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今日から彼女は、彼の嫁

 ノックもなしに開放された戸の隙間からは、髪を短く刈り込んだ制服姿の女性が、室内へと上半身を差し込んできた。

 彼女は衣服を脱ぎ捨てる間際のセリルを、ちらと横目で確かめる。

 次に、凍り付いた眼差しを向ける担当官の男へと視線を移し、失笑に似た薄ら笑いを浮かべた。


「お取込み中、失礼。ラルフ、課長がお呼びよ。後は私が引き継ぐから、あなたは戻って」

「は、何を……!? こっちは仕事中なんだぞ、いったい何の用なんだ?」

「さあ、私は言伝(ことづて)と代役を頼まれただけだから。詳しいことは、直接聞いてきたら?」


 取り付く島のない様子の女性を、担当官の男は憎々しげに睨みつける。

 だが、彼はその命令を拒否するための、適当な口実や理由を持ち合わせてはいない。

 やがて、苛立ちの籠った溜息を吐き捨てた男は、通り過ぎ様に代役の女性へとカメラを押し付け、苛立たしげな足取りで部屋の外へと出て行った。


 荒々しい足音が遠くへと去った後、担当官を交代した女性は取り残された少女へと目配せする。

 腕を胸の前で掲げて止まっているセリルに、彼女は砕けた調子で苦笑いをしてみせた。


「ごめんね、怖かったでしょ? 彼、自分では上手く隠しているつもりみたいだけど、いつもあんな感じなのよ。何か、変なことはされなかった?」


 穏やかな相手からの問いに、セリルは姿勢を保ったまま、短く首を左右に振る。

 それ以外は特に反応を示さない彼女に、担当官代理の女性はぎこちない微笑を返し、残りの身体検査へと取りかかった。


 脱いだキャミソールを脇の机へと置き、セリルは所定の位置で直立する。

 一糸も(まと)わないその上半身には、浮き上がった左の鎖骨に隣り合う位置に、流線型に近い形へと引き伸ばされた菱形(ひしがた)(あざ)があった。

 

 身に帯びた魔力が一際強く集中した箇所であり、固有の波動から様々な模様や形を表出させる、魔女の第二の心臓ともされる『魔痕(まこん)』。

 白い肌の上へと刻まれた濃紺色のその紋様を、代理の女性は間近から写真へと収めていく。

 

 最後に、彼女はペンライトに似た専用の器具で、セリルの肩を照らす。

 鈍い緑青色の光を浴びた彼女の魔痕の上には、その中心へと覆い被さる白線の魔法陣が浮かび上がった。

 

 代理の女性は、セリルの魔術刻印が提出された書類の物と同じであるかや、それが彼女の魔力を抑制しているかを念入りに確認する。

 やがて、いずれも問題ないと判断した彼女は、物静かに起立していたセリルへと微笑みかけた。


「はい、これで検査は終わりよ、お疲れ様。手続きが完了次第、あなたは監督者の方に引き渡されることになるけど、その相手から贈り物が届いているわよ」


 検査用の一式を片付けた女性は、入室した際に机の上へと置いていた(かご)をセリルに差し出す。

 そこには、女性用の革靴に黒のレギンス、蝶を模したような布製の髪飾り。

 そして、紺地に白を各所にあしらった、長袖短裾のワンピースが収められていた。


 部屋で待機をしている間に、セリルはその差し入れを黙々と身に付ける。

 髪飾りを付けたのに少し遅れて、報告を済ませた女性が戻ってくる。

 彼女は見違えた出で立ちとなった少女を前に、思わず感嘆の溜息を漏らした。


「あら、可愛い! とても、似合ってるわよ。だけど、こんなオーダーメイドみたいな服を揃えてくるなんて、さすがの彼と言ったところかしらね」


 相手の零した意味深な呟きに、新調した衣服へと身を包んだセリルは小首を傾げていた。


 女性に(ともな)われて部屋を後にした彼女は、扉が等間隔に並んだ殺風景な廊下を進む。

 突き当たりにあった両開きの鉄扉を潜ると、そこは大勢の人でごった返した広いホールだった。


 轟々と沸き返る人混みに、セリルが静かに面食らった直後。

 雑然とした騒音を縫って、高らかに張り上げられた男性の声が響いた。


「来たきたキタぁ!! その魔女の主人は、俺オレ! 俺でぇ~っす!!」


 広間中に叫び声を行き渡らせながら、周りの人垣を強引に押し退け、一つの人影が彼女達の所へと走ってくる。

 興奮した面持ちで駆け寄ってくるその人は、数日前にセリルを捕まえた青年だった。


 唐突に現れた因縁の相手に、セリルは緊張から身を固くする。

 そんな彼女の手前へと辿り着いた彼は、ハッとして数歩後ろに下がる。

 相手と距離を置いたその黒髪の青年は、両手の親指と人差し指で作った枠にセリルを収め、口角を吊り上げながら満足気に頷く。


「うん、やっぱり似合ってる、完ペキだな! ゴシック風のがピッタシくるという俺の直感には、やはり狂いはなかった!」

「勝手にあんたの趣味を押し付けられる、彼女の身にもなりなさいよね……。それよりあなた、また課長に袖の下を渡したわね。ラルフが良いところを邪魔されて、かなりご立腹だったわよ」

「いい気味だ。人の嫁にちょっかいを出そうなんてする奴は、理不尽な雑務と残業に追われて過労死しちまえ」


 気の知れた短い会話の後、女性は幾つかの連絡事項を伝えて、元来た道を引き返していった。

 後に残された二人は、面と向かって視線を交わす。

 沈黙を保ったまま三白眼で見上げるセリルに、青年は急にその鼻先へと顔を近づけ、屈託(くったく)なく笑いかけた。


「よっ、改めてこんにちは。俺の名前は、アクタ・ブラックハート。ウォーディントン魔女商会が誇る最強無双の縛魔師(シーゼスト)で、君の唯一無二のご主人様だ。これから末永くよろしくな、仔猫ちゃん」


 溢れんばかりの笑みに頬を(ほころ)ばせ、その青年は早口で自己紹介を行う。

 息の掛かる距離から親しげに語りかける怨敵(おんてき)に、セリルは怒りや反意を顕わにすることもなく、ただ戸惑い気味に大きな目を(しばたた)かせていた。

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