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15.ここからが俺のターン

「ではアレン君。今日はわたしから、魔術のお話をしましょうか。」


 老講師の柔和な笑顔が、俺を静かに見つめている。

 もちろんリリアさんもこの魔術講義に同席していた。

 彼女はその主の隣で伏し目がちに、ひっそりと佇んでいる。


「はい、お願いします。ファーガソンさん。」


 彼は小さく頷くと、講義を開始した。


「先ずアレン君、あなたはどこまで魔術のことを理解しているでしょうか?」

「ん~、ほとんど忘れているので、できれば初歩的なところからお願いします。」


 もし仮にこの世界が俺の創作物であったならば、おそらく他の誰よりもその理論を理解しているということになる。だが今は何とも言えない状況だ。とりあえず、俺は先生の話を聞いてみることにした。


「分かりました。そうですね、先ずは言語についてご説明しましょう。我々が魔法を発動させるときに使うことば(・・・)は、シルダード語ではありません。この世界の創世にも関わることですが、魔法は古シルダード語、つまり〈神々のことば〉でなければ発動しません。」


 そうなのか。

 確かに言われてみれば、リリアさんの使った魔法のことばは、俺の知っているシルダード語ではなかった。あれが古シルダード語ってやつか。でもどこか響きはシルダード語に近い感じがする。

 なぜ違う言語にしているか、その理由は何となく分かる。それはきっと、誤発動を防止するためとかかな。普段使っている言語にした場合、そのことばを発しただけで意図しない魔法が発動したりするってことも考えられるからな。まぁ俺の設定にはなかったことだ。

 となると、俺を転生させた神さまも、古シルダード語まではサービスするつもりはなかったようだ。


「シルダード語だと、誤って魔法を発動させてしまう時があるから、言語が異なっているのですか?」

「それは結果にしか過ぎません。元々この世界を創った神々の話していた言語が、古シルダード語であり、そのことばにこそ力が秘められていたのです。そして神がこの地上に我々の祖先を誕生させ、彼らに言語を与えました。しかし、そこに力を持たせないように造り出したのが、今の我々が普段話しているシルダード語だと言われています。結果的には、それがアレン君の言う通り、魔法の誤発動を防止していることにもなりますね。」


 そいうことか。

 でもそう言えば、テスラの使っていることばは、更に種類が違うような気がする。

 うまくは言えないけれど、仮に古シルダード語を、話し言葉である現代シルダード語の兄弟だとすると、テスラのことばはシルダード語のずっと遠い親戚のような感じ。根本から違うような気がするんだよな。


「なるほど。ところでファーガソンさん、一つ質問があります。その古シルダード語以外にも、魔法を発動させる言語はあるんですか?」

「厳密に言うとありません。ですがおそらく、アレン君が言いたいのは、神格級魔法のことではありませんか?」


 いや、分かんないよ先生。


「神格級魔法?」

「はい。それはこの世界に降臨した神、もしくはその神に愛された者のみが使用できると言われている魔法です。威力も去ることながら、ことばの成り立ちが根本的に違います。」

「え~と、つまり、どういうことですか?」

「古シルダード語も含め、これらは表音文字によって書き表すことができます。しかし、神格級魔法のことばは表意文字であり、それ自体に意味と力が宿っていると言われています。」


 分かったような、分からないようなお話。


 例えば、〈ほのお(・・・)〉ということばで発動させるか、〈火炎(かえん)〉ということばで発動させるかの違いのような感じなのか? イメージ的には、確かに表意文字の漢字の方が強そうではあるが。

 ただ厳密に言えば、漢字は表意文字ではないという説もあるが、ここでは分かりやすく考えるため、あえて無視させてもらう。


 俺はふとテスラが気になり、隣に座る彼女を見遣った。

 彼女も俺が顔を向けた意図を感じ取ったのであろう。少し決まりの悪そうな笑顔をして見せた。


 ということは、テスラは神に愛された神格級魔法の使い手なのか? 

 実は俺なんかが気軽に接して良いような神官ではないのかもしれないな。


「なかなか難しいですね。ちなみに、神格級は魔法のランクだと思いますけど、他にはどのようなものがあるんですか?」

「仰る通りただの階級を示しているだけで、神格級の次は、霊王級、順に精霊級、神官級と続きます。ただこれは、神官が精霊より弱いというわけではありませんよ。ただの格付けのようなものですので、あまりことばに囚われないようにしてくださいね。」


 ファーガソンさんはそこで一息つくと、話を進めますよという表情になる。


「では次に、魔導回路について少しお話しましょうか。」


 来た! これは俺の設定にあるものだ!

 もちろん、回路というシルダード語はないから、俺の脳内変換だけれど。


「魔導回路とは、血管のように我々の体に張り巡らされ、神の息吹(マナ)を魔力へと変換させ、魔法を具現化させる重要なものです。これはヒューマン以外の種族、魔族にも例外なく備わっている機能です。」


 そう、大気中のマナを体内に取り入れて魔力に変換させる、それが魔導回路だ。ちなみに、この世界ではマナのことを神の息吹と書いてそう呼んでいるようだ。

 原則として、魔導回路は一人につき一つの回路が存在する。つまり、魔法の発動は一つしかできないということだ。同時に二つも三つも発動させることはできないのだ。

 普通に考えればそうなる。術を発動させている間、常にその魔法に魔力を供給しなければならないのだから。

 

 それと、魔力に変換されなかったマナは体内に取り残されることになるが、これは人体に有害で、魔導回路の劣化へと繋がる。

 どうして有害かというと、魔法は本来奇跡のようなものだ。それを実現するためのマナは、神の御業によって成り立つ恐ろしいほどの力を秘めた物質。それを体内に留めていれば、神に比べるとひ弱な存在である人間はそれに耐えることができない。だから、すぐに魔力へと変換して消費してしまうのだ。


 そして未変換のマナが残る理由だが、これは損失が発生するからだ。

 入力された力に対して、その全てが目的のエネルギーへ変換されるということはほとんどない。

 これは現代の科学でも同じことだ。エネルギーには必ず損失が発生する。

 車でも燃料を最後の一滴まで使い切ることはあまりない。それに熱や音にも変換されるし、その全てが動力エネルギーに変換されるわけじゃない。だからこそ、現代のエンジニアはその効率(・・)を少しでも上げるために、日々技術の向上に心血を注いでいるわけだけれど。


 魔法を一つの物理現象と考えた場合、そのような自然の法則に従うということは十分に考えられることだ。

 そして、人によってその損失の大小があるため、魔力への変換効率にばらつきが発生する。それが魔術の得手不得手を生み出す結果となる。


 また、その変換効率は魔法の発動速度、威力、精度に大きく影響する。

 低級の魔法に大量のマナを取り込めば効率は低下し、魔導回路はオーバーヒート状態となって限界を迎える。逆に高級の魔法に対して、取り込むマナの量が少なければ不発に終わる。そのため、精度を上げるための訓練を要することとなり、多くの魔法を精度良く発動できる術者は少なくなるという結果になるのだ。


 他にも色々と設定はあるのだが、俺は三人への説明を一先ずそこで止めておいた。

 もちろん、現代の科学云々は言わなかったけれど。


「もしかして、アースガルルドの魔術理論って、こんな感じでしたっけ……?」


 途中から熱の入った俺は、自分の推論を展開するという形で一気に説明を終えた。

 間違っている部分もあるかもしれないと考えた俺は、三人の反応が気になった。



「「「…………。」」」


 結果、全員が絶句。

 ファーガソンさんは放心状態。死んでないよね……?

 リリアさんは驚愕の表情で、眉間に皺を寄せている。そんな顔でも美人ですよ、リリアさん。

 テスラも大きく開けた口に手を当てたまま固まっている。うん、テスラは本当にいつ見ても可愛いな。


「え~と……、あのすいません。皆さん……? どうしました?」


 俺は何だか急に不安になり、一人ずつに視線を合わせて見て回った。


「こ……、これは驚きましたなぁ。魔術学校の講師ですら、アレン君ほど精通している者は少ないのではないですかな。いやぁ~参りました。これでは、わたしの教えて差し上げることが何もありませんね。」


 ファーガソンさんは俺の問いかけでようやく息を吹き返すと、苦笑しながら答えた。

 とりあえず、俺の設定とこの世界の魔術理論に大きな差異はなかったようだ。となるとやはり、このアースガルルドが俺の創作した世界である可能性が濃厚となる。


「いえ、そんなことはありませんよ。理論に関して何となくそうかなって考えただけで、実際の発動や魔法のことばについてはよく知りませんので、どうかご教授をお願いしますね。」

「そうですか。わたしも色々と勉強になることがありましたよ。では実際に使ってみましょうか。」


 ついにこの時が来た。一体、アレンはどの程度魔法が使えるのだろうか。

 先ずはその実力を、見せてもらうとしょうか。




ΔΔΔ




 結論から言うと、魔法は発動しなかった。

 コツが必要なのかもしれないし、アレンの体がそもそも才能に恵まれていない可能性だってある。

 発動させるのは、〈焔球(ボウム)〉と呼ばれる火属性の魔法だ。

 室内では危険と思われるかもしれないが、〈わずかの(スレイリー)〉と合わせれば、マッチの火程度の小さなものになる。

 ちなみに、〈わずかの(スレイリー)〉は状態を定義することばで、瞬時魔法と呼ばれている。つまり、魔力を供給し続ける必要がない魔法ってこと。

 一つ気になるのが、今までアレンが魔法の使い手だということをあまり聞いたことがなかったということだ。


 もしかしてこいつ、魔法の訓練を怠って体ばかり鍛えてたんじゃないだろうな……。


「おそらくアレン君は、今まであまり魔法を使わずに、体内に蓄積された神の息吹(マナ)を消費してこなかったのではないでしょうか。そのため、魔導回路が劣化してしまったということが考えられますね。」


 十分にあり得る話だ。

 普通に生活しているだけでも、微量のマナを体内に取り込んでしまう。そのため、マナの入力をゼロにして、体内に残ったマナを消費するクリーンアップのような作業が定期的に必要となる。それをしないと、魔導回路は劣化してしまうのだ。


 結局その日は、クリーンアップの方法を教わり、次の日も体内洗浄に費やした。




ΔΔΔ




 皆が見守る中、俺は魔法の発動を改めて試みることとなった。


「じゃあ、いきますよ。〈わずかの(スレイリー)〉〈焔球(ボウム)〉……。〈わずかの(スレイリー)〉〈焔球(ボウム)〉! 〈わずかの(スレイリー)〉〈焔球(ボウム)〉!!」


 だがそこに、魔法が発動される気配は雀の涙ほどもなかった。

 そして三人の表情が次第に、落胆に暮れる。

 誰もが駄目だったか、と諦めた時である。

 部屋の天井へと向けた俺の手のひらの上に、小さな三つの焔が弱々しく灯ったのだ。


「や、やったぁぁぁぁ!! やりましたよ! ファーガソンさん!」

「「「…………。」」」



 ふと老講師の方を見遣ると、発作で心臓が止まってしまったのではないかと思えるほどの驚愕の色を浮かべ、目を剥き出した状態で固まっていた。

 いや、彼だけではない。俺以外の三人が、同様の表情で活動を停止しているのだ。




三重(トリア)魔導士じゃとぉぉぉぉぉ!!!」


 俺はこの日、どうやら英雄の領域へほんの少しだけ足を踏み入れたそうだ。



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