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初めての夜

 どこか遠くから、獣の遠吠えが聞こえてくる。

 枕に顔の右半分を埋めたまま、セリルは寝台の横を見上げる。

 棚の上の置時計は、午前二時過ぎを示していた。

 自分の吐息と衣擦れの音だけが響く部屋の中、彼女は毛布の下で窮屈そうに、ぎこちのない動きで寝返りを打った。


 アクタが不意の来襲から、逃亡を果たした後。

 改めて、ステラの用意していた必需品を確認したセリルは、そのまま就寝する流れとなった。

 

 彼女の部屋を訪れていた少女達は、まだ話をし足りない様子だった。

 だが、ステラは彼女達が口々に訴える不平を、毅然として撥ねつけた。


「だーめ! 今日はセリルもいろいろあって、疲れてるの! 今夜は早く休ませてあげて、話はまた明日にしなさい! みんな、分かった!?」


 語気を強めた世話役の一喝に、その場の全員は残念そうに、おとなしく自身の部屋へと引き上げていった。


 好奇の目から解放されたセリルは、身の周りの整理を終えた後、半強制的にベッドへと押し込められた。

 まずはとにかく、眠って頭も体もスッキリさせるのが一番。

 戸惑う彼女へと、ステラはそう言って笑っていた。


 確かに、セリルはとても疲れていた。

 アクタに捕らえられてからここに来るまで、彼女はほとんど一時も、気が休まることはなかった。

 そして、それは肌触りの良い寝間着に着替え、温かな寝床に包まれた後も、変わらなかった。


 暗闇にぼんやりと滲む、見知らぬ部屋。

 鼻を突く、ほのかな石鹸と花の香り。

 横たえた体の置き所が分からない、まるで雲のように柔らかいベッドの感触。


 それら、馴染みのない異質な感覚の数々は、セリルの五感を休むことなく攻め立てた。

 そして、彼女は強いられた覚醒の中、絶えず火花のような不安と恐れに(さいな)まれ続けていた。


 自分と同じ境遇にある魔女の少女達や、その世話役であるというステラは、そこまで非道な扱いを受けているようには見えなかった。

 また、掴みどころのない浮世離れした性格をした、アクタという名の縛魔師。

 彼も、まるで普通の人間と接するかのように、自分が捕えた魔女達との交流を楽しんでいた。

 

 魔女寮と名付けられた家を満たす、平穏と安らぎに満ちた空気。

 セリルにはそれが、悪夢へと引きずり込まれる寸前の、(はかな)微睡(まどろ)みの心地良さにしか感じられずにいた。


 狩人に捕えられた魔女が、満ち足りた幸せな一生を送る。

 そんな、出来損ないのおとぎ話が信じられる程、セリルは幼くも、無知でもなかった。

 

 なぜ、ウォーディントン魔女商会という組織が魔女を集めているのか、彼女も詳しくは知らない。

 だが、帝国軍と表立って対立してまで、政府の管理外の魔女を保護しているなど有り得ない。

 彼らもまた、何らかの目的のために魔女を収集し、利用しているはずに違いなかった。


 これから、自分は何をされ、どのような目に遭わされるのか。

 遠くない未来に待ち構える、不可避で絶対的な運命に、セリルは独り闇の中で怯えていた。


 不意に、耳鳴りがする程の静寂を、乾いた金属音が乱す。

 セリルが音の正体を見定めるのを待たず、蝶番(ちょうつがい)の軋む、鈍く小さな音が響く。

 彼女は、自分の部屋の錠が外され、いま正に扉が開けられている状況を理解した。

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