも大切なことですよ。」


 俺としては、リリアさんと二人だけの特訓も凄く楽しいんだけれどね。

 まぁでも、そろそろ魔物と戦う訓練もしないといけないな。


「ついに実戦ですね。今日出発ですか?」

「今夜は新月ですから、出発は一週間後にしましょう。それまでに、わたしの方で色々と準備をしておきますので。」


 何でもリリアさんの話では、新月の夜は魔物の活動が活発になるのだそうだ。彼女がいれば問題ない気はするが、念のためということらしい。


 テスラの方へ顔を向けると、行く気満々という表情をしている。


「テスラ、ついに魔物狩りだぞ? この二ヶ月で俺がどれだけ上達したか、見せてやるよ!」


 俺は力こぶを作るようにして見せると、二人で笑い合った。


「あぁ。実はそのことなのですが……。魔物狩りには、わたしとアレン君の二人だけで行こうと思っているのです。」


 彼女は非常にすまなそうな表情をすると、ちらりとテスラを見遣る。


 もちろん、テスラは落胆の色を隠さなかった。


「俺とリリアさんの二人で……ですか?」

「はい。実は二、三日お屋敷を空けることになりますので。その、できればですが、テスラさんには旦那様の身の回りをお任せしたいと思いまして……。」


 リリアさんは自らの主を気遣うような素振りで、遠慮がちにテスラへ懇願の視線を向けた。

 一度ファーガソンさんの方を見て合点がいった様子のテスラは、任せなさいという態度で胸を張る。


「すみません、テスラさん。あなたもアレン君たちと一緒に行きたかったでしょうに。申し訳ありませんが、しばらくの間は、この老人とお付き合いください。」


 ファーガソンさんは、人のよさそうな顔をテスラに向ける。


 まぁそういうことなら仕方ないか。

 そうか、リリアさんと二人きりか。でもこれって、ある意味デートだよな?




ΔΔΔ




 俺は今、人生初の乗馬を体験している。

 あの馬車よりは快適だが、股の間が少々痛むことが玉に瑕だ。

 だが何よりも、今俺の背中に感じる女性特有の柔らかな感触が、そんなことを全て忘れさせてくれるのだ。


 実は、俺が乗馬の方法を忘れたと言うと、リリアさんが二人で馬に乗ることを提案してくれたのだ。そしてもう一頭の馬には、彼女の代わりに荷物を載せている。それにしても、装備を外しておいて正解だった。


「リリアさん、俺は今本当に幸せですよ。」

「ん? どうしたのです、急に?」

「だって、今俺の背中には、リリアさんの豊かな二つの……」

「アレン君。それ以上言うと、ぶん殴りますよ……?」

「…………。」


 それが紛れもなく本気であるということを、背中から聞こえた声が嫌と言うほど教えてくれた。それは、感情のこもらないぞっとするような冷たい声音(こわね)であった。

 ま、まぁ最近はこんな冗談が言えるほどに仲が深まったということだ。


 道中聞いた話だが、目的の場所は別に徒歩でも十分に行ける距離なのだそうだ。

 今回は馬での移動だが、だからと言って倍以上の速度で進軍できるかというと、実はそうではなかった。

 例えば悪路が続く道ではその速度も極端に遅くなる。

 また、頻繁に小休憩を取って馬を休ませなくてはいけないし、その都度馬に食べさせる大量の飼料や水が必要となる。そのため、少しでもそれら飼料や水の荷物を減らすことができるように、俺たちは小川の近くの街道を選んで進んでいたという訳だ。

 そして目指す目的の場所も、この川を辿った近くにあるということである。リリアさんはそこまで計算をして、今回の遠征の準備をしてくれたのだ。

 じゃあどうしてそこまで面倒な馬でわざわざ行くのだと聞いたら、いずれ旅に出るのであれば、このような経験をしておくのも大切でしょうという単純明快な理由だった。

 それに馬を二頭借りるにも、非常に高額な料金が発生したそうだが、俺のために奮発したのだと言ってくれた。

 本当に何から何まで感謝だ。そして色々と勉強になることばかりだ。




ΔΔΔ




 その日の夜、俺たち二人は川辺でたき火を囲んでいた。


「いよいよ明日、アレン君には実際の魔物と戦ってもらいますが、その前に言っておくことがあります。」


 かがり火に照らされたリリアさんの顔を見つめると、俺は真剣な眼差しで小さく頷いた。


「わたしがいるからと言って、決して油断はしないでください。そして、殺すことを絶対に躊躇わないこと。彼らはアレン君を見付ければ、何の躊躇もなく襲い来ます。そこには、一片の慈悲すらありませんからね。」

「分かりました。肝に銘じておきます、リリアさん。」


 彼女は、小さな声でよろしいと言うと、いつものように人差し指を一本立てた。


「では、アレン君。最後に、最も重要なことを伝えます。」


 俺は無言で彼女の話の続きを促した。


「もしわたしが逃げろと言ったら、何をおいても必ずその場から退避するようにしてください。これは約束です。絶対ですよ?」


 何だそんなことか。もしそんな状況となったら、たぶん言われる前に俺は逃げ出しているだろな。


「わかりました。でもリリアさんがいるなら、万に一つもそういうことにはならないでしょう?」


 リリアさんは、ほんの少し困ったような微笑をすると、小さく首を横に振る。


「このアースガルルドでは、何が起こっても不思議ではありません。絶対なんてことはないのですよ? もちろん、そのような事態に陥らないよう万全を期すつもりではありますが。」

「へへっ。期待していますよ、先生。あ、そう言えば、明日戦う魔物って、一体何なんですか?」


 そう言われて初めて気が付いたというような表情が、暗がりの中にぼんやり浮かんで見えた。


「これは失念していましたね。明日、アレン君に戦ってもらう魔物は、ゴブリンの上位種であるオークです!」



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