1.プロローグ
それはまるで、自分が水の流れに逆らいながら、川の中を上流へ向かって進もうとしているようであった。しかもそこは、洗濯に適した小川や水面静かな清流の只中ではない。大雨によって氾濫した大河の濁流そのものである。
無尽蔵に湧いて出てくるのではないかと思えるほど、いくら斬り捨てても怒涛のように押し寄せてくる魔物によって、ティフィリアたちはその歩みを止められていたのであった。
剣を交えてから一体どれぐらいの時間が経過したのであろうか。その過ぎ去った時間に反して、自分はまだ魔王ゴルゾラの所へ少しも近付いてはいないのである。いや、むしろ遠ざかっているのではないか。そう錯覚させてしまうほどに、彼女たちの進撃は遅々として進まなかった。その事実が、ティフィリアの中に僅かな焦りを生み出すと同時に、苛立たしさを募らせるのであった。
埒が明かない。
このまま魔力を温存させるべきではないと判断すると、ティフィリアは共に戦う仲間にすぐさま合図を送り、彼らを自分の周囲から退避させた。
「火霊王サラマンドラ! 我が剣に宿りて、その業火を以って全てを焼き尽くせ!」
詠唱が終わると同時、天に掲げたティフィリアの大剣が、一つの巨大な火柱と化す。
そこに躊躇いはなく、一切の迷いもない。ただ、魔王を目掛けて全力で振り下ろす。
「はああああああああああああああ!」
乾いた大地に降り立った火剣は、そこにいる全ての有象無象を一瞬で蒸発させる。
そしてそこには、ティフィリアと魔王を結ぶ一筋の黒道が形作られる。地面には焼け爛れた血肉の絨毯が、余すところなく敷き詰められていた。
「カッツェ! 悪いけど、ここはお願いね! わたしは魔王を討つわ!」
「了解です、団長! 剣聖の力を見せつけてやって下さい!」
魔物の振り下ろした斧を、槍で受け止めた状態のまま膠着していたカッツェは、何とか顔だけを彼女に向けて気丈に声を張り上げた。
その声を聞くと、ティフィリアはカッツェに向かって小さくウインクをした後、視線を魔王へと定めて深く身構えた。そして強弓から放たれた矢のような猛烈な速度で、地面を滑るように疾駆した。
何者にも捉えられることなく魔王の目前まで差し掛かったところで、ティフィリアは大きく跳躍する。
目指すは魔族の王、ゴルゾラただ一人。
切っ先を目標へと向けるように、空中で大剣を持ち替える。
体は、徐々に重力を感じ始めた。
そして、更に加速。
まるで、地面に吸い込まれるように。
その時、白銀に輝く剣身の先に、ゴルゾラの表情を捉えた。
ティフィリアはそこで初めて、ほんの少しだけ口角を上げる。
後はこの白刃を奴の奥深くに埋めるだけだ。
「ゴォルゾラァァァァァァァァァ!!!」
ΔΔΔ
そこまでの描写を打ち終えると、俺はキーボードから手を離して大きく伸びをする。そして上書き保存をすると、そのままファイルを閉じた。
続きは明日だな。
さて、腹も減ったし、そろそろ飯でも行くか。
今日は土曜日だから、この時間帯は結構混雑しているかもな。
椅子の背もたれに掛けてあった上着を羽織ると、玄関の鍵を閉めて俺は近所の牛丼屋へと向かった。
この後、信号を無視して交差点に突っ込んで来たトラックにはねられ、俺は二十五年という短い生涯に幕を下ろすこととなった。




