空っぽの希望
最後に、頭上に広げていた左手を握り締め、アイザックは意味深な微笑を面に乗せる。
饒舌にして雄弁な語りが終わり、沈黙を守っていたセリルは小さく溜息を漏らす。
彼女は少しぼんやりとした頭で、今一度彼の話を思い返す。
間を置かず、正面に浮かぶ軽薄な笑顔を上目遣いに睨み、躊躇いがちに口を開いた。
「……魔女は、そのままだと、売り物にならない……。だから、ここであなた達が、私達をちゃんとした商品に作り直す……。そういう、事ですか……?」
「うーん、まあ、その理解で概ね間違いはないとしておきましょう。あと関係はないけど、私の事は『あなた』ではなく『グランドマスター』か、もしくは名前に『様』を付けて呼ぶように。仲間内ではどんな綽名を付けても構わないけど、以後は気を付けるように。分かったね?」
セリルの問いに首肯を返しつつ、アイザックは優しい声音で釘を差す。
笑みの形に細められた彼の両目には、先程まではなかった、冷たい光が宿っている。
瞳を刺すその鋭い眼光に、セリルは思わず視線を外しながら、「分かりました、グランドマスター」と小さく早口で呟いた。
彼女の素早い理解と対応に、アイザックは満足気に破顔する。
次に、彼はその悪魔的な微笑を前へと突き出し、再びセリルをテーブルの上より覗き込んだ。
「さて、ではそろそろ本題へと移ろうか。今日、君に時間を取ってもらったのには理由がある。君が所属している魔女学園には、午前中の基礎授業が終わった後、午後は各自における個別修練の時間となっている。さっきも話した通り、ここでは魔女の個性を引き出し、それを伸ばすことも目的としている。そして、その役目を担っているのが個別修練だ」
アイザックの言う個別修練については、セリルもそれとなくリンファから聞いていた。
学園にいる魔女達は昼食と休憩の後、それぞれの訓練へと従事する。
内容や規模は様々で、学園内外における商会所有の設備や備品などを用いて、多種多様な実技を練習・体得していく。
魔女が持つ商品価値を、需要を生むレベルにまで引き上げる作業。
それが、この時間も他の魔女達が行なっている個別修練の趣旨だった。
「この課目を受けるに先立って、我々は魔女の個性や特性を徹底的に解析し、最も成長の見込みがある分野をピックアップする。先日、君に受けてもらった試験の結果なども参考にしてね。だが、魔女が一個人としての人格を持つ存在である以上、当然ながら向き不向きや好き嫌いもある。もちろん彼女達には選択の権利はないし、こちらが割り当てたものを強制的に行なわせることも可能だ。しかし、その魔女に秘められた本当の力を引き出すには、彼女達の意向や希望を汲む必要も少なからずあると、私はそう考えた。だからこそ、最終決定の前に君達には、直々に訴えられる機会を与えることにした。自身が最も望む、魔女としての力を活用する方法を!」
やる気がなければ、本来の能力は発揮できない。
だから、対象となる魔女の意向を把握し、個別修練の内容へと反映させる。
アイザックによる直接の面談には、つまり、そうした狙いがあるようだった。
合理的で偽善的な彼の主張を、セリルは憮然として聞き流す。
口を噤み続ける彼女へ、やがてアイザックは唐突に、高らかに叫びかけた。
「さあ、では君の希望を聞かせて欲しい! 君は魔女の力を、何のため、どうやって、どんな形で使いたい? 例え、どんなに過激で不穏で現実離れしたものでも構いはしない。君が望むまま、思うままの願望を、私へと聞かせてくれ!」
急に鼓膜を突く絶叫に、セリルの体は小さく身震いし、自然と背筋を伸ばしてしまう。
彼女を見据えるアイザックの目は爛々として、その反応の全てを捉え続けている。
彼には、どんな嘘も通用しない。
前に聞いたリンファの言葉を、実感を帯びて思い出したセリルは、せめてもの抵抗さえも諦める。
彼女は覚悟を決めると、ゆっくりと顔を上げ、アイザックへと胸の内を吐露した。
「希望は……ありません。やりたいことも、なりたいものも……分かりません……」
平坦な声で述べられた返答に、初めてアイザックの顔へと動揺の色が混ざる。
それは、反抗的とも取れるセリルの言葉が、本心からのものであると悟った故の反応だった。
セリルは今日のこの時まで、質問の答えについて考えていた。
しかし、彼女は遂に、何も探し当てられなかった。
自分には、未来への夢や展望はなく、こうなりたいという望みもない。
それが、彼女が長い熟慮の末にたどり着いた結論だった。




