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彼と彼女達の奇妙な関係

 やがて、一頻(ひとしき)りアクタへの罵詈雑言を口にした彼女達は、呆然としていた新参者へと改めて声をかける。


「まあ、そんな訳であなたもあいつに、いろいろと嫌な目に遭わされることになるだろうけど、私達がついているから安心して! マスターだろうが何だろうが、魔女の結束、ナメんじゃないっての!」

 勝気な少女が、不穏とも言えるセリフと共に、セリルを励ます。

「そうそう。私達はみんな仲間なんだから、遠慮せずに何でも相談してね」

 後を継いで、髪を団子にまとめた少女が、慰めの言葉を口にする。

「その通り! (さび)しい時はすぐに良い子良い子してあげるから、いつでもどこでも私を呼んでね!」

 前の二人の発言に同意し、アクタは高く変えた声色で、セリルへと力強く訴えた。


「って、きゃわあっ!? アク、アクタっ!? なんで、あんたがここにいるのよ!?」


 突然に背後へと現れた自分達の主人に、少女達は黄色い悲鳴を上げて飛び退(すさ)る。

 逆方向を向いていたセリルも、彼の存在を全く気取れなかった。

 いつの間にか接近していた相手を、唖然として凝視する彼女達に、屈めていた背を伸ばしたアクタはにっこりと微笑みかける。


「何でって、そりゃあ今度俺の嫁になった彼女の様子を、見に来たに決まってるじゃないか。新しい環境に慣れず、心細い思いをしているかと考えたら、居ても立ってもいられなくてな。面倒な残業はパパッと片付けて、急いで駆けつけたという訳さ」

「誰も呼んでないわよ! そもそも、あんたのそのマヌケ面を見ないことが、彼女だって一番落ち着けるっての!」


 大仰な身振りで熱く語る彼へと、フェルと呼ばれていた少女が大声で噛み付く。

 苛立ちの籠った彼女の反論に、他の少女達も次々と首肯して同意する。

 団結して敵意を剥き出しにする魔女達に対し、アクタは不思議そうに眉間へと皺を寄せる。


「落ち着けってフェル、どうした? いつにも増してピリピリしてるみたいだが、もしかしてお前、今月はいつもよりあの日が早くきたのか?」

「違うわよ! てか、マジで気色悪いからいい加減、私達の体調をそこまで把握するのは止めなさいっての!」

「あ、そうか! 俺が新しい嫁を手に入れちゃったもんだから、自分への愛情が薄れると心配してんのか! そんなことで不安になるなんて、可愛いヤツめ」

「それこそ、絶ッ対いいいいにっ、ないッからっ!! いったい何をどう勘違いしたら、そんなバカげた考えが――――」

「まさか、お前がそこまで俺の事を想ってくれていたとは感動だぜ。よっしゃ、ハグしてやる」

「だから、違――えっ、ちょ、やっめ……ひぃやあああああああああっ!?」


 戸惑いも顕わに凍り付くフェルへと、アクタは電光石火の勢いで跳び付く。

 有無を言わさない強烈な抱擁に、彼女は甲高い悲鳴を上げながら両手両足を振り回す。

 そんな抵抗も虚しく、為されるがままにアクタから頬擦りを受ける仲間に、隣に立っていた茶髪の少女が慌てて駆け寄る。


「フェルううっ!? こんのっ、あんた、放しなさいっ――――!」

「何だ、お前もギュってして欲しいのか? 良いだろう、さあ来い!!」

「は、いや何でそうな……って、いぎゃああああああっ!!?」


 射程圏内へと入った彼女を、アクタはその腰へと回した左腕で強引に引き寄せる。

 そして、共に悲痛な叫び声を上げて暴れる魔女二人を、彼はそれぞれの腕で抱え上げ、恍惚とした面持ちで振り回し始めた。


 さながら、地獄のメリーゴーランドと化した三人を、セリルほか、その場の全員が絶句しながら傍観する。

 と、悲壮なまでの阿鼻叫喚が木霊していた廊下に、凄まじい衝撃音が響き渡る。

 セリルが目を向けた先には、少し離れた位置で、乱雑に開け放たれた一枚の扉。

 そして、その内側から跳び出してきた、ポニーテールの少女の姿があった。


「アクタぁぁぁ、あんた、いい加減にいいっ―――― 」


 床を滑って急制動を付けた彼女は、黒く長い尾を後に引き、立ち尽くすセリル達の方へ疾駆すると、

「ここで好き放題に暴れんの、迷惑だからマジでっ、止めろおおおッ!!」

 唸り声染みた怒号と共に、舞い踊っていたアクタの横腹へと、揃えた足で跳び蹴りを見舞った。


 急所への無慈悲な一撃に、彼は両腕の少女達をその場に落とし、床と平行に宙を舞う。

 横転しながら廊下の中程へと到った彼は、うつ伏せの姿勢から顔を上げ、華麗に着地を決めていたポニーテールの少女へと微笑みかけた。


「良い、蹴りをするようになったなぁ、リン……。お前の成長を実感できて、オレ、感激――――!」

「黙れ、変態マスター!! 昼間だけじゃ飽き足らず、寮でまで皆にベタベタ触るなんて、どういう了見よ!? 少しは、私達の気持ちも汲み取ろうとは思わない訳!?」

「だったらそっちも、愛すべき嫁達に構って欲しいという、俺のこの熱情を分かってくれよおっ!!」

「知るかっ!! そんなの裸で雪山にでも登って、さっさと冷やしてきなさい!!」

「何だ、今日は随分とまた血気盛んだなぁ。もしかして、赤系統の下着を着ているからか?」

「は……な、はあっ!? ちょ、何であんた知って……いや、違う、そうじゃなくて――――!」


 ポニーテールの少女はアクタの指摘に血相を変え、慌てて短パンの上から股を押さえる。

 反応で相手の発言が真実であると示してしまった少女に、アクタはしたり顔でポケットより鍵の束を取り出す。


「実は今日、たまたまお前の部屋に寄る予定があってな。そこで偶然にも、ベッドの上に揃えてあった寝間着と代えの下着を見かけたのさ。いやー、まさかお前の下着があんな可愛い、パンダ――――」

「ぎゃーーーーーっ!! コロス!! ここで、今、その口を封じてやるうッ!!」

「あっははーーー。ホラホラ、捕まえてごらんなさーい♪」


 先の二人よりも大きな悲鳴を上げ、ポニーテールの少女は自らの主へと殺意を振り撒きながら突進する。

 顔面を蒼白とさせて追撃する彼女に、素早く態勢を立て直したアクタは、ステップを踏むような楽しげな足取りで逃げていった。


 そのまま二人は廊下の曲がり角へと消え、声と足音も遠くへと去っていく。

 後には、突然の嵐にもみくちゃとされ、茫然自失となった少女達だけが取り残されていた。


 何が起こったのか分からず、彼らが消えた先を静観していたセリルは、不意に肩へと乗せられた手の感触に我へと返る。

 彼女を揺り起こしたステラは、驚きの眼差しで見上げるセリルへと、柔らかな苦笑いを浮かべた。


「こんな感じで、いつも騒がしいけど、大丈夫。あなたも、いつかきっと慣れるはずだから」


 確信に満ちた彼女の助言を、しかしこの時ばかりはセリルも、素直に受け入れることはできなかった。

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