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愛しの我が家へ

 縛魔師(シーゼスト)

 封魔術(ほうまじゅつ)という謎の技術で魔女の力を封じ、自らの眷族と化させるという存在。

 この者の手に落ちた魔女は、秘密の研究施設で囚われの身となり、一生を苦痛と絶望に(さいな)まれる結末を迎えてしまう。

 

 そんな、嘘か冗談にしか思えない情報は、セリルも風の噂には聞いていた。

 以前の彼女は、それをただの作り話か、魔女達に揺さぶりをかけるために帝国が流したデマぐらいにしか捉えていなかった。

 だが、その考えは完全な誤りだった。


 現に、セリルはその縛魔師によって捕えられ、聞いた通りに魔力を封じられてしまっていた。

 そして、力と魔法を失った彼女は、アクタと名乗る相手が駆る、二輪型の魔動器の後ろに乗せられ、彼の本拠地へと移送されていた。


 魔動型エンジンの重く低い稼働音を響かせながら、漆黒の二輪車は街路に(わだか)る夕闇を、一陣の風となって切り裂いていく。

 臀部(でんぶ)を突き上げる強烈な震動と、髪を(もてあそ)ぶ凄まじい強風。

 そうした、今までに体験したことのない苛烈な状況に、アクタの腰へと回されたセリルの腕には、自然と力が入っていた。

 

 目の前の大きな背中へと体を密着させながら、彼女は流れて行く風景へと目をやる。

 多くの人や乗用車が行き交う、まるで大河のような目抜き通り。

 その左右へと延々と続く、峡谷を思わせる煉瓦造りの建物群。

 そこから遥か遠くに見える、三角錐の影を空へと向けて差し伸べる鉄骨の巨塔。

 

 セリルは拘束された後、帝国軍の施設へと窓のない護送車で連行されていた。

 なので、薄暮に包まれたそれらの光景が、彼女が生まれて初めて瞳へと映した、オルスマキア帝国の首都・ニルギアの風景になった。


 これまで、セリルは閑散(かんさん)とした田舎を渡り歩いて、逃避行を続けてきた。

 だからこそ、多くの機械や魔動器がそこかしこに溢れた、巨大な建造物がひしめくように集まった街の様子は、彼女にとって正に異世界そのものだった。


 オルスマキア帝国の科学技術が飛躍的な発展を遂げたのは、つい四半世紀程前の事であった。

 それまで、帝国は大陸を分割する列強国の一つに過ぎなかった。

 だが、とある魔道学者が、魔晶(ましょう)を生成する技術を発見して、全てが変わった。

 

 世界には太古の昔より、魔女と呼ばれる異能の者達がいた。

 魔術という神秘の知識を有し、魔法という名の人知を超えた力を持つ彼女達は、人間達との長い戦いと均衡の歴史を築いてきた。

 帝国は、その呉越同舟(ごえつどうしゅう)としての厄介者の同居人から、高密度のエネルギー体である結晶を作り出すことに成功したのだった。


 強大かつ無尽蔵の動力を手に入れた帝国は、瞬く間に大陸の全土へと覇権を伸ばした。

 長く、一方的な戦乱の後、他の諸外国はほとんどが征服、併合され、オルスマキアの名の下に統合されていった。

 

 帝国を超大国へと変貌させる契機となった、魔晶の収穫としての『魔女狩り』。

 数多の魔女を死へと追いやったその行為は、規模を縮小させながらも、現在も各地で行われている。


 ならば、やはり自分もいつかは、この乗り物の燃料のような物言わぬ塊になるのだろうか。


 狩人の背中へと額を付け、セリルが暗澹(あんたん)たる物思いへと沈んでいた時。

 突然、前方への軽い負荷が彼女の体を包み、耳朶(じだ)を打ち続けていた激しい風音が止んだ。


 気付くと、二人を乗せた二輪車は街路を抜け、どこかの施設の敷地内へと入っていた。

 停車した車寄せの前には、三階建ての長方形をした建物がある。

 煌々としたロビーからの電光を透かす、ガラス張りの玄関の上には、鉄板の看板が掲げられている。

 そこに浮き彫りとされた、『ウォーディントン魔女商会』の文字を認めた直後、セリルの体は急に宙へと(さら)われる。

 愛車から降りざま、背後の彼女を流れるように()き寄せていたアクタは、お姫様だっこの恰好で胸に収まる相手へと微笑みかける。


「さあ、着いたぜ。ここが、ウォーディントン魔女商会の本部。これからのお前の家で、俺達の愛の巣だ。今日は色々あって疲れただろうから、このまま部屋まで運んでいってやるよ。なぁに、これも主人である俺の義務みたいなもんだから、遠慮すんなって」


 彼の有無を言わせない申し出に、セリルは驚きから身を(すく)めたまま、二・三度瞬きを返す。

 その(つたな)い反応を肯定と受け取ったアクタは、小躍りするような足取りで玄関へと向かう。

 こうしてセリルは、自分を捕獲した組織の内部へと、初めて足を踏み入れたのだった。

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